第107話 燃える都

モゾモゾと、かずちゃんが私の腕の中で動く。


「私達も参加しましょうよ…奴に傀儡化されてない冒険者が、こんなに頑張ってるんですよ?」


スマホでネットニュースの映像を見せながら、私に戦闘に参加しようと話す。


スタンピードの第二波は始まっており、私達が制圧した第一波よりもモンスターのレベルが高く、数も多い。


有象無象の冒険者だけでは対処できないレベルだが…有象無象を脱却したレベルの冒険者の多くが、早川の傀儡になっている。


そのため、戦闘に参加している冒険者が極端に少く、かなり押されているようだ。


「またかずちゃんが怪我したらどうするの?」

「怪我くらいいつもしてるじゃないですか。どうしたんですか?今日の神林さん、様子がおかしいですよ?」


なんとか私を参加させようとするかずちゃんは、私の腕の中で何度も体勢を変えて、色々な方法でお願いしてくる。


時には色仕掛っぽい事もしてきたが、かずちゃんはまだまだ子供なので、そんなに色っぽくなかった。


……まあ、可愛かったけど。


「…今絶対さっきの色仕掛の事考えましたよね?」

「考えたね。あれは可愛かった」

「神林さんのバカ…」


盛大に失敗し、とんでもない恥をかいた事で、色仕掛の話をするとかずちゃんはかなり不機嫌になる。


それがまた可愛らしい。


かと言って、今からスタンピード制圧に参加する気はない。


また奴に怪我させられたらどうするんだ。


もう指一本触れさせない為にも、私達は参加せず、静観しているのが吉―――ん?


「うわっ、ホントに居た」

「そりゃあ、ホントに居るからSOSが来たんでしょ?……さて、さっさと一葉ちゃんを離しなさい。紫」

「杏…町田さん…」


覚えのある気配が私達の方へやって来たかと思えば、それは杏と町田さんだった。


……SOSと言うからには、かずちゃんがいつの間にか2人に連絡していたんだろう。


面倒なことになった。


「…かずちゃん。なんで大人しくしてなかったの?」

「出来るわけないじゃないですか。私達が参加すれば、救える命があるんですよ?」

「そうですよ。まあ、ここで一葉の事を思って参加しないのは、神林さんのイメージと一致しますけど」

「そう?私は普通に崖から蹴り落とすタイプだと思ってた」

「町田さんはともかく、杏のその偏見は何?私ってそんなヤバイ奴に見える?」

「「「見える」」」

「はい、もう行かないから。何があっても行かないから!」


揃いも揃って私のことをバカにしてくるので、かずちゃんを守る以前に行かないことにした。


そして、絶対にかずちゃんも行かせない。


かずちゃんは常に私の目が届く範囲に居ないとダメ。


例え咲島さんが居たとしてもね。


「……とりあえず理由を聞かせて。どうして急にそんな事になったの?」


子供二人に変わって、大人の対応ができる杏が私の反対側に座り、理由を聞いてきた。


「なんか馬鹿にされた気がする」

「その感覚は間違ってないよ。でも、指摘したら私が怒られるからしないでね?」

「はいはい。まあ、一葉が怒られてるところはちょっと見たいかも」

「あとでお話しましょうね?」


子供二人が何か言ってる。


とりあえず、無視しておこう。


「…早川が、かずちゃんを拷問しようとしたから」

「そんな事があったの?」

「状態異常無効があるから傀儡化できない。だから、自分から傀儡化されたいって思うまで痛めつけるって…」


自然とかずちゃんを捕まえている私の腕に力が入り、かずちゃんがまた姿勢を変える。


苦しかったらしい。


「かずちゃんは確かに普段から怪我してる。私が怪我させる事もある。……でも、ヤツがやろうとしてることは、そういう次元じゃない」

「……最悪、一生のトラウマになるからね」

「かずちゃんに、そんな思いしてほしくない」


膝を曲げてかずちゃんの体を私の体で隠し、必死に守る。


すると、かずちゃんが唇を重ねてきて、思わず体の力が緩む。


その瞬間、スッとかずちゃんに逃げられてしまった。


しかし、私の隣に座ったかずちゃんは、そのまま手を繋いでくる。


「例えそれがトラウマになっても…私の幸せまでは奪えませんよ。私の幸せは、神林さんと一緒に生きることなんですから」

「でも…」

「それに、私が拷問くらいで簡単に状態異常無効を解くようなヤワな女に見えますか?私はそんなに弱くな―――イタタタタッ!?」


そんなにヤワじゃないというので、試しに全力で太ももの肉を抓ってみる。


すると、かずちゃんはすごい悲鳴を上げて、私から距離を取った。


「な、何するんですかいきなり!?」

「ヤワじゃないって言うから…試してみようと思って……」

「だからっていきなり太もも抓ります!?」


不服そうなかずちゃんは、私に抓られた太ももを擦りながら、涙目で私を睨む。


……ダメそうだそうね。


「……まあ、仮に痛みを我慢できたとして、それが何だって言うの?かずちゃんは女の子で、ヤツは男だよ?」

「……神林さんは、男に汚された私なんて興味ないんですか…?」

「っ!?そんな事は―――!!」


立ち上がって強く言いそうになるが、かずちゃんの悲しそうな表情を見て、沸騰した頭が一気に冷える。


腰を下ろし、かずちゃんを抱き寄せると、耳元で囁く。


「私は……かずちゃんが汚されても変わらず愛せる。でも…それでもかずちゃんにはキレイなままで居てほしい。だから、行きたくないの」

「そんな神林さんのエゴで…助けられる命を無視するんですか?」

「それこそエゴでしょう?私達の力は私達のもの。顔も名も知らない誰かを守るための力じゃない」


確かに、私達は力を持つものとして弱者を守るべきだ。


でも……それは、自分の危険を省みず誰かを助けなければならないなんて、脅迫的なものじゃない。


「力があるんだから守るのは当然?そんなの弱者の戯言よ。自分では何もできないくせに、やろうともしないくせに、他人にだけ求めて強制する自分勝手な輩の妄言」

「そんな言い方―――」

「かずちゃんがそれに振り回される必要はない。確かに誰かを守るのは大切な事。でもそれは、自分の命を守るよりは優先順位が低いのよ。そこを勘違いしないで」


私の言葉に、かずちゃんが押し黙る。


そして、何も喋らなくなってしまった。


……『もう知らない!一人で行く!!』とでも言い出すかと思ったけど…意外と素直ね?


意外な反応に私も何も言えずにいると、突如、大きな爆発音が聞こえてきた。


「なんの音!?」


杏が戦闘態勢を取り、町田さんが周囲を警戒する。


そして、窓の外を見て音の原因を見つけた町田さんが指差ししながら叫んだ。


「あそこです!ガソリンスタンドが燃えてる!」

「アレは…サラマンダー!?なんでこんな所に!?」


町田さんが指差す先を見た杏が、何かを見つけた。


サラマンダー……確か、炎の精霊とかそんな感じじゃなかったけ?


ダンジョンでは、サラマンダーもモンスターなのか。


「サラマンダーって?」


かずちゃんに訊ねてみるといつもの饒舌な説明が始まった。


「堺ダンジョンでは75階層以降でその存在が確認されている、強力なトカゲ型のモンスターです。正式名称は、《モエルウロコ》。背中から炎のが吹き出し、鱗は熱した鉄板のように熱いため、その名が付けられたものと思われます」

「なんか…口から火が出てるけど?」

「サラマンダーの強さは、身体能力よりも炎のブレスです。そのブレスの火力は簡単に鉄板を溶かしてしまいま………あんな風に、です」

「車が……」


爆発したガソリンスタンドの近くで炎上していた車が、サラマンダーの炎ブレスを受けてあっという間に溶けてしまった。


その光景に驚いていると、複数の爆発音が聞こえてきた。


「先輩。多分これ……」

「わかってるわ」


かなり多くの場所で火の手が上がっている。


まさか…サラマンダーが複数いるの?


「神林さん!」

「………」

「お願いします!私達が行かないと…!」


確かに、放っておけば火の手が広がって被害が大きくなるだろう。


私達がいるこの喫茶店も…もう安全とは言えない。


お客さんは他にも居るし……


「……わかった。だけど、ヤツとは戦わない。それだけは守ってね?」

「―――っ!はい!!」


かずちゃんは、嬉しそうに返事をするとでもすぐに支度を始めた。


私はそれを、できる限り優しい目で見ていたつもりだ。


……何故か、言葉で表しようのない嫌な感じがする。


この街には咲島さんが居て、『紅天狗』も居て、おそらく『青薔薇』や『牡丹』も居る。


なのに、何故かそれでも安心できない。


「何事もなければいいんだけど…」


そんな言葉を呟きながら、私はかずちゃんの後に続いた。





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