第65話 帰り道

次の日、私達は仙台駅へやってきた。


『そう…さみしくなるわね』

「咲島さんには、返しきれないほどの恩があります。呼んでいただければ、いつでも向かいますよ」

『そう?じゃあ、人手が足りなくなったら呼ばせてもらうわ。それまでに、今よりも強くなっておいてね?』

「分かりました。では、切りますね」

『ええ。元気でね』


電話で咲島さんに、東京へ帰るという連絡を入れ、私はリニアへ乗り込んだ。


「咲島さんはなんて言ってました?」

「次会うときには、今よりも強くなってて、だって」

「レベル60までならすぐにあげられますし、まずはレベルが60になることを目標にしましょうか」


レベルを60まで上げ、そこからは主に《魔闘法》や技術系スキルを強化する。


今後の方針は決まった。


咲島さんと次に会うときまでには、あっと驚かせられるような成長を見せられるようにしないとね?


「帰ったらまずは家族の安否確認をしてもいいですか?」

「もちろん。かずちゃんのお父さんとお母さんが無事か、私も気になる―――ん?」


スマホが震え、誰かから電話がかかってきた。


こんなタイミングで一体誰が?

そんな事を考えながら、スマホの画面を見て、私は気分が急降下する。


「ごめん。ちょっと電話してくる」

「え?」


かずちゃんに一言入れて席を立ち、他の人の迷惑にならない場所へ移動した。






          



「…こんな時になに?」


不機嫌だということを隠そうともせず、電話越しの相手に質問を投げかける。


『どうしたの?そんなに怒って…』


スマホから聞こえてくる声は、それなりに歳をとった女性の声。


電話越しだからか、私のよく知る声とは少し違う。


「なんでもない。で?なんのよう?」

『今年は帰ってくれるのかって話よ。流石に、そろそろ帰ってこれるんじゃないの?』

「……まあ、帰れるけど」

『なら帰ってきなさい。もう何年も顔を見てないんだから』


私に帰ってこいと言う人物。


…私の、母親だ。


「たった4年帰ってないだけじゃん。それに、私は家督を継ぐ気とか無いし」

『それはよっちゃんにやってもらうから大丈夫よ。私が言ってるのは、いい加減顔を見せなさいってこと』

「……」


よっちゃん……従弟の義人の事だろう。


別に彼とは仲が良い訳でもないし、正直あんまり興味もないから、どうでもいいけど……可哀想だとは思う。


彼が進んでなりたいといったなら話は別だけど、半ば強制的に跡継ぎとして持ち上げられるというのは…苦労が耐えないだろうね。


『お盆休みすら貰えないような会社なんて辞めなさい。他にも働ける場所はたくさんあるでしょう?』

「あの会社ならもう辞めた。今は別の仕事をしてる」

『あらそう?新しい会社での調子はどうなの?』

「まあまあかな?金払いはいいし、休めるし、出来ることが増えたし」


……嘘は言ってない。


前職よりは遥かに稼げてるし、好きな時にダンジョンに行けばいいから、休みは十分。


強くなったおかげで出来ることも増えたし、お金も時間も余裕があるから、仕事以外にも色々なことが出来る。


そう、嘘は言ってないんだよね。


「今年のお盆は帰るから。私の事は気にしないで」

『そんなこと言ってもねぇ…』

「私は大丈夫だから。もう子供じゃないんだよ。何から何までお母さん達にしてもらう必要はないの」


強めに言っておき、お母さんを黙らせる。


すると、なにやら奥で誰かと話している声が聞こえ、電話の相手が変わった。


『紫、今年は帰ってくれるのか?』

「帰ってくれるよ、お父さん」

『そうか!なら、お前の好きな料理を用意しておかないとな!』


…なぜそんなに盛り上がるのか。


別に私のためにそこまでしなくたっていいのに。


「別に私の事はどうでもいいよ。電話切っても良いかな?」

『なんだ冷たいな。……彼氏でも居るのか?』

「居ないよ。周りにいい男いないし」


もし今はかずちゃんがおらず、結婚を前提に考える彼氏を作るとしたら……同年代にそんな男は居ない。


「悪いけど、孫は見せられない」

『なんだ?じゃあ彼女か?』

『お父さん!』

『す、すまん…!』


助かった…


ナイスタイミングだよ、お母さん。


「くだらない話しかしないなら切るよ。じゃあね」

『なっ!?紫!ちょっとま―――』


お父さんの叫びを最後まで聞かず、電話を切った。


そして、かずちゃんの隣まで戻って来る。


「誰からの電話ですか?」

「実家の両親からよ。今年のお盆は帰ってこいって」

「神林さんの実家って…確か、京都でしたよね?」

「そうね。京都の田舎にあるわ」


本当に何も無い田舎ではないけれど、間違いなく田舎だ


「田舎ですか…山の近くだったりします?」

「山に囲まれているわ。でも、それなりに住宅があるし、色々な店があるから、不便ではないわよ?」


生活する分には困らないくらいには、色々と店はあるし、遊べる場所だって…無いわけじゃない。


東京生まれ東京育ちのかずちゃんには不便に感じるかもだけど、住めば都と言うし、中々にいい場所だと私は思っている。


……場所だけならね?


「実家帰省、するんですか?」

「するわよ。今年くらいしないと、あとでうるさそうだし」

「………」


私がそう言うと、かずちゃんは露骨に寂しそうな顔をして、上目遣いで何かを訴えかけてくる。


その顔を見て胸が痛くなり、溜息をつく。


「…私の言うことを聞くのと、あっちにいる間はうちのルールに従ってくれるなら、ついてきてもいいわよ」

「ホントですか!?」

「ホントよ」


ついてくることを許可した瞬間、ご主人様が帰ってきた犬のように、目を輝かせて嬉しそうに体を震わせるかずちゃん。


頭をなでて甘やかすと、さらに嬉しそうに頬を緩め、私の肩に頭を乗せてきた。


こんな可愛いかずちゃんだけど、実家に連れて行くには少し不安が残る。


「大丈夫だとは思うけど、うちも由緒ある家だから、そういうのには厳しいの。『婚約者を早く見つけろ』だの、『孫を見せろ』だの、『こっちで相手を見繕う』だの……うるさいところはあるから注意してね?」

「私はそんなの気にしませんよ〜」

「そう?それと、前にも話したと思うけど、本来なら冒険者になっちゃダメって家訓があるから、そこはくれぐれも内緒にね?」

「は〜い」


今更なところはあるけれど、バレたらバレたで面倒くさい。


同性愛については……まあ、元々家督を継ぐ気はサラサラ無いし、あっちも私には継がせる気はなかっただろうから、問題ないでしょ?


ちょっと小言を言われるかな?って、程度で終わるはず。


もしダメなら…その時は縁を切って、そのまま家を出よう。


「…なんなら、この機にこっちから縁切りをしにいこうかな?」

「えっ!?」

「あっちが頑なにかずちゃんとの関係を認めなかったら、ね?」

「そ、そうですか…」


いい機会だ。


あの家の束縛から、完全に抜け出すのも視野に入れよう。


今の私には、愛する人がいて、守るべき暮らしがあるんだ。


いつまでも、実家に縛られて生きていくわけにもいかないしね。


「東京に帰ったら、実家への土産を決めないとね。なにをもっていこうかしら?」

「都内で一番高い和菓子屋さんの和菓子を持っていくのはどうですか?今の神林さんの財力を、実家に見せつけてやりましょうよ!」

「財力って言っても、15億でしょう?多分、うちの総資産はその倍くらいあるよ?」

「えっ!?」


私の祖父―――現神林当主は、色んなところに土地を持つ大地主かつ、かなりの量の株を持ってる。


私のお父さんは、まあ小さくはない規模の会社を持つ社長をやってる。


お母さんは大病院で働くベテラン看護師だし、叔父や叔母も結構いい職に就いている。


神林家全体での資産は、結構な額になると私は踏んでいるけど……実際はどうなんだろう?


「神林さんの実家…すごいですね?」

「仮にも昔は貴族だったらしいからね。貴族じゃなくなったあとも、家柄を守り続けてきたおかげで、今があるんだよ」


先祖代々受け継がれてきたモノを、より良いものにして後世へ繋げていく。


そうやって、私の家は没落することなく、ある程度力を保ちながら現在に至るというわけだ。


「私も、後世へ資産を受け継ぐために、色々としてみようかな?」

「神林さんの資産って…誰が受け継ぐんですか?」

「私が死ぬ時に当主をやってる神林家の人間かな?かずちゃんはどうする?」

「うちは一人っ子なので……まあ、もし私の資産を狙って親戚が争い始めたら、全部何処かへ寄付するのもありだと思ってます。世のため人のためです」


慈善活動のために、莫大な富を寄付すると…


素晴らしい考えね。

確かに、その方がよっぽど世の中のためにいいのかも知れない。


でも、私はそうもいかないのよね。


「…私は、寄付はしないかな」

「そうなんですか?」

「私がそうであったように、これから生まれてくる私と同じ血を持つ子どもたちが健やかに育てるよう、後進へより良い暮らしをさせる義務が、私にはあるの。最も、神林家と縁を切ればその限りではないけれど……私も神林家の一員として、一族を―――一族の未来を守らないとね?」


私がこうやって暮らせるのは、私のご先祖様が未来へ資産を遺してくれたからだ。


なら私も、ご先祖様がそうしたように、未来へ遺さなくてはならない。


それが、今を生きる私の義務だから。


「神林さんは…立派ですね」


かずちゃんが私に尊敬の目を向けてくれる。


「名も知らない誰かの為に身を削れるかずちゃんの方が、ずっと立派だよ」


私は自分の一族のためだけに資産を遺す。


でも、かずちゃんはそうするのではなく、世の中のためにそれを使うと言った。

これは立派なことだ。


だけど、かずちゃんはその言葉に首を横に振る。


「私のはただの自己満足です。立派なんかじゃないですよ」


自己満足、ね…


「いいえ。それで救われる命があるならば、それは立派なことだと私は思うけど?」  

「そう…なんでしょうか?」


例えそれが自己満足でも、誰かの為に何かを出来るのは、立派なことだ。


人の為の善と書いて、『偽善』


自己満足は偽善かも知れないけれど、それが偽りであったとしても『善』は『善』だ。


人の為に良きことをするのは、褒められるべきことだと思う。


だから、私はかずちゃんの頭を撫でる。


「かずちゃんは、立派な人間だよ」


褒められるべき人を褒めないでどうする。


ましてや、1番近くにいる私がかずちゃんを褒めないで、誰が褒めるんだろう?


大人の愛を持って、私はかずちゃんを褒める。


そうすれば、かずちゃんの顔は見る見る明るくなり、とても愛らしい元気あふれるものとなった。


「神林さんも、立派です!」


そう言って私の腕に抱きつくかずちゃんは、いつにもまして明るく、眩しく見えた。



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