第116話 奇奇怪怪

「ビラブラァ!!」


距離を詰めてきたカイキノカミが、炎を纏った拳を振り下ろしてくる。


なんとか後ろに飛んで回避したが、クッションのように柔らかい地面に足を取られ、思うように動けない。


「ちっ!動き辛い!!」


何でもありなあの能力、かなり厄介だ。


幸いなのは、ヤツ自身もこの柔らかい地面に足を取られている事。


これが私だけに効くのなら、厄介極まりなかったが……まだなんとかなる。


「《ゼロノツルギ》もおかしくなったまま。状況はよろしくない」


『紅天狗』が来れば多少はやりやすくなるだろうけど……あの野郎、あれから一度も連絡を寄こしてないのよね。


きっと、早川派と私達の共倒れを狙ってるんでしょう。


今は早川派を消そうと躍起になっているけれど、それが終われば『財団』そのものへ警戒を向ける事になる。


『財団』は働き方改革の真っ最中と聞くけれど、それでも私達は横から小言を言うつもりだ。


働く女性の権利を守る為にね?


『紅天狗』が加勢してくれない事に苛立ちを覚えていると、彼に匹敵する実力者二人が、背後から飛び掛かった。


「恭子様!助太刀致します!!」

「こっちを見ろ!このずんぐりむっくりが!!」


第三波を殲滅した『青薔薇』と『牡丹』が、カイキノカミの背後から斬り掛かったのだ。


奇襲攻撃を受けたカイキノカミは、かなり驚いた様子で二人の方へ注意を向ける。


その隙をつき、意識外へ潜り込むとあっという間に私の間合いを確保し、無駄に硬い脚を切り裂く。


「アブ ビィ!?」


足の肉をいくらか削られたカイキノカミは、不安定な足元とのダブルパンチで体勢を崩す。


そこへ、私と『青薔薇』の追撃が襲いかかる。


息のあったコンビネーションで常に場所を変えながら攻撃する。


ペースを乱され、私達のペースに飲まれてしまえば、如何に『カミ』といえど守りに徹する他無い。


その背後で『牡丹』が真っ赤な銃のようなものを取り出し、空へ向かって発泡する。


射出されたものは銃弾ではなく花火のような発光体。


信号弾というやつだ。


私はそれの意味を知っている。


「『青薔薇』!!」

「はい!!」


私の呼び掛けに、『青薔薇』が強烈な踵落としをカイキノカミの脳天に落とす。


こいつに脳震盪という概念があるかは知らないが、頭を思いっきり蹴られて怯まない生物は居ない。


その隙に更に私が攻撃を行い、『牡丹』も参加してきた。


このまま攻め続ければ、いつかは倒せる。


アイツが妙なことをしなければ、ね…


「っ!?お前っ!!」

「おお、怖い怖い」


『牡丹』に向けて魔法攻撃が放たれ、咄嗟に回避する。


早川照にとって、カイキノカミは最後の切り札だ。


倒されることは避けたいはず。


二人が加わった事で数の暴力による攻撃頻度の差で圧倒的出来ている現状に、危機感を覚えたに違いない。


当たりもしない魔法を使ったところで意味なんて無いだろうに…


「『牡丹』!ここは二人で抑える。あなたはヤツを詰めて!!」

「はい!」


当たる気はしないからそれほど脅威ではないけれど、鬱陶しい事この上ない。


カイキノカミは私と『青薔薇』だけで十分抑えられる。


その間、『牡丹』に早川照の対応をさせるのだ。


「『花冠』第二位の実力者、『牡丹』。確か本名は舞原涼子だったかな?」

「よくご存知で!」

「九州での活躍は耳にしているよ?僕の部下にほしいね」

「生憎と、従う人を変えるつもりはないの。他を当たって?」

「それは残念だ」


モンスターを召喚し、『牡丹』と話しながら戦う早川照。


余裕は無いはずだけど、無限の引き出しとも言える大量のモンスターの物量攻撃は、時間稼ぎには最適。


…決着を急ぐのはこっちか。


「第三位はこの戦法で勝てたけど…君はどうかな?」

「……私達の前でそれを口にするという事は、よっぽど死にたいようね?」


『椿』の話を持ち出した早川。


正直、私も『青薔薇』も一瞬動きが固くなった。


『牡丹』の言葉は、私達の気持ちをそのまま代弁してくれている。


「怖いねぇ〜?でも、今回はそんなに上手くいかないって知ってるよ?第三位は弱かったみたいだし?」


挑発が効くことを理解したヤツはとてもいきいきとしている。


こんな事が得意分野だなんて、何処までも不愉快な人間だ。


「というわけで、君達に相性の良い駒を用意したよ?あそこを見て?」

「………外道が」


ヤツが指差す方向には、無数の人影が見えた。


それはよく見ると全て女性であり、全員何かしらの武器を持っている。


「彼女らを盾にするれば、私達を抑えられると?」

「まさか?そんなバカのするような事を、この僕がするなんてあり得ないね」


そう言って、一人を代表として前に出すと、頷いて何かを命じた。


何をする気だと警戒した直後、女性は手に持っていた包丁を自分の首に突き刺したのだ。


そして、それを引き抜くと何度も何度も胸や腹に突き刺す。


「咲島恭子、『青薔薇』、『牡丹』。これは全員に対する警告だ。今すぐ武器を捨ててその場に座れ。さもないと、彼女らを殺す」

「そんな事で―――」

「―――それだけじゃ君達は止まらないだろうね?」

「っ!?」


人質が居るとはいえ、彼女らはもう救う事ができない者。


万が一、一般人が人質に取られれば、容赦なく攻撃しろと指示してある。


けれど、悔しいことにこの男、早川照はそれを見越していたようだ。


スマートフォンを操作し、何かの映像を私達に見せてくる。


「これはライブ映像だ。僕の言う通りにしないと、この子達も殺す」

「ゲス野郎が…」


映像には沢山の子供たちが映されていて、周囲には銃で武装した男達が子供を取り囲んでいる。


わざわざライブ映像であると強調することを考えれば、この子達は傀儡化を受けていないんだろう。


本当に無関係で、なんの罪もない子供たちだ。


「『花冠』は目的の為なら何でもすると聞くけれど…流石にこの状況で子供たちを見捨てるなんて行為はしないだろう?」

「子供なんていくらでも生まれてくる。どうでもいい命だ」


子供を人質に取る早川照に、『牡丹』は容赦なく斬りかかる。


彼女に任せて本当に良かった。


私や『青薔薇』なら僅かに躊躇して、その隙に付け込まれただろう。


彼女は冷徹な判断をすぐに出来る稀有な人材だ。


「……君はそれで良くても、咲島恭子は良くないと思っているみたいだよ?」

「えっ?」

「っ!!?」


私の方を見てそんな事を言い出した。


それにつられて『牡丹』がこちらを見て……迷いが生まれる。


その迷いを早川照は見逃さない。


「本当に殺しちゃうよ?いいのかな?」

「恭子様……」


『牡丹』だけなら止まらなかった。


これは私の失態だ。


なら、この選択は私がするべきだろう。


「……武器を…捨てなさい」


その言葉に、『牡丹』と『青薔薇』は剣を手放す。


私も《ゼロノツルギ》を手放し、武装を解除した。


それを見て勝ち誇ったような笑みを浮かべ――――すぐに消えた。


「なんだアイツ……」

「……一葉ちゃん?」


私達の視線の先には、ヤツが用意した人質の女性たちを次々と斬り殺す背の低い少女の姿があった。


目を凝らし、よく見ると一葉ちゃんの目は見開かれていて、口角は釣り上がり、とても正気とは思えない。


「…薬でもキメた?」


『牡丹』が突拍子もない事を言い出すが、違うと言い切れない異様な表情と行動に、何も言えない。


あっという間に女性たちを殺し尽くした一葉ちゃんの目は……私達に向けられた。



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