第91話 お見送り

かれこれ1時間半は居酒屋に居たようだ。


浅野さんはそれなりに酔っているらしく、少し様子がおかしい。


それに対し、私はと言うと…


「紫〜!あなたいつになったら酔ってくれるのさ〜?」

「あんな酒で酔うことはないよ。杏と違ってね」

「そのスキル本当にインチキだよね〜。次こそは絶対酔わせてやるんだから〜」

「はいはい」


まあ、ほろ酔いにすらならず、至って普通の状態だ。


本当に《鋼の体》はアルコール耐性がおかしい。


途中からムキになった杏―――浅野さんが、私に度数の高い酒を浴びるほど飲ませられたが、全然酔う気配がなかった。


……やっぱり、お酒を飲むなら《鋼の体》を緩めてからじゃないと。


「かずちゃん達を迎えに行くよ。何処にいるの?」

「パチンコ屋の裏手だよ。あそこは元々古い文化センターがあってね。新しいのが出来るってなって閉鎖されたから、その土地を『花園』が買い取ったの」


へぇ〜?


そんなことがあったのか…


……それとパチンコ屋の裏手になんの関係が?


「文化センターには武道場があって、少し離れた場所に庭園と一緒に作られてた。パチンコ屋の建設計画の最中、地域住民から『武道場だけでも残して欲しい』って要望があったらしく、どうせ土地は足りてて駐車場にしかならないから、その要望を受け入れたらしいよ」

「なるほど…じゃあ、その武道場に二人はいるのね?」

「手合わせだったり模擬戦をする時に使ってるから、多分居るよ」


『花冠』が手合わせや模擬戦をする時に使う施設。


…まあ、元は普通の武道場だけど。


酔って一人で歩かせるのが心配な杏の体を支えながら、40分ほど時間をかけてパチンコ屋へ戻って来る。


そして、パチンコ屋の裏手に回ってみると、本当に武道場が残っていた。


「ここだよ。さて、二人がどんな状態か見に行こうか」

「もう喧嘩は終わってて、楽しそうに話してるといいんだけど」


二人が仲良くなっている事を信じて武道場の扉を開けると、二人が重なり合って横になっているのが見えた。


「ねてるー?……って、これは酷い」

「どんな喧嘩の仕方したらこうなるのか…」


二人の側にやって来て顔を覗き込むと、それはもう酷いことになっていた。


とても人に見せられるような状態ではない二人の顔を見て、ポーションを取り出すか迷う。


だが、私達が帰ってきた事に気付いたのか、町田さんの下敷きになっていたかずちゃんが目を覚ました。


「神林さん…?」

「あ、起きた?なら、早速で悪いけど、回復魔法で自分を治して?」

「……は〜い」


自分の上にのしかかっている町田さんを床に落とし、起き上がって回復魔法を掛ける。


床に落とされた衝撃で町田さんも目を覚まし、「いたたたた…」と、かずちゃんにやられたであろう、心配になるくらい青くなっている腕を抑えている。


「治癒できたら町田さんにもやってあげて」

「え〜?」

「文句言わないの」

「むぅ〜…」


不服そうにしながらも、かずちゃんは片手で町田さんに回復魔法をかける。


一分ほどで終わり、顔が血だらけなことを除けば、かずちゃんも町田さんも元通りだ。


「で?さっきの状況は何?」


私がそう聞くと、かずちゃんが私に飛びついてきた。


「聞いてくださいよ神林さん!この暴力女が、『馬乗りになって一方的に殴るのは無し』って言ったのに、それを無視してやって来たんですよ!?」

「はぁ!?アンタだって、首絞めてきたじゃない!神林さん!その子を甘やかさないでください!!」

「私の神林さんに余計なことを吹き込むな!!」

「なんですって!?」


また飛びかかろうとするかずちゃんを捕まえ、町田さんは素早い動きで背後に回った杏に捕まった。


「かずちゃん。もう勝負のことはいいから、1つだけ聞かせて。町田さんとは仲良くやれそう?」

「無理ですね!……まあ、気は合いそうですけど」


舌を出して『べー!』と言うかずちゃん。


町田さんも舌を出して『べー!』と返してきた。


小学生か君達は…


「せんぱ〜い!このクソガキになんとか言ってやってくださいよ」

「ナントカ〜。はい言った〜」

「酒臭っ!?どんだけ飲んだんですか!?」


自分も味方を作ろうと、杏を頼ろうとしたようだが、今の杏は酔っているからそこまで期待はできないと思う。


それに、不用意に抱きついたせいで、お酒の臭いにやられてるし。


「スンスン……神林さんもお酒臭い」

「酔ってないだけで相当飲んだからね。お酒だけでお腹いっぱいになったよ」

「どれくらい飲みました?」

「さあ?とにかく沢山」


かずちゃんにお酒臭いと言われた。


酔ってはないんだけどなぁ…


「もう……ほろ酔いくらいで辞めるって約束しましたよね?」

「これはほろ酔いだよ〜?」

「ガッツリ酔ってるじゃないですか!」


……なんか、ゆっくり杏が酔っていっている。


さっきはもう少ししっかりしてたんだけど……支えながら連れて帰ってきて正解だったかも。


「町田ぁ〜。今日もお前んち泊めて〜」

「はいはい。わざわざ先輩の家までついていくのは嫌ですからね」

「ありがと〜」


まるで普通のことのように、町田さんの家に泊まろうとする杏。


そして、それを当たり前のことのように受け入れる町田さん。


……この二人妙に仲が良いな?


「…やっぱり付き合ってるんですか?」

「いや?」

「全然?」


私より先にかずちゃんが質問したが、速攻で否定された。


どうやら付き合っている訳では無いみたいだ。


じゃあ、ただ単に仲が良いだけか。


「私は彼ピがいるし、先輩は既婚者で1児の母だからね」

「「えっ!?」」


1児の母!?杏が!?


「まあ、旦那と子供は仙台に居て、私が単身赴任みたいな感じだけどね〜」

「仙台出身?」

「両方とも京都。職業柄、家族が狙われる事があるからね〜。咲島さんに頼んで、仙台の『花冠』の親族が避難する場所に引っ越してもらった」


そんなところあるのか。


確かに、逆恨みから家族を守るには『花冠』の本拠地にして咲島さんのお膝元の仙台に移住するのが、一番効果的だ。


仙台は『花冠』による監視網が桁違いだし、怪しい動きがあればすぐに悟られる。


100%安全というわけではないけれど、まあ手を出す奴はそうそう居ないだろう。


「そう言えば、あなた達は付き合ってたわね〜。セッ◯スはした?」

「まだですよ。神林さんは私が未成年だからって、相手してくれないんです」

「そうなんだ〜?私達はヤッたけどね〜」

「「……ん?」」


待って?今杏はなんて言った?


私“達”って言ったよね?


……いや、あれだろう。言葉の綾ってやつ。


杏は子供が居るし、町田さんは普通に彼氏と……って事だろう。


「とうなの?答え次第では浮気女って言うけど?」

「違うのよ!アレは間違いなの!!」

「……したかしてないかは否定しないのね」


町田さんを問い詰めたかずちゃんが、本当にこの二人はヤッている事を聞き出した。

……まじかぁ。


「あの時は二人ともお酒が入っててテンションがおかしくて!そのまま勢いで……」

「なるほど…お酒か」

「かずちゃん?私にアルコールは効かないよ?何なら、多分かずちゃんは《状態異常無効》で対して酔えないだろうし」

「ちぇっ」


お酒の力で既成事実を作ろうとするかずちゃんに、しっかりと釘を刺しておく。


…だいたい、かずちゃんは20歳どころか成年すらしてないんだから、私が飲ませるわけない。


もしかずちゃんがお酒を飲もうとしてたら、その時は本気で怒ろう。


じゃないと、かずちゃんの為にならない。


「と、とにかく!アレは事故みたいなものだからノーカン!」

「事故か…神林さん、夜中に寝ぼけて襲ってもそれは事故になり―――」

「ならないから。そう聞いてる時点で確信犯だから」


そんなの事故でもなんでもない。


全く……へんな方向に悪知恵を働かせないでほしいね。


「それはそうと、そんな話私達にして大丈夫なの?私達―――特に、かずちゃんが言いふらすとか考えたりしないの?」


ふと気になった事を聞くと、町田さんはチラッとかずちゃんを見て、不満有りげな様子で口を開いた。


「……生意気なクソガキですけど、そんな事はしないと思います。気に入らないのは確かですけど、別に嫌いじゃない。それは、アンタも一緒でしょ?」

「……まあ、悪い人じゃなさそうだし、神林さんを狙ってるわけでもないから、警戒しなくてもいい。ただ、ものすごーく気に入らないだけで、嫌いじゃないよ」

「本当、失礼極まりないガキだ」

「敬意を持って接して欲しいなら、それ相応の大人になってね?」


さっきと比べれば二人とも敵意は無い。


心が子供な二人でも、決してバカという訳では無いから、何時何時いがみ合っているような事はしないんだろう。


……まあ、子供だけど。


「杏を連れて帰るの手伝った方が良いかしら?1人じゃ大変でしょうし」

「大丈夫ですよ。酔っぱらいの介護は慣れてるので」


杏を家まで連れて行くのを手伝おうかと聞いてみたが、町田さんは一人で大丈夫だと言った。


……まあ、酔って問題行動を繰り返す男の対応もしてるだろうし、任せてもいいかな。


「ほら立って!ハキハキ歩いてください!」

「なんだ〜!先輩に対してその態度は〜!」

「酔った先輩なんてこんな感じで十分です!」

「なんだと〜!?」


……駄目だ、今更アルコールが効いてきてる。


町田さん1人に任せるのは心配だ。


「……やっぱりついて行くわ。なんか心配だし」

「私もそう思います。貸し1だから」

「はあ!?それなら神林さんだけでいい!」

「かずちゃん!余計なこと言わない!」


ただでさえ介護で大変な町田さんの邪魔をするかずちゃんを叱り、杏の肩に手を回して支える。


後ろで涙目をしたかずちゃんが私を睨んでいるが、今は気にしちゃいけない。


手招きでかずちゃんを呼ぶと、町田さんと一緒に杏を支えながら武道場を出る。


そして、3人で杏を町田さんの家まで送る。


その最中、ひょんな話から互いのステータスを見せ合うことになった。


これが杏と町田さんのステータスだ。


―――――――――――――――――――――――――――


名前 浅野杏

レベル86

スキル

  《剣術Lv6》

  《魔闘法Lv6》

  《暗殺術Lv7》

  《隠密Lv7》

  《探知Lv6》

  

――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――


名前 町田愛

レベル81

スキル

  《短剣術Lv5》

  《魔闘法Lv5》

  《暗殺術Lv4》

  《隠密Lv7》

  《探知Lv3》

  《威圧Lv2》


―――――――――――――――――――――――――――


『竹級』というだけあって、二人ともなかなか強い。


《魔闘法》の関係で互角くらいにはなっているかも知れないけれど、レベルだけ見れば格上だ。


「レベルが同じ…それで、魔力無しの殴り合いで勝てなかったのか」

「これが本当に冒険者を初めて四ヶ月のステータス?4年の間違いじゃなくて?」

「正真正銘四ヶ月よ。やっぱり、この成長速度は異常?」


私達のステータスを見て驚いている町田さんにそう聞くと、『当たり前だ』という声が聞こえてくるような表情をされた。


「異常も良いところです。スキルを加味すればこのガキ―――失礼、一葉ちゃん

のほうが上ですけど、私はここまで来るのに4年掛かってるんですよ?咲島さんも、20年以上冒険者を続けてあのステータスですし……本当に人間ですか?」

「モンスターなら、種族が表示されるはずだよ?」

「そうですけど……この異様な成長速度は一体…?」


……確かに、おかしなはなしだ。


何度も自分達の成長速度がおかしいとは思ってきたけど…実際にこうしてみると、その異常さが際立つ。


仮にかずちゃんと町田さんのレベルは同じ。


しかし、そのレベルに至るまでにかかった時間は、あまりにも違いすぎるのだ。


単に才能というだけでは言い表せない、まるで別のなにかの力が働いているかのような成長速度の差。


……咲島さんなら、なにか知っているかも知れない。


また明日にでも聞いてみよう。


「ふう。着きましたよ。神林さんもありがとうございました。……一葉もね」

「ふふん!また今度焼き肉奢ってくれるって事で、手打ちにしてあげる!」

「かずちゃんは何もしてないでしょ…」


偉そうにするかずちゃんを叱りながら、町田さんを見送る。


玄関の扉を開け、家の中へ入った町田さんが顔だけ出し、口を開いた。


「また明日も似たような仕事があるので、9時にはあの店に来てくださいね?」

「「え…?」」

「それでは、お休みなさ〜い」


それだけ言うと、町田さんはドアを閉めて帰ってしまった。


……明日もあるの?アレ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る