第104話 計画の練り直し

時刻は早朝4時


近畿支部へやってきた私達は、咲島さんの代わりに近畿支部の支部長さんに書類を渡し、休憩室で一息ついていた。


「もう4時ですよ…今から寝ます?」

「寝たかったら寝てくれていいよ。私は大丈夫」

「じゃあ寝ます。おやすみなさい」


そう言って、私の膝の上に乗り、私に抱きついてそのまますぐに寝てしまった。


相当お疲れのようだ。


大好きな私に抱きついて、気持ちよさそうに寝るかずちゃんを支えて、休憩室で待つこと4時間。


「あれ?紫?」

「一葉も居るじゃん。朝っぱから何イチャついてるの?」

「しーっ!」


出勤の時間になったのか、杏と町田さんがやってきた。


時計を見ると、針は8時半を指している。


かずちゃんが寝ていることを伝えると、二人も配慮して小声で話し始めてくれる。


「なんでこんな所で寝てるの?」

「今朝4時に仕事が終わって、帰って寝ることも出来ないから、私の上で寝てるのよ」

「神林さんは寝ないんですか?」

「私は不眠耐性があるから大丈夫」


あまり信用しすぎると体を壊しかねないが、私には《鋼の体》がある。


徹夜上等。一晩寝てないくらいで、私のパフォーマンスは落ちたりしないわ。


「聞いた話じゃ、『青薔薇』と『牡丹』に変わって尋問役をしてたらしいじゃん?大丈夫だった?」

「何が?」

「あの二人、仕事以外で一緒にしたらヤバイって有名だからさ…」

「1位と2位だから、ライバル視してるらしいけど…どうなの?」


どうやら、『花冠』の間では『青薔薇』と『牡丹』を一緒にすると不味いってのは、周知の事実らしい。


……じゃあなんであの二人は一緒に尋問室にいたの?


周りは止めなかったの?


「まあ…喧嘩が始まったから、何故か私達が代わりにする事になったの。相手が元々裏切るつもりだったからなんとかなったけど……土壇場で急にやらされるのは、アレで最後にしてほしい」

「お疲れ様。ゆっくり休みなよ」


杏がゆっくり休むよう言ってくるが、残念ながらそれは出来ない。


「多分これから報告書を書かされたり、咲島さんに根掘り葉掘り聞かれるだろうから、まだ休めないよ。一通り終わってから、しばらくゆっくりするつもり」

「それは、いい心構えじゃないの」

「「「えっ?」」」


第三者の声が聞こえて、声のする方を見ると、一人の女性が休憩室の入口に立っていた。


「浅野、町田。支部長がカンカンよ?『仕事サボってお喋りばかりして』ってね?」

「「えっ!?し、失礼しました〜!!」」

「神林さん。本当に寝なくてよかったのか?報告はあとでも良かったのに」

「素早いの報連相は、社会人の基本ですよ。咲島さん」


慌てて持ち場へ戻る2人に道を譲り、私の反対側に腰掛けた女性。


『花冠』のボス、咲島さんだ。


「一葉ちゃんはダメそうね。ぐっすり寝てる」

「疲れてますからね。それで、ここへ来られた要件は?」

「仕事熱心ね。もちろん、彼の尋問の結果についてだ。一通り彼が渡してきた資料には目を通したけど……私が聞きたい事は、わかるわね?」


咲島さんも、元山がどんな立ち位置に居る人間か知っているらしい。


何故かは分からないけれど、まるで子どものような、興味津々の表情をしている。


「彼はまともな感性を持つ、真面目な人間です。それ故に、人の道を外れてしまった早川照に、ついていけなくなった」

「…中途半端に善人である為に、完全に悪の道を往くことが出来なかったか。彼がしたであろう葛藤は、想像も出来ないわ」


確かに、元山の葛藤は想像もできない。


きっと、相当なものだったんだろう。


「しかし…あれ程の情報をこちらへ渡していながら、何故奴の正確な位置を言わない?」

「どうやら、裏切りを勘付かれていたそうです。しかし、あくまで可能性があるだけということで、長期間あの拠点で拘束されていたとか」

「ヤツも流石に恩師を信じたい気持ちはあった。だが、それが決定的な失敗だとは思わなかったようね」


アイテムボックスから取り出した大量の資料を見て、笑みを浮かべる咲島さん。


ヤツを追い詰められるのは喜ばしい事だけど、そんなに嬉しいんだろうか?


首を傾げないようにしながら、不思議に思っていると、咲島さんが何故か私を見て小さく笑う。


「わかっているさ。コレを『青薔薇』や『牡丹』に渡さず、直接持ってきたということは……そういう事なんだろう?」

「……はい?」


本気で意味がわからず、私は首を傾げる。


しかし、咲島さんは何を勘違いしたのか、更に笑みを深めた。


「問題ない。お前がただ慎重なだけのバカではない事は知っている。一葉の分も用意しておくわ」

「………??」

「なに?不服かしら?まあ構わないわ。あなた達の取り分は2割にしておいてあげる」


……この人は何の話をしてるんだろう?


でも、何か報酬を貰えるみたいだし、貰えるものは貰っておこう。


しかし、2割って何の話だろう?


少ないのかな?


「さて、話を再開しましょう。拠点の位置は一通り把握しているけれど…問題は奴の行動。何か、大きな計画の準備をしているという話は聞かなかった?」

「そうですね…彼が聞いていた計画は、近畿支部の襲撃だけで、その後の計画については知らされていないそうです。ですので、今後の動きを予想するのは難しいかと」


裏切りの可能性を考慮して、近畿支部襲撃計画以外の重要な情報は与えられていなかったそうだ。


そのため、拠点は割り出せても、次どんな動きをしてくるかが分からない。


今一番欲しい情報は、こちら側へ渡らないように徹底されているようだ。


「早川派を潰せても、肝心のヤツを潰せなければ意味がない。それに、財団との約束もある。何としてでもヤツの位置を割り出さなければ……ん?」

「誰か来ますね」


休憩室へ走ってくる誰かの気配を感じた。


ここへ走ってくるということは、おそらく咲島さんへの用事があるはず。


何かあったと見ていいだろう。


実際、休憩室へ飛び込んできた女性は、かなり鬼気迫る様子だった。


「スタンピードです!!突如としてスタンピードが発生しました!!!」

「「……はあ?」」


女性は、大きな声でそんな事をいう。


スタンピードなんて…そんな兆候があったなんて聞いてない。


となるとヤツが動いたのか?


「堺のダンジョンがスタンピードなんて聞いてないわ。何があったの?」

「それが…昨日の夜から急にモンスターが確認されなくなり、ついさっきモンスターが溢れ出しました」

「たった一晩で?そんなバカな……」


信じられないが、嘘を言っているようにも見えない。


スマホを開いてみると、確かにニュース速報で『スタンピード発生中』と出ている。


「こんな事…あり得るんですか?」

「いいえ。どんなに短くても、猶予は1日はあるはずなのに……いや?もしかしたら…」


咲島さんは何か心当たりがあるのか、顎に手を当てて何かを考えている。


「スタンピードを意図的に発生させる。私の知る限り、その方法は2つある」

「そんなモノが…」

「1つは《ジェネシス》の力によるもの。もう1つは……最上級アーティファクト《シンゲキノドラ》の使用」


そんな最上級アーティファクトまであるのか。


でも、前にかずちゃんから最上級アーティファクトに関しては一通り聞いたはず。


でも、そこにそんなアーティファクトの名前はなかった。


「そんなアーティファクト、聞いたこと無いです」

「あら、起こしちゃった?」

「なんだか急に騒がしくなったので…」


いつの間にかかずちゃんが起きていて、謎の最上級アーティファクトに興味を持ち出した。


「知らなくて当然よ。それの存在を知ってるのは、ギルド幹部の数名と、ランキング5位以上の冒険者だけだもの。『青薔薇』や『花冠』の長、『花園』の長も知らない機密情報」

「……そんなものを、ペラペラ喋っていいんですか?」

「問題ないわよ。逆に聞くけど、その手のアーティファクトが無いなんて、本気で思ってる?」

「いいえ。何かしら、スタンピードに影響を及ぼすアーティファクトはあるだろうと思っていました」


確かに、最上級アーティファクトはどれもおかしな性能をしている。


中にはスタンピードに影響を及ぼすようなモノがあっても、何ら不思議じゃない。


「みんな、そう思ってるわよ。だから、意図的に情報を流し、『実在はしない架空の最上級アーティファクト』として都市伝説にしてしまうことで、実際の情報を隠蔽している。だから、本来ならみんな都市伝説だと思って見向きもしないはずなのよ」

「…でも、それが使われた可能性が高いと?」

「ええ。ギルド幹部の天下り先がクランや冒険者、ダンジョン関係の企業というのは珍しい話じゃない。もしかすると、あのアーティファクトの存在を知るギルド幹部が財団に天下りし、アレの存在を教えたとしても何ら不思議じゃない」


ギルドはあれでも国の組織であり、当然選挙によって役員が決まる。


そして、他と同じように腐敗が起こり、天下りも発生するようだ。


「アレがヤツの手に渡るなんて、想定し得る最悪の事態だ。すぐに堺に向かうぞ。何としてでもそこでヤツを潰す!!」


咲島さんは勢いよく立ち上がり、休憩室を出ていった。


私も行こうか迷っていると、かずちゃんがそれはもう嫌そうな表情で話しかけてきた。


「これ…私も行かないとダメですか?」

「う〜ん…もう8時だし労働開始の時間でしょ?さあ行くよ」

「こうやって社畜は生まれるんですね…」


社会人になる辛さを理解しだしたかずちゃんは、本当に嫌そうだが、それでも出発の準備を始めた。


さっさとスタンピードを終わらせて、今日こそは帰ろう。


そして、かずちゃんにゆっくり寝る時間を上げないとね。

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