第42話 仙台ダンジョンゲートウェイ

仙台ダンジョンゲートウェイ前


「こんな朝早くから待ってるなんて…あなた達、暇なの?」

「別に、何時とは指定してませんでしたからね。念の為、早くに待ってたんですが―――本当に、こんな時間に来るとは思いませんでしたよ」


時刻は午前5時半。


流石にまだほとんど人は来ておらず、いつもなら人で溢れかえっているはずのゲートウェイも、この時間はガラガラだ。


「わざと朝早くから待って、『早くから待ってたのに来てくれなかった。約束を破ったのはそっちだ』とでも言うつもりだったんですか?」

「そんなつもりはないわ。歳を取ると、朝が早くなるものよ?」

「『フェニクス』で、老いとは無縁になっても、そこは一緒なんですね?それとも、やっぱり老いてるんですか?お婆さん?」


朝早くから火花を散らし、敵意剥き出しのかずちゃんと咲島さん。


ただでさえ昨日は寝るのが遅かったのに、こんな時間に叩き起こされ、完全に寝不足の私は、二人の間に割って入る気力が湧かなかった。


「お姉さんは随分と眠そうにしてるじゃないの。もっと優しくしてあげないと、可哀想よ?」

「そんなこと無いです。神林さんは、鉄の女なので、この程度大した事はありません。それに、元社畜なので、睡眠時間が短いのは慣れてるはずですよ?」

「あらそう?それは大変だったわね」


私の前職の話を聞いて、憐れむような目で見てくる咲島さん。


眠たくてそれどころじゃない私は、適当に首を振って誤魔化し、ほとんど目を瞑って立ちながら寝る。


「本当に眠そうね…」

「眠い、です…」


私がかずちゃんに、無理矢理叩き起こされた事を察したのか、本気で心配してくれてる咲島さん。


その優しさが胸に染み渡り、思わず意識を手放しそうになる。


「ちょっ!?神林さん!?寝ないでくださいね!!」

「う〜ん…寝たいよぉ〜……」

「だから寝ないでくださいって!」


そのまま眠ろうとする私を、かずちゃんが力いっぱい揺さぶって、無理矢理起こす。


大きな欠伸をしながら、体を思いっきり伸ばすと、眠そうな声で咲島さんに話しかける。


「今日は、ダンジョンに連れて行ってくれるという話ですけど…どこまで行きましょうか?」

「それはおまかせします。お好きな階層をお選びください」


好きな階層ね…私達二人ではまだ行けず、かと言って簡単には死なないようないい塩梅の階層。


そこがまあ、妥当だろう。


「どうする?40階層くらいが良いんじゃない?」


かずちゃんにも確認取る。


私達は、少し前に第30階層を攻略したばかりだ。

だから、まだ二人では40階層にはいけないし、難易度は高い。


でも、40階層ならそう簡単には死なないし、咲島さんの負担にはならないはずだ。


そういった、諸々の事情も考えて、かずちゃんの意見を聞く。


「40階層?もっと行きましょうよ!第50階層!」

「えぇ?」


50階層は流石に私達には無理だと思う。


私達のステータスでは、お話にならないくらい強いモンスターが、わんさか居そうで嫌だ。


私はまだ死にたくないし、かずちゃんにも死んでほしくない。


「随分と大きく出たわね?そっちのお姉さんは、あんまり乗り気じゃないみたいだけど?」

「心配性なだけです。それに、乗り気じゃないのはあなたも同じでは?もしかして、私達を守りながら第50階層へ潜るのは無理なんですか?最上位冒険者なに」

「言ってくれるじゃない…そのくらい余裕よ。あんまり私のことを舐めないでね」


朝っぱらから火花を散らし、睨み合う二人。


かずちゃんの事が気に入らないのは分かるけど、いい年した大人が、自分よりも遥かに歳下な子供に、そんなに怒ってどうするの…


かずちゃんもかずちゃんで、目上の人に対する態度がなってないわね。


後で、しっかりと教育しておかないと。


「神林さん。第50階層に行きますよ。早く起きてください!」

「私は起きてるよ……で、本当に行くの?」

「当たり前じゃないですか!またとない機会ですよ?今日はこの“おばさん”沢山キャリーしてもらって、稼ぎますよ!」


お〜い、それは不味いぞ〜?


流石にこれは叱らないと。


「言ってくれるじゃない、クソガキが……どんな教育をしてるのか、親の顔が見てみたいわね」

「私のお父さんとお母さんは、とっても優しい常識人ですよ〜?」

「そう。でも、こんなのが生まれてくると考えると……その親も、育ちが知れるわね」

「なんですって…?」


……この人本当に50歳か?


確かに、私もおばさん呼びされたら怒るけど……歳下相手に、容赦なさ過ぎない?


まあとりあえず、かずちゃんは一発殴って黙らせるとして…


「ぴぎゃっ!?」

「ちょっと静かにしなさい」


かずちゃんの頭を少し強めに殴って、無理矢理黙らせると、そのまま頭を掴んで一緒に頭を下げる。


「すいません。まだ子供なもので…」

「神林、さんでしたっけ?お気になさらず。からかうにはちょうどいいくらいの元気さですから」

「からかう?聞きました神林さん!?この人私のことをからかって―――イタタタっ!?や、やめて!頭がつぶれちゃう!」


私に殴られたのに、なおも黙ろうとしないかずちゃんの頭を、全力で掴んで頭蓋骨を圧迫する。


かずちゃんは、私の手を掴んで引き剥がそうとするが、パワーは私のほうが上なので、簡単には取れない。


「ふふっ、ちょうどいいじゃない。あなたの大切な人に、しっかりと目上の人に対する態度について、教えてもらいなさい」

「誰があんたみたい―――ちょ!やめ!ご、ごめんなさい!謝る!謝ります!!」

「……ちゃんと謝りなさいよ」


頭を掴むのをやめ、かずちゃんを解放すると、すぐに私から距離を取って頭を抑える。


そして、恨めしそうに私のことを睨みながら、顔を真っ赤にして頭を下げる。


「すいませんでしたッ!!」


微塵も反省している雰囲気を感じ取れない、乱暴な謝罪。


態度が悪いと、私が叱る事を学習した咲島さんは、ニヤニヤしながら黙っている。


何も言わない咲島さんを不審に思ったかずちゃんが、少し顔を上げて様子を見ると――――


「っ!?な、なんですかその顔は!!」


すぐに、またからかわれている事に気が付き、指を指して怒鳴る。


それに対し、咲島さんは余裕の笑みを浮かべて鼻で笑い、かずちゃんを見下ろしている。


「はぁ…あまりからかわないであげてください。かずちゃんは、真剣に怒ってるので…」

「そう?まあ、これくらいにしておいてあげるわ」

「ありがとうございます。かずちゃん、こっちにおいで」

「むぅ〜!」


ちょこちょこと私の前にやって来ると、上目遣いで何かをねだるかずちゃん。


すぐに意図を理解し、頭を撫でてあげていると、咲島さんが咳払いをした。


「で?結局何処に行きたいの?」

「第50階層です」

「……神林さんも、そこで良いですか?」

「そうですね…かずちゃんはこうなると、言う事を聞かないので」


へそを曲げてしまったかずちゃんを抱き上げ、落ち着くまでお姫様抱っこであやす。


咲島さんは、そんな私達を見て溜息をついた。


「原因は明白ね……まあ良いわ。あんまり、でしゃばり過ぎないでね?」

「分かりました。かずちゃん、返事」

「はぁ〜〜い」

「短くしなさい!」

「あいたっ!?」


デコピンをして怒ると、すぐに拗ねてしまった。


私に抱きついて、何かを求めるような目をするかずちゃん。


それに応えるように、私もかずちゃんを抱きしめ、優しく愛を込めて頭を撫でてあげれば、かずちゃんはとても嬉しそうな表情をした。


「……早くしないと置いてくわよ?」

「ああ、ごめんなさい。すぐに行きます」


咲島さんに急かされて、私もかずちゃんを連れて改札を通り抜ける。


そして、奥の更衣室で装備を身に着けると、咲島さんと共にダンジョンへと入った。

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