第36話 フェニクスの使い方

「では、このポーションをどう使うかについての議論を始めましょう」

「……その議論いる?」

「必要です!なにせ、最上級ポーションなんですから!」


食卓の真ん中に、クシャクシャにした紙をクッションにして、箱に入れられたポーション。


これは、今日の探索で見つけた大収穫。

最上級ポーション《フェニクス》だ。


「オークションに出せば、どんなに低い値段でも、億は堅いですよ?」

「そうだね〜」

「これまでの最高落札額は驚異の4000億。もう、これだけで一生遊んで暮らせますよ」

「ね〜?」


これを売るだけで、私達はもう働かなくて良くなる。


これからの人生、遊んで暮らしても、変なことさえしなければ子孫に残せるくらいのお金が、私達の懐に入ってくる。


しかし、その事を考慮しても売れない理由もある。


「ですが、売らずに私達で使えば、どちらかは不老になります。寿命は大して変わりませんが、一生冒険者で居られます」

「そうなると、今回みたいな奇跡に、また巡り会える可能性が高い。結果的に、大金を手に入れられる可能性があるわけだ」

「そうなんです!生涯続く若さ。それだけで、飲む価値はありますよ!いくらお金があっても、若さは買えませんからね!」


そう。若さは金では買えない。


……まあ、フェニクスを買えば、若さは買えるんだけどさ?


でも、フェニクスには4000億の価値がある。


私達の稼ぎじゃ、4000億は無理だし、フェニクスを4000億で売っても諸々の事情でそっくりそのまま、4000億手に入ることはない。


それなら、ここで使ったほうがよくね?


「…じゃあ、私は今使うに一票かな?」

「お?神林さんはそっちですか……私は、売りたいですね!」

「理由は?」

「先に、神林さんが理由を説明してください。ディベート対決ですよ、ディベート対決」


ディベートねぇ…


私、そういうの苦手なんだよね。


「そうね……まず、フェニクスが4000億で売れたとして、オークションでは落札額の1割が持っていかれる。つまり、400億消えるわけだ」

「そうですね。そういう決まりですから」


私達が使えるオークションでは、落札額の1割がオークションを主催した側に取られちゃう。


普通にぼったくりだ。

せめて5%でしょ。


「そして、山分けするから1900億。そこから税金が持っていかれて…まあ、仮にちょうど半分だとしたら、950億。実際はもうちょっと少ないから、まあ1000億くらいかな?」

「大体それくらいだと思います」

「まあ、そうだよね。となると、私達は2000億も損をする訳だ」

「そういうモノですから…」


マジで意味がわからないくらい、税金で持っていかれる。


昔なら、『金持ちなんだから、それくらい取られて当然』とか思ってたけど、それくらい稼げるようになると、普通にえげつないくらい取られる。


2000億だよ?2000億。


それだけの大金があったら、一体どれほどの事が出来ることか…


「確かに、1000億もあれば一生遊んで暮らせる。でも、売ったときの損がやばい」

「うっ…!確かに、そこはネックなんですよね…」


かずちゃんも理解はしている。

売って莫大な収益を得たとしても、その分税金でえげつないくらい取られる事を。


でも、それをしてでも売りたい理由があるらしい。


…まあ、まだ私の話は終わってないから、喋らせないけど。


「そして、仮に1000億手に入れたとして……何に使うの?豪邸でも買う?会社でも買ってみる?それとも政治家を買収して、アウトな事でもしてみる?」


私が捲し立てるようにそう聞くと、かずちゃんは引き気味ながらも答えた。


「わ、私ならいい装備を買います!こんな鈍らじゃ、これからの強敵には勝てませんし、こんな貧弱な防具じゃ、いつ死んでもおかしくありませんから」


…それは、確かに一理ある。


私達の今の稼ぎじゃ、いい装備を揃えるのは難しい。


それも、“本当に良いもの”となると、数千万円、数億円という値段になり、手が届かない。


しかし、フェニクスを売って得たお金で、値段が付かない物さえ、金の暴力で無理矢理買ってしまえば、大幅な戦力アップが見込める。


確かに、しっかりと考えられている内容だと言えるね。


「……でも、そう上手く行くかな?」

「なにがです?」

「装備の購入。最上位の冒険者が持っているような、“本当に良いもの”は、誰も手放さないと思うよ?」

「そ、それは…」


冒険者にとって、自分の強さこそが収入に直結する。


自分を強化してくれるものは、例え大金を積まれても手放さないだろう。


手放すとしたら、現役を引退し、もう使わなくなった装備を売って、余生を過ごそうと考える時。


しかし、そんな考えを持つ、ご老人最上位の冒険者は居ない。


……最年長の最上位の冒険者は、フェニクスを使って不老だし。


「何より、私達はまだまだ雑魚同然。そんな奴に大事な装備は売らないだろうし、何ならカモネギ的な感じで、狙われそうだ」

「むぅ…」


いくらレベルが上がってきたとはいえ、まだまだ中堅にすらなってない。


そんな私達が、最上位の冒険者が持つような装備を手に入れたら、それこそ他の冒険者から狙われる。


そんなリスクを背負いながら、ダンジョンに潜るのはちょっと……


「それに、私達って、傍から見たらどう見えるかな?」

「……?」


…なるほどね〜?

そこが分かってなかったかぁ。


「……世間知らずなお子様と、頭を使う事が苦手な脳筋バカ女。詐欺師共からすれば、これ以上無いくらいの獲物だろうね?」

「………」


私は馬鹿だから、簡単に騙されそうだし、かずちゃんは世間知らずだから、知識はあっても、経験が足りなくて詐欺だと分からない可能性がある。


そんな中、私達がそんな大金を得たら……まあ、狙われる。


「金の集まる場所には、沢山の人間が集まってくる。すると、更に金が集まるわけだ。そうして、沢山金の集まる場所には、良からぬことを考える人間も集まってくる。私達は、大金を得るにはまだ早いんだよ」

「……はい」


せめて、中堅の上位クラスにはなっていないと、これだけの大金を得るには心細い。


死にもの狂いでレベルを上げ、強くなっても良いけど……やっぱり時間がかかる。


今すぐに何かに使うなら、まあ間違いなく自分達で消費したほうが良いだろう。


「一番堅実なのは、アイテムボックスに入れて隠しておくこと。売りたいなら、強くなった時に売れば良い」

「…そうですね」

「何も、焦る必要はないんだよ。落ち着いていこうよ、かずちゃん」


まあ、かずちゃんの気持ちはよく分かる。


1000億もあれば、もう働かなくてもいいし、これまで自分をバカにしてきた奴らを見返せる。


それに、これからも私と一緒に生きるなら、2000億持っているようなもの。


正直、わざわざ何度もダンジョンに潜って危険を犯すより、これを今すぐにでも売ってしまって、後はダラダラと生きたほうが賢いだろう。


1000億もあれば、普通なら出来ないような、お金の稼ぎ方も出来る。


……なんだかんだ、今売ってしまう方が賢いかもね。


(…でも、それだと悪い大人に狙われそうだ。ステータスによって、個人の力が強まった現代、圧倒的な暴力で何をされるか分かったものじゃない)


かずちゃんには、知識“だけ”を持っている純粋無垢なまま、生きてほしい。


世の中の汚い部分は、全部私が引き受けて、かずちゃんが汚れてしまわないようにする。


かずちゃんを汚すのは、私だけでいいんだから。


「……そんなに嬉しかったですか?」

「なにが?」


かずちゃんが、不機嫌そうな声でそんな事を聞いてきた。


「ニヤニヤ笑って気持ち悪い……私にディベートだ勝てたのが、そんなに嬉しいんですか?」


どうやら、知らず知らずの内に表情に出ていたらしい。


…その笑みが、勝ったことに喜び、相手をバカにしているように見える辺り、かずちゃんはやっぱりお子様だ。


私がどんな感情を隠しているかなんて、全く気付いてない。

気付けるはずがない。


だって、かずちゃんはソレを知らないんだから……


「バカな私が、かずちゃんに勝てたのが嬉しくてね。嫌だった?」

「むぅ…神林さんが嬉しいなら、私はそれで良いです。……ただ、それとは別に、よしよししてほしいです」

「はいはい。こっちにおいで、私の可愛いかずちゃん」


椅子を引いて、両手を広げると、かずちゃんは勢いよく抱きついてきた。


私はそんなかずちゃんを抱きしめ、フェニクスを回収すると、アイテムボックスへ隠しておく。


「……そう言えば、もしこれを使うなら、私とかずちゃん、どっちが良いと思う?」

「え?神林さん、使わないんですか?」


フェニクスをどちらが使うか、かずちゃんに聞いてみると、きょとんとした表情で、そう返してきた。


使っても良かったけど、私はかずちゃんに使ってほしかった。


「今更使ってもねぇ……これでも、一応肉体の全盛期は過ぎてるし」

「でも、神林さんはこれから老いる一方ですよ?私は、まだ成長の余地がありますけど」


……若いって良いね。


でも、かずちゃんがこれ以上成長するってのは、ちょっと想像できないね。


特に、つるぺったんなお胸は……


「…今、私の絶壁を馬鹿にしませんでした?」

「なんのこと?」

「絶対に馬鹿にしましたね…」


気付かれたか……かずちゃんって、妙に鋭い所あるからなぁ。


そして、すぐに拗ねちゃう。


「……神林さん、今すぐフェニクスを取り出して、自分で飲んでください」

「え?今?それは流石にもったいないと思―――」

「早く!」

「あっはい!」


私は、かずちゃんの気迫に押され、アイテムボックスに隠したフェニクスを取り出して、飲んでしまった。


すると、急に全身が燃えているように熱くなり、汗が止まらなくなった。


「あ、暑い……」

「なっ!?え、フェニクスってこんな事になるんですか!?」


絶対違う…


飲んだのが、健康そのものな状態だった時だから、こうなってるだけ…なはず。


「本来、本当にあと少しで死ぬような…致命傷を治すためのポーションでしょ…?そんなのを…なんでも無い時に使ったら……」

「なるほど…回復力が暴走して、大変な事に……え!?それ大丈夫ですよね!?」


過剰回復によって、私の体がおかしくなるかも知れない。

いや、それどころか死ぬ可能性すらある。


「と、とりあえず!病院に行きましょう!!って!?大丈夫ですか!?」

「大丈夫…だいひょーぶ……」

「絶対に大丈夫じゃない!!」


とりあえず病院に行かせようと、私の膝の上を離れたかずちゃんは、起き上がろうとして失敗し、椅子から落ちた私を心配してくれる。


……なんか、頭がクラクラするし、体が思うように動かない。


呂律も回ってない気がするし……いや、でも私には《鋼の体》がある。


きっと、なんとかなるでしょ?


「ちょっ!?神林さん!?お〜い!!」


かずちゃんがなにかしてるように見えるけど……なんだろう?

…まあいいか。


ボーっとして、全く反応を示さなくなった私に、かずちゃんは水を掛けたり平手打ちをしたりして、なんとか引き戻そうとするけれど、一向に戻ってくる気配はない。


そこからは、記憶が曖昧であまり詳しく覚えていないが、かずちゃんが私を背負って病院に駆け込んだらしい。


しかし、症状が『ポーションによる過剰回復』という事もあり、どうしょうもなく、ベッドに寝かされて私が耐えることを祈っていたそうだ。


意識が戻ってくると、お医者さんに説教され、半泣きになったかずちゃんが抱きついて助けを求めてきたが、私も正論で詰められて何も言えなかった。


『健康状態では、ポーションを使用しない』


二人してお医者さんにこってり絞られ、良い教訓になりましたとさ。めでたしめでたし

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