第47話 思惑

〜咲島視点〜


まさか、ここで地竜を引くとは夢にも思わなかった。


この仙台ダンジョン第50階層には、3種類のボスが居る。


一つは最も引く可能性が高い、メクライヌジシ。


ホラアナイヌジシの上位種で、目が退化している代わりに、他の感覚が異常に発達しているのが特徴だ。


それなりに賢く、高い感覚能力もあり、苦戦することもあるモンスターだが…脅威ではない。


もう一つは、稀に引く厄介なモンスター。クズレタイワ。


ゴーレム系の、ただただ面倒くさいモンスターで、魔石こそ美味しいものの、倒すための労力が馬鹿にならない。


昔、若い娘を育てる為にここに来て、こいつを引いた時の気分の下落の仕方は、自分でも露骨過ぎると思ったほどだ。


そして、最後が今目の前にいる地竜。


こいつは、他のモンスターと比べて圧倒的に強く、第50階層に行って帰ってこない子が居たら、まずコイツの可能性を疑う。


この階層に来る時のレベルは、大抵が60台。

高くても70ちょっとだ。


対してこの地竜、レベルは80もあり、劣化個体とはいえドラゴン。


その強さは、通常のモンスターであれば90レベルに相当するほどの、圧倒的な強さを誇っている。


しかし、めったに引くことがなく、目撃情報はこれまでに6件ほど。


今までに、少なくとも1000以上はこの階層のボスが狩られているというのに、地竜は6回しか確認されていていない。


そんなこともあり、引けたら運がいいが運は良くないモンスターとなっている。


(この子達、妙な運を持っているわね。竜の魔石なんて、売ったらいくらになると思ってるんだか…)


勇敢と無謀は紙一重。


成功するか、失敗するかの二択。


あの生意気な一葉ちゃんは、成功を引いた訳だ。


「本当は、私が売りたかったのだけれど……そういう契約だから、仕方ないわね」


全身に纏う魔力の量を上げ、戦闘態勢に入る。


もちろん、こんな劣化竜相手に本気なんて出さない。


そのへんのナマクラで十分殺せるが……見栄えは大事だ。


冒険者の大先輩として、同じ女性冒険者の最強格として、格の違いをわからせるのに最適なのは、やっぱり見栄えだ。


「悪いわね。意気揚々と出て来てくれたのに。あなたに恨みはないけれど……死んで」


剣に大量の魔力を流し込み、その力を解放する。


解放と同時に強烈な冷気が放たれ、周囲の温度が一気に下がる。


私の足元に氷が生まれ、一歩進むごとに氷の道ができていく。


青白い光を放つ相棒を振り上げると―――


「凍てつけ」


―――そう一言つぶやいて、振り下ろした。


刀身から光が放たれ、前方にある全てを氷で包み込む。


巨大な氷塊が形成され、ボス部屋の一部が氷塊によって埋もれた。


その氷塊の中に、地竜は囚われている。


「せっかくだわ。あなた達に、良いことを教えてあげる」


私は、後ろで岩陰に隠れている2人に向き直り、氷塊の中の地竜を指差す。


「モンスターは、一瞬で体温を奪って氷漬けにすると―――」


氷塊の中の地竜が煙へと変わり、消滅する。


そして、中には魔石だけが残った。


「―――即死するのよ」


普通、生物を冷凍すると仮死状態になるが、モンスターの場合は即死する。


『ゼロノツルギ』を手に入れ、十分に扱えるようになった時に知った、モンスターの特徴。


私以外にこの方法でモンスターを倒せる人材が、どれほど居るか知らないが、重要な情報である。


氷塊を砕き、中の魔石を取り出すと、才能の塊とも言える2人に投げる。


「劣化版とはいえ、ドラゴンの魔石だ。全く、あなた達は運が良い」


神林が魔石を受け取り、魔石と一葉ちゃんを交互に見る。


「かずちゃん……これ、売ったらいくらになるかな?」

「これだけ魔力が含まれているとなると…100万くらい行きそうですね」


100万?

何を馬鹿なことを…


ドラゴンの魔石なんて、安くとも数100万の値がつく。


ゲートウェイや、ギルドで売りさえしなければ……待てよ?


「―――そう言えば聞いてなかったけど…あなた達、所属はなに?」


新日なら問題ない。


自警団も、まあまあ問題はないだろう。


財団となると話は変わるが……それなら、自分達が財団所属であることを前面に出して、交渉してくるだろう。


となると考えられるのは…


「所属?なんのことですか?」

「クランのことですよ、神林さん。――私達は無所属。それが何か?」


神林には優しく語り掛けるが、私となると急に声色が険しくなる一葉ちゃん。


この子は少し頭が弱い節があるが、怖いもの知らずで、勇気がある。


だから、私にそんな態度が取れるんだろう。


そんな事より……


「無所属ね……となると、ゲートウェイやギルドで売ってる訳か」

「そうですね。私達が何処で売ろうと、こっちの勝手ですよね?」

「まだ何も言ってないじゃない。全く、そんな事を続けてると、いつか神林さんの雷が落ちるわよ?」

「大丈夫です。神林さんは優しいので」


見せつけるように抱きつき、頬を擦り付ける一葉ちゃん。


一瞬、困ったような表情を見せた神林だったが、すぐに頬を緩ませて甘やかし始めた。


……この子が生意気なのは、九分九厘この人のせいでしょうね。


「やれやれ…またそうやって甘やかして……女の子の砂糖漬けでも作るつもり?」

「これから1年掛けて、あま〜いあま〜い砂糖漬けを作って、美味しく食べるんですよ。そうですよね?神林さん」

「1年も漬け込んだら、むせ返るほど甘くなってそうね。ふふっ、1年後が楽しみだわ」

「や〜ん、神林さんのエッチ!」

「我慢しきれなくて、一人で盛ってる子が何言ってるの?」

「えへへ〜」

「ふふふ」


――――本当に、むせ返るほど甘くなってそうね……


私は今の段階で、吐き気がするほど甘いわ。


こういう光景は見慣れてるけど……この2人は度を超えてる。


年寄りには、見てるだけで胸焼けするような恋愛よ……


「んんッ!第50階層のボスは倒したわけだけど、次はどうするの?その魔石だけで満足する?それとも、まだ探索を続けるか」


ここまで来たら、まだ続けてほしいものだ。


最初は、なんの利益もない無駄な行為だと思っていたが……世の中には、まだまだ素晴らしい才能を秘めた原石が、転がっているらしい。


財団に掘り尽くされたかと思ってたけど、案外大きな取り残しがあるようね?


「そうですね…第51階層はまだ荷が重いとも思うので、第50階層でレベリングをしてもいいですか?」

「神林さんが続けることを選んでる…!」

「何かあったら、間違いなく咲島さんが助けてくれると、分かってるからね。そうですよね?」


慎重派ではあるけれど、しっかりとリスク・リターンを見極める目は持っているようね?神林紫。


ひたすら前進する事を考え、勢いで物事を進める、まだまだ青い一葉ちゃんと、しっかりとリスク・リターンを分析し、慎重に物事を進める、比較的大人な視野を持つ神林さん。


アクセルとブレーキが適度にかかる事も、この2人の強みなのかも知れないわね。


やはり、磨き甲斐がある原石だわ。


「そうね、あなた達は、私が目を掛けた未来の希望。こんな所で死なせるわけにはいかないもの」

「ふ〜ん……」

「そろそろ、信頼してくれても良いんじゃないかしら?『花冠』にも、私から伝えておくわよ?」


『花冠』が動くということは、大抵の場合私が後ろにいる。


国も財団も、簡単には手が出せない。


この子達が今一番欲しいであろう、後ろ盾を用意してあげたんだ。


そろそろ信頼してほしいものだけど…


「ふんっ!誰が信頼なんてするもんですか!」

「はぁ……まあ、最悪あなたに信頼されてなくても良いわ。神林さんは、少なくとも私のことを信じているみたいだし」


そこまでしても、一葉ちゃんは私のことを嫌っている。


一葉ちゃんに嫌われているのは、あまりよろしくないのかも知れないけれど、神林さんは私のことを信じている。


仲間に引き入れられたと見て、問題ないでしょう。


(財団が勢力拡大を続ける今、優秀な人材はもちろん、将来に期待できる者達も、積極的に仲間に引き入れなければ…)


後ろ盾を用意してあげると言いながら、社会の裏側の、暗い部分に利用しようとしているのは、不信感を抱かれても仕方ないと、自分でも思う。


一葉ちゃんは、すぐに私と手を切ろうとするはずだ。


考え無しな所はあるけれど、危機察知能力は高そうだもの。


「……まあ、私は信頼させてもらいますよ。“色々”と」


だが、神林さんはその事も理解した上で、私のことを信じている。


私が出した条件は、神林さんが私の手を握るに値するものだったようだ。


「それは嬉しいわ。もし必要なら、声をかけて頂戴。時間は作る」

「そうですね。必要なら、呼ばせて頂きます」


レベリングに、味をしめたかしら?


駆け足で強くなってくれるのは万々歳。


これからも、色々と助けてあげましょう。


私の、大切なコマの一つにするために。


私達の取引を、まるでわかっていない様子で眺める一葉ちゃん。


神林さんがこの子を好きになった理由が、なんとなく分かった気がする。


「ふふっ…」

「なっ!?なんで急に笑うっ!?」


思わず笑ってしまったせいで、怒られてしまった。


頬を膨らませ、プリプリ怒る一葉ちゃんを2人で見守りながら、第50階層の探索を再開した。

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