第28話 面倒事は金で
かずちゃんに押し倒され、危うく性犯罪者になりかけた翌日。
今日は、月に一度のかずちゃんの登校日。
『一応、行く気はありますよ』という事をアピールする為に、かずちゃんは月に一度登校日を設けている。
今日がその日だ。
「ん。着いたよ」
「……行きたくない」
「駐車場で待機してるからさ。嫌になったら、いつでも帰っておいで」
「は〜い…」
そう言って、かずちゃんは嫌々車を降りていった。
……前は、一限が終わってすぐに帰ってきたし、今日も同じくらいに帰ってくるでしょ?
漫画でも読みながら、待ってようっと。
前から気になっていた恋愛漫画を読もうと、スマホを開く。
そして、第一話を読み終えた辺りで、突然かずちゃんが車に飛び込んできた。
「すぐに車を出して!!」
「えっ!?う、うん…」
切羽詰まった様子で、シートベルトを付けるかずちゃんを見て、私はすぐにエンジンを入れる。
そして、車を発進させると複数の男子生徒が、こちらに走ってきているのが見えた。
それを見てなんとなく理由を悟った私は、すぐに学校の敷地を出て、走り去る。
幸い、信号には引っ掛からず、男子生徒は追跡を諦めた。
「…で?何があったの?」
「普段私をいじめてくる連中を、思いっきってぶん殴ってみた」
「それで……流石にコレは親に連絡が行くわよ?どうするの?」
「……私の方から先に連絡して、保護者代理として神林さんに来てもらう」
なんで私なのよ…
「私って、保護者代理になるのかな?」
「さあ?でも、警察沙汰にならなければ、なんとでも言えるでしょ?」
「暴力沙汰な時点で、法的な話になりそうだけど…」
「その時は、私も『じゃあいじめの件で訴えます』って言うから大丈夫」
そんな事できるの?
いじめって、証拠が無いと難しい気がするんだけどなぁ…
「証拠はいくつも持ってるし、いくらでも圧力をかけられるよ?」
「そうなの?」
「何かあったら、これを使って一儲けする気だったからね」
なるほど……それなら、もっと前からそれを使ってれば良かったのに。
それを使えば、わざわざ冒険者にならなくても良かったと思う。
……いや、でもその時のかずちゃんは、両親に迷惑をかけなくないって、一人で抱えてただろうし…無理か。
「だから大丈夫。なにかあったら、神林さんが助けて」
「何から何まで私に頼り切って……可愛いんだから」
「ンナァ〜…」
私に顎を撫でられて、かずちゃんが嬉しそうな鳴き声をあげる。
その姿が可愛くて、私は更に沢山可愛がってあげた。
◇◇◇
「……とりあえず、お母さん達に連絡はしておいた。相手は覚醒者の男子生徒。闇討ちされた時、自分と私の身を守れる神林さんに、保護者代理で来てもらうという理由で、納得してもらえたよ」
「そう。それで?これからどうするの?」
とりあえず、一旦家に帰ってきた私達は、かずちゃんのご両親に連絡をして、状況を説明することに。
かずちゃんが電話でその事を伝え、納得してもらえたらしい。
とりあえず、ご両親には納得してもらえたのは良いとして…これからどうするかだ。
流石に、学校も暴力沙汰となれば、話は変わってくる。
きっと、両方の保護者を呼び出して、話し合いになるだろうね。
「…何もなかった、って事にはならないかな?」
「流石に無理ですよ。あっちの親が騒ぎ立てます」
「うへ〜……モンスターペアレントってやつ?私嫌なんだけど?」
「でも、私の両親に行かせるのは、心配じゃないですか?相手は学生ながら、覚醒者ですよ?」
そこなんだよね〜。
相手の男子生徒が、覚醒者ってのが厄介。
覚醒者が相手じゃ、大の大人の男でも頼りない。
女性なんて尚更だ。
だから、同じ覚醒者が相手をするのが、一番確実なんだけど……はぁ、嫌だなぁ。
「一応、お父さんも覚醒者なんですけど……その、めちゃくちゃ弱いんです」
「ん?待って?そうだったの?」
「はい。お父さん、覚醒者ですよ?」
じゃあ、お父さんに対応してもらったら……いやいや、今のお父さんは怪我人だ。
覚醒者だからと、そこに行かせるのは危険か…
「弱いって、どういう事?」
「そのままです。なんというか、本当に覚醒者か疑わしいほど、弱いんですよね」
……確かに、かずちゃんのお父さんからは、そういう気配は感じなかった。
覚醒者は、ひと目で分かるものなんだけど…かずちゃんがお父さんは、分からなかった。
それってつまり、一般人と大差ない程弱いって事じゃない?
「お父さんは、『一般人として生まれてたら、虚弱体質だった。覚醒者だから、一般人とほぼ同じだが、逆に言えば覚醒者なのに一般人と同じくらい弱い。だから、喧嘩してもお父さんを頼るなよ?』って言ってました…」
「なるほどね~…じゃあ、どのみちダメか」
にしても、たかがちょっとした諍いが起きただけで、そこまで騒ぐとか……本当、都合のいい連中だね。
…いや、まだ騒いだと決まった訳じゃないけどさ?
人を傷付ける行為を平然とする輩が、いざ自分が傷付けられたら怒るのは、常識的に考えれば頭がおかしいとしか、言いようがないけど…
「…まあ、いじめをするような連中に、人の痛みを共感できるような、素晴らしい思考回路は無いか」
「まあ、無いでしょうね!無いから、私のことをいじめるんです。……でも、流石に今回のアレはやり過ぎたかも知れません」
「ん?ただ、殴っただけじゃないの?」
私がそう聞くと、何故かかずちゃんは目を泳がせる。
泳いでいる目をしっかりと見つめ、言外に『言いなさい』と伝えると、観念した。
「その…一応、覚醒者を狙いましたけど……本気でぶん殴りました」
「……ちなみに、どうなった?」
「教室の真ん中に居たんですけど…殴られた衝撃で吹き飛んで、椅子や机を破壊しながら壁に激突しました」
「………」
そりゃあ、怒るわ。
絶対に、小さくない怪我してる。
誇張して、『思いっきりぶん殴った』じゃなくて、本当だったとはね…
「殴った時の感覚は?」
「…多分、顎の骨が逝きました」
「うん、だめだこりゃ」
相手が覚醒者だったのは、マジで幸運だ。
一般人なら、最悪死んでる。
「私の全力右フックが、アイツの顔面を捉えて……ふぅ、あの骨が砕けた感触、クスリでもヤッたみたいな快感が、頭から飛び出てきましたよ」
「そりゃあ、今までいじめてきた相手を、思いっきりぶん殴ったんだもん。スカッとしたでしょうね」
「他に殴れる相手が居ないのが残念ですね。一般人は、脆いので」
まあ、流石に一般人は殴れないね。
顎の骨が全て粉々に砕け散り、首がありえないくらい回転して、死にそう。
「面倒な事になってそうね、学校は」
「もう行きたくないです。やっぱり、学校辞めたいです」
「そこは、かずちゃんの好きにしたら良いけどさぁ…マジで、どうするの?」
「………どうにかなる事を、祈る」
結局、今はどうする事も出来ず、1日家でのんびりする事にした。
翌日
「まさか、こんなに早く呼び出されるとはね」
「私が殴った男子生徒の親も来てるらしいですし、気合を入れたほうがいいですよ、神林さん」
「はいはい。打ち合わせ通り、すれば良いんでしょ?」
そんな話をしながら、私はかずちゃんに連れられて、校舎を歩く。
そして、大会議室にやって来ると、先生が出迎えてくれた。
ドアを開けてくださり、かずちゃんより先に大会議室に入ると、私に視線が集まる。
「あなたが、そこの暴力女の保護者?」
顔を包帯でぐるぐる巻きにされた少年の隣に座る、なんというか、めんどくさそうなおばさんが、立ち上がってそう話しかけてきた。
「保護者代理です。一葉ちゃん本人の希望で、私が来ることになりました」
「なんですって?そいつの親は来てないの?」
「ええ。ここには来られませんよ」
私がそう言い切り、かずちゃんを椅子に座らせると、おばさんは怒鳴る。
「ふざけるのもいい加減にしなさいッ!!息子にこんな大怪我をさせておきながら、保護者は来ない?訴えられたいんですか!?」
「別に訴えてもらっても構いませんが……そちらがその気なら、こちらにも考えがありますが?」
そう言って、私はアイテムボックスから、空のUSBメモリーを取り出す。
「ここには、過去1年間に渡る、いじめの証拠が記録されています。その気になれば、こちらも訴えることができますが?」
「なっ!?ひ、卑怯です!そんなもの持ち出して脅すなんて……」
「どの口が言うか………ん!んん!しかし、一葉ちゃんがそちらのお子さんを怪我させたのも事実。ですので……」
私は、アイテムボックスから小包を取り出し、それを近くに居た先生を手招きして、運んでもらう。
「なんですか?これ…」
「開けて下さい。危険物ではありません」
それを聞いて、おばさんは恐る恐る小包を開けると、中から高そうなお菓子が入っていそうな箱が出てくる。
おばさんは、チラッとこちらを見て、箱を開けると……
「な、何よこれ?」
箱の中身を見て、驚きと落胆の入り混じった声を出す。
「下級ではありますが、ダンジョン産のポーションです。3本で、およそ60万程の価格で売れるかと」
「……慰謝料代わりだと?」
「どちらかと言うと、口止め料でしょうか。こちらとしても、事を大きくはしたくありませんので」
せっかく見つけて、取っておいたポーションを3つも渡すのは癪だけど、これくらいすれば、相手も引いてくれるはず。
……怪我させた相手にポーションを贈るって、かなり皮肉に感じるけどね?
『それを使って怪我を治せ。治療費はこっちで出してやる。だから、黙ってろ』
うん、普通にバカにしてるとしか思えないね。
「…まあ、いいでしょう。これを売って、治療費の足しにでもするとします」
おばさんは、抱え込むようにポーションが入った箱を受けると、やたら高そうなブランド物のバッグに詰め込んだ。
おうおう、そんな入れ方したら、ブランド物のバッグが泣いてるよ。
金に意地汚いのが見え見え。
こりゃあ、ポーションを持ってきて大正解だったね。
私は、若干の不快感を覚えながらも、なんとか相手の親を買収することに成功し、大事にはならないことになった。
…終始、殴られたであろう男の子が、私のことを睨んでいたけれど、別にそれは私の知るところじゃない。
適当に話を聞き流し、お互いこれ以上この話には触れないことにして、解散となった。
……車に戻ったあと、ポーションを3つも取られた事に不機嫌なかずちゃんが、文句を言ってきたが、それはまた別のお話。
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