第89話 欲望渦巻く闇へ
京都中部のとある街。
咲島さんの招待でその街へやって来た私達は、『花冠』の車に乗せられてパチンコ屋へ来ていた。
「こ〜んなところに何があるって言うんですか?とても、私達が来るような場所じゃないと思いますけど」
「まあまあついてきな。『あっ!』と驚かせてあげるから」
そう言って、咲島さんに連れられてバックヤードへ来ると、咲島さんは変わったカードを取り出して、電子ロックが掛けられた扉を開ける。
その先にはいくつかのエレベーターがあり、そのうちの1つに乗り込んで地下へ降りる。
「裏カジノに案内してあげるとか言いませんよね?私、そういうのは絶対に関わりたくないんですけど」
「大丈夫よ。カジノとかじゃないから」
今のところ、裏カジノに案内されてる気しかしないけど…まあ、そこは咲島さんを信じよう。
「……とりあえず、咲島さんを信じましょう。何か大事なモノがあるんでしょうし…きっと、おそらくは」
「大丈夫かなぁ…」
全く咲島さんを信用できていないかずちゃん。
私も咲島さんが何をしようとしてるのか理解できないし、あんまり信じることは出来ないけれど……ここまで来たからには、何事もないことを祈るしか無いのだ。
若干の不信感を募らせつつも、咲島さんの言うことを聞いてエレベーターで地下へやって来ると、そこに衝撃の光景が広がっていた。
「なにこれ……オフィス?」
「こんな地下にオフィスなんて…しかも、女性ばっかり」
パチンコ屋の下には、なんとオフィスがあり、沢山の女性がパソコンの映像をずっと見ていた。
しかも、ほとんどの人が覚醒者であり、私達と互角やそれよりも強い人までいる。
一体…ここは何なんだ?
「ふふっ、いい反応ね。ここは『花冠』の近畿支部の第2拠点。生き残りはここに集結させたから、結構な人数がいるよ」
「なるほど…『花冠』のオフィスは、こんな感じなんですね」
まさか、パチンコ屋の下にオフィスがあるとは思わなかった。
こんなところにオフィスがあるって事は、このパチンコ屋は『花冠』が運営しているんだろうね。
「……にしても、なんでパチンコ屋なんです?他の施設でも良かったんですよね?」
オフィスを眺めていると、かずちゃんがもっともな質問をした。
確かに、わざわざこんなところを選んだことには、何か理由があるはず。
いったい何故?
「元々、『花園』やその前身となる組織はパチンコ屋も運営していた。それを全国展開して、そこそこの利益を上げていたんだけど…そのお陰で、この『花園』が運営するパチンコ屋は、『花冠』が一時的に身を隠す場所として使えると、構成員の間で有名になったわ」
「へぇ〜?」
「それに、ここなら機密情報の交換も出来るし、休憩もできる。『花冠』専用の休憩スペースが作られたのがこのオフィスの始まりでね。ここを建設する時に、広大な土地を利用して地下オフィスを作ったのよ」
なるほど…元々は潜伏中の『花冠』の避難所や、情報交換の場、あるいは休憩所として利用されていた『花園』が運営するパチンコ屋を、本格的に拠点として利用しだしたって感じなのか。
それに、田舎のパチンコ屋は敷地面積が広いし、土地は沢山ある。
その利点を利用して、巨大なオフィスを作ったと。
いいね。とても合理的で理想的な土地の使い方だ。
「ここでは何をしてるんですか?」
「他の『花冠』のオフィスとなんら変わらないわよ。ここは基本的に京都だけを見てるけど、街中に仕掛けられた監視カメラの映像を見て、良からぬことを企む輩が居ないか見てるのよ」
実際にカメラの映像を見せてもらうと、確かに怪しそうな場所がいい感じに映るように配置されていて、何かしていたら丸見えだ。
…これ、ここなら人が居ないからって、イチャついてるカップルとかも映りそうだな。
京都にこれがあるんだから、東京にないはずがない。
やっぱり、公共の場でイチャイチャするのはやめよう。
いつどこで見られてるかわかったものじゃないし。
「見てくださいよ神林さん!ここで真っ昼間からヤッてるカップルが居ますよ!」
「かずちゃん…!そんな事大声で言わないで!」
……こうやって、見られて笑いものにされるかも知れないんだから、ほどほどにしないと。
あと、かずちゃんはお説教しておかないとね。
さてと…気を取り直して。
「話を戻しまして…どうしてここに私達を?」
「そうね。……言葉を飾らずに言うならば、ここで働いて欲しいってことね」
咲島さんは、真剣な表情でそう話した。
☆ ★ ☆
「どうです?似合ってますか?」
「とっても可愛いよ。このままギュ〜って抱きしめたいもの」
「えへへ〜。本当に抱きしめてくれてもいいんですよ?」
私とかずちゃんは、『花冠』から支給された服を着て、普段あまりしないメイクをして変装していた。
何でも、これから麻薬取引の現場に襲撃を仕掛けに行くらしい。
警察に通報したらいいんじゃないのか?って、私もかずちゃんも思ったけれど、結構大きな組織同士の取引らしく、覚醒者までいるらしい。
とても警察の手に負える代物ではない事から、秘密裏に警察から依頼されたそうだ。
ちなみに、覚醒者の警察官というのは、かなり少ないそうだ。
覚醒者の犯罪者ってのは、大抵が自衛やその戦闘力を売りに用心棒をしている為、結構強い。
全ての覚醒者に対応できるよう、警察官になりたい覚醒者は、その殆どが特殊部隊へ所属させられるとのこと。
強く願えば普通の警察にもなれるらしいけど……異能犯罪から一般人を守るという使命があるので、大半は特殊部隊になるそうだ。
そして、特殊部隊というからにはその数があまり多くない。
…というか、特殊部隊になるくらいなら冒険者になったほうが十倍は稼げる。
運が良ければ十倍どころじゃないし。
まあ、せっかく覚醒者になれたんだから、警察とか自衛官とかじゃなくて、冒険者になるよねって話。
だから警察に覚醒者は少ないんだって。
「襲撃を掛けるにしても、こんな格好で大丈夫なの?」
「いいじゃないですか。このほうがカッコイイですし」
アイテムボックスから取り出した木刀を振り回し、ノリノリなかずちゃん。
そこへ今回一緒に襲撃するメンバーがやって来た。
「……なるほど、『竹級』上位の実力はあるようね」
「確かに……でも、報告じゃまだ冒険者になって半年も経ってないはずですよね?」
「あの人が、ちょっと才能があるくらいの人間を重要護衛対象にすると思うか?この2人は才能の塊。芽吹きかけている最上の蕾だ」
『花冠』の人たちが何か話している。
ギリギリ聞こえそうで聞こえない声だから、なんて言ってるのかは分からないけれど…悪いことは言ってないと思う。
彼女達からは悪意を感じないから。
一通り話し終えたのか、私達の方へやって来て、自己紹介をしてくれた。
「始めましてだね。私は京都支部所属の浅野という。階級は『竹』だ」
「同じく町田です。階級は『竹』になりたてです」
「あなた達の事は聞いている。今回の仕事はそれなりに危険が伴うが、あなた達なら大丈夫だろう」
私達も自己紹介をしようと思ったら、その必要はないと言わんばかりにいきなり本題へ。
出鼻をくじかれ、何も話せずにいると、ついてこいと言われた。
「襲撃対象はここ最近関西で市場開拓を行っている、海外の麻薬密売組織だ。規模が大きく、覚醒者の用心棒を持つ為、警察では手が出せないそうだ」
「そいつ等を始末するのが私達の仕事ですよ。まあ、奴らの推定レベルは60ちょいくらいですし、楽な仕事です」
60ちょいというと、冒険者では中堅だが、『花冠』ではそこまで強敵ではないらしい。
『花冠』の階級は松竹梅であり、『梅』がレベル74以下、『竹』がレベル75以上94以下、『松』がレベル95以上らしい。
ちなみに、かずちゃんの話ではレベル90後半というのは、Aランク冒険者の領域だそうだ。
つまり、あの日私達の護衛をし、早川に殺された『松級』の女性は、レベル95以上の超上澄み冒険者だったらしい。
……そう考えると、とんでもない損害だ。
「麻薬密売組織の始末って……殺すんですか?」
覚醒者の事に気を取られ、何も質問しないでいると、かずちゃんが恐る恐るそんな事を聞いた。
それに対する答えは、とても冷たいものだった。
「当たり前でしょ?薬物へ手を染めるということは、その後の人生を棒に振るのと同義。奴らは沢山の人の人生を壊しているのよ」
「そんな人間に生きる価値はありません。それに、放置すると何処に金が流れるかわかったものじゃないですから。早川とかに流れてたら最悪ですし」
…なるほど。意味は理解できる。
ただ、手放しで受け入れていい話ではない。
「…彼らも、生きているんですよ?」
私が様子を窺うようにそう聞くと、『花冠』の2人は顔を見合わせる。
そして、少し厳しい目で私の問に答えた。
「そんな甘い考えでは、これからが心配ね。確かに、彼らに更生の機会を与えれば、真っ当な人間へなる者たちもいるでしょう」
「なら…!」
「神林さん。あなたは単なる会社員へ戻る気はありますか?」
「え?」
会社員へ戻る。
それは、冒険者を辞めて普通に就職するって事でいいのだろうか?
……当然、そんな気はない。
「…ありません」
「その理由は?」
「……今更人並みの生き方をする理由がないから、ですかね」
冒険者を続ければ、普通に会社で働くよりも遥かに儲かる。
それに、このまま続ければいずれAランク冒険者にもなれる。
そうなれば、金銭的なものだけでなく、社会的地位も確かなものになるんだ。
今更冒険者を辞めて、会社員として働く気なんて無い。
「彼らも、おそらくそうですよ。それに、本人が戻りたいと思っても、周囲がそれを認めてくれない。真っ当な人間へなろうとしても、裏社会の人間は過去の行いを持ち出してまた闇へ引きずり込んでくる。だから、彼らを生かし、更生の機会を与えても無駄」
浅野さんが、そう言い切った。
冒険者は危険が付き纏う仕事だ。
だが、その分得られるモノは会社員よりも遥かに多い。
裏社会で生きる者たちも、似たような感覚で生きているのかもしれない。
そして、真っ当な生き方をしたいと言っても、過去の行いを掘り出してきて、普通の生き方はさせてもらえない。
これが闇か…
「そもそも、そんなふうに真っ当な人間へ戻りたいと考える人間は少ない。それを見分けるのは、至難の業だ。そして、更生の機会を与えても復帰は難しいと考えると……やるだけ無駄よ」
「………」
「付け加えるなら、あなたのような甘い考えを持つ人から裏社会では喰われていくので、そんな人はほとんど居ませんよ。今ここで覚悟を決められないのなら、ついてこなくて結構です。邪魔なだけなので」
一切の容赦がない浅野さんに便乗するように、町田さんが最後の警告をしてくれた。
だが、少し言い方が悪い。
その手の警告は……かずちゃんには通じないんだよね。
「『邪魔なだけ』?今すぐ取り消してもらえませんか」
「…なに?不満でもあるの?」
「神林さんはそんな事で足を引っ張るような人じゃありません。今すぐ取り消してください」
私のことをバカにされたとでも勘違いしたのか、かずちゃんが町田さんに噛みついた。
すぐにかずちゃんを注意しようとしたが、浅野さんが視線で私を制止する。
仕方なく口を閉じ、様子を見ることにした。
「……ふん!まだ子供のくせに何がわかるって?私は善意で言ってあげてるってのに。…あっ!子供だからそんな事も理解できないのね!?ごめんね〜?」
「……あなたは大人のくせに、『大人の対応』ってモノを知らないみたいですね。そんな風に私のことをバカにしてくるなんて…お守りを任された浅野さんが可哀想です」
かずちゃんを煽る町田さんに、かずちゃんも煽り返す。
しかし、町田さんの煽りはしっかりとかずちゃんに効いていて、背中側で拳を握りしめている。
……これ、止めたほうが良かったんじゃないの?
浅野さんに視線を送ると、大丈夫だと視線で返事が返ってくる。
絶対に止めたほうがいい気がするけど…まあ、何か考えがあるんだと思う。
「随分偉そうじゃない?態度を改めろって、神林さんに怒られないわけ?」
「あなたは大人気ないって怒られてそうですね。あっ!?もしかして図星ですか〜?」
自分が図星をつかれた事を悟らせない為に、すぐに反撃して相手の痛いところをつくかずちゃん。
煽り性能はそれなりにあるんだよね、この子。
「はぁ〜?私がそんな幼稚なことで注意を受けるわけないでしょ?君みたいなおこちゃまじゃあるまいし〜」
「……図星なんですね」
分かりやすい反応を見せる町田さんに、かずちゃんは生暖かい優しい目を向け、町田さんを更に煽る。
これ以上は良くない。
仕事の前に喧嘩なんてされたらたまったものじゃないし、止めないと。
私が一歩踏み出そうとした時、浅野さんが私を手招きするのが見えた。
仕方なく行ってみると、『まだ止めないで』と言われた。
……本当の本当に大丈夫だろうか?
「あなた、本当に人を不快にさせるのが好きね。それに、自分のことを棚に上げるのも上手い」
「えへへ〜。そんなに褒めなくても〜」
「え?褒めてるように聞こえた?随分都合の良い耳ねぇ〜?道理で何言ってもそんな態度取るわけだ。可哀想に…」
挑発を躱そうとするかずちゃんに、追撃が入る。
かずちゃんは煽り性能はそこそこだけど、耐性はない。
上手く受け流せないと……
「神林さんにしっかりと教えてもら――いぎっ!?」
「黙れ、猫被り女」
すぐにプッツンしちゃう。
的確に足の小指だけを踏むかずちゃん。
町田さんは歯を食いしばって痛みに耐えると、かずちゃんに平手打ちをした。
「―――っ!?」
平手打ちを食らったかずちゃんは、すぐに私に助けを求めるようにこちらを見てくるが、『先に手を出してきたのはそっちだ』とでも言いたいような表情を見せる町田さん。
チラッと浅野さんを見て確認を取ると、首を横に振られた。
「流石、浅野先輩。私のことよく分かってくれてますね」
「止めはしないけど、あなたに勝ち目はないわよ?」
「大丈夫ですよ。この生意気なガキに、大人の恐ろしさを叩き込んでやります」
そう言って、指を鳴らす町田さん。
かずちゃんも対抗して首を鳴らすと拳を強く握りしめた。
「子供だからって舐めてると、痛い目見ますよ?」
「だから何?これは教育よ」
「教育?……ふっ。暴行の間違いじゃなくて?」
「うるさいわねッ!」
「くっ!?」
やっぱり、こうなるか…
予想通り、喧嘩になってしまった2人。
町田さんの蹴りが、かずちゃんの脚を襲う。
いきなりの攻撃に対処できなかったかずちゃんは、もろにその蹴りを受け、とても痛そうにしている。
「止めたほうが良いと思いますけど?」
反撃をするかずちゃんを横目に、私は浅野さんに仲裁を提案する。
…が、浅野さんはまるでスポーツ観戦でもするかのように、二人の喧嘩を眺めるばかり。
それどころから、こんなことまで言い出した。
「町田は精神年齢が低いからね。一葉ちゃんは年相応。こうやって喧嘩させて、気を晴らさせるのが1番よ」
「…本音は?」
「ただ二人が喧嘩してる姿を見てみたいだけ」
「はぁ…」
心が子供な二人は、私達の会話なんて全く耳に入らず、本気で喧嘩している。
それも、一応上澄みに入るレベルの覚醒者の喧嘩だ。
殴られた時の音がやばい。
「…そんなに止めたいならあなたが仲裁したら?」
私に一人で止めろと言ってくる浅野さん。
…この人に敬語を使う必要はないだろう。
おそらく同年代だし、何より…
「それは嫌。一人で抑えられる訳ないし」
「ふふっ。一応聞くけど、それは本音?」
「いや?もう少し喧嘩を眺めたい」
「……気が合いそうね。今度お酒でも飲みに行く?」
「あなたが奢ってくれるなら、ぜひ」
この人とは気が合いそうだ。
町田さんかずちゃんの喧嘩を観戦しながら、雑談をする事に。
私の予想通り、浅野さん私と同じ26歳で、敬語は要らないと言ってくれた。
浅野さんは高卒らしく、高校卒業後すぐに就職したが、ブラック過ぎて辞めたらしい。
その後冒険者になり、才能を認められて『花冠』へ誘われたんだとか?
お互い似たような境遇と知り、更に会話が弾んむ。
気付けば二人がボロボロになるまで話し込んでいて、全身アザだらけ傷だらけの二人に睨まれていた。
「気は済んだ?」
「「コイツ嫌い!!」」
指を指し合っていがみ合う二人を見て、『この二人も気が合いそうだなぁ』なんて考えながら、私はかずちゃんを、浅野さんは町田さんを落ち着かせる事にした。
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