第29話 ポーション
「さーて、今日は稼ぐわよ!!」
「なんですか…こんな朝早くから……」
珍しく早起きした私は、不貞寝して、なかなか起きようとしないかずちゃんを布団から引きずり出し、抱きかかえて椅子に座らせる。
「んなぁ〜……」
「はいはい。今朝ごはん運んでるから、ちょっと待ってね〜」
「なぁ〜!」
不貞寝を邪魔されたかずちゃんは、私に『甘やかして』と鳴く。
それを断ると、不機嫌になって強く鳴きだした。
仕方なく、かずちゃんをおんぶすると、片手で朝ごはんを食卓に並べる。
「…なんか、私のより豪華で盛り付けがキレイ」
「ふふっ、私が家事が全くできないダメ女だと思ったら、大間違いよ。……普段全くしないけど」
「結局ダメ女じゃないですか」
そ、そんなことはない!
ほらアレだよ!『能ある鷹は爪を隠す』ってやつ!
「かずちゃん?『能ある鷹は爪を隠す』んだよ?」
「隠すほどの脳は無いと思いますよ。脳筋の神林さんには」
「振り落としてあげようか?」
「神林さんがその気なら、近所迷惑なくらい鳴きますよ?」
それは困るなぁ…
ただでさえ、未成年を家に連れ込んでるのに、そんな事されたら私の社会的信用が…
かずちゃん、恐ろしい娘ッ!!
「強いなぁ、未成年の特権は」
「ふふっ、私に逆らえると思わない事ですね?」
「まあ、骨抜きにされてるけどね?」
「むぅ…それは言わない約束です」
そんな約束した覚え無いけどなぁ。
でも、かずちゃんは可愛いし、そういう事にしておこう。
「……本当に骨抜きにされてるのは、どっちでしょうね?」
「どんぐりの背比べだから、気にしたら負けだよ」
「なんか違う気もしますけど…まあ、言いたいことはわかります」
朝ごはんを運び終わると、私はかずちゃんを椅子に下ろす。
「目玉焼きとソーセージ。味噌汁とおひたし。白米と漬物。……私よりも、朝ごはんの完成度高くないですか?」
「今日はやる気があったからね。それより、目玉焼きは塩胡椒でよかった?」
「私は塩派なので、問題ないですよ」
良かった。
目玉焼きの味付けの好みは、人それぞれ違うからね。
だから、この味付けにかずちゃんが満足してくれて、本当に良かった。
「「いただきます」」
私達は、律儀に手を合わせて、『いただきます』を言って朝ごはんを食べ始めた。
◇◇◇
渋谷ダンジョン第26階層
「せい!」
「やあっ!」
私達は、沢山のモンスターを相手に善戦し、次々とモンスターを魔石へと変えていく。
私の拳が、かずちゃんの刀が。
モンスターを捉えるたびに、次々とモンスターは魔石へと変わる。
「ふぅ…流石に疲れたわね」
「多かったですね…」
全てのモンスターを倒し終えた私達は、適当にキレイそうな家に入り、一度休憩を取る。
かずちゃんは、刀を見て表情を険しくする。
「また刃こぼれした…」
「また?それも、修理に出す?」
「うん。……そろそろ、いい加減に《魔闘法》を覚えないとですね」
スキル《魔闘法》
専業で冒険者をする者にとって、必須とも言えるスキル。
自身の持つ魔力を操り、身体能力はもちろんのこと、武器や防具をも強化するスキル。
このスキルを手に入れるには、魔力を操れるようになる必要があり、それが出来なければ冒険者には向かないと言われている。
「私も、頑張って魔力を操ろうとはしてるけど……まだ、ちょこっと自分の意志で、使えるようになったところなんだよね」
「神林さんには、《鋼の体》がありますからね。それで、なんとなく魔力の流れを理解出来たのは、幸運な事ですよ」
通常、魔力を操れるようになるには、誰かに教わるか、魔法系スキルを持つものが、魔力の流れを理解し、自力で習得するかの二択だ。
その為、《鋼の体》によって、おおよそ魔力の使い方を知ることが出来た私は、中々に幸運と言える。
《鋼の体》の流れを元に、頑張って再現しようと努力しているけれど、やはり魔力の扱いは難しい。
「ダメだ…全然出来ない」
「……つい数分前に初めて、最初のコツを掴んだ人が何を言ってるんですか?」
集中力が切れ、大の字に寝転がった私に、かずちゃんが文句を言ってくる。
かずちゃんは、最初のコツを掴むのに、1日かかったらしい。
しかし、私は数分でコツを掴めた。
その事に怒ったかずちゃんが、さっきからちょくちょく妨害してくる。
「んなぁ〜…!」
「はいはい。大好き大好き〜」
こうやって、私に甘えてくるのも妨害の一つだ。
煩悩を抱き、集中力を散らす妨害。
しかし、これはかずちゃんも煩悩にやられるので、やる価値は殆ど無い。
というか、やるとかずちゃんが不利になる。
まあ、気を遣って、魔力操作の練習を遅らせてるんだけどね?
必死になって妨害してくるかずちゃんは、とっても可愛いし。
「そう言えば、ステータスはどうなったかな?」
結構倒したし、上がってるといいんだけど…
―――――――――――――――――――――――――――
名前 神林紫
レベル30
スキル
《鋼の体》
《鋼の心》
《不眠耐性Lv3》
《格闘術Lv2》
―――――――――――――――――――――――――――
「よし、レベルが上がってる」
「おめでとうございます。私も1上がってましたよ?」
「おめでとう。スキルは?」
「変化無しです…」
う〜ん…
《魔闘法》のスキルを手に入れるのは、難しいって事か。
これからも頑張ってもらわないと。
「《魔導士》のレベルが上がれば、習得しやすくなるとか無いの?」
「どうでしょう?でも、《魔導士》なら有り得そうですね」
《魔導士》“なら”?
《魔導士》って、そんなに凄いスキルなの?
「《魔導士》って凄いスキルなの?」
「魔法使い系のスキルは、《魔法使い》《魔術師》《魔導士》《大魔導士》の順に強いと言われています。なので、私は凄いんですよ?」
「……出会ってすぐの頃は、弱いスキルみたいに言ってたのに?」
「それは……まあ、私はかなり厳しい道場で剣術を学んだので、『魔法は甘え』的な考えだったという、過去がありまして…」
魔法は甘え?
なんというか…いかにも剣士らしい考え方だね?
「ふ〜ん?それで、あんなに沢山の魔法を使えるの?」
「はい!」
胸を張り、自慢げにいい返事をするかずちゃん。
かずちゃんは、私の知ってる限り、火、水、風、雷、回復の5つの魔法を使える。
回復魔法には何度もお世話になってるし、火や風、雷の魔法は攻撃魔法として活躍している。
「凄い…のかな?」
「はい!凄いんです!!」
……まあ、私は魔法のことは良くわからないし、そんなに興味ないけど。
…そういえば、昨日の聞きそびれた事があったね。
「話は変わるけどさ?昨日取られたポーション。あれ、下級って言ってたけど、他にも等級があるの?」
「ありますよ?ポーションは、下級・中級・上級の3つがあります。私達が見つけることができるのは、下級までですね」
「そうなの?」
下級までしか見つけられない…
じゃあ、上級や中級はどうやって見つけるの?
「下級ポーションは、第1階層から第40階層で、主に発見されます。…まあ、全ての階層で見つけられますけどね?」
「ふ〜ん?」
「中級ポーションは、第41階層以降で見つけられます。なので、私達はあと16階層潜らないと、見つけられないのです」
「それで、下級ポーションしか見つけられない、って訳ね?」
なるほどね~
どうりで、下級ポーションしか見たこと無いわけだ。
「上級ポーションは、第61階層以降で見つけられます。かなり潜らないと見つけられず、そこまで潜れる冒険者はベテランか才能のある人だけです。希少価値が高く、性能も段違いなので、発見者が消費するケースが多く、市場にはあまり出回りません」
「そういえば、昨日下級ポーションは20万円で売れるって言ってたけど、上級ポーションはどれくらいなの?」
「そうですね……そもそもの話、私達がポーションを売っても、5万程度にしかなりません」
「え?…じゃあ、あの20万って話はなんなの?」
昨日のアレ、普通に詐欺では?
だって、20万で売れるって自信満々で言っちゃったよ?
クレーム入れられないよね?
「ゲートウェイやギルドでは、大抵5万程度でしか売れません。もし20万で売れるなら、どうしてポーション治療は10万なんですか?」
「確かに…保険が効いて5万だから、元は10万な訳か。じゃあ、病院の治療では、元値の倍の値段を取られるの?」
「流石に、国も売るときはもう少し高く売ってると思いますよ。それに、20万というのは、強ち嘘ではありません」
「……もしかして、クラン?」
クランなら、高値で買ってくれそうだ。
それこそ、公共機関の4倍の値段で……いや、流石にやり過ぎだね、それは。
「最上級冒険者は、クランで下級ポーションを売ると、20万近くで売れることがあるそうですよ?」
「オゥ…ジーザス……」
「公務員とスーパーエリート会社員の差ですね……」
なんでぇ…同じ下級ポーションだよ?
どうして同じ物で、値段にそこまでの差があるのさ?
不平等だぁ…
「クランは、外国に高値で売り付けるんですよ。だから、かなり高額でも、問題ないんでしょうね」
「荒稼ぎしてんなぁ…」
「そういうモノですよ、クランなんて」
《新日連合》が、あんなに慈善的なのに、三大クランで居られる理由が分かった気がするわ。
外国から金を巻き上げて、その金で日本で人助けしてるんだ。
何と言うか…いかに、日本が荒稼ぎしてるか分かるね。
「国はポーションを売らないの?」
「売りませんよ。魔石と違って、全て国内で消費されます。……そもそも、魔石よりも流通量が少ないので」
「その程度の値段にしかならないなら、自分で消費するよね…」
売ったら5万にしかならないのに、病院で使ったら倍の値段を払わないといけない。
うん、ちっとも売りたくないね。
「まあ、この話はやめておきましょう。私達がいかに損をしているか、嫌と言うほど見せつけられるので」
「そうだね……ポーションは、その3つしか無いの?」
「他にもありますよ?《エリクサー》や《タマザケ》、《フェニクス》等がありますね」
エリクサーか……もしかして、死者を蘇らせることができたり?
「ちなみにですが、ポーション系のモノはもちろんのこと、現在ダンジョンで発見されているモノに、死者を蘇らせることができるモノはありません。《エリクサー》は、あらゆる怪我病気を治せる万能薬で、蘇生薬ではありません」
「なんだ。死者蘇生は無理なのね?」
「そんな事ができる薬があれば、世界中の富豪が大枚はたいて買いに来ますよ」
確かに…
そんなものがあれば、それを売るだけで一生遊んで暮らせそうだ。
でも、『あらゆる怪我病気を治せる』のも、凄いと思うけどね?
「ちなみにですが、昔、《フェニクス》がオークションに出されたんですが……4000億で落札されたそうです」
「………はい?」
よん、せん、おく?
わたし、じゅうよりおおい、すうじ、わからない。
「《フェニクス》は、使用すると全ての怪我を癒やし、不死鳥のように怪我を負っても即座に再生します。また、老化が極端に遅くなり、寿命は変わりませんが、死ぬまで若々しい体で生きられるそうですよ?」
「な、なるほど?」
「《タマザケ》は、飲むとあらゆる病気や毒を癒やし、生涯薬が不要になるそうです。まさに、『酒は百薬の長』ですね」
「ふ〜ん…?私は別に要らないね。かずちゃんが飲む?」
私には、《鋼の体》というスキルがある。
元々病気になりにくいんだから、ソレは要らないね。
「20歳になったら飲みますよ。なにせ、度数が40もある、お酒ですから」
「あっ、お酒なんだ?」
最上級のポーションは、蒸留酒だったのか…
「蒸留酒ポーションだね?」
「……まあ、そうですね」
「ちょっとは笑ってよ!」
反応に困ったかずちゃんが、開き直って適当な返事をする。
せめて苦笑いくらいしてほしかった。
「神林さんの、くだらないギャグは置いておくとして…」
「おい…」
「そういう最上位ポーションは、どこでも見つけられると言われています」
「あ、そうなの?」
「《イノチノシズク》という最上級ポーションが、第9階層で見つかっていますから」
《イノチノシズク》か…
ソレは、どんなポーションなんだろうね?
…まあ、どのみち高値で売れそうだけど。
「《エリクサー》の下位互換と言われていますが、最上級ポーションであることに間違いはありません。オークションに出せば、どんなに低くとも10億は行くでしょう」
「10億か…見つけられれば、大儲け間違いなしだね」
「そうですね。砂漠で砂金を探すようなものですが…まあ、探す価値はあると思いますよ?」
ポーションにも、色々とあるんだね。
高値で売れるものや、格差を突き付けられるもの。
いつか、見つけられるといいね。最上級ポーション。
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