第106話 率いる者

沢山の人の気配のある場所へ走ってきた私は、その異様な光景に足を止めた。


「なに…これ…」 


大量のモンスターは一心不乱に街を壊している。


その横では、冒険者同士が争っていて、死傷者も少なくない。


おそらく、あの冒険者達のどちらかは傀儡化されている。


ヤツが同士討ちが起こるように仕組んだんだ。


「すぐに助けないと!神林さんはあの人達を!!」

「わ、わかったわ!」


私には鑑定が使えないから、誰が敵で誰が味方か分からない。


鑑定を使って、傀儡化されている人とそうでない人を判断したかずちゃんが、私に指示を出してくる。


かずちゃんが指差した人達が傀儡化された冒険者だろう。


背後に回って後頭部を蹴って意識を奪う。


「大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。助かったよ…」


おそらくまだ傀儡化されていない冒険者に声を掛けると、かなり驚かれた。


一撃で同業者の意識を刈り取る女性が現れたら、確かにびっくりするかも。


「神林さん!構えて!!」

「っ!?」


かずちゃんの声が聞こえた直後、私のすぐ後にモンスターが迫ってきた。


振り向きざまに裏拳を放ち、襲い掛かってきたモンスターを粉砕すると、後続が押し寄せてくる。


それをかずちゃんが次々と切り裂き、魔法も使いながら殲滅していく。


「くっ!?どれだけ居るんですかこれ!?」

「さあね!100匹くらい!?」

「絶対もっと多いです!!」


最速で首をへし折ってモンスターを倒しているが、減っている気がしない。


それでも倒し続けていると、私は違和感に気が付いた。


「………っ!?アイツ等逃げやがった!?」

「ええっ!?」


なんと、私達が助けた冒険者がいなくなっていたのだ。


応援を呼び行ったにしても、なにか一言言ってから行くだろう。


それもせず急にいなくなったということは……


「……あんのゴミ共が!!」

「神林さん!キャラ崩れてますよ!?」

「うるさいわね!さっさと手を動かしなさい!!」

「ええ!?これ私が怒られるの!?」


かずちゃんに八つ当たりしつつ、モンスターを次々と狩っていく。


30分ほど時間が経ち、ようやく一息つけるようになってきた。


最初は終わらないだろうと思ったモンスターの大群も、いつの間にかほとんど殲滅できている。


「……ふん」

「痛っ!?」


残党を瞬殺すると、残っていたイライラをかずちゃんにぶつける。


腹が立った時は、かずちゃんの脛を蹴るといい反応をしてくれる。


かずちゃんも機嫌が悪い時にそれをすると多分喧嘩になるが…今は違う。


「私に八つ当たりするのやめてくださいよ〜」

「ごめん。ちょっとイライラしてて…」

「やるなら暴力じゃなくて……ね?」

「はいはい。それは18歳になってからね」

「ふふっ、楽しみです」


別に今はかずちゃんの機嫌は悪くない。


むしろ、人が居ない事を良いことに沢山イチャイチャ出来るから、とっても嬉しそうだ。


……しかし、その嬉しそうな笑顔が陰る。


「……最悪。どんなタイミングで出てくるの?」

「私もまーたイライラしてきた。…とはいえ、私達2人だけで勝てる相手じゃないんだけど」


いつでも本気を出せるようにしながら、相手方動くのを待つ。


すると、地面に輝く魔法陣が現れ、そこから私達が殲滅したモンスターよりも遥かに強いモンスターが、複数現れる。


「やあやあ2人共。元気そうで何よりだよ」

「死ねカス」

「……え?」


ノコノコと現れた早川に辛辣な言葉を投げつけると、それはもう驚かれた。


かずちゃんも早川に気付かれないようにしながら驚いている。


私はそんな二人を無視して、アイテムボックスからナイフを取り出す。


これは、昨日早川の拠点を襲撃したときに略だ―――少しお借りしたナイフだ。


それを私の出せる全力で投げつけると、私の前に現れたレベル80相当と思われるモンスターの頭が吹き飛んだ。


「僕に八つ当たりしないでほしいなぁ…」


そんな戯言を吐く早川を無視し、次のナイフを取り出してまたモンスターの頭を吹き飛ばす。


「無言で僕の手駒を減らすのはやめてくれないかい?」


まーたなにか戯言を言っているが、無視する。


そして、ナイフを投げようとした直後、強力な炎魔法が私に飛んできた。


「っ!?」

「無視は悲しいよ…なにか反応してくれないと」


ギリギリ回避出来たが、あの速度は不味い。


かずちゃんが万が一回避できなかったら…


「それに、ずいぶん動かせる駒が減ったかと思えば……甘いね。君達」

「面倒な事を……」


早川は私達が気絶させた冒険者を起こし、武器を構えさせている。


人数差は圧倒的に不利であり、強敵から殺してはいけない厄介な敵と幅広い難敵を用意されている。


しかもたちの悪いことに……


「神林さん…あの人達、ステータスがありません」

「見ればわかる。覚醒者特有の気配を感じないんだ。あれは…一般人だ」


早川は増援として傀儡化した人間を100人以上ここに集めてきた。


そしてその殆どは、一般人だ。


いくら傀儡化されているとはいえ、彼らは一般人。


私達が怪我の1つでもさせれば……


「僕は《率いる者》だぞ?手下は沢山いるんだ」

「……なら何故私達に執着する?」

「そうだそうだ!神林さんは私の物!お前なんかに渡さない!!」

「かずちゃん。今別にそういう話はしてないよ…ちょっと静かにしてね?」


おバカなかずちゃんに黙るよう言っておき、私は再び早川見つめる。


「僕はコレクターだからね。君達のようなレアキャラは、しっかりと仲間にしておきたいだろう?」

「レアキャラね…」


確かに、私達みたいな人間はそうそう居ない。


でも…狙われるのは面倒だ。


「時には諦めることも大事よ。私達は、何があってもあなたのものにはならない」

「ふふん!神林さんは私の物で、私は神林さんの物なんだから!!」

「……かずちゃん。本気で黙って」

「はい……」


本気で怒ったら、かずちゃんは一気に勢いを無くしてしおらしくなった。


しょぼ~んとして、私にくっついてくる姿は本当に愛らしいが……今はそれをゆっくり見ている場合ではない。


「う〜ん…やっぱり君達は、片方だけ傀儡化するのは面白くなさそうだね。そうやって、互いに慰め合っている姿が一番美しい」

「何を―――――っ!?」

「神林さん!?」


早川が転移か何かを使い、私の背後に現れた。


急いで振り返ると、顔を捕まれ、眩い閃光を直接見せられて視界を奪われた。


「君は繊細だからね。このくらいかな?」

「うぐっ!?」

「かずちゃん!!」


何が起こっているのか分からない。


目潰しをされなければかずちゃんを守れたのに!


「状態異常無効。厄介な能力だが、抜け道はある」

「そんなわけ―――かはっ!?」


ゴッ!という鈍い音ともに、かずちゃんの苦しそうな声が聞こえる。


多分、殴られたんだ。


あんな可愛いかずちゃんを殴るなんて!!


「やめろ!!」

「うおっと!?目は潰したはずなんだけどなぁ…」


魔力の気配を頼りに、思いっきり蹴りを放つが、早川には躱された。


拳を握りしめ、気配のする方向へ振ろうとしたその時―――


「なっ!?だ、誰だ!?」


誰かに―――いや、かなりの人数が私に飛びついてきて、身動きが取れなくなる。


早川に洗脳された冒険者か!?


……いや、にしては力が弱い上に、ステータスの気配を感じない。


一般人か!?


「暴れてみなよ。レベル90相当の実力を持つ君が暴れれば、一般人なんて簡単に死ぬけどね」

「くっ!」


抜け出そうにも、どの程度力を込めていいのか分からない。


まだ視界は戻ってきていないし…どんな拘束をされてるか分からないから、一般人を守るためにも、変な動きはできない。


かずちゃんの事はかずちゃんに任せるしか……


「さて、状態異常無効は厄介だけど……本人がそれを解除すれば、意味はない。先に言っておくよ。今すぐそのスキルを解除して、僕に従うんだ」

「誰がそんな事―――うっ!?」

「でないと、こうやって無理矢理させるしか無い。レアキャラは出来るだけ傷付けたくないんだ。価値が下がるだろう?」


まさか…かずちゃんを拷問して無理矢理傀儡化する気か!?


そんな事……絶対にさせない!!


「離せ!!」

「おやおや。一般人を傷付けるのは良くな―――くっ!?」


一般人なんて知ったことか。


名前も顔も知らない誰かより、かずちゃんのほうが100億倍大事!


かずちゃんの為なら…何だってするのよ!!


「神林さん!避けて!!」

「っ!?」


急いで後ろに飛ぶと、私の前方で何かが爆発する。


早川の魔法か!?


「面倒な…それにもうすぐ目潰しの効果も切れるだろうし……ああ、やっぱりレアキャラは一筋縄ではいかないね」


早川が呑気に話している間に、私はかずちゃんの前に立って守りの体勢を取る。


しかし、攻撃は飛んでこない。


それに、視界がようやく戻って来た。


「仕方ないね。スタンピードはまだまだ始まったばかりだし…相応しい戦場でまだ会おう。あの厄介な女を殺す目処もついた事だし…」


それだけ言って、早川は転移で去っていった。


傀儡化された人達が襲ってくることを警戒したが、それも杞憂に終わる。


安心してかずちゃんを見ると、その顔には殴られたような跡があった。


「………早川照。血祭りにあげてやる!!」

「怖っ!?」


許さない…


かずちゃんのぷにぷにの頬を殴っていいのは私だけなのに…


かずちゃんをキズモノにしていいのは私だけなのに……!


「……なんか、珍しく神林さんに重い愛を向けられてる気がする」

「よくわかってるじゃない。一旦休憩しに行くよ。そこで沢山ヨシヨシしてあげる」

「えー?……今は怖いからいいかな?」

「なんですって…?」

「いやいや!!神林さんが沢山甘やかしてくれるなんてもう…!トッテモウレシイナー!!」


何故か最後は棒読みな気はするけれど…かずちゃんも喜んでくれている。


私は嬉しそうな様子のかずちゃんを抱きしめ、そのままお姫様抱っこをして一旦その場を離れた。


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