第37話 誕生日

車でかずちゃんのご両親が住むアパートにやって来ると、そこでかずちゃんを降ろす。


しかし―――


「……かずちゃん?早く降りて?」

「ヤダ」


頑なに動こうとせず、シートベルトを掴んで『絶対に降りない!』とアピールしている。


「そう言われてもね……今は私の言うことを聞いて?ね?」

「ヤダ!」


頭を撫でたり、ぷにぷにのほっぺをつまんだりして、出来るだけ構ってあげるが、かずちゃんは動かない。


見かねたお母さんが、助け舟を出してくれたが、それでも全く動かない。


「一葉、神林さんが困ってるでしょ?早く降りなさい」

「かずちゃん。降りてくれないと、私も今夜のパーティーの用意が出来ないんだけど…」

「……ヤダ!!」


幼稚園に行くのが嫌で、駄々をこねる子供みたいに、ジタバタ暴れるかずちゃん。


仕方なく、ご両親とゆっくりしてもらうのは諦め、連れて帰ることにした。


「すいません。うちの子がご迷惑を……」

「いえいえ、お気になさらないでください。元はと言えば、私の撒いた種ですから。大人なら、その責任は果たすべきですし」


申し訳無さそうに頭を下げる、かずちゃんのお母さんに頭を上げてもらい、軽くかずちゃんを叱ってもらった後、車を発進させた。


「まったく…誕生日くらい、家族と一緒に過ごせばいいのに」


助手席で不貞腐れているかずちゃんに、私はそんな言葉を投げかける。


すると、かずちゃんは不服そうな表情をする。


「誕生日だからこそ、大好きな人と一緒に居たいんです。それに、神林さんの腕を疑う訳じゃないんですが……パーティーの料理が全部手作りなのは、ちょっと心配で」

「何回も言ってるでしょ?私は、やらないだけで、やろうと思えば何でも出来るんだから」


まったく…この話、何回すれば気が済むんだか…


大体、2ヶ月も一緒に暮らしてるんだから、私が料理を作れる事くらいよく分かってるはずなんだけどなぁ。


2ヶ月の間、かずちゃんは何を見てきたのか?

自分が料理を作っている所を見ていなかったのか?

そんな不満を感じながら、私は車を走らせる。


今日はかずちゃんの誕生日だ。

17歳の誕生日という事で、御島一家と私で、お祝いをしようと思っていた。


そのお祝いパーティー用の料理を、私が用意するって事で話を進めていたんだけど……当日になって、かずちゃんが『一緒に作りたい』と騒ぎ出した。


本当なら、今日は家族3人でゆっくりしてもらう予定だったのに、かずちゃんは一向に帰ろうとしない。

仕方なく、半ば強引に車に乗せ、マンションまで連れて行ったは良いものの……結果はさっきの通り。


いい年して、幼稚園児みたいな駄々のこね方をして私達を困らせ、結局連れて帰ってきた。


「まあ、そこまで言うなら好きにしなよ。一応言っておくけど、今日のパーティーの主役はかずちゃんなんだからね?」

「分かってますよ。でも、それの前に今日は私の誕生日です。私が好きにしたって、いいじゃないですか」


運転中の私にくっつこうとするかずちゃん。

危険極まりないけど、あえて何も言わないでおく。


「…そこは、かずちゃんが判断してね」

「は〜い」


私の許可をもらい、とても嬉しそうにするかずちゃん。


甘やかしてあげると、本当に幸せそうな顔を見せてくれるけど……最近、つくづく不思議に思っていることがある。


「……かずちゃんは、やっぱり“そっち”に寄ってきてるの?」

「え?何のこと――――あぁ、そういう事ですか」


私の言いたいことを察したかずちゃんは、椅子に座り直し、少し考える素振りを見せた。


「まあ…そうなってますね。今は、女性でも恋愛対象として見れますよ」

「……それは、誰でもってこと?」

「おやおや〜?嫉妬ですかぁ〜?」


私の質問に、待ってましたと言わんばかり、ニヤニヤしながら上目遣いで、煽ってくるかずちゃん。


この子、わざと『女性』って言ったな?


「そりゃ妬くよ。……ふふっ。そう言えば、最近私もそうなってきてね?小さくて可愛い子なら、誰でも目がいくんだよね〜?」

「……斬られたいですか?」

「怖っ!?」


少し仕返ししてやろうと、わざとらしくそんな事を言ったら、盛大に地雷を踏んだ。

マジなトーンで、殺意までこめながら脅してくる。


何と言うか、目が『ガチ』なんだよね…?

下手なこと言ったら、本当に斬られそうだ。


「冗談だよ、冗談。私はかずちゃん一筋だから心配しないで」

「むぅ…」


まだ不満そうだけど、とりあえずガチな目で睨んでくるのはやめてくれた。


そして、また私に寄りかかってきて、甘え始める。


いつかハンドルを誤りそうで、ビクビクしている私をよそに、かずちゃんはマンションに着くまでずっと私から離れなかった。





             ◇◇◇





今日は、私の誕生日だ。

今年で17歳になる。


神林さんはもう今年の誕生日は過ぎてるし、私達の年の差は9歳ということになる。


10歳なら、ザ・歳の差カップルって感じで良かったのに… 


まあ、そこは置いておくとして……今私は、とても受け入れがたい現実を目の当たりにしている。


「料理は、やろうと思えば出来るって知ってたけど……」

「ん?なにか言った?」


私の視線の先には、キュウリに飾り包丁を入れ、きれいに竹のようにしている神林さんが居る。


神林さんは、今まで何度も『やらないだけで、やろうと思えば出来る』と言っていたが、まさか本当にここまで出来るとは思わなかった。


「……私、なにしたら良い?」

「そうだね〜……とりあえず、そのいんげん豆が湯だったら、同じ長さになるように切って、胡麻和えにしておいて」

「あ、うん…」


私に指示を出しながら、さも当然のように、今度は魚を捌き始めた神林さん。


鍋の前に立ち、いんげん豆の様子を見ながら、横目に魚を捌く様子を見る。


あっという間に3枚に下ろされ、その身をよく見る刺し身の状態にしていく。

そして、ツマとさっき飾り包丁を入れたキュウリが盛られた、いつ買ったのか不思議な皿に刺し身を盛り付けていく。


黒と青のコントラストが美しい、高級感のある長方形のお皿。

こんなお皿に見覚えはないから、今日のためにわざわざ買ったのかもしれない。


……にしても、こんなにキレイで高級感のあるお皿を選び、盛り付けもキレイな神林さん…


「なんか……色々とだらしない所はありますけど、食べ方キレイだし、マナーがしっかりしてるし、礼儀作法?みたいなのも知ってる感じですし……神林さんって、お金持ちの家の生まれなんですか?」


私がそう訊くと、神林さんはしばらく黙った後、作業を進めながら口を開く。


「まあ…それなりには、ね?でも、それはまた今度ね?今度教えてあげる」


それなりには……それなりって、どれくらいだろう?

すごく気になる。


…でも、神林さんは今話す気はないらしいし、『今度』を強調してたから、いつか話してくれるはず。


それまで待っていよう。


茹で上がったいんげん豆を取り出し、一口サイズに刻み、胡麻と醤油で味付けをする。

一つ食べて味見してみると、少し醤油が強い気がした。


…まあ、これくらいなら大丈夫でしょ?


何処に盛り付けろとは言われていないので、冷蔵庫に入れておいた。

そして、次の指示を貰えるまで、横から神林さんの様子を眺めることにした。








午後6時 御島家


「……ギリギリですね」

「想像以上に机が小さかったわ…」


私と神林さんは、完成した料理をお皿に盛り付けて、アイテムボックスに入れて持ってきた。

アイテムボックスの中なら、冷凍庫に入れるよりも保存が効くし、形が崩れることもない。


持ってくるまでは良かったんだけど…机の大きさが足りなかった。


うちの、小さくてみすぼらしい机では、今日作った料理を乗せるのはギリギリ。

もう一品多ければ、全部乗らなかったね。


「手巻き寿司か。この酢飯は、一葉が作ったのか?」


料理を眺めていると、お母さんに支えられながら、まだ怪我が完治していないお父さんがやって来る。


「酢飯は私が作ったよ。……でも、このお刺し身は全部神林さんが、捌いてくれたんだよ?」

「えっ!?これ、全部を!?」

「そうだよ。なんなら、このツマを切ったのも、この飾り包丁の入ったキュウリも、全部神林さんがやったんだよ?」

「マジか…」


これを全部神林さんがやったと知って、お父さんは信じられないという顔をし、お母さんは目を丸くしている。


まあ…そうなるよね?

私も、ポンッで出されたら、いくら神林さんでも信じられない。


机の上に並べられたのは、大きなお皿に円状に盛り付けられた手巻き寿司用のお刺し身と、飾り包丁の入ったキュウリのある、そのまま醤油で食べる用のお刺し身。


一切の身崩れなく、しっかりと色もついているカレイの煮付け、丸々一匹見事に焼かれた鯛の塩焼き。


具沢山で、とても美味しそうな筑前煮と、出汁の香る透き通ったすまし汁。


そして、私の作ったいんげん豆の胡麻和えと酢飯。


これらが、うちの小さくてみすぼらしい机に、所狭しと並べられている。


「じゃあ、食べましょうか。料理が冷めてしまう前に」

「そ、そうだな……いただこう!」


お父さんが椅子に座ると、その隣にお母さんが座る。


反対側に私と神林さんが座り、私達は手を合わせると―――


『いただきます』


声を揃えていただきますを言って、各々料理に手を伸ばした。





            ◇◇◇




「ん?もう…そこは口じゃないよ、かずちゃん」


私は、可愛らしく頬に米粒を付け、その事に気が付いていないかずちゃんに手を伸ばす。


米粒を取ると、かずちゃんに見せてあげる。


「え?あっ……ありがとうございます」

「いいよ。はい、あ~ん」


指先に付いた米粒をかずちゃんに近付ける。


すると、かずちゃんは私の指ごと米粒を食べた。


その顔がとっても可愛くて、思わず頬が緩んでしまう。


「美味しい?」

「とっても美味しいです。神林さんの指」

「ふふっ、言うと思った」


かずちゃんのご両親の前だというのに、私はそんな事をしてしまう。

かずちゃんも、親の前でこんなデレデレな姿を見せている。


…まあ、私達がいかに仲が良いかを見せつけるには、丁度いい……かも?


「本当に…仲が良いんだな」

「そうだよ、お父さん。私と神林さんは、それはもう仲が良いの!」

「あぁ、そうだな。…まるで、付き合いたてのカップルみたいだ」


付き合いたてのカップル……かずちゃんのお父さんの、言う通りかもね。


歳の差はあれど、私はかずちゃんの事を大切に思ってるし、かずちゃんも私のことが大好きだ。


これは、もうカップルと言っていいのかもしれない。

歳の差同性カップルか……盛ったね、属性。


「ねえ、神林さん。せっかくだから、神林さんが食べさせてくださいよ」

「いいわよ。はい、あ〜ん」

「あ〜ん」


ここぞとばかりに甘えてくるかずちゃんに、私は半分くらい無くなった鯛の塩焼きを食べさせてあげる。


よく噛んで飲み込んだあと、かずちゃんはまた口を開いて、私を待つ。


「もぅ…そんなに甘えてたら、自分一人で何もできなくなっちゃうよ?」

「その時は、神林さんが何でもお世話してくれるから、大丈夫です!」


結局私頼りじゃん…まったく、可愛いんだから。


「はいはい。なら、一生私の隣りにいる事だね」

「言われなくても、そのつもりです」


私とかずちゃんの何気ない掛け合いに、かずちゃんのご両親は驚いたような表情で、顔を見合わせる。


そして、何処か悲しそうな雰囲気感じる笑顔を浮かべ、私とかずちゃんに話しかけてきた。


「さっき、付き合いたてのカップルと言ったが、それは間違いだったようだな」

「正しくは、熟年の夫婦ね。神林さん、娘をお願いします」

「はい…?」


ご両親が急に変なことを言い出した。


私に、『娘をお願いします』?


それって、旦那さんとかに言う言葉じゃ……あっ!!


「どうしました?神林さん」

「いや、なんでも無いよ。かずちゃんは気にしないで」

「ホントですか〜?」


……よくよく考えてみたらその通りだ。


『一生私の隣りにいる事』『言われなくてもそのつもり』


こんなの……どういう意味か、言うまでもないね。


やばいなぁ…私、かずちゃんのご両親の前でなに言ってんだろう?


かずちゃんの方は了承済みと……


「…ホントにどうしたんですか?神林さん」


ずっと、かずちゃんを見つめる私を見て、不思議そうに首を傾げるかずちゃん。


「なんでも無いよ。それよりも、今日は楽しかった?」

「むぅ…質問に答えてくださいよ………もちろん、楽しかったですよ!また、神林さんと一緒に、お料理したいです!」

「そうね。じゃあ、またいつかやりましょう」


適当にはぐらかし、話題を変えて誤魔化す。


かずちゃんは嬉しそうに、私の質問に答え、私は優しく頭を撫でながら、かずちゃんのお願いに応える。


その姿を微笑ましそうに見る、朱里さんと友羽さん。


私がこの2人を、お義父さんとお義母さんと呼ぶ日は、意外と近いのかもしれない。

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