第64話 喧嘩
ホテルに戻った私は、去り際に咲島さんが言っていた忠告が頭の中で反響し、落ち着かなかった。
「……家族の事が気になる?」
「はい…」
背中に手を回し、優しく頭をなでてくれる神林さんが、私の気持ちを察してくれた。
たわわな胸に顔を突っ込み、神林さんの汗のニオイを嗅ぎながら、話を続ける。
「私の親は、普通の一般人なので、覚醒者ですら無い刺客を差し向けられただけで殺されちゃいます。私が守らないと…」
「そうね。咲島さんの言う通りなら、無いとは思うけど、狙われるかも知れないって感じだものね。…どうする?東京に帰る?」
「はい。私達もそれなりに強くなりましたし、合宿は大成功だと思います」
『そう言えば、これ一応合宿だったなぁ』って、顔をしている神林さんに《鑑定》を使い、ステータスを見る。
――――――――――――――――――――――――――
名前 神林紫
レベル53
スキル
《鋼の体》
《鋼の心》
《不眠耐性Lv3》
《格闘術Lv4》
《魔闘法Lv4》
――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――
名前 御島一葉
レベル54
スキル
《魔導士Lv5》
《鑑定》
《抜刀術Lv4》
《立体戦闘》
《魔闘法Lv5》
―――――――――――――――――――――――――――
レベルはふたりとも50超え、《魔闘法》のレベルも上がってるし、その他のスキルも強くなった。
ちなみに、《立体戦闘》は《一撃離脱》のスキルがいつの間にか進化していたスキルで、多少強くなったもの。
今の私達は冒険者の中でも中の上。
冒険者として一生食っていける程の実力があり、年収は本来ならサラリーマンの3倍ほど。
……まあ、咲島さんからお小遣いたして30億円(非課税)を貰ってるから、私達と同レベルの冒険者の生涯年収を遥かに上回る金を持ってるけどね?
「レベルも上がったし、咲島さんのおかげで大金持ちになれました。正直、もう働かなくてもいいんですけど…」
「どうせなら行けるところまで行こうじゃない。目指せ最強の冒険者よ!」
「……ちなみに、レベルって60を超えたあたりから急激に上がりにくくなるらしいのですが…大丈夫ですか?」
「私は問題ないわ。というか、かずちゃんもそう言えるようになるために、冒険者を続けるのよ」
「?」
神林さんが、問題ないと言える理由。
レベルが上がりにくくなるって事は、強くなるのに時間がかかるわけで、当然その間にも歳を取る。
冒険者は咲島さんみたいな例外を除き、基本的に40歳にもなれば、急激に人口が減る。
いくらステータスが高かろうと、老化には勝てないし、若者と比べて出来ることの幅が狭まるのだ。
だから、レベルを60前後まで上げられた冒険者は、そこから40歳になるまでできるだけ多く金を稼いで老後に備えたり、ダンジョンに潜りつつ資格の勉強等をして普通に就職するのが理想的、なんて言われてたりする。
……そうか!!
「《フェニクス》の不老効果!」
「そうよ。私はこれ以上老いることがないから、今の若い身体のまま冒険者を続けられる」
「え?ずる…」
「かずちゃんが無理矢理飲ませたんだよ?…まあ、そのおかげで年齢のことは気にしなくて良くなった。でも、かずちゃんはそうもいかないでしょう?」
まあ、確かに私は《フェニクス》を使っていないから、普通に歳を取る。
そんな私に《フェニクス》を使わせるために、神林さんはまだ冒険者を続けようと思っているんだ。
「…後悔しませんか?《フェニクス》なんて、売れば今以上の大金が手に入る代物です。私が神林さんを裏切ることも―――」
「そんな事にならないように、私はかずちゃんをとことん甘やかして、私無しじゃ生きられないようにしたんだよ」
「っ!?か、神林さん…!」
今まで見たことないほど悪い顔をした神林さんが、私の顔を両側から手で挟み、私の唇を奪う。
舌がぬるりと私の口腔へ侵入し、舌を絡め取ってきた。
「っ!!ま、待って!!」
神林さんを突き飛ばし、少し後ろに飛んで逃げる。
別に、キスされる事が嫌なわけじゃない。
舌を絡めて、えっちなキスをするのが嫌なわけじゃない。
ただ…今はそういう気分じゃなかった。
神林さんは私がしてほしい事を何でもしてくれて、私のためならなんだってしてくれる、私のいいなり。
神林さんの方からしてくるのは…ダメなんだ。
私からじゃないと…
「ねぇ…何で逃げるの?」
「それは……私からのキスじゃないと、嫌だから。それに、今はそういう気分じゃないし…」
もじもじしながらそう言うと、神林さんは私から一切の興味を失ったかのような表情をして、ソファに寝転がった。
「……そう、なら今日はもうおしまいね。私はここで寝るから、かずちゃんはそこで寝なさい」
「え…?」
ベットを指差し、アイテムボックスから取り出したブランケットを被る神林さん。
その目には一切私が写っておらず、私のことなんて眼中にないといった様子だ。
「神林さん…」
「また明日ね。今日はおしまい」
横になってスマホをいじる神林さん。
もう今日は甘やかさない。
そう言っているような気がして、私は神林さんに抱き着いた。
「私のこと…撫でてくださいよ」
「なんで?」
「……え?」
悲しそうな声を出し、上目遣いでそう頼む。
いつもなら、こうすれば神林さんはいくらでも甘やかしてくれたのに……返ってきたのは、冷たい疑問だった。
「今日はおしまいって言ったでしょ?もう寝なさい」
「ね、ねぇ!どうしてそんなに冷たくするんですか!?」
「どうしてって…別に、私にとってかずちゃんはただの火力役兼おもちゃだから?」
「な、なにを……」
そんなの……適当にご機嫌を取って、都合良く利用するために私のことを甘やかしてたみたいな…
「金も沢山手に入ったしね〜?山分けにしても15億よ?もうあなたを利用しなくても良いかなぁ〜、って」
「何言ってるんですか…?笑えない冗談はやめてください…」
「冗談?私は本気だよ?使えなくなるまで使い潰して、ダメなったら捨てる。そんな事を出会ってすぐの頃に言ってなかった?」
そういえば…そんな事を言っていたような気がしてきた。
でも、アレは単なる冗談……
「まだまだ使えるけど、もう使い潰さなくたって金はあるし…ポイしても良いかなぁって」
「ポイって…!やめてください!そういう事言うの!!」
「これ以上あなたを甘やかす理由がないのよね。東京に帰ったら荷物をまとめて出ていってくれる?邪魔だから」
「っ!!?」
邪魔…?
出ていけ…?
違う…神林さんは、そんな事言ったりしない!!
「いい加減にしてください!いくら恋人だからって、言っていいことと悪いことがあります!!」
「私は真面目だよ。それに、私は御島さんを恋人だと思った事無いし」
「……え?」
……どういう事?
あんなに私に『愛してる』って言って、沢山キスをしてくれた神林さんが?
愛を語り合って、唇を重ね合った仲なのに……いや、でもまだ体の関係は…
「……神林さん。嘘ですよね?」
「嘘じゃないよ」
「そんな事…ないですよね?」
「そんな事あるの」
「わ、わた…私のこと……愛してますよね!?」
涙を流し、過呼吸になりながら冷たい目をする神林さんの肩を掴む。
神林さんは何も言わず、じーっと私の目を見つめている。
嫌な妄想が頭にいくつも浮かび上がり、溢れ出す涙がどんどん増えていく。
そして、堪えきれなくなり、声を出して泣き出しそうになる直前、まるでイタズラが成功した子どものような顔をして、笑いかけてきた。
「なーんてね?どう?骨抜きにされた事がわかったかな?」
「…………」
「ごめんね?こんな酷いことしちゃって」
神林さんは、体を起こして私の頭を撫でる。
「私はかずちゃんの事を愛してるし、かずちゃん以外を恋人にするなんてあり得ない。もちろん、私もかずちゃんの事を恋人だと思ってるよ?アレは嘘だから」
「………」
「泣かないで。これからもずっとかずちゃんと一緒に寝るし、いくらでも甘えてくれていいんだよ?」
涙が止まらない。
…でも、それ以上に私には抑えられないものがある。
「………バカ」
「ごめんって」
「バカッ!!神林さんのバカッ!!」
「いぃ――――ッ!?」
神林さんの腕に思いっきり噛みつき、皮膚を突き破る。
血の嫌な味が口の中に広がり、すぐにでもうがいをしたくなった。
だから噛むのはやめて、神林さんを押し倒し、馬乗りになる。
そして、拳を振り上げる。
「バカバカバカバカッ!!神林さんのバカ!!」
何度も神林さんの顔に拳を振り下ろし、殴る殴る。
神林さんはそれに対して抵抗せず、《鋼の体》も使わない。
悪いことをした自覚があるらしく、殴られても何も言ってこないのだ。
「ううっ……私がぁ……私がどれだけ…!どれだけ!!」
「ごめん…」
「許しません!もう怒りました!!」
そう言って神林さんの服を掴み、そのままレベル50の力を持って引き千切る。
「この脂肪の塊を……めちゃくちゃにしてやります!!」
「なっ!?かずちゃん!それはダメよ!!」
流石にコレには神林さんも抵抗してくるが、今の私達のパワーは拮抗している。
暴れても同じ力で抑えつけるから、簡単には逃げられない。
馬乗りにされた状況では不利と思った神林さんは、なんとかして私を引き剥がそうとするけれど、全力でそれに抵抗した。
「離れなさいッ!!」
「イヤですッ!!」
いつの間にか揉み合いになり、初めての喧嘩を経験することになった。
喧嘩はお互い疲れ果てて動けなくなった事で終わり、2人でベットに倒れ込んだ。
レベル50の人間が本気で喧嘩すれば、服なんて簡単に破れてしまう。
ふたりともほぼ裸になっていて、もう着ている意味が無いということで、素っ裸で寝転がっていた。
「ごめんなさい。ついカッとなって…」
「いいのよ。私が、冗談で済ませられないイタズラをしたのが悪いんだから…」
体を寄せ合い、いつものように抱き合う。
神林さんは本気で申し訳ないと思っているみたいだけど、私はそんな事は微塵も考えず、ただ『凄くえっちだなぁ』なんて、欲望に忠実な考えしかしていなかった。
「これからも…ずっと一緒ですよね?」
「もちろん。ずっと一緒だよ」
服もブラも、私が直接その肌に触れることを邪魔するものが一切ない状態で、神林さんは私を抱きしめて、顔を胸に埋めさせてくれた。
その感触はいつもより柔らかくて、あったかくて、ちょっとベトベトしていた。
あれだけ派手に、かつ長い間揉み合いになっていたんだから、汗を掻くのは当然だ。
神林さんも私も、今は汗まみれ。
……そう考えると、途端に神林さんの体を舐めたいという邪な考えが、脳裏をよぎった。
しかし、そんな事をしたらまた神林さんに怒られると思い、なんとか理性を働かせる。
「…寝る前に、シャワーでも浴びませんか?」
「良いわね。体を洗ってあげるわ」
「……はい」
神林さんに連れられて、シャワー室にやって来る。
慣れた手つきで私の体を洗う神林さんは、いつもの優しい表情をしていて、アレが嘘だった事を表していた。
その事にした安心感を覚えつつ、また神林さんを押し倒してしまいそうな私を自身を抑えながら、ふたりでシャワーを浴びた。
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