第57話 ホテルで
「んにゃ〜…」
「よしよし、かずちゃんは可愛いねぇ〜」
「んにゃ〜!」
時刻は午前10時。
本来なら、ダンジョンに行っている時間帯だけど……今日は、ホテルでゆっくりしている。
理由は、昨日の件で安静にしていろと言われたから。
そのため、ひたすらかずちゃんを甘やかして、私もかずちゃんも精神疲労を癒やしている。
『続いてのニュースです。アラブルカミの出現により、立入禁止となっていた仙台ダンジョンが開放されました』
「んえ?意外と早かったですね」
「そうね。しばらく行けなくなるかと持ってたわ」
仙台ダンジョンは、アラブルカミの出現により立入禁止になっていた。
アラブルカミは本当に規格外の存在で、何があっては困るということで、出現すると安全が確保されるまでは冒険者が立ち入れなくなるらしい。
仙台ダンジョンが、実際そうなったからね。
……と、言うのは建前で、確かにアラブルカミは出現したけれど、今回の件は例外的に立入禁止にする必要はないそうだ。
なぜならあそこは番外階層であり、本来の階層とは繋がっていないため、アラブルカミが他の階層に出現する危険性がないとのことだそうだ。
なら何故立入禁止になったかというと……有耶無耶にするためだ。
咲島さんが血相を変え、緊急召集までかけたんだ。
余程の事があったに違いないと、注目されるのは言うまでもない。
その理由が、私達を助けるためと知られては私達も困るし、咲島さんも困るんだとか?
なので、『咲島さんの部下の冒険者パーティがアラブルカミと遭遇。そのうちの1人が何とか逃げ延び、アラブルカミの出現を咲島さんに報告。それを聞いた咲島さんが大慌てで救出に動き、流れでギルドと協力してダンジョンを立入禁止にした』というカバーストーリーを作り、封鎖していたのだ。
おかげで私達の件は有耶無耶になり、咲島さんがあれほどの人を動かしたのにも説明がついたという、とてもいい結果に終わった。
「嘘じゃないって訳じゃないですけど、嘘といえば嘘なので、開放が早いのも納得ですけどね〜」
「外ではこの話はしちゃ駄目よ?」
「しませんよ。というか、しばらくはずっとこうしてるつもりなので〜」
そう言って、かずちゃんは私の唇に自分の唇を重ね、押し付けてくる。
私はそれを受け入れ、背中に手を回してかずちゃんを捕まえる。
やがて満足したのか、唇を離して上目遣いで何かを待つかずちゃん。
それが何をしてほしいのか、すぐに理解できた私は、頭にそっと手を乗せ、優しく撫でる。
すると、猫のようにとろけて、されるがままになった。
「かずちゃんは、本当に私のことが好きね?」
「そりゃあもちろん!!なんたって、私を救ってくれた人であり、私に変わるきっかけをくれた人ですからね。私の神林さんへの感情は、神林さんが思っている以上に重いですよ?」
「そんな事分かりきってるわ。でも、それは私も同じだから」
自覚はないし、かずちゃんもそんなつもりは無いと思う。
でも、私はかずちゃんに救われたと思うし、変わるきっかけをかずちゃんから貰った。
そして、かずちゃんと同じくらい、私のかずちゃんへ向ける想いは重たいものだ。
「私の手の届く範囲から出ていったら許さない。私以外について行ったら許さないから」
「それはこっちのセリフです。私の見えないところに行ったら許しません。私以外を連れ回したら、絶対に許しませんから」
そう言って、かずちゃんは私の首に手を回す。
そして、触れるより少し強い程度の力で首を絞めてきた。
私もそれに答えるように、かずちゃんの首を締めて、お互いの気持ちを確かめる。
これは、お互い不貞を絶対に許さないという確認。
首輪を用意できるなら、首輪付けて連れ回したかったけど……それをすると警察案件なので、これで我慢しようと思う。
首を絞め合っている状態で暫く見つめ合っていると、私達の部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
かずちゃんの首から手を離し、扉をノックした人物に聞こえる声で、そう言う。
「調子はどう……って、昼間から盛ってるわね〜」
「そう見えます?でも、神林さん、ガードが硬すぎて中々許してくれないんです」
「当たり前でしょ?かずちゃんは未成年なんだから。それと、咲島さんもかずちゃんに余計なこと言わないでください。いつ襲ってくるか分からなくなるので」
部屋にやってきたのは、咲島さんだった。
入ってきて私を見るなり、『昼間から盛っている』なんて言うものだから、かずちゃんの目が濁る。
…抑えるのが大変だから、余計なことは言わないで欲しいね。
「それはそうと、怪我の具合はどう?一応、目立った傷はすべて治したって聞いているのだけれど」
「おかげさまで、バッチリです。胸に風穴が空いた時はもう駄目かと思いましたけど…今はこの通りです」
「それだけ昼間からイチャイチャ出来るなら、問題なさそうね。一葉ちゃんの方はどう?」
「私も大丈夫です。……上級ポーションの弁償―――」
「別に良いわよ。というか、返すつもりあった?」
「いいえ全く」
「でしょうね。一葉ちゃんなら、そう言うと思ったわ」
かずちゃん……まあ、かずちゃんらしいといえばらしいね。
でも、本当に弁償しなくていいのかな?
「神林さんも、気にしなくて良いわよ。今は自分の体調のことを考えて」
「…では、お言葉に甘えさせてもらいます」
「アレは例外中の例外。あそこで何か問題が起こっても、あなたが気にする必要はないわ」
インベーダートレントの件は、運が悪かったとしか言いようがない。
そして、私達が助かったのは奇跡だ。
運が良かったのか、悪かったのか…
「……それはそうと、あの爆弾はどうしたの?」
「え?それならここに入ってますけど……」
そう言って、私はアイテムボックスからアイテムバックを取り出し、咲島さんに渡す。
咲島さんはその中身を確認すると、失望したような溜息をついた。
「やっぱり、持ち出すことはできないか…」
「それはどういう―――」
「これはこっちで処分するわ。もうただの、古いカバンになっているもの」
そう言って、咲島さんはカバンの中を見せてくれた。
そこには空間の歪みはなく、古びたカバンの内側が見えただけだった。
「これは…」
「あの爆弾は、こっちの世界に持って来るには少し威力が高すぎるのよ。それに、仕組みもおかしいの」
「威力が高い?でも、『M3爆弾』って爆弾が、この世界にもあるんじゃ……」
「実物の『M3爆弾』はあんなに威力は高くないし、そもそも公表されてないだけでほぼ産廃よ?まともに使えたものじゃないわ」
かずちゃんと顔を見合わせ。目をパチクリさせる。
どうやら、『M3爆弾』が使い物にならないというのはかずちゃんも知らなかったようで、かなり驚いている様子だ。
「お上のバカ共が調子に乗って誇張して見せてるけど、実物を見た私からしてみれば、アレの何処がいいのかさっぱり分からないわ」
「そんなにですか?」
「ええ。まともに爆破しない上に、威力が中途半端なのよね。確かに、サイズ的には通常の爆弾よりは強いわよ?でも、魔力を用いた兵器にしては弱いのよね」
「他の魔力を使った兵器は強いんですか?」
「いや?弱い」
弱いんかい!
「じゃあ、魔力で動く戦車と私、どっちが強い?」
「そんなの…言うまでもないですよ」
かずちゃんがジト目で咲島さんの質問に答える。
規格外の実力を持つ咲島さんと比較できる兵器なんて、核くらいしか思いつかない。
現代兵器で、比較対象が核しか存在しないって、相当ヤバイね…
「確かに、比較対象が悪かったわね。じゃあ、魔力で動く戦車とかずちゃん。どっちが強い?」
「私は戦車みたいに遠くに砲撃は出来ませんが……一対一で戦うなら、勝てる自信はありますよ」
「そうよね。それに、神林さんなら砲撃を平気で耐える未来が目に浮かぶわ。それを聞いて、まだ魔力兵器が強いと思えるかしら?」
「……確かに。兵器運用するくらいなら、レベルを上げまくった人間を起用した方が、強い気はしますね」
高高度からの一方的な攻撃とか、超遠距離からの狙撃でもない限り、私達は現代兵器と渡り合える。
殺気を読んだり、気配探知ができる分、対人戦では下手な兵器よりも強いかもしれない。
しかも、それでいて消費する魔力は『M3爆弾』よりも遥かに少ないし、お金もかからない。
…魔力兵器、確かに微妙かも。
「せめて、あの世界で使える『M3爆弾』くらいの性能がないと、魔力兵器はあまり強いと言えないわ。だから、どうにかして持ち帰って、仕組みやらなにやらを調べたかったのだけれど……《ジェネシス》は、そこまではさせてくれないらしい」
そんな愚痴をこぼし、もはやアイテムバックでなくなったカバンをアイテムボックスにしまう咲島さん。
「まあ、元気そうで良かったわ。じゃあ私はここで失礼させてもらう。恋人との大切な時間を、邪魔して悪かったわね」
そう言って、用は済んだと言わんばかりに部屋から出ていく咲島さん。
咲島さんを見送りに、部屋の扉の前までやってきた所で、咲島さんがふと足を止めた。
そしてくるりと振り返ってかずちゃんを見て笑うと―――
「この街にはあなた達のような女性は、比較的多いわ。誰かに取られないよう、しっかりアピールしなさいよ?」
「なっ!?」
―――とんでもない事を言い残して部屋から出ていった。
咲島さんが出ていったあと、焦ったかずちゃんは、やたらキスをせがんできた。
背伸びをして、必死にキスしてくるかずちゃんはとっても愛らしく、胸がほっこり温かくなるのを感じながら、私はかずちゃんの愛に答える。
その日から、かずちゃんは外に出る時はかなり警戒するようになり、私の隣から何が何でも離れなくなり、さらに可愛くなってニヤニヤが止まらなくなりましたとさ。
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