第40話 咲島恭子という女性
『咲島恭子』
彼女の人生は、とにかく男性に恵まれない人生を送ってきた。
父は妻に対し暴力をふるい、恭子に性的虐待する。
小学校では、恭子は多くの男子生徒からいじめられ、苦しい日々を過ごすことになった。
しかし、恭子はそんな地獄を必死に堪え、なんとか卒業まで学校へ通い続けた。
最悪な小学時代を耐え抜き、中学校へと上がった恭子には、比較的マシな中学時代が待っていた。
いじめは無くならなかったが、人数が増えた事で、これまで恭子をいじめていた男子生徒から離れることができ、いじめをする生徒もあまり増えなかったからだ。
小学時代を耐え抜いた恭子とっては、あまり苦ではない生活。
――――とある、事件が起こるまでは。
ある日の下校途中。
恭子は、尿意を催して近くの公園のトイレに駆け込んだ。
用を足し、外に出た恭子は、運悪く厄介な男に目をつけらてしまう。
その男は覚醒者で、ダンジョンに潜った経験もある元自衛官。
素行不良が原因で脱退させられ、実家で親の脛を齧っていた男に捕まり、誘拐されてしまった。
人目につかない、放棄された倉庫に連れてこられた恭子は、そこで度重なる暴行を受けた。
3日後、たまたま巡回中の警察がその男を発見するまでの間に、恭子は手足の骨と肋骨を数本折られ、全身にアザができ、一生涯消えない傷まで出来てしまう。
その結果、恭子は中学校にも行けなくなり、父からの性的虐待を承知で家に引きこもった。
それから数年が経ち、二十代になった恭子は、冒険者になった。
10歳になる年に覚醒者となっていた恭子は、父によって強制的に冒険者にさせられ、ダンジョンへと潜ることに。
だが、そこでも恭子は悲惨な目に遭うのである。
女一人でダンジョンに潜っていた恭子は、格好の獲物であり、冒険者をはじめてすぐに複数の男性冒険者に襲われてしまったのだ。
更には、その様子を写真に取られ、恭子は彼らに従わざるを得なくなってしまう。
恭子は、複数の男性から暴行を受ける日々を、過ごすことになってしまった。
そんな悲惨な日々を過ごしていた恭子に、転機が訪れた。
それが、《ジェネシス》との出会い。
彼女を不憫に思った《ジェネシス》は、その男性達をダンジョンの遥か奥地へと転移させ、恭子の怪我の全てを癒やした。
そして、《ゼロノツルギ》を与え、特別な空間へ招待することで、強くなる機会を与えたのだ。
《ジェネシス》によって救われた恭子は、一気に才能を開花させ、瞬く間に強くなっていった。
そして、いつしか女性冒険者最強と呼ばれるようになり、絶大な影響力を誇る人間へと下剋上を果たした。
◇◇◇
「―――――と、言うのが咲島恭子さんの、これまでです」
「……壮絶な人生を送ってるわね」
チーズケーキを食べ切り、私の膝の上で顎を撫でられて喜んでいるかずちゃん。
そういう店だからって、周りから見えるような形で甘えるのは、恥ずかしくないのか?って思う。
「まあ、そんな訳で、咲島さんは極度の男性不信―――というか、男性嫌いで有名なんです」
「だから、自分の活動拠点である仙台から、男を排斥してるの?」
「そうですね。日本最強格の冒険者であるということを良いことに、普通なら即逮捕な事をしてまで、男性を冷遇し、女性を優遇しています」
「例えば?」
そう尋ねると、顔色を変えて周りをキョロキョロと見たあと、顔を近付けて小さな声で話す。
「なんでも、性犯罪者を片っ端から殺していったとか?」
「……それ、冷遇ってレベルじゃなくない?」
普通に殺人なんですがそれは…
「他には、女性の仲間を増やして情報網を作り、常に男性を監視したりとか」
「プライバシー……」
「その情報網を使って、社会的に抹殺したり、仙台から追放したり、村八分状態にしたりと、結構色々やってます」
「……好き放題してるわね」
村八分ならぬ、街八分。
男性からしたら、居心地が悪い事この上ない街が完成した訳ね…
「更には、学校で女性優位の教育をして、女尊男卑の思想を植え付けたり、男性が冷遇され、女性が優遇されるのは当たり前という考えを植え付けてるなんて、噂もあります」
「洗脳―――いや、“教育”だったわね」
洗脳と教育は紙一重。
ここでは、“そういう教育”がされてるだけに過ぎない。
……まあ、明らかに偏った教育だけど。
「あとは、政治の掌握ですね。今の市長は、彼女の回し者ですよ?」
「う〜ん、この………そんな事してて、逮捕されないの?」
警察に賄賂とか渡してそうだけど……ここまでやってると、国が動きそうなものだ。
捕まってても、おかしくないと思うんだけど。
「何度か、逮捕された事はあるらしいですよ?でも、強すぎるので逮捕してもすぐに逃げられ、刑務所に入れられません。無理矢理入れたら、多分刑務所を破壊しますよ」
「あ〜…」
「しかも、いろんなところの警察署長の所に行って、『私の邪魔をするな』って言ったり、公安の偉い人とか、政府高官に剣を突きつけて『死にたくなかったら、手を引け』って脅したらしいですよ?」
……うん、警察も言いなりになってるんだろうとは思ってたけど、想像の十倍はめちゃくちゃだった。
民主主義が、個人の武力に屈してどうするよ?
そんなんじゃあ、民主主義の意味が無いじゃん!
「実際に、あの人の警告に従わなかった人達が、何人も行方不明になってるので……命は惜しかったんでしょうね」
「あ、マジで殺ってるんだ?」
「マジで殺ってますよ。あの人は…」
う〜ん……大丈夫か日本?
「とまあ、ダンジョンで手に入れた力で、自分の理想郷を作るという、異世界転生主人公みたいな事をしてるんです」
「事実は小説より奇なりね…」
本当に……主人公みたいな事をして、この街を作り上げた訳か。
…でも、それはあの人の強さがあるからこそ成り立っている訳で、流石に年老いたらここも崩壊するんじゃないの?
「ここは、いつまで続くのかな?」
「はい?」
「いつかは年老いて衰える。その時、ここは残ってるのかな?ってね」
私がそう言うと、かずちゃんは首を傾げる。
…変なこと言ったっけ?
「なに言ってるんですか。あの人は――――「咲島さんは、年老いたりしませんよ?」―――っ!?」
「っ!!そ、そうなの?それは……すごいわね…?」
突然店員さんが話に入ってきて、私達は警戒心をマックスにする。
話に入ってくるって事は、さっきまでの私達の話は全て聞こえてたって事だ。
そして、居ても立っても居られなくなって、店員という立場でありながら話しかけてきた。
でもどうして?
そんなの簡単だ…
(この人…咲島さんの信者じゃないよね?)
咲島恭子の情報網の一人。
そうだとしたら、厄介なことになる気がする。
「咲島さんは素晴らしい人です。私は昔、厄介なストーカーに追い回されていたんですが…仙台に来てからは、パッタリとストーカー被害を受けなくなったんです!」
「へ、へぇ〜?(そりゃあ、仙台まで来たらね!)」
「そ、そうなんですか〜(ここまで追い掛けて来てたら、逆に凄いですよ!)」
チラッとかずちゃんと目配せをし、お互い思っていることは同じである事を確認すると、店員さんの方を見る。
「ここにはストーカーなんて、クソみたいな事をするような人間はいません。女性だからと、差別する人もいません。仙台は、最高の街ですよ!」
「は、はは…そうみたいですね……ここの女性に対する考え方には、驚きましたよ」
なんとか笑顔を取り繕い、かずちゃんの分も話す。
苦笑いを浮かべ、人見知り状態に入ったかずちゃんは、少し後ろに下がって私の影に隠れようとしている。
助けを求めるように、他の店員さんに視線を送るが、手を合わせて申し訳無さそうに頭を下げるばかり。
まるで、『ごめんなさい。私達ではどうしようもならないんです。どうか耐えてください』って、言ってみるみたいだ。
とんでもなく使えない。
諦めて前を見ると、店員さんが喋りたそうにウズウズしている。
―――正直、この人は頭がおかしいんじゃないかと思う。
こんなイカれた人を雇ってしまったばっかりに、この店は苦労している事だろう。
そんな事を考えていると、店員さんは喋って良いと勘違いしたのか、また話し始めてしまった。
「神林さん…この人怖いです」
「私に任せて。かずちゃんは、ニコニコしながら私にくっついてたらいいよ」
適当に受け流していると、ついに耐えきれなくなったかずちゃんが、そんな泣き言を言ってくる。
安心させようと、心強く感じるような言葉を投げ掛けるが―――私も、出来ることなら逃げ出したい。
しかし、こんなにキラキラした純粋無垢な表情をされると、流石に『迷惑です』と断ることも出来ず、20分近く彼女の話に付き合う事になった。
「酷い目に遭いましたね…」
「そうね…あ〜、頭が痛い……」
その後、会計の時は別の店員さんが対応してくれたお陰で、また捕まらずに済んだ。
そして、お詫びとして代金を無料にし、割引クーポンも貰えた。
……正直、もう来ることはないと思うけど、一応クーポンを受け取って、頭を下げてに逃げるように店を出た。
他の人はまともそうで、安心したけど…あんなのと働くのは可哀想だと思う。
私なら、辞表を出してるね。
「これから何処に行く?ケーキのお陰で、あんまりお腹は空いてないんだけど」
「そうですね……早いですけど、ホテルに行きますか?私は、神林さんと一緒に居られるなら、どんな状況でも退屈しません」
「ほんとにもう……そんなに褒めても、かずちゃんが望んでるような事は、できないよ」
「ぶー…」
後ろから手を回し、私とは反対側のかずちゃんの頬を指先で撫でる。
ぷくーっと膨れて、怒っているかずちゃんを見ると、私も胸が一杯になりそうだ。
「…まあ、観光に来た訳じゃないし、ホテルでゆっくりする?」
「そうですね。明日に向けて、英気を養いましょう!」
私もホテルへ行く事を推すと、かずちゃんは嬉しそうに歩調を早めた。
見た目相応の、子供のような動きに愛らしさを感じ、微笑むと、かずちゃんも笑ってくれる。
心がとても暖かくなるのを感じ、かずちゃんの手を握ると――――突然、真冬の川に飛び込んだような寒気を覚えた。
「「っ!?」」
それはかずちゃんも同じなようで、二人して勢いよく振り返る。
周囲の人が、その様子に驚いているが、そんな事はどうでも良い。
背中を刺すような寒気を感じるほどの、強大なオーラを放つ女性を見つけ、急ぎで臨戦態勢を取った。
何故なら、相手は僅かながら殺気を放っているのだから。
「なんで……どうしてあの人が…?」
「“あの人”?……っ!そういう事か!」
動揺するかずちゃんの言葉と、強烈な気配、そして何処かで見たことがある顔に、私はそれが誰かをすぐに理解した。
「あれが、咲島恭子その人なのね…」
何故か私達に殺気を向ける女性。
その人こそが、仙台の支配者『咲島恭子』だった。
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