第71話 深夜のナイショの話

「うぅん……トイレ…」


夜中、急に便意をもよおし、神林さんの腕の中から抜け出す。


虫の鳴き声が聞こえる廊下を歩き、トイレへやって来ると、すぐに用を足した。


「ふぅ…」


ちょっと目が冴えてしまったけど、これくらいならすぐに寝られるだろう。


神林さんの腕の中に戻ろうと廊下を歩いていると、誰かがこちらへ近付いてくる気配を感じた。

 

神林さんの親戚の誰かだろうけど……一応警戒しつつ部屋へ戻るためその方向へ進む。


すると、廊下の角から賢人さんが現れた。


「む?御島君か?こんな時間に歩き回っているのは、君だったか」

「えっと…こんばんわ?…で良いのかな?あー…賢人さんはどうしてこんな時間に?」

「本を読んでいたら、君の足音が聞こえてな。念の為、確認しにきたのだよ」


なるほど…


泥棒とかが入ったのかと、一応見に来たわけね。


確かに、この家には高そうなものがたくさんあるし、常に警戒してるのかもね。


「…どうやら、目が冴えてしまったようだな」

「はい。ですが、すぐに寝ることが出来ると思うので、大丈夫です」

「そうか……もし君が良ければ、東京での紫の様子を聞きたいのだが…」

「いいですよ。そんなに眠たいわけでもないので」

「それは良かった。ついて来てくれ」


目が冴えてしまった事だし、別にいいよね?


時間は、深夜1時か…


明日の朝、神林さんに起こされるかもね。


賢人さんに連れられて居間にやって来ると、そこには今日の昼に食べた料理の残りが、晩酌のおつまみとして置かれていた。


「さて、好きなところに座ってくれ」

「はい」


こういう時どうすればいいのかわからない私は、とりあえず賢人さんの正面に座り、賢人さんが話し始めるのを待つ。


お酒を一口飲んだ賢人さんは、深く息を吐きだして私の目を見る。


「紫とは、どこまで行っている?」


賢人さんの一言目は、それだった。


「裸で抱き合って寝たのが、1番進んでいたのかも知れませんね。私がまだ未成年だからって、全然食べてくれないので…」


不満気に話し、賢人さんの様子を伺ってみるが、表情からは何も読み取れない。


……ポーカーフェイスは上手いのね。


「まあ、紫ならそうだろうな。あの子は適当だが、妙にこだわりがちだ。未成年の君に手を出さない。そんな、妙なこだわりのせいで、思うようにいかないのだろう」


こだわり、かぁ…


確かに、神林さんは適当なようで変にこだわる。


どっちつかずな性格の人だ。


さすが、神林さんの祖父なだけあって、神林さんの事をよく知っている。


「なんとなく、状況はわかった。では、馴れ初めについて聞かせてくれ」


神林さんとの出会い。


…これ、言っちゃっていいのかな?


まあ、多分大丈夫だとは思うけど……神林さん、あとで賢人さんに怒られたりしないよね?


「えっと…神林さんとの出会いは、ダンジョンの中でです。家計を少しでも支えるために、ちょっとした小遣い稼ぎのつもりで始めた冒険者。初めてのダンジョンで、神林さんに出会いました」

「続けてくれ」

「人の声が聞こえて様子を見てみたら、うさぎを踏み潰してる神林さんが見えて……その、その時に私、吐いちゃったんです。そんな私を優しく介護してくれた神林さんに……私は、《鑑定》を使いました」

「……確か、合意のない鑑定はマナー違反だったな」

「トラブルの元ですから…」


今思えば、あの時鑑定を使っていなかったら、神林さんとの関係は無かったかも知れない。


例えマナー違反でも、やってて良かった。


「当然その事を指摘されて…当時初心者で、大した力もない私は、神林さんに弱みを握られました」

「……なに?」


急に表情が険しくなり、私を見つめる目が鋭くなる賢人さん。


慌てて話を続け、誤解を解こうとする。


「《鑑定》は、そういうアイテムがあったり、それなりに使える人が居たりと、珍しいスキルではありませんが…欲しがる人は沢山います。モンスターの強さを測るのにも使えますし、いざという時は売れますからね。手元に置いておこうという思いなのか、《鑑定》持ちという事をバラさない代わりに、神林さんの言うことに従うハメになりました」

「なるほど…そういう事か」


少し安心した様な表情をする賢人さん。


…正直怖かった。


「その後はちょっと変なのに絡まれましたけど、神林さんが守ってくれました。そして、まだモンスターを倒すことを躊躇っていた私を支えてくれたり、イジメを受けていた事を打ち明けたら、寄り添って励ましてくれました。うちはお金に余裕がないので、親に迷惑を掛けたくなかった為に打ち明けられず、教師に相談しようにも大して対応してくれない上に、結局親に話が行きます。誰にも話せない、誰も味方が居ない。そんな時、神林さんだけが私の支えで、私の味方でした」


あの頃の私は、完全に神林さんに依存していた。


今でも神林さんに依存してるし、神林さんが隣にいないと心配で仕方がない。


でも、あの頃よりは余裕ができたと思う。


「いつの間にか、私は神林さんの事が好きになっていました。ダンジョンに全く無知で私を頼る姿とか、あんなに『出来る女』って見た目なのに、家は散らかり放題だし適当な性格というギャップとか。何より、私に100%の善意で接してくれて、口では自分の為だとか言いながら、見返りなんて求めず、私のために何でもしてくれるその優しさに私は甘え、いつの間にか、神林さん無しじゃ生きられなくなったんです」


例え周りの人間がなんと言おうと、私は神林さんじゃないとだめだ。


それは変わらない。


それだけは譲れない。


そんな話を静かに聞いてくれる賢人さん。

……心做しか、困っているように見えるけど。


「私には神林さんしか居ない。神林さんだけが私の大切な人で、私がすべてを捧げる人」

「御島君…?」


賢人さんの表情が、少し強張る。


「そう……私のすべてを捧げる人なんだから、私のすべてを受け取ってくれないと困るんです。だから、神林さんの近くに女が来ることが許せないし、男なんて論外。それなのに、神林さんは酷いんです。私の気持ちを知りもしないで色んな人に愛想を振りまいて、楽しそうにして、私以外の人と笑うんですよ?できることなら部屋に閉じ込めて、私だけを見るようにしたいんですけど…私にはそれが出来るだけの力がないし、前にお茶に睡眠薬を混ぜたら効かなかったし、私のためにって事は分かってますけど、無駄に警戒心が高いから夜中に襲っても気付かれるし。その上私の期待には全然答えてくれなくて、お金に関する法律は平気で破るくせに、青少年保護だとか何だとか言って全然私の事を襲っ――――」

「も、もう結構だ!」


賢人さんが、私の話を遮るようにそう言ってくる。


「君たちの関係はよく分かった。次は冒険者としての活動について聞かせてくれないか?」


何故か顔を引き攣らせた賢人さんが、冒険者について聞かせてくれと頼んでくる。


なんでだろ?


「冒険者ですか…まあ、順調ですよ。今でも、もう働くのを辞めても生きていけるだけのお金を手に入れたので」

「そんなに稼いでいるのか?」

「そうですね。もう、お金のために冒険者をやる必要はありません。私達が冒険者を続けるのは、咲島さんへの恩を返す為なので」


……《フェニクス》の件は黙っておく。


これについて話すかは、神林さんと相談してからの方がいい。


下手に話して、後で怒られたくないし。


「恩を返すとは…なんだ?」

「私達、一度刺客に命を狙われてるんです」

「何だと!?」


それまでどこか他人事のように話を聞いていた賢人さんが、突然身を乗り出し、目を見開いて声を荒げた。


「それは何処の者か分かっているのか!?」

「え、えっと…『財団』です…」


『財団』の刺客だと答えると、賢人さんは少し勢いを失う。


「そう、か……今はどうなんだ?」


真っ赤に染まっていた顔が少しもとに戻り、先程よりも冷静に聞いてきた。


「狙われてからもうすぐ2週間経ちますが…それ以来音沙汰なしなので、もう狙われていないか、咲島さんがなんとかしてくれたかですね」

「……どうだろうな。どちらでも無さそうだが」

「それはどういう…?」


どちらでもない?


諦めたわけでも、咲島さんがどうにかしてくれたわけでもない。


となると、まだ狙ってはいるけれど、襲っていないとか?


もしくは、襲うほどではないけれど、警戒されているとか。


「君達はどの程度ここに滞在するんだ?」


席に戻り、お酒を飲んで先程の冷静さを取り戻した賢人さんが、そう聞いてくる。


「一応、お盆の間はずっとです」

「そうか…なら、気を付ける事だな」

「そうします」


関西では、『財団』の影響力が強い。


本部は九州にある『財団』だけど、大都市である京阪神にその影響力を伸ばし、少しずつ東京へも勢力を拡大しているんだとか?


他の企業や咲島さんの牽制によってある程度抑えられているみたいだけど、関西は『新日連合』に次いで影響力がある。


そんな関西に居るうちは、刺客に気を付けろと…


「賢人さん達は大丈夫なんですか?」

「『財団』とは接点がないからな。わざわざ気にする相手でもない」


それは油断し過ぎなんじゃないかなぁ…


『財団』と言っても、中にはゲロカスみたいな人間も居るわけだし?


もし私達に暗殺命令を出したやつがそうだったら……狙われても、全然不思議じゃない。


もう少し警戒したほうがいいと思うけど。


「所詮田舎で殿様気分でいるだけの家だ。狙われることもないだろう。それに、狙われたとしても考えはある。君が気にすることではない」

「そうですか…?」


賢人さんが何も対策してないはずがない。


きっと、何かあるんだろう。


ここは賢人さんの考えとやらを信じて、私は自分と神林さんの事だけを考えるか。


「こんな夜中に呼びつけてしまって悪かった。ゆっくり寝てくれて」


賢人さんは聞きたい事を一通り聞いたのか、私が戻ってもいいと言ってくれた。


「では、失礼します。賢人さんもお体にはお気をつけて」


こんな夜中に酒なんて飲んでたら、体を壊すでしょ。


もうそこまで若くないんだし、無理はしないで欲しい。


……そう言えば、神林さんの祖母―――賢人さんの奥さんは見てないな。


もう亡くなってるとかだと聞きにくいし…あとで神林さんに聞くか。


そんな事を考えながら、私は部屋に戻って、寝息を立てる神林さんの腕の中に戻った。

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