第95話 反撃準備
早川との戦闘から2日。
私達は杏の忠告で極力実家を出ないようにし、家でずーっとイチャイチャしていた。
「いつまでそうしているんだ?早く食器を片付けなさい」
「わかりました。かずちゃんも行こう?」
「は〜い」
今は夕飯を食べ終わり、ゆっくりしていたところだ。
かずちゃんを膝の上に乗せて抱きしめ、沢山可愛がっているとしびれを切らしたおじいちゃんに、さっさと食器を片付けろと言われてしまう。
流石にちょっとやりすぎたかな?
「お母さん。食器持ってきたよ」
「ありがとう。……居間でするなら、ほどほどにしなさいよ?お父さん達が困ってるわ」
台所に食器を持っていくと、お母さんにも叱られてしまった。
確かに、お父さんも居心地悪そうだったな…
大人しく自分の部屋に戻ろう。
「神林さ〜ん。もっと甘やかしてくださいよ〜」
「そう?じゃあ、抱っこして連れて行ってあげる」
「わ〜い!神林さん大好き〜!」
かずちゃんを抱っこして自分の部屋へ行く。
すると、部屋の前に来たときに電話が掛かってきた。
「杏からだ…ごめんねかずちゃん。一旦下ろすよ」
「は〜い」
「ありがとう。……もしもし?どうしたの?」
かずちゃんを一度下ろし、杏からの電話に出る。
『もしもし紫?そっちの様子はどう?』
「全然問題ないよ。咲島さんが根回してくれたのか、『花冠』がなにかしたのか、はたまたこんな田舎まで手は回らないのか知らないけど、マスコミは来てないよ」
『そっか…それは良かった』
杏からの電話は、こっちにマスコミが来てないかの確認だった。
どうやらあの日の出来事を一部始終撮影していた人が居たらしく、それがネットで拡散され、大騒ぎになった。
『モンスターを操り、ダンジョンの外へ連れて来て、悪さをする者がいる』
その事実が大々的にニュースでも報じられ、私達は一躍有名人になってしまった。
すでに杏と町田さんはマスコミに住所を特定され、面倒なことになっているそうだ。
しかし、今のところ私達にそういった気配はなく、考えられる状況は多々あるが、とにかくこっちまでマスコミは来ていない。
その確認がしたくて電話をしてきた。
『咲島さんや花冠がなにかしたって話は聞かないし、多分単純に居場所がバレてないだけだと思うよ。そっち、まぁまぁ田舎でしょ?』
「そうだね。多分バレてないだけだと思う」
『まあでも、見つかるのは時間の問題だろうし、その時は素直に取材を受けな』
「大丈夫。どうせマスコミが取材したいのは、私じゃなくてかずちゃんだから。かずちゃんを囮にするよ」
「ちょっと〜?」
私の発言が気に入らなかったのか、顔をふくらませるかずちゃん。
そして、ポカポカと優しく私のことを殴ってきた。
「ごめんって…ほらギュ〜」
「……むふぅ」
抱きしめてもらって、少し機嫌が良くなるかずちゃん。
すぐに顔に出るところも可愛いなぁ〜、なんて考えていると、電話の向こうから咳払いが聞こえてきた。
『とにかく、そっちは安全なら、絶対に遅れないようにね?仲良くなっちゃったせいで、同僚から根掘り葉掘り聞かれてるんだから』
「そうなの?」
『当たり前でしょ?咲島さんがあなた達のステータスを共有してたけど、たった数日でレベルが20近く上がる冒険者だよ?同業者としては、『そんなバカな…』としか言えないんだから』
「ふ〜ん」
そう言えば、この異常なレベルアップの速度についても、咲島さんに聞こうと思ってたんだった。
…ちょっと早めに行こうかな?
『別に私はあなた達の事をなんでも知ってる訳じゃないんだから、私に聞かれても困るだけなのに……ねぇ、今すぐ来て説明代わってくれない?』
「無理だよ。ギリギリに着くように調節するから、よろしくね?」
『はぁ!?こっちに来たら覚悟しなさい!!』
「はいはい。じゃあ切るよ〜」
返事を待たずに電話を切り、ポケットに仕舞う。
そして、待ち切れないといった様子のかずちゃんに飛びつき、体のあちこちをすーっと撫でる。
「ちょっと…!くすぐったいです」
「ごめんね。今の私が出来るのはここまでなんだ」
私がそう言うと、かずちゃんは眉を顰めて少し怒りだした。
「むぅ……あれだけ人の血で手を汚しておきながら、まだ私のことは汚してくれないんですか?」
「………」
何もおかしなことは言っていない。
でも、何故か私はその言葉を認めたくなかった。
自分の失言にすぐに気付いたかずちゃんは、目を左右に泳がせて何かを考えると、恐る恐る口を開く。
「えっと……私はいつでもオッケーなので、神林さんの好きなタイミングでお願いします!いつだって、私は神林さんの可愛い恋人ですから」
「……ありがとね」
自分勝手で、ワガママなかずちゃんは、ちゃんと気遣いができる子だ。
その優しさに密かに感動し、ありがとうを言う。
そうして、私達は出発の時間までゆっくりしていた。
午後9時 京都
「時間ピッタリ。浅野がキレてたぞ?」
「ヘルプを無視したら、『覚悟しろ』って言われましたので…」
「そうか。やはり、あの二人をあなた達に付けて正解だったな」
パチンコ屋の地下。
『花冠』第2近畿支部にやって来た私達は、来客用の部屋に通され、そこで待っていた咲島さんと話す。
どうやら、杏達を私達と一緒に行動させるよう采配したのは咲島さんだったみたいだ。
「さて、二人を呼んだのは他でもない。早川照。ヤツを討つ計画のためだ」
「早川……ついにやるんですね」
「ああ。ようやくその目処がついた」
早川討つ。
今まで追い払うことしか出来なかった早川を、ついに倒すときが来たんだ。
「『財団』の早川派以外の勢力が、早川派を『財団』から追放しようとする動きが、最終段階に入ったそうだ。過去の不正を明るみにし、その責任を取らせる形で『財団』から追い出す。後ろ盾を失った早川照は私達が討伐し、早川派の連中はそのまま豚箱行き。そのための最終準備に入る」
「話は進んでるんですね」
「ああ。あとはヤツの隠れ家を特定し、始末するだけ。このためだけに、大枚はたいて転移封じのアーティファクトも用意した。ヤツは着々と、詰みの盤面へ追い込まれている」
氷像をいくつも作り出し、そのうちの一体がその他の全ての氷像に囲まれている。
そこへ咲島さんの手が振り下ろされ、囲まれていた氷像が粉々に砕け散る。
咲島さんは不敵な笑みを浮かべ、悪役のように笑うが、手で目を覆うと、すぐに真剣な表情へ戻る。
「だが、『窮鼠猫を噛む』とも言う。追い詰められたヤツは―――いや、奴らは何を仕出かすか分からない。そのため、あなた達にも監視網の強化に協力してほしい」
「監視網の強化…一体どうやって?」
「簡単な話だ。つい先日、近畿支部の監視網が復活した。それに加え、新たに追加した監視網もある。あなた達は、そのうちの1つを交代で24時間監視する」
要は、警備員みたいな事をしろって話だね。
ふむ…それくらいなら全然出来るし、問題ないかな。
かずちゃんは……大丈夫そう。
チラッとかずちゃんの方を見ると、まるで小さな子供のように目を輝かせて、興味津々だった。
まあ、そういうのが好きな年頃だし、仕方ないね。
「基本的に5時間で交代。その後10時間の休憩を挟み、再度5時間だ。あなた達を含めて6人で監視してもらう。二人一組で監視してもらうって事だな」
「ちなみに報酬は?」
「1時間で1万。休憩時間中にも監視を続けるというのなら、もちろんその分も支払おう。『財団』の小僧からたんまり搾り取ってきたからな。まだまだ資金には余裕がある」
仕事内容を聞かされ、報酬はもちろん、残業代も出るそうだ。
休憩時間があるとはいえ、家に帰れずずっと働かされる事になることさえ目を瞑れば…まあ、悪くないだろう。
ただ……
「それっていつまでですか?」
「最短で1週間だな」
「本気ですか?」
「何を言う?『花冠』の監視員はもっと低賃金で長時間働いてくれるぞ?」
「すいません、なんでもないです」
これから一緒になる『花冠』の人には、何か手土産を渡しておかないと。
多分、通常業務の範疇になるんだろうから、私達より全然稼げてないはず。
変な反感を買わないよう、全力で努めなければ……
「長いと一ヶ月かかる可能性もあるが…辞めたくなったら言ってくれ。別の者を充てる」
「は、はい…」
一ヶ月だって…?
いや、もっと掛かることも想定しないと、大変かもしれない。
私は大丈夫だけど、かずちゃんは道かなぁ…
心配だ。もしかしなくても、とんでもない仕事を請け負ってしまったんだから。
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