第90話 一線を超える

「じゃあ、打ち合わせ通りあなた達は囮兼逃げたヤツの始末をお願い」


夜になり、麻薬密売組織を始末するべく、とある倉庫の近くへやって来ていた。


私達の仕事は、気配をあまり隠さず近付いてきて、中にいる覚醒者の注意を引くことと、逃げ出した麻薬密売組織の人間の始末だ。


本当なら私達も一緒に参加する予定だったんだけど、私達は《隠密》持っていないので、あくまで自力で出来る範囲での隠密しか出来ない。


だから、囮役として覚醒者の気を引く仕事が与えられた。


「ふん!やっぱり邪魔なだけだったじゃない」

「4歳も年下の子供と本気で喧嘩してるような人が何言ってるんですか?」


まーた下らない喧嘩をするかずちゃんの頭を掴んで黙らせる。


町田さんは浅野さんに口を無理矢理閉じさせられて、モゴモゴ言っているから、もう殴り合いなんて事にはならない。


「じゃあ、私達は先に行かせてもらうわ。一分経ったら来て」

「わかったわ。かずちゃんもちゃんと聞いたね?」

「はい!………せいぜい浅野さんの邪魔をしないようにすることですね」

「取り逃がしたりしたら右の鼻の穴にわさびチューブぶっ刺すから。まっ!逃さなくても左の鼻の穴にぶっ刺すけど」

「じゃあ私はカラシの用意をしておきますね。もちろん、あなた用の」


口を開けば喧嘩しかしない二人を無視して、私と浅野さんは準備を整える。


先に車を出た浅野さんを、私は手を振って見送った。


…ちなみに、かずちゃんは中指を立てていた。町田さんも中指を立てていた。


「きっとこれからも交流があるんだし、町田さんとも仲良くしなよ?」

「あんなのとですか!?」

「コラ!」

「あ痛っ!?」


失礼なことを言うかずちゃんにチョップをお見舞いし、叱っておく。


…とはいえ、あの時喧嘩を止めなかった私にも非はある。


お仕置きはこれくらいにしておこう。


「気は合うはずだから、まあ親友になれとは言わないけど、信頼できる関係にはなっててね」

「は〜い…」


不服そうなかずちゃんから目を離すと、時計の針を見つめる。


一分経ったら私達も行くんだ。


人を……殺す場所に…





           ☆ ★ ☆






倉庫の裏手に周り、静かに窓を割って中へ入る。


取引の現場を見つけ、獲物を取り出してあの2人が動くのを待つ。


「……かずちゃんとは仲良くやれそう?」

「無理ですね。今もまだアイツに殴られた場所が痛むんですよ?まあ、私も本気で殴ったので、アイツも殴られた場所が痛んでるでしょうけど」


そう言って、殴られたであろう腕をさする町田。


21歳の大の大人が、17歳の未成年と本気の喧嘩なんて恥ずかしい。


……まあ、精神年齢はどっちも同じようなものだから、喧嘩になるのも理解できるけど。


「帰ったらもう一回時間を貰えませんか?今度はもっとボロボロになるまでやります」

「神林さんが良いって言ってくれたらね。……まあ、終わったらお酒を飲みに行く予定だから、多分良いと思うけど」

「よし!覚悟しておけよあのメスガキ!」


……やっぱり止めたほうが良かったかも知れない。


まあ、この二人はなんだかんだ気は合うはず。


飲み終わって帰ってきたら、友情が芽生えるかも知れないし、様子を見ましょう。


「……動いたわね」

「はい。じゃあ…行きますよ?」


獲物のナイフを2本取り出した町田を見て、私も双剣を握る手に力を入れる。


そして、完全に注意が神林さん達の方へ向いている覚醒者の3人に狙いを定め、物陰から飛び出した。


「っ!?何や―――!?」

「なんだおまッ!?」

「おい!逃げろ!!」


1人を私が一瞬で首を刎ね、もう一人を町田がナイフで仕留める。


もう一人は麻薬密売組織達に逃げるように言い、武器を取り出したがもう遅い。


「ふん」

「軽いわッ!!」

「残念、こっちが本命」

「っ!?」


町田が軽い一撃で注意を引いた瞬間、私の横薙ぎの斬撃が男の首を刎ね、その命を絶った。


こうなってしまえばあとは掃討戦だ。


「クソっ!!撃て!撃てぇ!!」


組織の人間は必死に銃を撃つが、そんなものが私達に当たるはずがない。


流れるように銃弾を躱し、次々と売人を仕留める。


うち何人かは取り逃し、外へ逃げてしまったが誘導はしてある。


あの方向には…二人がいる。


(かずちゃんはともかく、神林さんは一線を超えられるのか?……まあ、なんとかなるでしょう)


あの人は、なんだかんだえげつないタイプの人間だ。


きっと人殺しの一線も超えてくれるだろう。


世の中綺麗事だけではいかない。


そして、私達と交流を持ち、早川に狙われている時点で、これは必ず通る道だ。


ヤツに洗脳された人達と対峙した時、殺すことが出来ず逆に殺されてしまうようなことにはなってほしくない。


そう願い、私は残った売人を全て仕留めた。


「任務完了。あとは、一応あの二人が大丈夫か見に行きましょう」

「あのメスガキが無様な姿を晒してると良いんですけどねぇ…しっしっしっ!」


相変わらず敵意剥き出しな町田を連れ、様子を見に向かうと、意外な光景が広がっていた。





            ☆ ★ ☆




「来ましたよ。神林さん」

「そうね」


念の為魔力を纏うと、こちらへ逃げてくる売人たちを睨む。


そして、かずちゃんといっしょに走り出し、手始めに二人の膝を破壊した。


その横で、かずちゃんが容赦なく首に刀を振り下ろし、一撃で命を断ち切っている。


それを見て若干の胸の痛みを感じつつ、更に三人の足を破壊。


それと同時にまだ動ける四人を、かずちゃんが目にも止まらぬ早業で斬り伏せた。


「……殺さないんですか?神林さん」

「ちょっと、ね…?」


まだ少し抵抗が残る。


散々自分に言い聞かせ、覚悟を決めてきたはずなのに……まだ私の心は揺らいでいる。


人を殺す。


許されざる罪であり、明るみになればどんな刑罰が待っているか。


絶対に犯してはならぬ罪。


極悪犯の一線を…私は越えられない。


「な、なあアンタ!金ならいくらでも払う!俺だけでいいんだ!見逃してくれ!!」

「なっ!?ふざけんなお前!!俺だって金はあるぞ!だから見逃してくれ!!」

「こ、ここに薬がある!こいつをやるから見逃してくれないか!?」


私が躊躇ったせいで、売人達が騒ぎ始めた。


金を払うだの、薬をやるだの、そして……


「アンタ、人を殺すのが怖いんだろ?無理は良くねぇ。俺は生きたい、アンタは人を殺すのが怖い。だったらここで、見逃してくれないか?お互い、Win-Winの関係だろ?」

「そ、そうだ!アンタはまだ戻れる。こんな所に自ら飛び込むんじゃねぇ。まだやり直しが効くんだ!」

「引き返すなら今だ!俺はアンタを恨まねぇ!」


震える声で、そんな事を言ってくるのだ。


それを聞いて、私は更に葛藤する。


助けを求める目を見ると、本当に良いのかと、自分を疑ってしまうのだ。


……しかし、そんな思いは一瞬にして消え去る。


カァンッ!!という甲高い音とともにかずちゃんが吠えた。


「人間の屑が!…ただでさえ見ていて不快なのに、見苦しい真似をするな。吐き気がする」


威圧の籠もった一喝に、私の中で心の変化が起こる。


(かずちゃんはなんの躊躇いもなくやったんだ。…つまり、もうその一線は越えてる。なのに私はどうだ?怖いからって、かずちゃんが罪を背負ったのに、まだ私は背負わないでいる)


そう考えると、突然彼らに対する罪悪感が消えた。


「無理そうなら、私がやりますよ」

「……いや、大丈夫」


本当なら、逆だったはずなんだ。


私が変わってあげるべきなんだ。


守るべき人が私より前に出て、私より先に汚れてしまった。


私が罪の汚泥を恐れ、踏みとどまってしまったから。


……なら、私も汚れないといけない。


かずちゃん一人汚れて、私だけ手を汚さずに見ているなんて……そんなの私が私を許せない!!


「さようなら」

「おい!待っ―――――」


膝を折られ歩けない男の頭を掴み、360°回転させる。


あっさり首は折れてしまった。


「なぁんだ。簡単なことね」

「ひっ!?」


もう一人の頭も掴むと、今度はあり得ないくらい首を折り曲げる。


割り箸を折る様な感覚とともに首が折れ、ソイツは死んだ。


残りの3人も同じように首をへし折り、始末する。


すると、ちょうど浅野さんと町田さんが帰ってきた。


「あら。意外と大丈夫だったようね」

「そうね。やってみれば、意外となんとも」

「そっか……このあと時間ある?一緒に飲みに行かない?」


浅野さんから誘いを受け、私は悩む。


すると、遺体を回収した町田さんが、かずちゃんに指差す。


「そういえば決着がついてなかったからね!浅野さん達が飲みに行ってる間に、白黒つけるわよ!」


なんと、かずちゃんに決闘を申し込んだのだ。


驚いて浅野さんを見ると、『やれやれ』といった様子で苦笑している。


これは……さっき話してたな?


「かずちゃんはどうする?」

「神林さんはゆっくりお酒でも飲んでてください。私はこの精神年齢5歳女と殴り合ってくるので」


素敵な笑みを浮かべ、町田さんと睨み合っている。


……まあ、もしかしたら殴り合いで友情が芽生えるかも知れないし、行かせてみるか。


「じゃあ行っておいで。私は浅野さんと飲んでくるから」

「よし!覚悟しなさい!この子供女!」

「ガキはアンタよ。顔の形が変わるまで殴るのをやめないから覚悟しなさい!」


やる気満々な二人は先に車に乗り込み、私達を呼ぶ。


…何なら、二人して後部座席に座るくらいだ。


浅野さんが運転席に座り、私は助手席へ座った。


後ろではかずちゃんと町田さんが足を蹴り合っていて、小競り合いをしている。


そんな事はまるで気にとめず、浅野さんが話しかけてきた。


「職業柄、アルコールに強くてね。かなり飲むことになるけどいいかな?」

「それなら大丈夫。私も普通なら致死量のお酒を飲んでも全然酔わないし」

「《鋼の体》だっけ?便利なのか不便なのかわからないわね」

「便利といえば便利だけど、不便といえば不便だね。酒に逃げられないから」


今の私なら、意図的に《鋼の体》の耐性効果を緩めて酔うこともできるけれど、そんな事しようと思わない。


そして、酒に逃げなくたって《鋼の心》でなんとかなる。


そう考えると不便ではないかも知れないけれど、不便なときは不便だ。


酔えないのは、それだけで悲しいからね。


「じゃあ決まりね。そんなに遠くない場所にあるから、車を置いて、歩いていきましょう」

「了解。かずちゃん達はどうするの?」

「私がいい場所を知っているので、一葉ちゃんは私がそこへ連れていきます。積もる話もあるでしょうし、神林さんは楽しんできてください」

「なんで神林さんには敬語なのよ」

「アンタに敬語なんて100万年早いね!」

「じゃあ私も絶対にアンタには敬語使わないから!!」


まーた変な喧嘩をする二人。


例のパチンコ屋へ着くと、専用の駐車場に車を置き、かずちゃん達と別れる。


そして、20分ほど歩いて居酒屋へやって来た。


どうやら浅野さんはこの居酒屋の席を予約していたらしく、2階にある個室に案内された。


「さて…なんとか一線を越えられたようね」

「まあ、ね?」

「感想はどう?大丈夫?」


ツマミの枝豆と一緒にハイボールを注文して、店員さんが居なくなったあとにそんな話をする。


感想なんて聞かれても……言うことはないよ。


「感想か……強いて言うなら、呆気なかった、かな?」

「まあ…普通の人間なんてそんなものだよ。覚醒者はもうちょいしぶとい」


お冷を飲みながら、そんな風に話す浅野さん。


浅野さん達の方はどうだったかを聞いていると、店員さんが枝豆とハイボールを持ってきて、一瞬話しが途切れる。


が、出ていった後すぐに再開された。


「私も初めてのときは躊躇してね。先輩にこっぴどく叱られたよ」

「え?本当?」

「ホントホント。『なんで一太刀で殺らないんだ!』ってさ。痛めつけることが目的じゃない時は、必要以上に苦しめないためと、すぐに終わらせてその場を去るために、一瞬で終わらせないといけないの。だから、帰ってから平手打ちを食らったね」


ケラケラと笑いながら、ハイボールを飲んで武勇伝のように話す浅野さん。


私もハイボールを飲みあの瞬間を思い出す。


「町田はそうならなかったけどね〜。私って町田の教育担当なんだけど、初めての時になんの躊躇いもなくやったのよ?あの子。しかも、『モンスターを倒すのと何が違うんですか?』なんて聞いてくるしさ」

「かずちゃんも言いそうだね。実際、なんの躊躇いもなく首刎ねてたし」

「やっぱ町田とかずちゃんは似てるね〜。なんであんなに仲悪いんだろう?」

「同族嫌悪か、単に二人が子供なだけか」

「どっちもありそー」


本当にどっちもありそうで、揃って笑ってしまう。


…人の命を奪った後だと言うのに、私はまるで何も感じていない。


なんでもないことのようだ。


でも、慣れてしまってはいけない。


そう自分に言い聞かせながら、自分が犯した罪のことなんて忘れ、浅野さんと下らない話で笑い合い、沢山の酒を飲んで楽しい一時を過ごした。


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