第41話 一悶着

奇妙な動きをした私達を警戒していた通行人の何人かは、何やらただならぬ雰囲気を醸し出す咲島さんを見つけ、敵意を向けてきた。


しかも、中には覚醒者や冒険者らしき気配もあり、完全に四面楚歌の状態。


何かあれば、すぐにかずちゃんを抱えて逃げられるように構えておく。


「えっと…私達、なにかしましたか?」


特に、それらしい心当たりがない。


強いて言うなら、あの喫茶店くらいだ。


しかし、力で国家権力を負かすような人が、あの程度の話でここまで怒るだろうか?


この人は、もっと別の事で怒ってるんだろう。


「……」


私の質問を無視し、ただツカツカとこちらへ歩み寄ってくる咲島さん。


嫌な汗が背を伝い、息を呑む。


私の目の前までやって来た咲島さんは、おもむろに手を伸ばすと――――何故か、私の胸を鷲掴みにした。


「―――はっ?」

「なっ!?」


何が起こったのか理解が追い付かず、呆然としていると、咲島さんは胸を揉んだり、上下左右に揺らしたりと、おかしな事を始めた。


「あの……一体何を?」


触り心地や、動きを確認するように、私の胸をいじる咲島さん。


これには、さっきまで敵意を向けてきていた人達も唖然とし、なんなら引いているようにも見える。


「ん〜……大丈夫そうね」

「えっと…何が大じょ――――「何が『大丈夫そうね』ですかーーー!!!」―――っ!?」


かずちゃんが、珍しく私以外に大きな声を上げ、前に出てきた。


しかも、咲島さんの腕を強引に振り払い、そのまま突き飛ばして私の前に立つ。


「殺気とオーラを垂れ流して脅しながら近付いてきたかと思えば、いきなり胸を揉むなんて…!あなたは一体何を考えてるんですか!!」

「それには訳が…」

「ちゃんとした理由なんでしょうね!?それがもし下らない理由だったら…あなたと言えど、警察は忖度したりしませんよ!!」


目をクワッ!と見開いて睨みつけながら、吠えるように捲し立てるかずちゃん。


私のために本気で怒ってくれるのは嬉しいけど、ここ思いっきり町中なんだよ?


視線が痛いとは思わないの?


「大体!いきなり人の胸を揉んで、何処が『大丈夫そうね』なんですか!!何がしたかったんですかあなたは!!」

「確認よ。確認」

「はあ?なんの確認ですか?この胸がニセモノでないかの確認ですか!?」

「そうよ。その通り」


……私の胸、偽乳だと思われたの?


それはちょっと傷付くなぁ…


「説明するから、少し私の話を聞いて。そんなに怒鳴られると、謝罪すら出来ないわ」

「謝罪?謝る気があったんですか?こんな事をしておきながら」


余程私の胸を揉まれた事が気に食わなかったのか、圧倒的格上相手に煽るかずちゃん。


これ以上余計なことを言わせない為にも、まずは最近知ったかずちゃんの急所である、首根っこを掴む。


「ふにゃ〜!?」

「はいはい。大人しくしましょうね〜」


かずちゃんは首の根元を掴まれると、全身の力が抜けて、猫みたいに大人しくなる。


そうやってかずちゃんを黙らせると、私は咲島さんに向き直り、一応目を細めて軽く睨む。


すると、咲島さんは深々と頭を下げた。


「申し訳ない。これは私の落ち―――」

「それは良いです。そんな事より、私は説明を求めてるんですよ」


こんな所で、そんな事をされても困る。


そんな事させたら、この人が指示をして無くても、勝手に信者達が動いて何かされそうだ。


「むぅ…土下座くらいさせたらいいのに―――ふにゃあ〜!?」

「う〜ん、ちょっと黙ろうね〜」


首の根元を掴んだまま、かずちゃんを持ち上げてプラプラさせる。


全身の力が抜けて、動けないかずちゃんは視線で訴えかけてくるが、私はそれを無視する。


「で、説明をお願いします」

「そうね。端的に言えば、あなたが男に見えたという事よ」

「……はぁ?」


私が男に見えたってこと?


……そんなに、男に見えるような体つきはしてないはずだけど、この人にはそう見えたって訳か。


「以前、中性的な見た目であることを良いことに、この街で悪事を働いた不届き者がいてね。あなたもその類かと、確認したのよ」

「なるほど…?そういう事でしたか……」


そんな事したやつ居るのか……


そんな事するくらいなら、普通に仙台以外の場所ですればいいのに―――いや、どこでやっても駄目だけどさ?


「日本人で、そこまで大きな胸を持つ人はそういないわ。ニセモノかと思ったのよ」

「確かに……チラッ」

「なんで私を見るんですか!?」


私に持ち上げられて、プラプラと宙吊りになっているかずちゃんを見やる。


世の中には、体と胸の成長が一致しないキャラが沢山いるが……この子は、完全に一致してるね。


見事な絶壁だ。

それも含めて、かずちゃんは可愛い。


思わず笑みがこぼれ、かずちゃんのプニプニの頬を指で撫でる。


「……そういう所も、あなたが男なんじゃないかって、警戒する原因の1つね。それに、そんなに人前でベタベタ触り合わない方が良いわよ?マナー的にどう思う?」

「「うっ!」」


確かに、そこを突かれると痛い。


確かに、人前でも私達は普通に触り合ってるけど、公衆の面前でそういう事をするのは、あんまり良くないんじゃないだろうか?


ラブラブなのは良いことだけど、TPOは弁えないとね…


私はかずちゃんをおろし、首根っこを掴むのもやめてあげる。


「……ふん!」

「ちょっ!?」

「あらあら」


自由になったかずちゃんは、咲島さんを睨みつけ、不機嫌そうにそんな事を言いながらそっぽを向いた。


「ふふっ、嫌われちゃったわね」

「すいません。ほら、かずちゃん謝って」

「……ふん!」

「かずちゃん!」


声を荒げて怒ると、ビクッ!と震え、まるで見捨てられそうになったみたいな悲しそうな表情で、上目遣いをしてくる。


そんな顔されたら、中々怒るに怒れない。


「くっ!……ごめんなさいって言うだけでいいから。ね?」

「……ふん!」

「ねえ、かずちゃん。お願いだから言うことを聞いて…?」


イヤイヤと、私の言うことを聞いてくれないかずちゃん。


キツく言えば、かずちゃんはちゃんと謝るんだろうけど…私にそんな勇気はない。


優しくお願いするように、かずちゃんに謝るよう促すが……かずちゃんはそっぽを向くばかり。


すると、見かねた咲島さんが動いてくれた。


「少し甘やかし過ぎね。もっと厳しくしないと、何でもかんでも自分が一番って、子供みたいに駄々をこねるわよ?」

「もうそうなってますので……」

「それは大変ね。まあ、甘やかし過ぎたあなたも悪いわ。しっかりと面倒を見て上げなさい」


言われなくてもそのつもりだ。

かずちゃんは、生涯私が面倒を見るつもり。


誰かに言われるまでもないんだよ。


「……話をそらして、逃げようとしてません?」


話がそれたせいで、またかずちゃんが咲島さんを疑い始めた。


それに対し、咲島さんは一瞬顔色を変えた。


「……そんなつもりはないわよ。ちゃんと、穴埋めは考えてるわ」

「へぇ?何をしてくれるんですか?何処かの店の無料券をあげるとか言われても、私は許しませんよ」


……マジで、有耶無耶にして逃げようとしてたのかこの人?


いや、私は変に事を大きくしたくないから、それでも良かったんだけど……まあ、かずちゃんはそうもいかないよね。


「あなた達、冒険者でしょ?」

「そうですね。私達は冒険者をやってます。それが何か?」

「仙台ダンジョンを案内するわ。そして、『探索で得た魔石は、全てあなた達のモノ』――――そういうのはどうかしら?」


女性最強の冒険者に案内されて、探索で得た魔石は全て私達のもの。


確かに、それならかずちゃんも納得しそうだ。


私達が簡単には死なないような―――でも、絶対に私達だけじゃ行けないような深い階層の、上質な魔石を手に入れる。


それだけで、結構稼げるはず。


「『探索で得た“成果”は、全て私達のもの』―――それなら良いですよ」

「……良いわよ。今日か明日か、どっちがいいかしら?」

「明日の朝でお願いします」

「……分かったわ。じゃあ、これを渡しておくわ」


そう言って、咲島さんは電話番号が書かれた紙をかずちゃんに渡す。


その顔は、何も言っていないのに、『ガキのくせに』という幻聴が聞こえる表情だ。


それに対し、かずちゃんは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、紙を受け取った。


「じゃあまた明日。……約束、違えないで下さいね?」

「あなた達こそ、必ず来なさいよ。遅れたらなかったことにする」


そう言って、咲島さんは去って行った。


かずちゃんは、咲島さんの電話番号が書かれたと思われる紙をアイテムボックスに仕舞うと、私の手を握る。


そして、スマホの地図アプリを起動しながら、歩き始めた。


「予想外の収穫ですね。臨時収入です」

「そうね……今度からは、ああいうことはしないでね?」

「なに言ってるんですか。危ない橋を渡ってこそ、ですよ?神林さん」


……その先に、得られるものがあるって?


確かに、得られるものはあるだろうけど……今のままでいいのに、わざわざ危険な道を選ぶのはどうかと思う。


まあ、冒険者という超級の危険な橋を、現在進行系で渡ってるけどね?


「…何かあっても、守りきれないよ?」

「死ぬ時は一緒です。それに、私は神林さんと死ねるなら、悔いはないです」

「この親不孝者め…」

「学校へ行かず、冒険者なんかやってる時点で、親不孝の極みですけどね〜」


それを自分で言ったら不味いでしょ。


冒険者なんて、危ない橋な上に親不孝な仕事だ。


普通は家族から猛反対されて、『親不孝者!』って罵られてもおかしくない。


………私の家族なら、そう言うね。


「親不孝、か…」

「そう言えば、神林さんは冒険者になることを家族に話しましたか?」

「いや全く?」

「……え?」


言ったら乗り込んでくるから言わない。


だから、バレたらヤバイんだよね。


「話したら絶対にさせてもらえないし、強行したら勘当されるから言わない」

「……やってることを話したら、不味いんじゃないですか?」

「縁切られるかも」

「ヤバイじゃないですか…」


かずちゃんが本気で心配してくれてる。


私としては、縁を切られたら遺産のゴタゴタから解放されるから、寧ろどうぞって感じだけど……そう上手くもいかないよね。


万が一『フェニクス』を使ったことがバレたら、絶対に集られるし。


でもまあ?余程のことが無い限り、バレることは無いと思う。


「そもそも、家に帰る気がないから、多分大丈夫だよ。大学に行くために東京に来て以来、一回も帰ってないし」

「……さっき私に『親不孝者め』って言いましたよね?その言葉、そっくりそのまま返します」

「う〜ん、痛いなぁ…」


方や、生活を切り詰めて高校に入れてもらっておきながら、高校にいかなくなって冒険者になり、そこで出会った女に恋をしてしまっている。


方や、大学に行くためのお金を用意させておきながら、一度も家に帰らず、仕事をクビになり、冒険者という禁じられた職に就き、果には未成年の女の子付き合っている。


……本当の親不孝者は、どっちだろうね?


「どんな職に就こうと、誰と愛し合おうとその人勝手だけど……育ててもらった恩を仇で返すのは、良くないね」

「神林さんが言っても、意味無いですよ。…私もそうですけど」

「違いないね。とはいえ、これからも親不孝を続けるつもりだよ、私は」

「それは私もです」


そんな、親に絶対に聞かせられない話をしながら、私達は歩く。


かずちゃんのスマホを見る感じ、多分ホテルに向かってるんだと思う。


全然観光できてないけど、あんな事があった後じゃ、まともに観光できるか分かんないから、まあ良い判断だと思う。


……あれでもし咲島さんがキレてたら、速やかに仙台から逃げないと、不味いことになるし。


私は咲島さんが、とても寛大な方だということを祈りながら、ホテルに向かうかずちゃんの手を握り、優しく微笑みかけた。

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