第27話 部屋の秘密

スマホに映し出された写真。


それは、殺風景な部屋にポツンと置かれた脚立と、首吊り縄だった。


「なんですか…?これ…」

「そこの部屋の様子だよ。今はちょっと違うけどね?」


私が、コレがなにか聞くと、どうでもいいことのように、そう答えてくれた。


コレが…あの部屋の中……


「さてと…じゃあ、ちょっと昔の話をしようか?」

「は、はい…」


神林さんは、また缶チューハイを一口飲むと、真剣な表情で口を開いた。






「このマンションは築5年の、かなり新しいモノでね。地価が高かったり、設備もしっかりしてるから、家賃は結構高め。それなりに経済力のある家計じゃないと、まあ住めないね」

「ですよね…とても、社畜時代の神林さんが住めるとは思えない額でした。……この部屋の上下左右を除いては」


私がそう言うと、神林さんは一瞬目を細めたが、すぐにどうでも良さそうな表情になる。


「なら、話は早いね。知っての通り、この部屋とその上下左右は心霊現象が起こる。理由は簡単、ここで人が死んだから」

「……自殺、ですか?」

「まあね」


あんな写真を見せられたら、自殺以外考えられない。


やっぱり、神林さんがここに住める理由は、ここが事故物件だからか…


「私も、詳しい理由は知らないんだけどね?このマンションが、完成すると同時に引っ越してきた学生さんが、半年で自殺したらしい。そのせいで、マンションの価値がガタ落ちしたんだと」

「はぁ…?」

「なにせ、心霊現象が起こってるからね。昔近所に住んでた人は、私がここに来る前にみんな引っ越したらしいし、新しい人が来てもすぐに出ていっちゃう。そんな状態が続いた時に、私はここに越して来た。安かったからね」


いい物件を、安く買えた事を自慢する神林さん。


しかし、大の心霊嫌いの私からすれば、ハズレもいい所だ。


「…とはいえ、私もちょっと事故物件を舐めてた。別に心霊現象は怖くないけど、とにかく鬱陶しい。こっちは静かに寝たいのに、ガタガタガタガタ揺らすんだもん。おまけに、なんか変なうめき声まで聞こえてきた。それが嫌で、ここのお清めを担当した人に聞いてみたんだよね?『どうにかならない?』って」

「それで…どうだったんですか?」


コップを握りしめ、身を乗り出して聞く。


すると、神林さんは目を閉じて溜息をついた。


「無理だってさ。なにせ、あの部屋に霊は居ない。悪霊どころから、単なる霊すら居ないんだって」

「……え?」


霊が…居ない?


そんなバカな……確かに心霊現象は起きてるし、それは神林さんも知ってる。


なのに…霊が居ない?


「心霊現象を起こしてるのは、霊じゃなくて、学生さんの無念なんだって」

「無念…?」

「そう。残留思念ってやつかな?学生さん自体は、もうあの世に逝ってるらしいけど、その未練がずーっと残り続けてる」


無念…残留思念……未練…


そういう想いの力が、死後魂があの世へ逝った後も、現世に残り続けて心霊現象を引き起こす。


面倒な話ね…


「残留思念って、そんなに浄化できないものなんですか?」

「ものによるんだって。簡単に出来るものと、白い服に付いた墨汁みたいに、しつこ過ぎて取れないもの。ここのは、後者だね」

「最悪……」


じゃあ…もうどうしょうもないと?


この部屋に居る限り、ずーっとアレに怯えないといけないの?


……いや、でもそんなにガタガタ聞こえないし、うめき声も聞いたことがない。


時間経過で、弱まってる?


「…でも、今は弱まってるんですよね?」

「まあ…そう言えなくもないね」

「え?違うんですか?」

「うん、違うよ」


じゃあ、なんで心霊現象は弱まってるの?


除霊師か誰かを呼んで、なんとかしてもらったとか?


「残念ながら、アレはどうこうできるものじゃないの。私も、もう10回はアレを完全に破壊して捨ててるけど……次見る頃には、元通りに戻ってそこにある。物理的にも、霊的にも消せないんだよね、アレ」


10回も捨ててるのか…でも、その度に戻ってきて、あの状態で残ってる。


残留思念、強すぎない?


「じゃあ…どうやったんですか?」

「ん?封印した」

「ふ、封印…?」


え?そんなに簡単に出来るものなの?封印。


もっとこう…祠とか立てて、そこに祀るみたいな…


「どうしょうもないからね。せめて、うるさくならないように、封印したんだよ。やり方さえ分かれば、簡単だったよ」

「やり方、ですか…?」

「うん。じゃあ、どうやってそのやり方を見つけたかも説明してあげよう」


チビチビと飲んでいた缶チューハイを、一気に飲み干し、キーンとしたのか、頭を抱える神林さん。


やがて、痛みが引いたのか、空き缶を置いて息を深く吐き出した。

 

「いつだったかな?大家さんが様子見に来てね。その時に、たまたま心霊現象が起きたんだよ」

「はぁ…?」

「その時は機嫌が悪かったから、『うっせぇ黙れ!!!』って怒鳴ったら、急にシーンって静かになってね。なんて言うか、本当に何もかもが黙ったみたいだった」


…それがなにか?


「そのことを担当の人に聞いたら、『無念を押し返すだけの強い意志が、その怒鳴り声にはあったんでしょう』って言われたよ」

「無念を…押し返す?」

「そう。要は、騒ぎ立ててる鬱陶しい奴を、一喝して黙らせたって感じ。そこで思いついたんだよ、私」


……なんか、嫌な予感がする。


「アレは、縄と脚立に強い無念がこべりついてる。それが、心霊現象を引き起こしてるんだよ」

「そうですね…」

「だったら、その無念に負けないくらい、強い気持ちを込めた物でアレを囲えば、封印できるんじゃないか、ってね?」


……うん、そんな気はしてた。


なんというか…封印にしては、ゴリ押しすぎる。


パワープレイにも、程があるでしょ…


「沢山の塩を買ってきて、塩に『二度と出てくんな』『黙れ』『騒ぐな』って念を込めながら、アレの周りを囲った。念の為、3重に塩の円を描き、無念を閉じ込めた」

「…でも、心霊現象は起きてますよ?」

「そうだね。封印は完璧じゃなかった。だから、同じように念を込めた紙に、念を込めた罵詈雑言を書いて、部屋中に貼り付けた。扉にも貼り付けて、ピシャリと閉める。その時にも、念を込めて、あの部屋自体を封印のための牢屋にした」


なんというか…めちゃくちゃな封印の仕方だね。


でも…確かに封印できそうだ。


「完全には防げなかったけど、お陰で夜中にギシギシ足音が聞こえるだけになって、私も安心して寝られるようになった。何もしてない時に比べたら、遥かに静かでなんでも無い状態だよ」

「それは…良かったですね」


完全には封印出来なかったけど、夜中にギシギシ足音がする程度まで抑え込めた…霊感があるわけでも、霊能者でも無い神林さんがそれをできるって、凄くない?


流石、神林さん。


私のことを、一生養ってくれるって言ってくれた人。


「なに蕩けた顔してるの?あの部屋の秘密も分かった事だし、早く寝るよ」

「もうちょっとお話しましょうよ」

「私は良いけど…何の話をするの?」


神林さんは、そう言いながらシンクに空き缶を置き、コップと麦茶を持ってきた。


そして、椅子に腰掛けて話題を探す用に、明後日の方向を見て、ぼーっとして唸っている。


だから、私から話題を振ってみた。


「この前買ってた塩は、封印用の塩なんですか?」

「そうだね。塩に込めた念は、強いけど永続的に効果があるわけじゃない。だから、封印が緩んきたら、交換しないといけないの」


なるほどね…


また、部屋がガタガタ音を立てたり、うめき声が聞こえ始めたら、封印を新しくしないといけないと…


その為の、あの大量の塩だったのか…


「封印が部屋にあるのは分かりましたけど…どうして、ドアを開けたらダメなの?」

「さっき言わなかった?あの部屋自体が封印になっていて、ドアを開ける=封印を解くって事になるからね」

「そう言えば、そんな事言ってたような…」


確かに、そんな事言ってた。


あの部屋自体が封印になってるのなら、開けられないのも納得だね。


あの部屋は絶対に開けないようにしよう…


「ん〜…じゃあ、私からも1つ聞いていい?心霊関係ないけど」

「いいですよ?」

「幽霊が怖くて、私に抱き着いてくるのは分かるよ?でも、それを良いことに、私の体をベタベタ触ったり、体臭を嗅ぐのは止めない?怖いんだけど?」

「……なんのことですか?」


目を泳がせ、チビチビとジュースを飲みながら白を切る。


すると、神林さんの目が急に鋭くなって、私を見つめてくる。


それでも白を切っていると、急に立ち上がって、私の後ろにやって来ると……


「ぴゃっ!?」


服の中に、缶チューハイや冷えた麦茶の入ったコップを持って、冷たくなった手を入れる。


冷たい手が背中に当たり、思わず変な声が出た。 


振り返ると、神林さんが『してやったり』と言わんばかりの顔で、ニヤニヤしている。


その顔を見て怒りを覚えた私は、神林さんに抱き着いて、ゆっくりと押していく。


「ごめんね?怒っちゃった?」

「許しません」


謝る神林さんに、冷たくそう言い放ち、私は布団の前まで押していく。


そして、思いっきり神林さんを押して、2人で布団に倒れ込んだ。


…私が、神林さんを押し倒した形で。


「か、かずちゃん?」

「………」


神林さんは、恐る恐る私の名前を呼ぶが、無視する。


服を脱がそうとするが、神林さんに邪魔されて上手くいかない。


「ヤりましょう」

「しないからね!?」


直球にそう言うと、神林さんは勢いよく否定する。


そして、私のことを両手両足で抱きしめると、力任せに横に倒し、電気を消して布団を被った。


「このまま寝なさい」

「えぇ〜?」

「文句言わない!」


神林さんは、私を叱るとそのまま寝てしまった。


眠たかったのか、すぐに寝息が聞こえてきて、神林さんが寝てしまった事がわかる。


仕方なく、私は神林さんの胸に顔を埋め、その匂いを嗅ぎながら一人でする事にした。




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