第110話 華と邪悪
「現場の状況は?」
『未だそれらしい気配は掴めておりません。探知封じのアーティファクトを使用されていると思われます』
「そう……引き続き、警戒を怠らないように注意しなさい」
『はっ!』
ギルドを出た私は、徒歩で現場へ向かう。
『青薔薇』の連絡を聞く限り、まだヤツは姿を表していないようだ。
『花冠』最強の称号、『青薔薇』を持つ彼女でさえ見つけられないのなら…探知封じか隠蔽のアーティファクトを使っているとしか考えられない。
少なくともダンジョンには居ないという事はわかっている。
虱潰しに探していけば、そう時間はかからずに見つけられるだろう。
「あの手のアーティファクトには、必ず条件や代償、副作用が存在する。アレの場合、『スタンピード発生中ダンジョンに居てはならない』『スタンピードを起こしたダンジョンから直径10キロ圏内から離れてはならない』『使用中はアーティファクトを手放してはならない』の3つだったはず」
スタンピードは一種の災害だ。
それを自由に起こせるアーティファクトなんだから、当然使用の際に条件が出来る。
それがあるおかげで、私達はヤツが潜んでいる範囲を絞ることが出来るんだ。
「もし1つでも条件を無視すれば、その時点でスタンピードが停止し、溢れ出したモンスターは消滅する。ヤツからアーティファクトを奪うだけでいい」
それは、私か『青薔薇』、或いは『牡丹』の仕事だろう。
『花冠』の上位5名の実力者には、私の好きな花をコードネームとして与えている。
『青薔薇』『牡丹』『椿』『紫陽花』『菊』
それぞれに役割があり、幹部としての仕事に励んでもらっている。
そして、今のような緊急時には私が直接呼び出し、戦力にカウントするのだ。
「『椿』が居たら、もう少しマシだったんだけど……せめて仇は討たないとね?」
近畿支部襲撃の際に、『椿』は奴と交戦し、死亡した。
戦闘の様子が確認できる監視カメラの映像は全て回収し、死亡も確認している。
彼女は100を超えるレベル80から90のモンスターを一人で倒し、早川まであと一歩―――というところで魔法攻撃を受け、力尽きた。
しかし、一度に一人であの数のモンスターを倒したことは、称賛に値する。
彼女のおかげで、ヤツは大きく戦力を削られる事になったのだから。
「あの子達を生かせたのも、『椿』が簡に死ななかったから。あなたが託した希望は、決して無駄にはしないわよ」
ビルの屋上へ飛び上がり、様子を見ていると、第二波の厄介者―――サラマンダーが大移動を始めた。
奴らが向かっている方向に誰か居るのかと覗いてみると、そこには神林、御島、淺野、町田の仲良し4人組が居た。
「なるほど…あの子達がサラマンダーを倒したのか」
サラマンダーは同族を殺した人間を何処までも追いかける。
ダンジョンの階層間を移動すればもう追ってこないが、もう一度入った瞬間血相を変えて迫ってくる。
そのため、サラマンダーは見つけても無視するのが正解であり、スタンピードで出現した場合はAランク冒険者が対応に当たらなければならない。
「あの子達だけだとちょっと心配ね…軽く間引いておきましょう」
こちらへ迫りくるサラマンダーの群れの後ろ側にいる奴ら。
そいつ等の目の前に飛び降りると、一振りで3体のサラマンダーを仕留める。
「ざっと20体といったところかしら?…まあ、7体くらいにすれば対応できるでしょ?」
突然降ってきた私を見て、混乱しているサラマンダーの群れを一瞬にして切り裂き、次々と数を減らす。
あっという間に数が激減し、元からあの子達の近くに居たサラマンダー以外は全部私が始末した。
「5体か……まあ、なんとかなるでしょ?」
あの数なら対応できるはず。
それに、私が倒し過ぎるとあの子達の分の経験値が減るからね。
ちょっとやりすぎたくらいだ。
「サラマンダーはあれでいいとして…私も捜索に加わりましょうか」
アーティファクトの性質上、必ずヤツはこの近くにいる。
建物を一つ一つ虱潰しに探せば、いつかは見つかるだろう。
ヤツの気配を少しでも感じれば、すぐに現場に行って殺してやる。
「私の大切な部下を殺した罪は重いぞ…?早川照…!」
いつでもヤツを殺せるよう、剣を片手に一つ一つビルの部屋を調べ、探して回った。
☆ ★ ☆
「若様。『花冠』の構成員がすぐそこまで迫っています」
「気にすることはないさ。僕達を見つけることは出来ないからね」
「ですが、万が一を想定すべきです」
僕の言う事を何でも聞いてくれる部下は、かなり心配性な様子。
何をそんなに心配する必要があるのか、僕にはさっぱり分からない。
どうしてこうも、バカな人間が多いんだろうか?
「少し考えれば分かることだろう?認識阻害の上級アーティファクトを使っているんだ。しかもこの部屋は普通に探すだけでは見つからない入口を通って入る地下室だ。どうして見つかると思うんだい?」
この部屋ほど安全な場所は他にないはずだ。
それなのに、万が一を想定しろって……一体どこに逃げろって言うんだい?
もう少し頭を使ってほしいね。
「……この気配、あの女が僕を探しているのか」
咲島恭子。
普段は常識人のように振る舞っているが、中身は大の男嫌いで、男はみんな死んだほうがいいと思っている異常者。
ヤツが手にかけてきた男の数は計り知れないほど多く、拠点となっている仙台は女しか居ないと言われるほどだ。
「確かに、性犯罪なんてバカな事をする男は死んでもいいと思うけど……本当に殺すバカは居ないと思ってたよ」
ましてや、疑わしいだけで殺すこともあるんだから、ヤツはれっきとした異常者だ。
それに、痴漢くらいで殺すなんて……罪に対して罰が重すぎないかい?
せいぜい『再教育』に留めればいいのに…
「咲島恭子……彼女はこのアーティファクトを見破れるでしょうか?」
「さあね?バカみたいに簡単に人を殺すヤツだけど、頭はかなり回る。見破られてもおかしくないね」
たった一人で大都市を1つ支配下に置き、全国に自分の手駒を配置しているだけあって、かなり頭が回る。
知恵比べをすれば、年の功もあり僕より凄いのかも知れない。
だけど……彼女が僕を見つけることはないだろうね。
「アレは頭は回るけど、感情的になりやすいタイプだと思っている。今もかなりご立腹のようだ。そんな状況じゃ、あのカモフラージュを見破ることは出来ないよ」
カモフラージュは完璧だ。
時が来るまで、外出は控えて待機しておこう。
あの二人にちょっかいをかけに行って、『青薔薇』に追いかけられた時は死ぬかと思ったからね?
やっぱり、何事も慎重にやるのが一番ってこと。
「悪いけど、君に見つかるつもりはないよ、恭子君。そのうち出てくるから、指を咥えて待っててね?」
隠し部屋に設置されたモニターを見ながら、スタンピード第三波が来るのを待つ。
第三波さえ来れば僕の勝ち。
その時が来ることを、遠足前の子どものように、今か今かと待つ僕を、部下達は優しく見守ってくれていた。
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