第45話 誘い
「弟子、ですか…?」
「そうよ。私の弟子になる気はない?」
咲島さんの表情は真剣で、とても冗談を言っているようには見えなかった。
「その《鋼の体》というスキル。おそらく、魔力の練度が高ければ高いほど強くなるわ。高密度の魔力の鎧なんて、そうそう突破できるものではないもの」
魔力の練度を高める……その為の、弟子入りか。
咲島さんは、私に正しい魔力の使い方を教え、その練度を高めさせて《鋼の体》の性能を、十二分に引き出そう。
そういう事なんだと思う。
「あなたは、単に生活費を稼ぐ為にダンジョンに潜るような、金策冒険者にとどめておくには惜しい人材よ。私のもとで修行して、最上位冒険者になる気はない?」
「最上位冒険者……」
……もちろん、興味はある。
最上位冒険者になれば、強力で信頼できる後ろ盾を探さなくたって、自らが抑止力になれる。
社会の闇から、かずちゃんを守る盾になれるし、今アイテムボックスの中で眠っている超高価アイテムの売却もできる。
例えば、10トンのアイテムボックスとか。
そういう、社会的地位を獲得するという意味では、最上位冒険者になる為に咲島さんの弟子になるのはありだ。
「弟子入りするなら、こちらも待遇を考えよう。『
「それは……魅力的ですね」
おまけに、『花冠』まで付いてくるときた。
『花冠』……昨日、かずちゃんが教えてくれた組織の事か。
◆ ◆ ◆
「『花冠』?なにそれ?」
「咲島さんが秘密裏に抱えている……言わば暗殺組織です」
「なにそれ怖い」
「もちろん、暗殺以外もやっていますよ?日本全国に支部があって、咲島さんの情報網を全国に広げています」
「ふ〜ん……秘密裏なのに、なんでかずちゃんが知ってるの?」
「色々調べましたからね。なにせ、殺しと情報を専門としている集団です。表向きには、都市伝説として公式サイトが作られていたので」
「……それ、普通にネットの悪乗り何じゃないの?」
「いいえ。『花冠』が動いたと噂される時期と、行方不明や失踪事件が重なるんです。それに、不自然に処理された殺人事件もありましたからね。明らかに、国家権力を操る何かの痕跡がありましたから」
「ふ〜ん?私は、ただの都市伝説だと思うけどなぁ」
「都市伝説だとしても、知っておいて損はないと思いますよ。『花冠』は他にも――――」
◆ ◆ ◆
ただのネットの悪乗りで生まれた、都市伝説だと思ってだけど……咲島さんが言うなら、強ち嘘じゃないのかも知れない。
……今でも信じられないけど。
すると、咲島さんが意味深な笑みを浮かべ、何も無い方向へ視線を送る。
「―――その顔は、信じていないようね。教えてあげて」
「なにを言って……っ!?」
背筋が凍るような嫌な予感がし、反射的に《鋼の体》を使う。
その直後、首の部分に違和感を感じ視線を落とすと――――《鋼の体》に阻まれたナイフが、私の視界に写った。
「なっ!?」
「神林さん!?」
逃げようとするが、何者かに掴まれて身動きが取れない。
私を助けようと動いたかずちゃんも、突然現れた謎の女に拘束されて、行動の自由を奪われた。
「私は要らないと言ったんだが……どうしてもというから、連れてきたんだ。どうだ?私の手の者は、優秀だろう?」
「これが…『花冠』」
よく見ると、袖に花の冠のマークが刺繍されている。
どうやら、本当に実在したらしい。
「一日で調べられる情報には、流石に限度があったが…まあ、必要な情報は手に入った。冒険者になってから、たった2ヶ月ちょっとで、第30階層へ到達。普通なら、早くとも1年はかかるはずの数を、たった2ヶ月。才能の塊以外に、言うことがないわね」
「……そうなの?」
「まあ、異例のペースだと思いますよ」
私達って、凄かったのか。
普通にやってたつもりだったけど…常識的に見ると、規格外だったらしい。
「神林紫。東京都のあるマンションの一室―――事故物件に格安で住んでいる、元OL、26歳。出身は京都で、大学入学と同時に上京し、卒業後は一般企業で4年働いていたが、経営不振でリストラ。その後、1ヶ月の空白の期間を置いて、フリーの冒険者になった、と……この資料は、間違ってるかしら?」
「いえ…1つも……」
嘘でしょ?
たかが半日で、そこまで情報を集められるなんて…
ちょっと、『花冠』の行動力を舐めてたかも。
「もう少し時間があれば、京都支部から生い立ちについても情報が送られてきそうね。そっち女の子―――一葉ちゃんについては……別に面白い話もないし、省略だね」
「おい!!」
かずちゃんは不服そうに叫ぶが、華麗に無視される。
拘束から抜け出そうと、モゾモゾ動いて抵抗しているけれど、レベルの差か、全く抜け出せる様子がない。
「まあ、あなた達の情報は置いておくとして……どうする?その子達の事は考えなくていいわよ。私が、『絶対に手を出すな』と言ったら、もう何もしないから」
「だったら早く開放してほしいんですが…」
「そう?離してあげて。あと、手を出さないで」
咲島さんがそう言うと、私達を拘束していた女性達は居なくなり、気配も消えた。
気配探知はそれなりに鍛えたつもりだったけど、私もまだまだね。
スキル化したら、もっと精度も上がるだろうし、これも要練習かな。
「……少し、2人で話し合っても良いですか?」
「お好きにどうぞ」
かずちゃんの様子がおかしいのと、私も状況を整理したかったから、2人だけにしてもらう。
咲島さんは立ち上がって横穴から出ると、少し離れたところで誰かと話している。
その事を確認すると、私はできるだけ小さな声でかずちゃんに話しかける。
「かずちゃんは、どう思う?」
「……私は、嫌です」
「なるほど、嫌なのね?」
やめたほうがいいとか、オススメしないとかじゃなくて、『嫌です』か。
かずちゃんらしい、随分とはっきりした物言いだね。
「神林さんは、私だけのものなんです。あんな、女ばっかりの所に行かせたら、いつうつつを抜かすことか…」
「かずちゃん…?私はかずちゃんが好きなだけで、性の対象が同性って訳じゃないからね?」
「神林さんがそうでも、他の人はそうもいかないかも知れないじゃないですか。神林さんは優しいので、断りきれなくて、私に隠れてズルズルと…」
確かに、かずちゃんの言うことも一理ある。
もしかずちゃんみたいな子が告白してきて、振ろうとしたら泣き出した、なんて事になったら、断りきれないかも知れない。
ズルズルと引きずって、いつかバレて修羅場になるのは目に見えてる。
……それは嫌だな。絶対に面倒くさい事になる。
「もしそんな事になったら、かずちゃんはどうする?」
「とりあえず、相手の女は殺します。そして、神林さんをズタズタに斬り裂いて、二度と見向きもされないような見た目にしてやります。神林さんは、私の物。私が守るんです」
「怖っ……というか、守るって言いながら、あなたが一番私を傷付けてどうするのよ」
「それは…言葉の綾ってやつです」
嫉妬に狂ったかずちゃんなら、本当にやりそうなのが怖い。
いや、私が気を付ければ良いだけの話なんだけど……
「どうしても嫌?」
「イヤ!」
「そっか……じゃあ、決まりだね」
咲島さんを呼び、横穴に戻ってきてもらうと、私の考えを伝える。
「魅力的な提案ですが…お断りさせていただきます」
「……そう」
目に見えて残念そうにされ、少し罪悪感が湧いたが、かずちゃんのためと思い、グッと堪える。
「一応、理由を聞いてもいいかしら?」
咲島さんは、なぜ自分に弟子入する事を断ったのか、『一応』聞いてくる。
「そうですね……色々理由はありますが、やっぱり一番は――――かずちゃんの為です」
「…一葉ちゃんの為ね」
「ええ。今は、私達のペースで、2人の時間を大切にしながらダンジョンに潜っていますが…弟子入りして、強い冒険者になれるよう修行を始めれば、その時間が削られてしまうと思います」
……まあ、嘘は言ってない。
かずちゃんとの時間は、大切にしたいからね。
「私にとって、かずちゃんとの時間はとても大切なものなんです。その時間を削るくらいなら…今のままで良いです」
「そう……」
私の考えを聞いて納得してくれたのか、咲島さんはとても残念そうな顔をした。
「大切な人との時間は、沢山あったほうがいいものね。仕方ない。今回は、諦めるとしましょう。気が変わったら、いつでも声をかけてちょうだい」
「はい、そうさせてもらいます」
本当に―――心の底から残念そうにしている咲島さんを見て、心が痛んだが、かずちゃんに服の裾を引っ張られてその思いは消える。
私にとって、何より大切な人からのアピールは、その他の全てを忘れさせるもの。
かずちゃんの手を握り、すっと立ち上がると、レジャーシートを片付けるのを手伝い、再び3人で第50階層の探索に向かった。
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