第103話 早川の行方
「―――で?あなたはどうしたかったの?」
拘束された元山は尋問室へ通され、『青薔薇』と『牡丹』による尋問が行われている。
『青薔薇』
かずちゃんや杏曰く、『花冠』最強の人物で、その実力は『紅天狗』に匹敵するんだとか?
以前ヒトツメニュウドウを2体同時に撃破し、颯爽とその場を立ち去った人が、『青薔薇』だったそうだ。
……何か無駄にカッコつけた立ち方をしているのが、少し気になる。
『牡丹』
『花冠』のナンバー2実力者で、条件次第では『紅天狗』を圧倒できるらしい。
しかし、その条件が『タイヨウノイシを装備していないこと』『空を飛ばれないこと』『攻撃をすべて当てること』という、それなら『青薔薇』でも圧倒できるということで、ナンバー2らしい。
……実力が本物なのは、気配からして確かなので滅多なことは言えないけど。
そんな『花冠』最強の二人に睨まれた元山は、やはり涼しげな表情をしている。
本当にこの男は何なんだろうか?
「返答次第では見逃してあげる。二人からの報告を聞く限り、どうやらあなたも早川を裏切ったようだし」
変にカッコつけながらそう言い放つ『青薔薇』。
……この人頭大丈夫かな?
「早く吐く事をオススメします。『青薔薇』様は寛大ですが、私はそうもいきませんので」
…こっちもこっちでだいぶん変だな…
「『牡丹』。今は真面目な話をしているの。その口調やめて」
「あら?『青薔薇』様がいつもの厨二スタイルを崩さないので、私もコレをして良いのかも思っていました。いけませんか?」
「後でダンジョンに行こう。久しぶりにボコボコにしてあげるから」
「あらあら?口だけは達者ですねぇ。前はかなり追い詰められて、『私の立場が…!』なんて慌ててたくせに」
「なに?今捻り潰してあげようか?もう仕事終わったから、本当はプライベートの時間。今何したって私の自由なんだけど?」
「それはそれは…私も何をするかわかりませんねぇ」
何故か喧嘩を始めた二人。
……こんなのが最高戦力なんて、『花冠』は大丈夫だろうか?
「厨二病患者とそれディスるドS。……本当にこの二人に尋問させて大丈夫なんですか?」
「わかんない。でも、確かなのはこの二人は相当な実力者だから、私達は滅多なことは言えないってことかな?」
かずちゃんが小さな声で聞いたきたので、私も二人に聞こえないような声で返事する。
かずちゃんと同じように、私もこの二人に尋問を任せるのは不安だ。
かと言って、他にこの尋問室に人は居ないし、今から呼びに行くのもアレだ。
どうしようかと悩んでいると、私のスマホに電話が掛かってきた。
相手は咲島さんだ。
「はい。神林です」
『……すごく嫌な予感がして電話かけたんだけど……もしかして、『青薔薇』と『牡丹』は今も一緒にいる?』
「はい。……なんか、喧嘩してます」
私が二人が喧嘩していることを伝えると、電話越しでもわかるほどの大きな溜息が聞こえた。
…う〜ん。嫌な予感。
『……とりあえず、その二人はこっちでどうにかするから、代わりに尋問をしてくれない?報告を聞く限り、質問すればすぐに話してくれると思うし』
「私達でいいんですか…?」
『問題ないよ。じゃあ、よろしく』
電話は一方的に切られた。
かずちゃんが心配そうに私のことを見上げてくるので、優しく頭を撫でてあげて落ち着かせる。
すると、『青薔薇』のスマホに電話が掛かってきた。
そして、おそらく説教を食らっているらしく、私にジェスチャーで何かを伝えた後、『牡丹』を連れて出ていった。
「えっと……コレはどういう状況ですか?」
「なんか…私達が尋問役をしなきゃいけないらしいよ。咲島さんの話では」
「「は?」」
かずちゃんだけでなく、元山も困惑している。
「えっと……私達って、ただ咲島さんに恩があるから、『花冠』に協力してるだけの、一般冒険者ですよね?」
「そうだね」
「で、つい最近まで表の世界で生きてきた人間ですよね?」
「そうだね」
「当然、尋問の仕方とか知らないですよね?」
「そうだね」
かずちゃんは元山を見る。
元山は、『俺に聞くなそんな事』とでも言いたいような表情で、首を横に振る。
「……本気で言ってます?」
「他に人が居ないし、あの二人はダメそうだし……やるしか無いんじゃない?」
「大丈夫かなぁ。『花冠』」
かずちゃんの言いたいことはよく分かる。
尋問の仕方なんて全く知らない表社会の人間である私達に、敵の幹部から情報を引き出すなんて重要な仕事、任せないでほしい。
何かあったら責任取れないし、引き出すべき情報を引き出せないかもしれない。
……元山が優しいことを期待しよう。
「えーっと…?これから尋問を始めるけれど……先になにか言っておきたい事はある?」
「……無理はするなよ」
「ありがとう。じゃあ始めましょう」
なんか同情されてるんだけど…
本当にこれでいいのか?
「えっと……じゃあまず1つ。早川はどこ?」
「若様は別の拠点に移っておられる。あそこが襲撃される可能性は非常に高い。だから、最近はなにか重要なことがない限り滅多に来られなかった」
「財団は襲撃を察知してたのか…」
なるほど…それで早川がいなかった訳ね?
じゃあ、その別の拠点って何?
「その別の拠点は何処にあるの?」
「堺、神戸、京都、難波にある4つの拠点のうちのどれかだ。最近殿廻を外され、ずっとあそこで事務をしていた。だから、どの拠点にいるかまでは分からない」
「ずいぶんペラペラ喋ってくれるね。お陰で話が早く進んで助かるよ」
堺、神戸、京都、難波のどれか。
一つ一つ潰していけばいいわけだ。
そうすれば、いずれ早川にぶつかる。
まあ、拠点がその4つだけならね。
「他に何聞けばいいと思う?」
「じゃあ私が質問してもいいですか?」
「いいよ。何か聞きたいことあった?」
「はい。何故、私達を殺さなかったのか、です」
ああ、なるほどね。
確かにそれは気になる。
かずちゃんの質問に、元山はとても悲しそうな顔をした。
「簡単な話だ。もう俺は…若様にはついていけないのだ」
「……それはどういう意味?」
できる限り優しい口調で疑問をぶつけるかずちゃん。
私以外にこんな態度をとるのは、かなり珍しい。
「俺は…若様の教育係だった。特に、武術や戦いの場での心得などを教えていた。若様は武術よりも魔法に天賦の才があったのだが…」
「まあ、《大魔導士》なんてスキルがありますからね」
「そうだな。だが、俺が本当に教えたかったものは、人としての正しき心。早川家は、昔から大きな組織の中で暗い部分を担当したきた一族。故に、正しき心を忘れてしまう事が多かった」
財団創設に関わった早川の祖父がそれに当たるだろう。
もちろん、ヤツ自身も。
「暗部を担う早川家に人の心など不要。確かに、そうかも知れない。だが……それではダメなのだ!」
「………」
「人の心を捨てた人間など、人に非ず。悪鬼羅刹の如き存在だ。早川家の人間は、若様は!人間なのだ!!だからこそ、人の心を忘れてはならない。そう、指導してきたはずだったのだ……!」
元山の悲痛な慟哭に、私達は言葉を失う。
「だが…若様も早川家の者。その血には、抗えなかった……」
「傀儡化による、数多の異能犯罪」
「そうだ。あの力は、正しく使えば世のため人のため、大いに活躍するはずだった。若様は英雄と呼ばれ、名を馳せた事だろう」
「でも、そうはならなかった」
「神林さん…!」
事実を淡々と述べる私に対し、かずちゃんが小さな声で怒ってくる。
でも、私はそれを無視した。
「俺は子供の頃から、『心を殺そうとも、決して捨てるな』と言われ、育てられてきた。その教えを若様に伝え、正しき道を歩ませるのが、俺の仕事だと。そう信じてきた。……だからこそ、俺はもう……疲れたんだ」
そう言って、元山はアイテムボックスから大量の書類を落とす。
それは、『財団』の不正取引や汚職、犯罪行為の数々が記された証拠の書類。
それを拾ったかずちゃんは、怪訝な表情を浮かべて元山を見つめる。
「持っていくといい。俺も罪を受け入れよう。だが最後に、教育係としての務めを果たしたい。俺からの最後の説教だ」
最後の務め。
そう言えば聞こえはいいが、これはヤツだけでなく、早川家そのものを裏切る行為だ。
こんな事をして…本当にいいのだろうか?
「コレを明るみにすれば、ヤツどころか、早川家全体が終わる。それが、先祖代々早川家に仕え、教育係を担った者の最後の仕事なの?」
これは、私達から見れば好機だ。
予定よりもずっと早く、奴の首に刃を突き立てられる。
しかし、彼等から見ればそうもいかない。
裏切り者の烙印を押され、正当な法の裁きを受ける前に、殺されてしまう可能性が高いだろう。
そしてそれが…この人だけに留まるかどうか……
「問題ない。犯した罪の、報いを受ける時が来た。それだけだ」
顔を上げ、私達を正面から見つめる彼の表情は、覚悟に満ち溢れている。
そんな顔を見せられては、これ以上何か言うのは躊躇われる。
その空気を察して、かずちゃんもそれ以上追求はしなかった。
その後、他の拠点の正確な位置の割り出しや、早川派の戦力などを聞き出した後、ようやく戻ってきた『青薔薇』さんに彼を任せ、私達は近畿支部へ向かった。
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