第44話 1時間経過

「いたたた…」

「大丈夫ですか?まだ動けますか?」

「まあね。かずちゃんが、回復魔法を使ってくれたお陰で、怪我は治ってるから」


第50階層に来て、そろそろ1時間くらいは経つだろうか?


やはり、どのモンスターも強く、戦うたびに怪我をした。


幸い、かずちゃんには指一本触れさせていない。

攻撃の全てを私が引き受け、かずちゃんの盾になってきた。


……こんな事をすれば、普通なら私のことを心配して、階層を変える気になると思ったけど――――かずちゃんは、まだ行けるかしか聞いてこない。


(くそぅ……この子に恋人を気遣う気持ちとかないの?)


優しさを捨てたかずちゃんに対し、心の中で文句を言う。


かずちゃんは、私がいつも守ってるから、怪我をする痛みというものをあまり知らない。


どんな些細な攻撃でも、私が全て引き受けてる。


そして、私を無視してかずちゃんへ迫る攻撃は、その卓越した剣術で全て叩き落される。


冒険者なら、骨折程度の怪我は日常茶飯事と言うが……かずちゃんは、そもそも怪我すら稀。


それ故に、攻撃を受ける痛みが理解出来ない。


「……一旦、休むわよ。軽食を持ってきてるから、よかったら食べて」



咲島さんが、私に視線を送りながら休憩を提案してきた。


何でもなさそうにしているつもりだったけど、勘の良い咲島さんには気付いたらしい。


しかし―――


「そんな時間が勿体ないことしませんよ。ねぇ?神林さん」


胸と同じく、栄養の足りていない頭を持つかずちゃんは、私の苦しみなんて気付きもせず、先に進もうと言ってくる。


鬼が君は?


「いや、ちょっと休みましょう。それに、私お腹が空いてるのよ。……流石に、カロリーバー二本は、少なすぎるって」

「むぅ…じゃあ、ちょっとだけですよ?」


そこまで言うと、ようやく私に余裕がない事がわかったのか、かずちゃんは休憩に納得してくれた。


咲島さんが、近くの横穴にレジャーシートを敷く。


その上に、柔らかそうなカーペット?みたいなものを敷いて、ゴツゴツを軽減してくれた。


「はい、よかったらどうぞ」

「わぁ!おにぎりですか。ありがとうございます」


私はかずちゃんを隣に座らせると、咲島さんがくれたおにぎりを、さっそく一口齧る。


キレイに三角形に握られたおにぎりは、アイテムボックスに入っていた事もあり温かく、適度に塩味が効いている。


「ん!美味し―――んん!まあ?神林さんのおにぎり程じゃないですけどね?」

「ふふっ。その食い付きぶりで、それは無理があるんじゃないかしら?」

「おばさんは黙ってください!神林さんのおにぎりには、愛情がたっぷり詰まってるんで―――ふにゃぁ!?」


いつの間にかおにぎりを食べていたかずちゃんの首根っこを掴み、黙らせる。


素直に美味しいといえば良いものを、この子は全く……


「かずちゃん、いい加減にしなさい。失礼だと思わないの?」

「いきなり胸を揉んでくるような人ですよ?これくらいが妥当です」


駄目だ、全然分かってない。


食事中にこんな事をするのは良くないし、美味しさが半減するからやりたくないんだけど……仕方ない。


「――それはつまり、『犯罪者相手ならどんな事をしても許される』って言ってるのと同じよ。かずちゃんは、そんな風に考える人なの?」

「そ、それは…」

「だいたい、かずちゃんは咲島さんになにかされたの?私が文句を言うならまだしも―――何もされてないかずちゃんが、そんな態度を取るのは、道徳的にどうなの?」

「………」


私に叱られ、かずちゃんは俯いてしまう。


その姿は、いつもの嘘泣きではなく、本当に泣きそうになっているように見えた。


「ほら、こういう時はどうするの?お父さんやお母さん。学校の授業で教えてもらったんじゃないの?」

「……ごめんなさい」

「声が小さい。あと、誰に謝ってるの?」

「………失礼な態度を取って、すいませんでした」


ようやく、かずちゃんは咲島さんに頭を下げて謝った。


ただ、その謝り方は進んで謝っているのではなく、私に言わされているという様子が、ひしひしと伝わってくるものだった。


仕方なく、もう少しき厳しく叱ろうと口を開けたその時、咲島さんが手を伸ばして、私を制止した。


「一葉ちゃん。私は怒ってないけど、世の中皆そうとは限らないのよ?」

「……」

「神林さんに迷惑を掛けなくないなら、しっかりと神林さんの言う事を聞きなさい」

「……はい」


私は、かずちゃんを慰めながら、目で咲島さんにお礼をいう。


咲島さんは、『お気になさらず』と表情と身振り手振りで返事してくれた。


もう一度目で謝ると、私はかずちゃんを抱きしめようとするが―――逃げられてしまった。


手を伸ばすと、その手を払い除けられ、明らかに拒絶されている事が伺い知れる。


……拗ねちゃったかな?


「かずちゃん、おいで」

「………」


膝を叩いてかずちゃんを呼ぶと、俯いたまま近付いてきて、ちょこんと座った。


その様子が可愛くて、かずちゃんを抱きしめる。


「偉いね。ちゃんとごめんなさいが出来て」

「……むぅ」


私に褒められて、少し元気を取り戻したのか、声を出した。


そして、私の食べかけのおにぎりを掴むと、私の口の前まで持ってくる。


「ん」

「食べさせてくれるの?」

「ん!」

「ありがとう。あ〜ん」


口を開けると、かずちゃんはおにぎりを入れてきた。


一口で食べられる量を入れてくれたお陰で、リスのように頬をふくらませる事はなかった。


口の中に、米の甘さと、ちょうどいい塩加減と、癖になる酸味が広がる。


これは……梅干しの味だね。


「この梅干し、美味しいですね」

「そう?昔、叔母が作っていたモノを真似たんだけど…口にあったようで何よりだわ」

「へぇ〜?これ、咲島さんの手作りなんですか?」

「いいえ。金は、腐る程あるからね。土地を買って、木を植えて、管理する人を雇って、作ってもらってるわ」


……なんというか、贅沢の極みね。


たかが梅干しを作るためだけに、そこまでするなんて…


「……どうやって、そんなに稼ぐ事ができたんですか?」

「どうやって、ね……私には才能があった。そして、努力し続けた。それだけよ」

「なるほど。努力し続ける、ですか…」


私は、努力らしい努力をしていない。


かずちゃんは、ひたすら剣を振り続けた結果、ここまでの剣術を手に入れた。


咲島さんは―――なんの努力をしたか分からないけど、自分の現状を変えようと努力し続け、一つの街のあり方を変えてしまう程の力を手に入れた。


私も努力すれば、咲島さんのように強くなれるんだろうか?


「……神林さん。これ」

「ん?どうし―――な、なにやってるのよ!?」


私は、完全に私に身を任せ、くつろいでいるかずちゃんが渡してきたモノを見て思わずそう声を上げてしまう。


「す、すいません!ほら、かずちゃんも謝って!!」

「ごめんなさい…」


かずちゃんに頭を下げさせ、私も土下座する勢いで謝る。


しかし、咲島さんはそれを笑って流してくれた。


「お気になさらず。私のステータスなんて、調べれば出てくるからね」

「で、ですが…」

「少し遠出すると、ステータスを覗き見られるなんて、日常茶飯事。面と向かって見られるだけ、まだマシよ」


一応、許してもらえたらしい…


私は、かずちゃんが持っている咲島さんのステータスを見て、胃が痛んだ。


――――――――――――――――――――――――――――


名前 咲島恭子

レベル132

スキル

  《剣術Lv7》

  《探知Lv8》

  《魔闘法Lv10》

  《氷結魔法Lv5》

  《威圧Lv10》

  《悪環境耐性Lv3》

  《魔法攻撃耐性Lv5》

  《物理攻撃耐性Lv7》

  《状態異常無効》

  《氷冷無効》

  《神威纏Lv2》


――――――――――――――――――――――――――――

  

化け物…


とても人間とは思えないステータスをしている。


かずちゃんは、こんな人相手に失礼な態度を取り、暴言を吐いていたと考えると―――恐ろしくて仕方がない。


「心配しなくても、私はあなた達を殺そうなんて考えていないわ。私の力は、世のため人のため女性のため。私が守るべきものの為にあるのだから」

「……素晴らしい心構えだと思います」


そう言われても、怖くて全然安心できない。


でも、かずちゃんはこの状況ですました顔をして、咲島さんを見つめている。


私より、ずっと鋼の心を持ってない?あなた。


「……《神威纏》ってなに?」

「ちょっ!?かずちゃん!」


ただでさえ、数々の無礼をはたらいているのに、今度は冒険者にとっての機密情報である、スキルの話を振った。


教えてもらえるはずがない。


やってることは、同業者の店に行って、味付けを教えてと言ってるようなものなんだから。


「《神威纏》は、《魔闘法》の上位スキルよ。効果が上がっただけで、特別な力はないわ」

「えっ!?お、教えてよかったんですか!?」

「なにを今更……ギルドには情報共有しているし、上位冒険者ならみんな知ってるわ」


予想に反し、咲島さんは普通に教えてくれた。


そして、このスキルに関しては、既にギルドに共有されている事も。


ってことは、ギルドで聞けば教えてもらえるのかな?


「習得方法は?」

「頑張る。それだけよ」

「ひたすら努力しろって事か…」


……なにさらっととんでもない事聞いてるのよ。


そして、あんたも普通に教えるんじゃない!


なにこれ?私がおかしいの?


「ちょっとかずちゃん。どうしてそんなに堂々としてられるの?」

「私は女ですよ?それに、今日はアレの埋め合わせの為に、色々としてくれるんですから。何も怖がることはないですよ」

「ダンジョンから出てホテルに戻ったら、そこで消されるとか考えないの?」

「……その時はその時です」

「オーケー。何も考えなかったのに、このおバカちゃんは……」


うん、怖いと思わなかった訳じゃわなくて、そもそも『怖い』ってのが分からなかったのね。


どうしよう、本当に消されかねないんだけど?


なんとかしてかずちゃんの尻拭いをしたい…


「何か、盛大に勘違いされているようだけど………まあ良いわ。なら、これはどうかしら?あなた達のステータスを事細かに、嘘偽りなく教えて。そうしたら、あなたが気にしている事と相殺してあげる」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ。……なんなら、タダで教えてもらったようなものだし」


何か呟いていた気もするけど、私の聴力では聞き取れなかった。


私はすぐにステータスを裏返し、咲島さんに見えるようにする。


かずちゃんも、私を見てステータスを裏返し、誰にでも見える状態にした。


「ふ〜ん?2人共レベル40か…」

「「え?」」

「今日のでレベルが上がったんじゃない?不思議なことじゃないでしょう」


そっか…アレでレベルが上がってたのか。


……たった1時間で3つもレベルが上がるなんて、やっぱり適正難易度よりも遥かに高いところに行くと、成長が早いね。


「《鋼の体》に《鋼の心》ね…ユニークスキルかしら?」

「はい、おそらくは…」

「効果は?」


私は、この2つのスキルの効果を、事細かに咲島さんに説明した。


すると、咲島さんは腕を組んで少し考える素振りを見せた後、真剣な表情になる。


10数秒ほど何かを考えた後、咲島さんは腕組みを解いてまっすぐ私を見つめながら、口を開いく。


「あなた達―――いや、あなた。私の弟子になる気はない?」

「……え?」


咲島さんは、私にそんな提案をしてきた。

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