第105話 魔物の行進

嫌がるかずちゃんを連れて堺ダンジョンへやって来ると、そこはすでに戦場になっていた。


「あれ、何体いるの?」

「わかりませんよ。でも、状況は良くないって事は、見ればわかります」


押し寄せるモンスターの大群。


多くの冒険者が対応にあたっているものの、スタンピードは止まる気配がない。


今も、ゲートウェイからモンスターが流れ出しているのだ。


「スタンピードってどうやったら止められるの?」

「モンスターをひたすら狩る事です。ストックが無くなるまでダンジョンはモンスターを吐き出し続けますから」


そう言って、素早く刀を抜いたかずちゃん。


《魔闘法》によって強化された肉体をフルに使い、スーパーカー並の速さでモンスターの群れに突っ込んだ。


私もそれに続き、かずちゃんの横に並ぶ。


「入れ食いって素晴らしい。まあ、レベルが低いから経験値の足しにならないけど」

「そんな事言ってないで、真面目にやりなさい。この1分1秒が被害の大小を買えるんだから」

「はいは〜い」


遊び半分でモンスターと戦うかずちゃんを叱り、活を入れる。


すると、かずちゃんは珍しく雑魚相手に本気を出し、凄まじい勢でモンスターを薙ぎ倒していく。


「な、なんだアイツ…」

「レベル50超えのモンスターの群れだぞ?それをあんな…」

「Aランクの冒険者か!?……でも、あんな子供の冒険者でAランクなんかいたか?」


残念ながら、私達はDランク。


Cランク以上は試験を受けなきゃいけないらしいから、まだそこまでいけない。


咲島さんに頼んで、ランクを無理矢理上げてもらおうかと思ったけれど、ギルドの規定はかなり厳しいそうだ。


咲島さんの話では、政治家からのお願いでもそれは無理らしく、自分で試験を受けなければならないそうだ。


「神林さん神林さん!私達も試験を受けて、上位冒険者の仲間入りをしませんか?」


他の冒険者の驚きの声が聞こえていたらしいかずちゃんが、ウキウキでそんな事を聞いてくる。


「メリットが無いのよね〜。ランクに応じて魔石の買取価格が上がるなら受けたけど」

「フリー冒険者を続ける限り、ランクはあってないようなものですからね…」


フリー冒険者はどれだけ強かろうとも、魔石の買取価格が変わることはない。


ゲートウェイやギルドの買取価格は人によって変動せず、駆け出し冒険者も超一級のエリートも同じ値段だ。


そしてそれは、ランクが上がっても同じこと。


だから、私達がランクを上げる意味はない。


せいぜい、夜中に職務質問された時や他の冒険者に絡まれた時、Aランク冒険者だということを見せびらかして、優越感に浸れるくらい。


「光り輝く『A』の文字を見せびらかして、ドヤ顔したいじゃないですか」

「私にそんな趣味はないよ。それに、かずちゃんに私の部署にいた嫌味な部長みたいなことしてほしくない」

「どんな人なんですか?」

「事あるごとに自分の名札を見せびらかして、そこに書いている『部長』の文字を強調しながら嫌味をいってくるバカ」

「めちゃめちゃ嫌な奴ですね…」


モンスターをあの嫌な部長だと思って思いっきり蹴ると、すごく気分が良くなる。


それがかずちゃんにも伝わったのか、すんごく嫌そうな顔をしながら、私と一緒に次々とモンスターを倒していく。


「こんなに喜々とした顔でモンスターを狩ってる神林さん、初めて見ましたよ…」

「そう?かずちゃんも普通に就職したら、わかるんじゃない?」

「今から就職したら、多分手が出る自信がありますよ?私」

「いざという時『勝てる』って自信はすばらしいね」


なんなら、それで訴えられても咲島さんパワーで握りつぶせるし。


これが持てる者の感覚…!!


「もし就職するなら、どんな所で働きたい?」

「えーっと…残業が少なくて、金払いが良くて、仕事が簡単で、人付き合いが面倒じゃない職場がいいですね〜」

「う〜ん……咲島さんに言っておこうか?かずちゃんの就職希望は、あの監視拠点だって」

「絶対嫌ッ!!」


だって……ね?


あそこは残業少ないし、金払いが良いし、仕事も簡単で人付き合いもしなくていい。


ほら、かずちゃんの希望にピッタリだ。


でも、嫌だそうだ。なんでだろう?


「じゃあどんな仕事が良いの?」


私がそう言うと、かずちゃんは少し考えた後、少しずつ話し始めた。


「私の理想は…毎日人の後か横にくっついて、ご飯を食べて、お話して、お風呂に入って、一緒に寝て、たまにダンジョンに潜る。そんな仕事がしたいです」

「………そう言えば、ちょうどそんな仕事を知ってるよ。紹介してあげようか?」

「ぜひ、お願いします」


あっという間にモンスターを殲滅したかずちゃんが、私の前に立って、何かを期待するように上目遣いで見つめてくる。


私はそんなかずちゃんの頭を撫でると、優しく語りかけた。


「これからもよろしくね。かずちゃん」

「はい。もちろんです」

「指輪を用意できれば良かったんだけどね?まあ…それは来年くらいかな?」

「一緒に選びたいですね。指輪」


とても嬉しそうにするかずちゃんを見ていると、徹夜の疲れも一気に吹き飛んだ。


本当にかずちゃんは可愛らしい。


出来れば抱きしめてキスをしたかったけど………


「…とりあえず、この地獄絵図な場所でロマンチックな事を言うのはやめようか」

「…血生臭くて堪りませんね。知ってます?モンスターの血はすぐに煙になるのでこれは―――」

「言わなくていいわ。ここの制圧は出来たから、他の場所へ行きましょう」


まだ完全に煙になっていないモンスターの死体がゴロゴロ転がり、それ以外にも煙にならない死体がいくつもあるこの場所。


正直見ていて気分が悪い。


私達にできることは他にもあるはずだ。


こんな所さっさと離れて、別の場所へ応援に……


「…神林さん」

「わかってる。まさか、こんな手まで使ってくるとはね…」


私達が振り返ると、そこには武器を構える、さっきまで共に戦っていたはずの冒険者。


その殺意は明らかに私達に向けられていて、今にも襲いかかってきそうだ。


「…ダメです。全員傀儡化を受けています」

「とりあえず、死なない程度に殴って気絶させるよ。それが終わったらすぐに他のところへ応援に行こう。嫌な感じがする」

「神林さんの勘はよく当たりますからね。早めに終わらせましょう」


そう言って、私達は襲い掛かってきた冒険者と交戦し、何とか全員を気絶させた。


実力の差があるので怪我はしていないが、少し疲れた。


しかし、そうも言ってられない。


すぐに他の場所へ応援に向かい、そこで私達はさらなる地獄を見ることとなるのだった。

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