第38話 夏休み前

かずちゃんの誕生日という、幸せな時間を過ごしてから3日。


7月も第三週に入り、もう2日3日で夏休みが始まる。


すると、私達としては少し厄介なことになる。


「だ〜か〜ら〜!ギルドの規定にも、魔石の所有権はラストアタックをした人にあるの!あんたらの苦労は知らないけど、私が譲渡しないって言ってるんだから諦めろ!」

「たとえ規定でそう書かれていても、常識的に考えて渡すでしょう?何もせず経験値を得られたんだから、それを返してください」


今私は、あと一歩のところまで追い詰めたモンスターが、別のパーティーの女性に倒され、その人と口論になっている。


冒険者をしていると、こういう口論は珍しくない。


魔石は自身の収入に直結する重要なものだから、簡単には譲れない。


ましてや、昨今の状況を考えると、特にそうだ。


「いいじゃない、別に1個くらい。ケチくさい女ね!」

「どの口が言うか。1個くらいいいなら、その1個を私に返してください。それとも、スタンピードを控えて生活に余裕が無くなってるから、たった1個も渡せないほど、ケチになってたり?」

「それはアンタもでしょ!いい加減諦めろ!」


ダンジョンのモンスターが、地上へと出てくる災害、『スタンピード』。


この災害の少し前には、特徴的な異変がありる。


その異変というのが、『モンスターの数が激減する』というもの。


いつもの私達なら、もう既に20体くらいは倒してるはずなのに、今日はたったの3体だ。


明らかに数が少ない。

これが、スタンピードの前兆。


そしてこの前兆、私達としてはとても困る状況だ。


モンスターの数が減れば、手に入る魔石の数も減る。

すると、1日の収入も減る。


収入の低下は、生活に直結するから、普通に死活問題だ。


「アンタだって分かるでしょ?学生共が夏休みで、ダンジョンに来る前に、少しでも稼いでおかないと不味いのよ!」

「分かるから譲れないの。だから早く返して」


夏休みが始まると、首都圏の各所から学生冒険者が集まってきて、ダンジョンは混雑する。


すると、モンスターを狩る人が増えて、私達の収入が減るんだ。


そこにスタンピード前の、モンスターの激減と来たものだから、首都圏の冒険者は我先にとダンジョンに飛び込み、各所でモンスターの奪い合いが発生している。


私達のこれも、その1つだ。


「神林さん。絶対に引かないでくださいね?苦労して、あそこまでダメージを与えたんですから…」

「もちろんだよ。これ以上収入が減ったら、本当に不味いからね」


スタンピードの前兆は、短くても一週間。長いと一ヶ月。


昨日から前兆が現れたから、少なくとも後5日はこれが続く。


5日も続くのは困るので、私も引くわけにはいかない。


そういう理由もあって、お互い一歩も譲らない言い合いをしていると、騒ぎを聞きつけた《自警団》がやってきた。


「チッ…ついに《自警団》が来ましたか……」

「はっ!残念だったね?この魔石は私達のものだ」

「そんなに煽って大丈夫ですか?帰り道には気を付ける事ですね?」


ダンジョン内の法規、《自警団》がやってきたからには私達は退くしか無い。


ギルドの規定上、ラストアタックをした者に魔石の所有権はあるから、何をどう訴えかけても、こればっかりは無理だ。


だって、倒したのは、このクソ女なんだから。


「はいはい、《自警団》さん。もう解決したから帰っていいよ。諦めれば良いんでしょ?諦めれば」

「ふん!顔は覚えましたからね?どんなに困ってても、助けてあげませんからね?」

「そりゃどうも。あんたらに助けてもらわないでも、自力でどうにでも出来るよ」


《自警団》に絡まれると面倒だから、捨て台詞を吐いてその場を後にする。


これが警察なら、私達は絶対に引き止められてただろうけど、《自警団》はそういう事はしない。


その方が仕事が減るし、すぐに謝礼を貰えるからね。


……まあ、あの魔石1つ譲れないような私達やあの女の謝礼なんて、たかが知れてるけどね?


ジュースを買う用の100円玉1つ入れて、サヨナラするよ、私なら。


「チッ…こういう時に限って、《自警団》は真面目に働いてる。面倒ね」

「《自警団》も、まとめて斬り殺したいですけど……それすると、普通に捕まるんですよね。《自警団》の追跡能力はバグってるので」

「そうだね。だから、闇討ちなんかしないでね?」


《自警団》は冒険者の法治を担っているだけあって、やっぱり危険な仕事だ。


恨みを買って、闇討ちされる事がしばしある。


そんな時、《自警団》は警察とも協力しながらあの手この手で、犯人を捕まえに行く。


その執念は凄まじく、過去に《自警団》の構成員が殺された事件では、99%の確率で犯人が捕まってる。


だから、かずちゃんが闇討ちなんかに走らないように、しっかりと見張っておかないとね?


「あの魔石は私達のものなのに…許さない…許さない……」

「怖っ……まあまあ落ち着きなよ。ほら、ギュー」

「ムギュ〜」


かずちゃんがずっとイライラしてて怖いから、抱きしめてあげて落ち着かせる。


嬉しそうにハグを受け入れ、私に甘えてくるかずちゃんに、さっきまでの殺意は見られない。


そのまま抱き上げて、お姫様抱っこの状態でダンジョンを歩いていると、男性の怒鳴り声が聞こえてきた。


「……ホント、色んなところで取り合いが起こってるね?」

「収入に直結する問題ですからね。そりゃあ、取り合いになりますよ」


取り合いに巻き込まれたくない私達は、怒鳴り声が聞こえる方とは反対側に向かい、モンスターを探す。


しかし、結局その後は一体もモンスターを見つけられず、夕方になったので帰ることにした。


明日こそは、せめて5体倒さないと…






翌日


「……神林さん」

「……なに?」

「どれくらい時間が経ちました?」


私は、腕時計を確認して、探索を始めてから何時間経ったかを、確認する。


8時から始めて、今が11時前だから……


「…3時間くらいかな?」

「3時間ですか……で、成果は?」

「0…だね?」


今のところ0体。


まったく遭遇してない訳じゃないけど、全部他の冒険者が戦ってたから、諦めた。


「今日は…坊主ですかね?」

「それはないと思いたいなぁ…」


この調子だと、本当に坊主になるかもしれないのが、恐ろしい。


流石に、収入ゼロはヤバイ。


1日無駄にした事になるし、ここに来るために車を使ってるから、その分の電気代でマイナスになる。


……これ、多少出費を覚悟してでも、他のダンジョンに行ったほうが良いんじゃない?


「スタンピード前って、本当に儲からないんだね…」

「そうですね………しかも、スタンピードが終わったら、今度は学生冒険者が来ます。……私達も、夏休みにしたほうがいいんじゃないですか?」

「夏休み、ねぇ…?――――ニートと不登校児なんて、常に夏休みみたいなものだけど…」

「それを言ったらおしまいですよ…」


まあ、かずちゃんの言ってることも一理ある。


スタンピードは一時的なものだけど、学生冒険者は夏休みの間ずっと続く。


その間は、私達の収入が落ちるわけで……


むしろ、この時期に武器が壊れたりしたら、出費が馬鹿にならなくなる。

だって、収入がないんだもん。


「……かずちゃん、貯金の方はどんな感じ?」

「確か、300万くらいありましたよ。コツコツ使わない魔導具を売った甲斐がありました」

「そっかぁ…私は一応、800万あるから、夏休みを取っても大丈夫そう。どうする?私達も夏休みにする?」


私がそう聞くと、かずちゃんは腕を組んで少し考えた後、


「まあ、そうですね。夏休みにしましょうか」


冒険者の活動を一時休止し、夏休みに入ることにした。


数年ぶりの長期休暇に、私は何をしようかとかずちゃんとの、夏の思い出の妄想をふくらませる。


まあ、海に行くのは確実として?何処かにキャンプに行くのも、悪くないかもしれない。


後は、渓流で水遊びをしたり、おばけ嫌いなかずちゃんの反応を見るために、肝試しに行ったり、夏祭りに行って、花火も見に行きたいな。


2人で浴衣を着て、りんご飴でも食べながら、人気のない場所で花火を見る。


いいねぇ…失われた青春を取り戻してるみたいで、楽しそうだ。


私が妄想の世界に入っていると、かずちゃんに肩を叩かれた。


「夏休みも良いですけど、私、良いこと思いついたんです!」

「ほえ?良いこと?」

「はい!夏の訓練合宿なんてどうですか?」


……なにそれ?

せっかくの夏なのに、訓練合宿?


正直やりたくな――――いや、でもこんなにも、目をキラキラさせてるかずちゃんの提案を、断る訳には……


「が、合宿って何処に行くの?夏はどのダンジョンも、学生冒険者で溢れてるんじゃないの?」


乗り気じゃない事を、悟られないようにしながら、私はそう訊ねる。


「そうなんです。どこも学生冒険者だらけで、そんなに変わらないと思います。……あるダンジョンを除いて」

「そうなの?そんなダンジョンあるんだ…」


学生冒険者があまり来ないダンジョン…何処だろう?


人口密度が低そうな場所かな?

それとも、行くのが大変なところ?


う〜ん……分かんないなぁ。


「どこのダンジョンが、そうなの?」


考えてみたものの、どのダンジョンがそうなのか分からなかった私は、かずちゃんに答えを求める。


かずちゃんは、嬉しそうにニヤニヤしながら、指を立てて答えてくれる。


「ふふふ、正解は、『仙台ダンジョン』でした〜!」

「え?『仙台ダンジョン』?…とても、学生冒険者がこなさそうとは思わないんだけど……」


仙台なんて、東北の各所から冒険者が集まってきそうな場所だ。


全然、穴場ってイメージは無い。


むしろ、東京並みに混みそうなものだけど…


「…神林さん、仙台ってどんな街ですか?」

「え?仙台がどんな街?私、行ったことないからわかんないんだけど……う〜ん、東北の大都市?」

「まぁ……そうですね。他には?」


ほか?

仙台に、東北の大都市以外の要素って何があるの?


…ずんだ餅とか?


「……ずんだ餅とかじゃない?」

「一応、そうですけど……他にはなにか無いんですか?」

「ほかぁ?……わかんない」

「マジですか……いや、神林さんの無知具合いならおかしくはないのか…?」


京都生まれ京都育ち、東京在住の私に、東北の都市のことを聞かれてもわかんないよ。


よし、文句を言おう!


「私に、東北の都市のことをなんか聞かれても、わかんないよ。私は京都生まれ京都育ち東京在住の、元社畜なんだから」

「…え?神林さん、京都出身なんですか?」

「そうだよ。私は京都出身の、関西人だよ。…東京に染まってるけど」


『衝撃の真実!』みたいな顔で、かずちゃんが驚いてる。


そんなに驚くことかな?私の出身で。


「そういう訳で、私に仙台事を聞かれても困るの」

「あ、はい…」

「で?なんで、仙台に行こうと思ったの?仙台って穴場なの?」


私がそう聞くと、かずちゃんは首を振って余計なことを頭から追い出す。


「それは、行ってからのお楽しみです。少なくとも、ここに居るよりは遥かに稼げるので、行きましょうよ、仙台」

「……まあ、かずちゃんが行きたいって言うなら?」

「やったー!神林さん、大好き〜!」


かずちゃんは、嬉しそうに私に飛びついてきて、頬を擦り合わせてくる。


…これ、訓練合宿は建前で、何か仙台に行きたい理由があったね?


仙台かぁ…東北の都市に行きたい理由ってなんだろう?


私に抱きついて離れないかずちゃんを、私からも抱きしめてあげながら、仙台の魅力について考える。


しかし、かずちゃんを惹きつけるような、仙台の魅力が思い付かず、考えることを諦めて、素直に従うことにした。

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