第102話 優先順位

「うがっ!?」

「神林さ―――うっ!?」


剣の腹で殴打され吹き飛んだ私を心配したかずちゃんが、また元山に切り裂かれる。


後ろに下がろうとするが、逃げるよりも遥かに速く追撃が飛んでくる。


双剣の手数はかなりのもので、かずちゃんはどんなに抵抗しても全てを防ぎ切る事はできない


そのせいでまた体に切り傷が増え、ポタポタと赤い血が滴る。


「諦めの悪い奴らだ。何故そこまで抵抗する?」

「襲撃部隊の1人として、後続が来るまでここで戦わなくちゃいけない。それに、私達がやらないといかない理由がある!」

「ふん…青二才の割には、大した覚悟だ」


どれだけ斬られても闘志を失わないかずちゃん。


しかし、戦力差は歴然であり、元山もこの戦闘に苛立ちを覚え始めている。


ここで元山に本気を出させて、次の戦闘で消耗した状態で挑ませるなんて、時間稼ぎをしにきた訳じゃないんだ。


だから……ここは引くべきかも知れない。


「……かずちゃん、一緒に逃げよう」

「何言ってるんですか!?私達がここで戦わなくて、誰がやるんですか!?」

「そんなことよりも!!」

「っ!?」


私の怒りの籠もった声に、かずちゃんが肩を震わせる。


元山は空気を読んで攻撃をやめ、かずちゃんに道を開けた。


……なんでそんな事をするんだろう?私としては好都合だから別に良いけど。


「私にとっては、こんなことよりもかずちゃんのほうがずっと大事なの。誰にも称賛されることのない名誉よりも、目の前の大切な人のほうが優先順位は高い」

「………」

「別に、私達じゃなくたっていい。『花冠』の襲撃部隊があんなにいるんだから、彼女らに任せればいいじゃない」


逃げることを選んだ私を見て、かずちゃんは葛藤する。


私と元山を交互に見て、自分はどうするべきなのか、どうしたいのかを考えているんだ。


出来ることなら、今すぐに逃げる選択肢を選んでほしい。


このまま戦っても勝てない。

だから、私達は逃げて相応しい戦力を持つ人に任せたほうがいいはずだ。


でもそれは……


「………出来ませんよ、そんな事」


悩んだ後、かずちゃんは戦うことを選んだ。


傷だらけの体に回復魔法をかけ、顔色を一切変えない元山の前に立つ。


「ここで逃げるのは、私のプライドが許しません。こんな奴に好き放題されて、挙げ句一太刀も当てられないなんて……私も、一人の剣士なんですから」

「かずちゃん…」


まだ一度もダメージを与えられていないかずちゃんは、何としてでも元山に一矢報いたいらしい。


このまま何も出来ず逃げるのは嫌だと。


プライドが逃げることを拒んでいるんだ。


「逃げることも時には重要だが?」

「まだ私には早い」

「死ぬかもしれんぞ?」

「それはない」


死ぬかもしれない。


その言葉を、かずちゃんはハッキリと否定する。


「あなたからは、私達を殺そうとする気概が感じられない。確かに殺意はある。でも、本気で殺そうなんて、微塵も思っていない」

「………」

「それは、あなたの言う『若様』の命令?もしくは――――」


もしくは、元山の意思か…


どちらもあり得る。


早川が私達を支配下に置こうと、私達を殺さないよう命じる姿は容易に想像できる。


そして、そう命じられるだけの価値が、私達にはあると思っている。


ではもし、元山の意思だった場合はどうだろう?


こいつは、早川家の護衛の一族らしい。


その一族がいつから続いているのか知らないが……長く続けば続くほど、忠誠心というものは薄れる。


それに、護衛の一族と言っても人間だ。


それぞれの価値観があって、いくら主君の命令とはいえ、従えない――従いたくない事はあるはずだ。


もし彼が真っ当な感性の持ち主で、主君のしている行為が正しくないと思っているならば……殺そうとする気概がない事や、私達が逃げることを止めなかったことも納得できる。


……そのどっちかならね。


「ずいぶん甘い考えだな。気まぐれで生かしてやったら、まさかそんな妄想をし始めるとは」


『やれやれ…』と、呆れたようにそんな事を言い出したかと思えば、突然元山の姿がブレ、凄まじい勢いでかずちゃんが吹っ飛んできた。


「はっ…?」


何が起こったのか理解出来ず、呆然としていると顔にとんでもない衝撃が走り、頭から吹っ飛ぶ。


そして、受け身を取れず地面に叩きつけられた。


「少し蹴っただけでこのザマか…まだまだ発展途上と言うしか無い」

「うぅ…」

「っぅ……」


かずちゃんは体を丸めて痛みに耐えている。


私は強い意志で痛みを我慢し、蹴られた頬を擦りながら立ち上がる。


だが、顔を見上げた瞬間、文字通り目と鼻の先に切っ先を突きつけられ、身動きを取れなくなった。


「お遊びはおしまいだ。俺の気が変わる前に逃げれば良かったものを……これだからガキは嫌いなんだよ」

「……まだ、間に合うかしら?」

「文句ならそのガキに言え。そして、ガキを置いて逃げなかった自分を悔め」


そう言って、もう片方の剣を振り上げる元山。


私は力いっぱい殺意を込めて元山を睨みつけ、闘志を顕にする。


「……睨んで何になる?遺言は聞いてやるぞ」


わずかに隙を作ることが出来た。


ここだ。ここで決める!


「……私がかずちゃんを置いて逃げることはない。かずちゃん一人死なせて生き残ることもない。……そして、かずちゃんを残したりもしない!!」

「っ!?」


そう叫んだ直後、私はアイテムボックスから取り出したナイフをかずちゃん目掛けて投げる。


それを見た元山は、驚愕の色で顔を染めながら、私の手からナイフが離れた瞬間、上から剣を振り下ろし、ナイフを叩き落とした。


……やっぱりね。


「…死なせる気なんて毛頭ない。それに……アテが外れたわね」

「……何のことだ?」

「ここに奴は居ない。とんだ無駄骨だ」


そういった直後、何かのアーティファクトが、発動した感覚があった。


元山はそれが何かを理解し、剣を仕舞う。


「転移封じのアーティファクト。来ているはずの『青薔薇』が見当たらなかったのは、このためか」

「『青薔薇』だけじゃない。『牡丹』もいる。あなたは詰みだよ。……最も、勝つ気なんてサラサラ無かったみたいだけど」


起き上がったかずちゃんが、元山にそう言い放つ。


それに対し、元山は溜息をつくと、自ら私達に拘束される。


程なくして『青薔薇』と『牡丹』が突入してきたが、すぐに早川が居ないことを理解し、全員撤収となった。


拠点襲撃計画は…失敗に終わった。


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