第97話 仕事の大変さ

モニターを見続けて、犯罪行為をしている人間が居ないか監視する。

或いは、リストに載っている人間が居ないか確認するだけの簡単な仕事。


……そんな仕事だと、本気で思っていました。


「終わった……長かった……」

「お疲れ様。一旦ゆっくりする?」

「はい……今日はもう…寝たいです」


交代の時間になり、私達に最初に説明をしてくれた『花冠』の女性が入ってくる。


そして、私達はようやくあの椅子から解放された。


私と比べ、元気そうな神林さんが、『今日はもう休むか?』と聞いてきたから、すぐに『はい』と答えた。


シャワーも浴びずに寝るのは抵抗があるけれど、だからといって銭湯に行けるだけの気力はない。


神林さんに支えられながら部屋へやって来ると、ベットに倒れ込んでしまう。


「疲れてるからって、着替えずに寝るのは不味いよ。服がヨレヨレになっちゃう」

「神林さんが脱がしてください…」

「もう…しょうがないね」


服なんてどうでもよくて、とにかく寝たかった私は神林さんに着替えを任せる。


1枚1枚衣服を剥がされ、下着だけの状態になると、私かアイテムボックスから取り出したパジャマを着せてくれた。


そして、そのまま死んだように眠った―――なんて事はなく……


「……なんでこんなに疲れてるのに眠れないの?」


疲れてとにかく眠たいはずなのに、目が冴えて眠れない。


布団の中に潜り込んで寝ようとするが、また全く眠れない。


確かに私はホテルでは中々眠れないタイプだけど……だとしてもこれはおかしい。


「画面の見過ぎだね。ブルーライトは睡眠に悪いって言うし、あれだけ長く画面を見ていたら、そりゃあ寝れないはずだよ」


眠れない事に困惑していると、神林さんが眠れない理由を教えてくれた。


そうか…ブルーライトか…


確かに、ブルーライトは良くないって話は頻繁に聞く。


ブルーライトカットのメガネが宣伝されてるし、あれはそういう事なんだろう。


「神林さんは大丈夫なんですか?」

「私は不眠耐性があるから、一徹や二徹程度なら全然問題ないよ。なんなら、たった5時間の労働時間や、睡眠時間含めた自由時間が10時間もあることに驚きかな?」

「社畜乙ですね…」


4年間の社畜生活で鍛えられていた神林さんは、今日の労働は大したものではなかったらしい。


私はこんなに疲れてるのに……


「眠れないなら、私が寝かしつけてあげようか?そしたら、安心して眠れるかもよ?」

「そうですね……お願いします」


神林さんが私のことを寝かしつけてくれるらしい。


私のベットに移ってきた神林さんは、私のことを抱きしめて、とても優しく頭をなでてくれる。


目を閉じて安らかな表情をする神林さんを見ていると、私も眠たくなってきた。


「大丈夫だよ。私が居るからね」

「神林さん…」


体を小さく丸めて神林さんに包まれて眠る。


いつの間にかさっきまでの目の冴えは無くなり、眠気に身を任せ、私はゆっくり眠ることができた。









「起きて。交代の時間だよ」

「う〜ん…?」


神林さんに起こされて目を覚ます。


時計を見ると、あと2時間で交代の時間。


しっかり8時間睡眠できたみたいだ。


「おはようございます…」

「おはよう。ご飯用意したから、それ食べて、服を着替えて?」

「は〜い…」


まだ眠い目を擦りながら、私は休憩室へ向かう。


そして神林さんが用意してくれた朝ご飯?を食べた。


「今何時ですか?」

「午前3時。せめてシャワーくらい浴びたかったけど、こんな時間に銭湯が開いてるわけないし、また今日の仕事が終わってからだね」

「そんなぁ…」


まともにお風呂にも入れないなんて……なんて苦しいんだろう?


社畜時代の神林さんはどうだったんだろう?


「神林さん、社畜時代はお風呂入れてました?」

「毎日は入れなかったね…徹夜する日があると特に」

「そっか…徹夜で働いて、帰って来るのは次の日の11時とか…?」

「いや?徹夜で働いて、更に日をまたいで帰る。酷い時はそんな感じだよ」


そりゃあ、そんな生活してたら《不眠耐性》なんてスキルも手に入れられるよ…


昨日の私はたった5時間で音を上げたのに、神林さんはその何倍も働いてるんだから。


そんな神林さんからすれば、この仕事とは超ホワイトなのかも?


「時間はあるからゆっくりしてもいいけど、最低限身だしなみは整えてね?社会人の義務だから」

「ええ?どうせここから出ないんですから、もうパジャマでいいじゃないですか」

「駄目よ。何時何時外回りの仕事を与えられるかわからないし、何もずっとモニターを眺めているだけの仕事では無いはずよ。最低限外に出ても恥をかかない格好で行くの」


もうパジャマ姿で監視室へ行こうとする私を、神林さんは最低限外に出られる格好をするよう止めてくる。


身だしなみを整えるのは確かに大事だけど、どうせこの監視拠点から出ないんだから、パジャマでいいじゃん。


神林さんも融通がきかないなぁ…


「ほら、早く着替えて?」

「まだご飯食べてるじゃないですか。もうちょっと待ってくださいよ」

「会社員になるなら、そんな事言ってられないよ」

「別に私は就職希望なんて無いし、そもそも働かなくたって、もう一生遊んで暮らせるだけのお金があるんですから。…本当はこんな仕事する必要ないんですよ」


そっぽを向いてそう答えると、神林さんが困ったような顔をする。


それを見て、私も流石に言い過ぎたと思った。


「……でも、咲島さんには沢山恩がありますし、お金を貰ってるからには頑張りますけどね!」

「そう思う?じゃあ、さっさと食べきって服着替えて?」

「……え?これ私良心につけ込まれた?」

「そんなどうでもいいこと言ってないで、ほら早く」

「絶対私の良心を利用しましたよね!?神林さん!?」


服を取り出して、早く着替えろとアピールしてくる神林さん。


困った顔をして私の良心につけ込み、それを利用したんだ。


なんて酷い大人だ!


「…この恨み、忘れませんから」

「はいはい。恨めしかったら、私に言われるまでもなく全部やることだね」

「ふんっ!そんなの朝飯前ですよぉ〜だ!」


神林さんが愛情込めて作ってくれた……朝ご飯?を、ガツガツと一気に平らげる。


そして、服をひったくって部屋に戻ると、すぐに着替えて神林さんの前で胸を張る。


「ふんっ!」

「威張っても今日はかずちゃんの負けよ。また明日チャレンジしなさい」

「んなっ!?」


神林さんは私のことを軽くあしらい、私が脱ぎ捨てた下着とシャツを回収する。


そして、昨日着た服と一緒に洗濯機に入れて、洗濯をし始めた。

あと、私達以外の服も。


「…これも一緒に洗うんですか?」

「部屋の前にメモが落ちててね。一緒に洗ってほしいらしいよ」

「神林さんがやる必要あります?」

「時間はあるからね。やっていこうと思う」


洗濯機のタイマーを確認した神林さんは、体を伸ばしながら部屋へ戻る。


「タイマーが鳴ったら教えて。私はもうちょっとだけ寝るから」

「え?私も寝たいんですけど…」

「かずちゃんが寝てる間に、ちょっと手伝ってほしいって言われてね。私寝てないの」

「え…?」


私が寝てる間に、神林さんが?


それは……不眠耐性があるとはいえ、流石に寝てもらいたい。


「わかりました。タイマーが鳴ったら私がやっておくので、神林さんは寝てください」

「ありがとう。お休み…」


自分のベットへ戻った神林さんは、すぐに寝てしまった。


…確かに、神林さんのベットはまるで誰も寝ていなかったように、シーツや掛け布団がグチャグチャにならず、キレイなままだ。


タイマーが鳴るまで休憩室で待っていようと、椅子に座って待っていると、私達に監視拠点の案内をしてくれた女性のバディが、眠そうな顔をしながら休憩室に入ってきた。


「…1人なんだ?」

「はい。神林さんが、まだ寝たいって…」

「……まあ、あの人寝ずにブラックリストに載ってるヤツの追跡してくれたしね」

「どうやって…?」

「実際に現場に行って、『花冠』の暗殺班が来るまで尾行を続けてくれたんだよ。覚醒者で足が速いから、すぐに現場に行けたし」


そんな事をしてくれてたのか…


……でも、尾行してたなら神林さんが殺れば良かったのに。


「なんで、神林さんに始末してもらうんじゃなくて、暗殺班に?」

「暗殺班はその手のプロ。下手にあの人に任せて、証拠が残ると困るのよ」

「だから、証拠を残さない暗殺班の到着を待ったんですね…」

「そっ。まあ、そのせいであの人寝てないんだよ。これから交代だってのに…大変だね?」


それだけ言って、冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出し、自分の部屋へ戻っていった。


神林さんが一人で尾行をしたのは、私を思っての事だろう。


どれだけ時間がかかるか分からないから、疲れている私にそんな面倒な仕事をさせないためにも、一人でやってくれたんだ。


神林さんが寝ずに仕事をしている裏で私は……


「……今日は、神林さんの分も頑張らないと」


たった2時間じゃ、疲れも取れないはず。


神林さんに少しでも楽をしてもらう為に、私が頑張るんだ。


両頬を叩いて気合を入れると、今私にできる事を探して、休憩室を出た。



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