第88話 成長のおかしい子たち

かずちゃんを抱き枕にして、スヤスヤと眠っていると、部屋にお母さんが入ってきた。


「紫〜?お客さんが来てるわよ〜」

「誰…こんな時間に……」


目を擦りながら体を起こし、時間を確認する。


まだ8時半。

ずいぶん朝早くからお客さんが来たものだね。


「今から着替えるからちょっと待ってもらって」

「もう応接間に案内してあるわ。それと、一葉ちゃんにも用があるらしいから、起こしてあげてね」

「かずちゃんに?」


こんな時間から私とかずちゃんに用事がある人なんて居たかな?


幼馴染が来てるのかと思ったけど、彼らはかずちゃんの事は知らないはず。


かずちゃんを知ってるとなると、最近の知り合いなんだろうけど……誰だ?


お客さんが誰なのか凄く気になり、お母さんに聞いてみたが『秘密。早く着替えて会いに行きなさい』と言われてしまった。


仕方なくかずちゃんを叩き起こし、めちゃめちゃご機嫌斜めな様子を無視して支度を済ませる。


そうして、まだ眠そうなかずちゃんと一緒に応接間に入ると、そこには冷や汗を流すおじいちゃんと、何やら嬉しそうな様子の咲島さんが居た。


「……もしかしなくても私達へのお客さんって――――」

「そうね。私よ」

「やっぱり…ですか……」


私達へのお客さんというのは、何故か京都までやって来ていた、日本最強の女性冒険者、咲島恭子さんだった。





           ☆ ★ ☆




堺ダンジョン第61階層


「にしても、ほんの少し目を離した隙に、信じられないほど成長したわね。ふたりとも」

「もうレベル80超えですからね!今ならアンタとも戦える!」


強くなって、今日もかなり勢いづいているかずちゃんが、そんな大口を叩いてみせた。


しかし、咲島さんはそれを鼻で笑い飛ばす。


「馬鹿言わないでよ。あなたみたいな小娘が、少しレベルが上がったくらいで調子に乗らないことね」

「なんですか?じゃあ今試しますか?」

「試さないわよ。結果は火を見るより明らか。どうやって50レベルの差を埋めるの?」

「それは……確かに」


咲島さんのど正論に、かずちゃんは勢いを急速に失う。


かなり強くなった自覚はあるようだけど、まだ咲島さんとの間には50レベルという、果てしない差がある。


何なら、ほぼすべてのスキルレベルでも負けてるから、かずちゃんに勝ち目はない。


まだまだ遠いね。


「まあ、それでもかなり強くなった事は確か。その調子で、今週中にレベル100になってちょうだい」

「それは流石に…」

「どこまで深く潜ればいいんですかそれ…」


今いる階層のモンスターは、レベル65から75程度の強さばかり。


今の私達では、少しレベルが上がりにくい。


「オススメは第75階層よ。『紅天狗』に聞いた話では、そこはレベリングに使ってる同業者が少ないらしいからね」

「え?『紅天狗』に会ったんですか?」


まさか、もう出会っていたとは…


流石に近畿支部壊滅を聞いて、仙台から急ぎで飛んできたのか…


……なら、こんな所で私達と遊んでて大丈夫なの?


「早いことに越したことはないわよ。特に、1分1秒でも早くヤツを捉えるための監視網を再建しないと、何をされるかわかったものじゃないからね」

「ヤツ……早川の事ですか」

「そうよ。かずちゃんは、ヤツをどう思う?」

「最低のクズ野郎です!私を洗脳して、神林さんを脅そうとしたんですから!!」


アイツのことが本当に嫌いなかずちゃんは、オーバーなリアクションで、どれだけ嫌いかを伝える。


それを見てクスクスと笑う咲島さんは、とても愉快そうだ。


「あなた達がヤツに肩入れするような人間じゃなくて良かったわ。…まあ、そんな人間そうそう居ないし、あなた達がそうだったら今ここで話しをするなんて事にはならなかったでしょうけど」

「私と神林さんを、あんなのと一緒にしないでください!本当に失礼な人です!ねえ?神林さん!」

「もう…そんなに怒らないの。ただの冗談なんだから。……でも、今の発言は私も少し不快に感じましたよ、咲島さん」


私もそんな事を言われて何も言わないほど、鈍感ってわけじゃないし、アイツのことが嫌いじゃないって事もない。

嫌なことは嫌だと、不快に感じることもあるんだと、しっかりと咲島さんに伝えておく。


いつも冷静で、何を言われても動じない私がそんな事を言ったものだから、咲島さんは少し驚いた様子をしながらも、ちゃんと謝ってくれた。


「そうね……失礼なことを言ったわ。世の中、冗談でも言っていいことと悪いことがある。ごめんなさい」

「ふん!わかればいいんですよ!わかれ――――ふぎゃっ!?」

「かずちゃんはもう少し態度を改めた方が良いわね〜?いくら相手が下手に出ているからと言って、そうやって偉そうにできる立場じゃないんだから〜」


かずちゃんの頭に拳骨を落とした私は、そうやってしっかり叱っておく。


甘やかしすぎるのも教育によろしくない。

こうやって、たまには叱ってあげないと。


「むぅ〜!神林さんのバカッ!!」

「いいっ!?」


仕返しと言わんばかりに脛を思いっきり蹴ってくるかずちゃん。


思わずしゃがみこんで脚を抑えていると、さらに罵声が聞こえてきた。


「酷い酷い!どうしてそんなに強く殴るんですか!?神林さんなんて嫌い!!」


ワガママな事を言って喚き立てるかずちゃん。


咲島さんの前でそんな事を言われると、流石の私も黙っていられない。


いつもなら許してあげたけど…私もたまにはかずちゃんをしっかりと叱るんだというところを見せなくては。


……咲島さんは、小言がうるさそうだからね。仕方ないね。


「……嫌いなら良いわ。言う事を聞けない子の面倒なんて、いちいち見てられない」

「え?」

「行きましょう、咲島さん。この子は勝手に一人でレベリングして、そのうち帰ってきます」

「……そうね。行きましょう」


なんとなく私のしようとしている事を理解した咲島さんは、私に話を合わせてくれた。


それを見て、かずちゃんがわかりやすく顔色を悪くする。


そして私に縋るように抱きついてきた。


「ま、待ってください!何でも言う事聞きます!もう偉そうな態度取ったりしません!だから置いてかないで!!」

「何を今更。そんな言葉、本当に信じられるとでも?」

「―――ッ!?」


私の冷たい返しに、かずちゃんはさらに顔色を悪くして、涙まで浮かべ出した。


可哀想だけど、これも必要なこと。

……17歳の女の子にする教育じゃないけれど、やらないわけにはいかないのだ。


「お願いします…!私を…置いてかないでっ……!!」


かずちゃんの悲痛な叫びに、私は咲島さんに視線を送る。


すると、咲島さんはにっこり笑って、好きにしていいと言ってくれた。


「本当に言うこと聞く?」

「聞きます!」

「もう偉そうな態度取ったりしない?」

「しません!」

「……じゃあ、おいで」

「はいッ!!」


手を広げてそう言うと、かずちゃんはすぐに抱きついてきた。


そんなかずちゃんを私も抱き返し、そのまま抱っこする。


いつもより厳しく叱った分、多めに甘やかしてあげていると、咲島さんが近付いてきて、かずちゃんの顔を覗き込む。


「もう神林さんに迷惑かけちゃダメよ?またこうやって怒らないといけなくなっちゃうんだから」

「はい…」


咲島さんにそう諭されてしょぼ〜んと元気をなくすかずちゃん。


私の服に顔を埋めて隠れ、気持ちを落ち着かせている。


ふふっ、可愛い。


「これからも、程よく叱ってあげてね。もちろん、私が居ないところでも」

「…バレてましたか」

「私に小言を言われるのが嫌で、いつもより厳しく叱ったんでしょう?」

「えっ!?そうなんですか!?」


顔を隠して落ち込んでいたかずちゃんが、バッと顔をあげて私を見つめてくる。


思わず目を泳がせ、知らんぷりをするが……どんどんかずちゃんの目が冷たくなっていく。


「その…かずちゃんもグチグチ小言言われるのは嫌でしょ?」

「咲島さんをなんだと思ってるんですか…」

「そうよ。私をイヤミな姑かなにかだと思ってる?」

「「はい」」

「よし、私がじきじきに修行をつけてあげる。立てなくなるまでしごいてやるから覚悟しろ」


ふたりで冗談を言うと、咲島さんを怒らせてしまったらしい。


いきなり竹刀を取り出したかと思えば、情け容赦の無い連撃で私達をボッコボコにしてきたのだった。








「はぁ……はぁ……」

「ひぃ……ゲホッゲホッ……キツイ…」


本当に立てなくなるまでしごかれ、私達は大の字に地面に転がっていた。


「だいぶ動きが様になったじゃない。レベルだけじゃなく、動きについても成長速度が異常ね」

「ありがとう……ございます……」

「死ぬ……水っ……」


久しぶりにこういう事を出来て楽しかったのか、咲島さんはとても上機嫌だ。


……私達はそれどころじゃないけど。


「一葉ちゃんは魔力制御の練度が上がったし、神林さんは回避や見切りが上手くなった。これをあと数回繰り返せば、技術面で飛躍的に成長できるわよ」

「いえ……もう結構です……」

「神林さん……助けて……」


咲島さんに休憩時間をもらい、呼吸を整える。


5分程休憩して元気になった私達に、咲島さんは容赦なくまた超スパルタ教育を施してきた。


今日の目的はレベリングのはずなのに、まさかこんな事になるなんて……


結局、日が落ちても家に返してもらえず、今日も深夜に家に帰る事となった。


……二度と咲島さんをイジったりするものか。


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