第三章

第58話 夏祭り

『夏祭り』


それは、1年で最も盛り上がると言っても過言ではない行事だ。


夏はどこもかしこも活気があるし、みーんなイケイケで、バンバンお金を使っていくから経済もよく回る。


そんな夏場に行われる一大イベントで、誰もが騒ぎ沸き立つ素晴らしい祭だ。


今日はそんな夏祭りの日であり、咲島さんの紹介で私達も会場へやって来ていた。


「まだ昼なのに、こんなに人が集まってますね。夏祭りといえば、夜が本番なんですけどね〜」

「そうね。でも、活気があるのは良いことじゃない。串焼き二本ください」

「まいど〜」


和牛を串にさし、塩コショウで味付けしただけのシンプルな串焼きを頼み、カードで支払いを済ませる。


…この串が1本で1000円するんだから、夏祭りの価格設定はイカれている。


ボッタクリも良いところだけど、これがお祭り価格というもの。


支払いが完了した電子音が、経済が回る音に聴こえる私は、おかしいのかしら?


「この串焼き、家族で祭りに来る時は絶対に買わないものですね」

「やっぱり高いから手が伸びないかしら?」

「そうですね。たこ焼きや焼きそばでお腹を満たしていました。……それも、来る前に少し食べて、少しでも出費を抑えてましたし」

「でも、今はそんな事考える必要はないでしょう?」

「はい!今なら、なんの気兼ねなく買えますよ」


咲島さんとダンジョンに潜ったあの日、かなりの量の魔石を売ることができ、私達の懐はかなり潤った。


その上、アイテムボックスを売却した事で、後に本当に30億が振り込まれ、私達は一気に大金持ちになった。


しかも、その30億に関しては、咲島さんが税務署を脅し―――ゴホン!!―――口裏をあわせてくれたおかげで、そんな取引はなかった事になったらしい。


そんな事して良いのかと思ったけれど、30億がそっくりそのまま私達の資産になったのは、とても喜ばしい事だ。


「やっぱり、持つべきは権力者のお友達ですね」

「そうね。こういうのが、汚職や腐敗に繋がるんでしょうけど……まあ、そっち側に立ってみれば、そういう事をするのも当たり前よね」


昔の私なら、絶対に批判したでしょうけど、今は違う。


なぜなら私もそちら側の人間で、人のことを言えないから。


そもそも、稼いだお金の半分を持っていかれるとか、普通に考えて頭おかしいのよ。


金持ちなんだから、それくらい良いだろって?


じゃあ、自分がその立場になったとき、大人しくそれに従うのかって話。

それに、私もあの手この手で節税していたし、金持ちになってもそれは変わらない。


やり方が、合法なのからちょっと駄目なのになっただけで、“節税”だ。


その分色々買い物して、かなり浪費してるから許してほしいね。


「かずちゃん、なにか欲しいものとかある?」

「せっかくの夏祭りです。お面を買いましょうよ」

「お面ね。何のお面を買う?」

「おそろいの狐のお面とかどうですか?きっと、この着物に似合いますよ」


そう言って、かずちゃんは自分が身に纏っている着物をヒラヒラさせる。


雰囲気を出すために、2人で着物をレンタルした。


買っても良かったけれど、そんな頻繁に使うものでもないし、ここは別に家じゃないから、アイテムボックスを圧迫するだけだ。


まだまだは入るとはいえ、余計な物を入れておくのもアレなので、普通にレンタルで済ませる事に。


「似合ってるよ。その、朝顔の着物」

「神林さんも似合ってますよ。でも、意外でした。ヒマワリの着物なんて派手なもの、神林さんも着るんですね」

「まあね。ひと目見て気に入ったのよ。コレを着るために髪も普段しない結び方をしたし。せっかくの夏祭りだもの。おしゃれしたいでしょう?」

「ですね!」


上機嫌なかずちゃんを連れて屋台を回る。


着物を着た女の子と女性が、お面屋の前にやって来ると、狐のお面を2つ買い、それをお互い付け合っている。


「どうです?似合ってますか?」

「とっても似合ってるわ。生意気で、可愛らしいキツネちゃん」

「むっ!それを言うなら、神林さんは色気を漂わせる、美魔女な女狐ですね。どうしたら、こんな果実があの筋肉質な体につくのか…」


体質だから仕方ないね。


ちんちくりんのかずちゃんには、多分無理な体型だと思うよ。


頬を膨らませ、怒るかずちゃんをあやしながら歩いていると、子供達が集まっている屋台を見つけた。


「金魚すくいか…どう?やってみる?」

「あんまりやったこと無いですけど…やりたいです!」

「じゃあ、やってみよう。一緒に私もやろうかな?」


金魚すくいの屋台にやって来ると、ポイを2つ貰い、子供たちの横で挑戦してみる。


「確か、こんな感じでやれば……ああ!」

「あれ?こ、こんな簡単に破れるんですか?」


最初の一枚は、ふたりとも簡単に破れたしまった。


一回500円で、5枚ポイが使える。


チャンスはあと4回。


ポイを受け取って、今度は慎重にポイを金魚に近づけるが…


「……ああ!また破れた」

「横から近付けちゃ駄目なんです。下から、下からやればきっと!……駄目でした」


私はポイを縦にして、そのまま横に移動させたから、破れてしまったらしい。


かずちゃんがやるように、金魚の下にポイを差し込むのが正しいのかもしれない。


すぐ破れちゃったけど、一瞬金魚を捕まえられてたし。


「3度目の正直。これで決めます!」

「おっ?かずちゃん頑張って!」


やる気をみなぎらせるかずちゃんを応援しつつ、私も3枚目のポイを使う。


今度はかずちゃんの同じやり方をしてみたが…あっさり敗れてしまう。


「なっ!?あ、あと少しだったのに…」

「残念。まだあと2枚あるよ?」

「何言ってるんですか?捕まえるまでやめません!」


すごい執着を見せるかずちゃん。


私はほぼ諦めているけれど、かずちゃんは捕まえるまでやるつもりらしい。


4枚、5枚とポイを破り、そこでやめた私に対して、かずちゃんは次々とポイを変えて挑戦していく。


それでも中々捕まえられず、時間がかかりそうだったので、集まってきた子供たちにポイを買ってあげ、かずちゃんと一緒に挑戦させた。


そして、金魚すくい屋で格闘すること10分。


「やった!ようやく捕まえましたよ!」

「良かったわね。それはどうするの?」

「ホテルに持っていっていいなら、持って帰りたいですけど……」

「まあ、無理でしょうね」

「なら……返します」


そう言って、かずちゃんはやっとの思いで捕まえた金魚を、逃がしてあげた。


そして、かずちゃんは自分の頑張りを見守ってくれていた子供たち全員にポイを買ってあげ、子供たちの人気者になりなっていた。


…私も、ポイを買い与えてたんだけどなぁ。


「金魚すくい、楽しかったですね」

「そうね。次は何処に行く?射的とかあったら面白いんだけど…」

「くじならありますよ?引いてみます?」

「一回500円ね…試しに10回ぐらい引いてみようかしら」

「結構ガチで引きますね…」

「欲しい物ができたからね。10回分お願いします」


5000円を支払い、10枚くじを引く。


1枚ずつ順番にくじを開いていくが、全てハズレだった。


「あちゃー…まあ、くじ引きなんてそう当たるものじゃないですし、そんな事もありますよ」

「……もう10枚ください」

「ええっ!?」


どうしても欲しいものがある私は、かずちゃんの慰めを無視して、くじをもう10枚買った。


1枚ずつくじを開いていくと、6等が当たった。


「はいかずちゃん。6等の好きなの取っていいよ」

「え?じゃあ、これで…」

「もう10枚」

「また!?」


6等のカゴからグミを取り出したかずちゃんを横目に、私はまたくじを買う。


そして、次々と外れのくじを捨てながら開いていくと、7枚目でハズレ以外の文字が見えた。


「えっ!?1等!?」

「おお!お姉さん持ってるじゃない。はい、1等の最新ゲーム機だよ」


くじ屋のおばさんが、後ろからゲーム機を取り出して、私に差し出してくる。


その様子を、ポカーンと口を開けて見つめている小学生達とかずちゃん。


……私はゲーム機に興味ないし、かずちゃんも使わないだろう。


「これ、君に上げるよ」

「えっ!?でも、これは――――」

「お姉さん、ゲーム機に興味ないからね。これは、君のほうが欲しいでしょ?だから、欲しい人にあげる」


そう言って優しく小学生にゲーム機を渡すと、それはもう元気な笑顔になってくれた。


「そうなんだ……ありがとうおばさん!」

「おばっ!?」


ゲーム機を受け取った小学生は、聞き捨てならない事を言って、その場を去っていった。


「ま、まあ!小学生から見たら、年上の女性なんて皆そうですよ!気にしすぎないでください、神林さん!」

「わかってる…わかってるわ、かずちゃん」


予想外のダメージを食らいながらも、くじを開く。


すると、ついに私が欲しかった等が見えた。


「コレください!」

「4等?このヘアゴムが欲しいのかい?」

「ええ。はい、かずちゃんどうぞ」

「あ、ありがとうございます…?」


沢山のフリルがついた、可愛らしいヘアゴム。


かずちゃんに、そのヘアゴムを渡すとちょっと困惑しながらも、それで髪を括ってくれた。


「うん、とっても似合ってる」

「そうですか?私、こういうのはあんまり好きじゃ……ん?神林さん!あれ!」

「どうした…なっ!?」


何かに気付いたかずちゃんが、屋台の隙間を指差す。


その方向を向くと、今にもちいさな女の子が誘拐されそうになっているのが見えた。

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