第96話 監視員に就職
「ここが監視室よ」
「「おお〜!」」
咲島さんに指定された場所に行くと、『花冠』の人が私達を待ってくれていて、まずは監視室に案内してくれた。
そこには大量のモニターが設置されていて、大阪の町の景色を映している。
「モニターは全部で10個あって、1つのモニターにつき3つのカメラが対応している。3秒おきに映像が変わるから、見逃さないようにしてね」
「は〜い」
「わかりました」
5個のモニターの映像を、3秒で確認しないといけない。
中々厳しい仕事だね。
3秒しか猶予がないとなると、かずちゃんとワイワイしながらすることも出来ないし……果たして何日持つ事やら。
目を輝かせるかずちゃんとは対象的に、これからを心配しながら、『花冠』の人について行く。
次にやって来たのは、仮眠室だ。
「ここがあなた達の部屋よ。この仕事をもう何年も続けてるけど、今回新しく出来たここの仮眠室は、ベットがかなり良いものなの。ぐっすり眠れるはずよ」
「ホントだ!神林さん!このベット、カフカですよ!」
ベットに飛び乗ったかずちゃんが、手足をバタバタさせながら、ベットの良さを教えてくれる。
『可愛いなぁ』と思いつつ、人前でベットに飛び込むなんて事しないでほしいと、ちょっと恥ずかしく思っていた。
「じゃあ次は休憩室ね。すぐ隣だから見て?」
「これが休憩室…」
「狭いでしょ?私達やもう一組も使いたいから、あんまり長居はしないでね?」
「わかりました」
仮眠室の大きさに対して、休憩室はその3分の2程度の大きさしかない。
そこにはシンクやコンロ、机と椅子に冷蔵庫と食器棚がある。
もちろん、電子レンジや電気ケトルなんかもあるが、部屋が狭い。
二人で使うのが限界だろう。
……椅子も2つしかないし。
「冷蔵庫は共有だけど、人が買ってきたものを勝手に食べないようにね?」
「このパンは?」
「それも勝手に食べないように。籠が用意してあるから、食べられたくないものはそこにいれる。それ以外は…まあ、好きに食べていいわ」
「じゃあこっちの食パンは食べていいんですね」
パンやカップラーメンが入っている戸棚を開けて、勝手に中を漁るかずちゃん。
……せめて説明が終わってからしなさいよ。
「トイレはそこを右に曲がったところにあるから。あと、シャワールームは無いから、お風呂に入りたかったら銭湯にでも行ってきて」
「「え?」」
「じゃあ私は休憩に戻るから。昼間っから盛って私の睡眠を邪魔しないでね?」
そう言って、女性は自分の部屋へ戻っていった。
……それはそうと、シャワールームが無いってマジ?
お風呂入れないの?
仕事終わりの予定は決まったね。
「…とりあえず、買い出しに行こっか?ご飯もパンも麺も無いのは流石にアレだし」
「お菓子やジュースも用意しておきましょう。コーヒーとかもあったほうがいいですかね?」
「さあ?まあ、あったほうが良いと思うよ。……アレを見る限り」
「生々しいですもんね…」
私とかずちゃんが見つめるモノは、空き缶用のゴミ箱。
中にはそろそろ溢れそうなほどエナジードリンクとコーヒーの空き缶が捨てられていて、この仕事の大変さが垣間見える。
休憩時間は……そうか、私達が来るまでここは4人体制だったから、休憩時間が5時間しか無かったのか。
死んだ魚みたいな目をしてた理由はそれなのね。
かずちゃんを連れて監視拠点を出ると、近くのスーパーで食品を一通り買っておく。
そして、ついでに近くにあったドーナツ屋でドーナツを買った。
これは、先に働いてくれている4人へのお土産のつもりだ。
チラチラと私の手を見て、ドーナツを狙うかずちゃんに取られないよう注意しながら、拠点へ戻った。
「ここにあるボタンは、このモニターの映像と連動していて、ボタンを押したら近畿支部に映像が送信される。犯罪行為を見つけたら、すぐに押して」
「それの判断はどうすれば…」
「判断基準はその人次第。まあ、疑わしい時は大体送信すればいいわ。この仕事は始めてで、判断が難しいでしょうし」
交代の時間がやって来て、監視のやり方を教えてもらった。
ボタンが十個あって、それがモニターと連動している。
犯罪行為を見つけたら、そのモニターと連動しているボタンを押して、近畿支部へ映像を送信するという仕組みだそうだ。
頭の上にはてなマークを浮かべ、理解できていないかずちゃんに、後で細かく噛み砕いて教えてあげようと考えていると、分厚い黒いアルバムのようなものを渡された。
開いてみると、沢山の男の写真が貼られていて、名前といくつかの個人情報が載せられている。
「これが近畿支部のブラックリスト。見つけたら、黒いボタンを押してから映像を送信して」
「ブラックリスト…」
確かに、よく見たら罪状が書かれてる。
中には殺人って書かれたやつも居るし…怖いなぁ。
顔を覚えるために、一人一人しっかり見ていると、かずちゃんに赤いアルバムが渡される。
「こっちはレッドリスト。これも即通報。赤いボタンを押して」
「……違いはなんですか?」
「重要度かな?ブラックリストは見つけ次第抹殺の対象で、レッドリストは重要な監視対象。更生の兆しがなければブラックリストに送られるわ」
レッドリストも覗いてみるが、確かに罪状がそれほど重いものじゃない。
でも、更生の兆しがなければ『花冠』が動きそうな罪―――痴漢や覗き、盗撮なんかがずらりと並んでいる。
ハラスメントも結構多いね…
「あなた達も何かしたらここに載るから、余計なことはせず、かつ人から恨まれないようにしなさい」
「私達はそんな事しませんよ。ね?神林さん」
「そうね。というか、『花冠』のリストに女が載る事ってあるの?」
女性が『花冠』に狙われるなんて事あるんだろうか?
『花冠』は女性を守る組織だ。
そんな『花冠』が女性をレッドリストやブラックリストに載せるなんて…
「別に女性を襲ったり食い物にするのは男だけじゃないわよ。同じ女だからって安心させて、利用する輩は居る。そういう連中を監視し、始末するのも私達『花冠』の仕事。あとは、痴漢冤罪で小銭稼ぎをするやつを更正させる為に、監視リストに載せられていることもあるわね」
「要は、犯罪行為をしなければいいんですよね?だったら大丈夫です。私達はそんな下らないことしませんから」
女性に対して悪質な犯罪行為を働く人間を始末するのが『花冠』の使命。
それに触れるようなことをしなければ大丈夫だ。
言い換えれば、私達の仕事はそれに触れるようなことをした人間を見つけ、報告すること。
なれるまでは大変かもね。
「一応、イエローリストも渡しておくけど、まあこれはあんまり気にしないで。報告するかの判断は任せる。私は寝るから」
「あっ!ちょっと待ってもらえますか?」
「…なに?」
そう言って監視室を出ていく女性を呼び止める。
少し嫌な顔をされた。
「ドーナツ買ってきたので、良かったら食べてくださいね?」
「気が向いたらね。じゃあまあ、頑張って」
ドーナツの話をすると、少し嫌な顔が和らいだ。
とはいえ、早く寝たいらしい彼女は苛立っていて、これ以上は話しかけないようと思う。
かずちゃんの方へ振り返ると、私は椅子に座って仕事を始める。
「じゃ、始めようか?」
「はい!」
かずちゃんを椅子に座らせ、監視を始める。
この時は、この仕事が私の想像をはるかに超える苦しい仕事だとは、思いもしていないのであった………
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