第85話 密会
名古屋ダンジョン下層
周囲に全く人が居ないダンジョンの深い階層。
その階層の中心部から少し外れたところに、一人の男が立っている。
「…思っていたよりも早かったな」
「私が遅れてくるとでも?時間を守らない女だと思われてる?」
「お前なら、オレの約束なんて守らないと思っていた」
私はその男が身に着けている、桁違いの魔力を放つアーティファクトを警戒しながら、アイテムボックスから椅子を取り出し、そこに腰掛ける。
すると男も椅子を取り出し、机まで用意した。
「コーヒーか紅茶か」
「緑茶が良いわね」
「お前ならそう言うと思ったぞ。『氷華』」
「準備が良いのね。『紅天狗』」
互いに二つ名で呼び合い、警戒心を解かない。
これは密会だと言うのに、話し合う気なんてさらさら無い様子だ。
流石にそれでは不味いので、仕方なく私が譲歩する。
「あのゴミカスと敵対していると聞いたけど…それは確かかしら?」
「『財団』も一枚岩ではない。ヤツやその一派は今、『財団』内でもかなり追い詰められている」
「ほぉ〜?それは良いことを聞いた。では今回の件も、苦し紛れの一手と考えてよくて?」
『紅天狗』はティーカップに緑茶のパックを入れ、お湯を注ぎながら首を縦に振る。
どうやら私が思っている以上に、『財団』内はゴタゴタしているようだ。
「前々からどこかの誰かさんのお陰で、早川派は少しずつ追い詰められていた。数々の失敗に加え、『財団』自体のイメージに繋がるような悪行。流石の創設メンバーでも、追放目前といったところだ」
「ジリジリと削った甲斐があったわね。しかしまぁ……あのゴミカスと老害一派が追放目前とはね。成功するの?」
『財団』が裏でなにかしようとする度に、私はそれを妨害してきた。
裏でなにかする奴なんて、大抵が早川関係だから、早川派は失敗が積み重なり、『財団』へ損害を与え続けたんだろう。
『財団』のイメージを損ねるような事に金を使い続けるゴミカスと早川老人。
ゴミカスの父親と早川老人は『財団』の創設メンバーの1人であり、今なお大きな影響力を持つ大幹部だったが…その地位も危ぶまれており、苦肉の策として今更近畿支部を潰しに来たんだろう。
「散っていった私の華たちの為にも、ここで減速するわけにはいかないわね。全国から人を集めて最後の締め上げをするわ。引き続き、追放の準備を進めて」
「言われなくともそのつもりだ。……だが、彼女らが居なければ、ここまで事は上手く進められなかっただろう」
彼女ら…あの二人の事か。
確かに、あの2人が居なければここで『紅天狗』と協力関係を結ぶことは無かった。
最悪、『財団』を本格的に潰すために、敵対すらあり得た。
本当に、優秀な駒だよ。
「良いでしょう?言っておくけど、もう私のものだから」
「分かっている。お前の『花壇』から花を引き抜こうとするとどうなるか、それはよく知っているからな」
『財団』が嫌いな理由の殆どは、引き抜きだ。
如何せん日本最大のクランなだけに、優秀な人材を引き抜くのも上手い。
まだ正式に所属していない、神林や一葉ちゃんのような人材を、『花壇』と呼ぶ。
正式に所属していないから、他のクランに狙われる事が多々あり、要警戒が必要だ。
特に『財団』なんかは、その最たる例。
何度ダンジョン攻略中のコイツにカチコミを掛けたことか…
「あれはいずれ私達と並ぶ最上位冒険者の器。そして、『天秤』と同類だ」
「そうか…なら、『花壇』止まりだろうな」
「ええ。所属させたとしても、すぐに出ていくでしょうし、私は彼女らをどうにかするつもりはない。……かと言って、手を出したら許さんからな?」
極寒の冷気を殺気と共に叩きつけ、『紅天狗』を威圧する。
足元の草花に霜が降り、私が放つ冷気がどれほどのものかを現している。
「安心しろ。彼女らはもとより『財団』に良い印象を抱いていないようだ。我々がどれだけ勧誘しようと無駄だろう」
しかし、『紅天狗』はその冷気をものともせず、溜息をついてそう抜かした。
…このガキは本当に成長したな。
「昔は睨んだだけで失禁したようなガキが、よくもまあここまで成長したものだな」
「冗談はよしてくれ。今でも恐怖でおかしくなりそうだ。この国にお前に睨まれて恐怖しない人間なんて…『天秤』くらいだろう」
『天秤』
ランキング堂々の1位。
二つ名の割に公平性もクソもない理不尽と不条理の塊のようなスキルを持つ、世界最強の男。
ヤツが死ぬことがあるとすれば…それは寿命か《カミ》との戦闘だろう。
「あまりその名を口にするな。聞いただけで虫唾が走る」
「先に言ったのはお前だろう…」
呆れたような様子の『紅天狗』が、空になったティーカップを回収し、机と椅子を片付ける。
どうやら、もう帰るらしい。
「周囲のモンスターは掃討されているみたいだけど?」
「これ以上精神を擦り減らすのは御免だ。ランキング2位だの何だの言われているが…俺はお前には及ばない」
「当然ね。《ジェネシス》の力で強くなったあなたと、自らの才能でこの地位に立つ私が対等なはずないでしょう?」
コイツは神林と同じ、強力なスキルで強くなったタイプだ。
スキルは《ジェネシス》が与えた補助輪。
それがないと弱いような人間は…所詮、その程度ということだ。
「その点あの子は優秀ね。本来なら強力な魔導士になるところを、努力だけで剣豪まで育ったのだから」
「……御島一葉という少女のことか?」
「そうよ。あの子は努力する天才。しかも、本来伸ばすべき才能ではなく、一般人となんら変わらない能力を努力で達人の域に昇華させた子。良いでしょう?恨むなら、発見が遅れた自分の情報網の薄さを恨むことね」
「はぁ……そうか」
『紅天狗』は、『付き合ってられない』とでも言いたいような態度で私に背を向けると、そのまま去ろうとした。
が、途中で振り返り、口を開く。
「一応聞いておこう。彼女らは何者だ?」
沢山自慢した甲斐があったのか、食いついてきた。
内心ほくそ笑みながら、顔は平静を保つ。
「タダで教えるわけにはいかないわね。嫌なら自分で調べなさい」
「……何が欲しい?」
「近畿支部の再建に必要な資金。この情報は、それほどの価値がある」
これは『紅天狗』や『財団』が調べようとしても、調べられるものではない。
それくらい吹っかけても問題ないでしょう。
「良いだろう。早川派が消え去れば、近畿支部は煩わしい存在ではない。組織が出さずとも、俺が出す」
「へぇ…?じゃあ、交渉成立ね」
こっそり仕込んでいたボイスレコーダーを見せ、私が知る彼女らの情報を全て話た。
そして……
「これは個人的な予測に過ぎないけれど……彼女らは私と同じ、『神に魅入られた者』だと思うわ」
「…なんだと?」
「彼女らは異様に運が良く、そして一度 《ジェネシス》によって番外階層へ送られている」
あの転移は偶然なんかじゃない。
数十万分の1の奇跡でもない。
アレは、《ジェネシス》が意図して行った転移だ。
「今に贈り物を貰っている頃よ。どこかのダンジョンで、いい装備でも貰ってるんじゃない?」
「………」
『紅天狗』は顎に手を当てて何かを考えている。
……まあ、あの2人を狙っている訳では無いだろう。
「そういえば、ヤツも《神に魅入られた者》だったな」
「そうね。厄介極まるわ」
「このタイミングで新たな魅入られた者が現れたのは、なにか意図があるとしか思えん。《ジェネシス》の遊戯は、次の段階に入ったのか?」
だとしたら、これから大いなる災いが起きるかも知れないわね。
問題は、あの2人が役をこなせるほど育っているか。
「やっぱり、会いに行くか…」
ヤツを潰すついでに、あの2人の様子も見ておこう。
どの程度育ったかも知りたいし。
椅子を片付け、『紅天狗』を置いてダンジョンを出る。
そして、『花冠』へ指示を出しつつ、大阪行きのリニアを予約した。
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