第109話 とあるギルドマスター苦難
8時30分
堺市ギルドの一室
「スタンピードだと!?」
早くから出勤し、モーニングコーヒーを嗜みながら時間を潰していた大阪支部のギルドマスターの元に、スタンピードの知らせが舞い込んだ。
「何故だ…?モンスターの数は正常だったはずだろう?」
「それが…深夜にダンジョンに潜っていた冒険者からの報告によれば、深夜0時を境に急激にモンスターの数が減少したそうで――――」
急激なモンスターの減少。
それはスタンピードの前兆であり、最も警戒すべき事態。
それが確認されてからスタンピードが起こるまで、わずか8時。
あまりに信じ難い話に、頭を抱えるギルドマスターに、1つの可能性が舞い降りてくる。
「……とにかく、まずは規模の把握だ。こちらから連絡できるありったけの冒険者を掻き集め、スタンピードへの対応と情報収集をさせろ」
「了解しました」
部下を自室から追い出し、溜息をついたギルドマスターは、切り取られた新聞を持ち出す。
「早川照…やはり、貴様なのか?でなければ説明が付かん」
切り取られた新聞には、数日前に起きた突然のモンスターの出現が記事になっている。
そして、その裏面に茶封筒が貼り付けられている。
「抗争なぞ勝手にしていればいいモノを。『氷華』といいヤツといい……我々を巻き込むのだ?」
モンスターの出現は、早川照が起こしたことだということを、ギルドマスターは知っている。
しかし、表沙汰にはできないため、ギルドとしての発表は、『原因不明』ということになっている。
それだけなら問題はなかった。
だが、『花冠』と早川派の抗争が激化し、両者の隠蔽が中途半端になったのだ。
そのため、ギルドマスターはこの事が表沙汰にならぬよう、対応を迫られることに。
結果、『花冠』と『財団』の両方から警戒され、圧力を受けて胃を痛めていたのだ。
「抗争だけならなんとかなったのだが……流石にこれは手に負えんぞ…?」
果てにはスタンピードまで起こされ、ギルドマスターの胃痛は更に酷くなる。
口内に酸っぱい匂いが広がり、水筒のお茶を飲んで気持ちを落ち着かせる。
「ふぅ……落ち着け。ダンジョンはまだまだ未解明な事が多い。『初めての事例に、対応が遅れた』ということにすれば良いじゃないか」
冷静さを取り戻したギルドマスターは、事態の収束後、メディアにどのような説明をするか、頭を巡らせる。
だが、部下からの続報に絶望することになることを、彼はまだ知らない。
☆ ★ ☆
「レベル50のモンスターの大群だと…?」
「はい…現場からの報告や、監視カメラ等の映像を見る限り、1000は居ると思われます…」
規模の報告に来た部下の言葉に。ギルドマスターはそれまでのメディアへの説明の構想が吹き飛ぶ。
(レベル50相当が1000…?Dランク冒険者でも無いと対応できない規模だ。これまでとは理由が違う…!!)
「さ、更に、観測班からの報告によれば、第二波、第三波が警戒されるとのことで……「咲島恭子」……はい?」
「咲島恭子を呼び出せ。彼女は今、大阪に居るはずだ」
想像を上回る規模に、最強の冒険者を呼び出すことに決めた。
部下が出ていくと引き出しから胃薬を取り出し、これから感じるであろう胃痛に対抗する。
そして程なくして、一人の女性が彼の部屋を訪れた。
「私を呼び出すとは…ずいぶん偉くなったものね?」
開口一番の嫌味に、彼の胃は早くもキリキリと痛む。
だが、それを決して表情には出さず、真剣な眼差しを向けながら返す。
「そうだな。だが、世間話をしている時間はない。単刀直入に言う、『花冠』を動かしてほしい」
冗談の一切を含まず、簡潔に述べられた要請に、恭子は苦い顔をした。
その表情に彼の胃は更に痛みを発し始めた。
「動かせる戦力はすでに対応させている。これは、もはやどうすることもできなくなった奴らの悪足掻きだ。それを完膚無きまでに叩き潰すべく、私達は動いている」
「……どの程度、期待きていい?」
彼の問に、恭子は溜息で返事をした。
そして、わずかな間をおいて、口を開いた。
「3人……いや、5人ね。レベル90相当が4人と、100以上が1人。おそらく、これで乗り切れるでしょう」
「そうか……」
予想を遥かに下回る数に、彼は落胆した。
レベル90相当の冒険者など、そうそう動かせる戦力ではないが、頭数が足りない。
たった5人で何が出来るのか?
そんな思いが、何度も頭の中を巡る。
「私達が警戒するのは早川照ただ1人。奴さえ始末できればこちらのもの」
『花冠』の目には、早川照以外の映っていない。
そのことを理解した彼は、他の場所へ支援を求めることにした。
「ところでこのスタンピード、随分と異質なようだけど……何故そうなったか、見当はついているんでしょうね?」
「っ!?」
隠す気のない殺意と威圧を受け、彼は胃を握りつぶされたかのような痛みに襲われた。
「例のアーティファクト。まさか、盗まれたとは言うまいね?もしこれがギルドの管理不足から齎されたものならば……私はこの件を隠蔽する気は無いぞ?」
最強の冒険者の威圧は、まともにダンジョンへ潜ったことのないお偉方には、あまりにも厳しいものだ。
込み上げる吐き気を抑え、首を縦に振る。
「あのアーティファクトは、2年前の役員総入れ替えの際、何者かに持ち出され、行方不明となっていた……」
「犯人の目星はついているの?」
「『財団』へ行った幹部の誰かだろう。おそらく、早川派に取り込まれた男だ。奴は筋金入りの守銭奴。『財団』内で自らの地位を確かなものにするため、手土産として持ち去った可能性は充分に―――ッ!?」
喉元に刃を突きつけられ、思わず口を閉ざす。
正面から南極の海に叩き落されたかのような、冷たい殺気を向けられる。
全身ぎ鳥肌で包まれ、骨の髄まで凍りついたような寒気。
しかしそんな寒気に反し、彼は汗が止まらなかった。
「現段階でもかなりの死傷者が予想される。その責任は取ってもらおう」
「……それは、覚悟の上だ」
元より責任取らされる可能性を考慮していた彼は、そのことを告げる。
だが、恭子はそんな彼に冷ややかな目を向ける。
「勘違いするな。アーティファクトの件、役員の天下り、そして早川照の存在隠蔽。その全ての責任を負わせる。情報を明るみにして、ね…?」
それまでギルドが隠してきたことを全て明るみにする。
それを言われても、彼はそれほど動揺はしなかった
辞職の覚悟など出来ていた彼は、今なお叩きつけられる極寒の殺気の中で、冷静さを取り出し、強い意志の籠もった表情を見せる。
「……最後の職務は全うしよう。だからこそ、君たちの手を借りたい」
喉元に剣を突きつけられているため、頭を下げることは出来ないが、その状態で出来るだけのお辞儀をする。
すると、恭子は剣を引き、溜息をついた。
「ヤツが動くまでの間は、制圧に協力させよう。その後は何もしない」
「協力、感謝する」
金土は頭を深く下げる。
恭子はそれを一瞥すると、何も言わず部屋を出ていった。
そして、その足音が聞こえなくなるまで、彼は頭を上げなかった。
「……最後の職務、か」
椅子に腰掛け、そうつぶやく彼は、かなり疲れているようだ。
しかし、両頬を叩いて気合を入れ直すと、とても頼り甲斐のある顔を作り、部屋をあとにする。
ギルドマスターとしての職責を果たす為、彼は部下たちが必死に働く現場へ向かったのだった。
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