第26話 ご馳走と心霊
ダンジョンを出て、ゲートウェイの窓口で魔石を換金すると、私達は車に乗ってマンションへ帰る。
「4万8000円。山分けすると2万4000円かぁ」
「日給二万超えって、結構凄くないですか?」
「普通の職業ならね?冒険者としては、大した事ないんじゃない?」
「むぅ…でも、この歳で日給二万は相当ですよね?」
まあ、それはそうだね。
16歳女子高生と、26歳女の日給にしては、めっちゃ高い。
しかも、これでも少ない方なんだから、本当冒険者は恐ろしい。
「どうする?このまま帰るのも、ありだけど…」
「そうですね…今日はお寿司の気分ですね」
「じゃあ、あそこにしようか?美味しいお寿司を食べに行こう」
私は、いつも通る道とは逆方向に曲がり、行きつけの寿司屋に向かう。
冒険者をやってると、こうやって贅沢をしても全然良くなる。
だって、単純計算で1週間で14万だよ?
そこにプラスして、宝箱とかの臨時収入があれば、どうなることか。
「さて、着いたよ」
私は、回らない寿司屋の近くの駐車場に停め、車を降りる。
かずちゃんも私に続いて車から降り、楽しそうな足取りで、私についてくる。
寿司屋に入ると、今日は珍しくお客さんが多く、比較的忙しそうだった。
「2人で」
「かしこまりました。2名様ご来店です」
顔見知りの店員さんが、あまり大きくない声で、そう報告する。
この店は、回転寿司店とかに比べれば遥かに高いけど、高級寿司屋程ではないお寿司屋さん。
回転寿司店ではまず味わえないようなお寿司を、高級寿司屋よりも安い値段で楽しめる。
そういった意味で、主に冒険者のお客さんが多いらしい。
お金持ってるからね、冒険者。
「私は中トロと炙りサーモン。かずちゃんは?」
「いつも通り、赤身と炙りサーモンですよ。あと、ネギトロも頼みます」
私は、それを中心にタッチパネルを操作して注文し、店員さんが持ってきたお茶を啜る。
「あっ、穴子も頼もうかな?」
「いいですね。私の分もお願いします。あと、鯛も追加で」
2人分の穴子と鯛を追加注文し、ついでに漬物盛り合わせも頼んでおく。
私はこの店のきゅうり漬けが好きだから、よく注文するけど、かずちゃん曰く不人気メニューらしい。
…まあ、単なる漬物盛り合わせなのに、700円近くするからね。
それなのに、量はそこまで多くないっていう…
「漬盛です」
「はい、ありがとう」
皿に漬物を盛るだけだから、すぐに用意できる。
そのお陰で、注文してすぐに運ばれてきた。
ポリポリと、漬物を味わっていると、何故か視線を感じる。
…まあ、不人気メニューを頼むような奇妙な人だからね。
気になるんだろう。
「味は良いんですけどね、この漬物」
「値段は気にしなくていいよ。1日で取り戻せるし」
「それは分かってますよ。私が遠慮するとでも?」
そんな会話をしていると、静かな店だからか、よく声が響く。
そして、お客さんも殆どが冒険者だから、私達の話し声ははっきりと聞こえてるはず。
耳を澄ませてみると、『あの人達が言ってるみたいに、冒険者は稼げるんだ。気にせず食べてくれ』という、男性の声が聞こえてきた。
…彼女と来てるのかな?
良い所を見せたくて、そんな事言ってるのかもだけど…本当に大丈夫?
この店、私達2人だけでも平気で万に行くよ?
いくら冒険者とはいえ…無理は禁物なんだけど…
「…あの人の心配ですか?」
「まあね。お金があるからと言って、あるだけ使っていい訳じゃないからさ?」
「私達の言えたことじゃ、ないですけどね?今月、いくら使いました?」
「…40万くらいかな?」
家電の新調や外食とかだけでそれだ。
他にも、沢山お金は使ってる。
「私は、軽く100万を超えてます。神林さんが羨ましいですよ、武器の新調をしなくても良いんですから」
「武器は消耗品だからね…しかも、結構高い」
武器や防具は消耗品だ。
刃こぼれなら修理に出せばいいけれど、折れたらそこまで。
防具も、凹んだくらいなら直せるけれど、穴を開けられたらもう使えない。
冒険者はかなり稼げるけれど、武器防具の維持費が馬鹿にならず、無駄遣いした結果、武器や防具が維持できなくて稼げなくなる。
そんな、最悪の状態に陥る事もあるのだ。
「まあ、少なくとも私が居る限り、武器防具が維持できないって事にはならないよ」
「…でも、神林さんは無駄遣いするじゃないですか」
「それは……まあ、頑張って稼げばいいから!」
支出を減らすより、収入を増やす。
それが、正しい稼ぎ方だ。
……だから、競馬に使ったあのお金は間違ってない。
かずちゃんと喧嘩になった、あのパチンコ代は、間違ってない。
「……もう、ギャンブルはしないでくださいね?」
「しないよ。2回もかずちゃんを泣かせたくないし」
試しにギャンブルをしてみたら、想像以上にハマって、危うく大変なことになる所だった。
途中でかずちゃんと喧嘩になって、泣かせてしまった時に正気を取り戻し、なんとか完全にハマってしまう前に抜け出せた。
「まあ、宝くじは、かずちゃんも許してくれてるでしょ?だから―――おっと、料理が来たね」
運ばれてきた、大量のサーモンとマグロを見て、私は思わずヨダレが垂れそうになる。
小皿に醤油を注ぎ、ほんのちょっぴりと醤油を付けて、炙りサーモンからいただく。
「ん〜!やっぱり美味しいね、ここの炙りサーモン」
「そりゃあ、店の一番人気メニューですからね〜」
かずちゃんも、とろけた表情で炙りサーモンを味わい、首を縦に振る。
炙られて、いい感じに溶けた脂が、空腹を刺激する。
勢いのままに中トロに手を伸ばす。
勿体ないかも知れないが、中トロはガリと一緒食べるのが私流。
もう一枚小皿を用意し、ガリを盛り付けると1枚取って、中トロに乗せる。
醤油を付けて頬張れば、口内に幸せが広まる。
「お寿司って、本当に美味しいよね。日本に生まれた事を、心から感謝できる料理だよ」
「その国の文化を否定するつもりはありませんが、これに比べれば外国のスシなんて邪道です。アレは寿司じゃなくて、SUSHIですね」
「ははっ!その通りだね」
きっと、カリフォルニアロールとやらも美味しいんだろうけど、私はこっちにしか興味ない。
日本に生まれた喜びを噛み締めならが、私は次々と寿司を平らげる。
あっという間に姿を消した寿司は、かずちゃんが気を利かせてくれたお陰で、すぐに新しいものがやってくる。
それもすぐに平らげ、私達はお腹いっぱい寿司を堪能した。
お茶を飲んで、口に残った魚の臭みを洗い流すと、会計を済ませ、帰路についた。
……いつもよりも多めに注文した事もあり、その値段を見て目を見開いたのは、かずちゃんには内緒だ。
◇◇◇
「…やっぱり、相当使ってますね」
夜も更け、ほとんどの人が寝静まった時間。
私は、こっそり布団を抜け出して、神林さんの財布の中から、1枚のレシートを取り出す。
会計のあと、少し挙動不審だったから、そんな気はしてたけど…まあ、予想通りだ。
いつもよりもかなり高い。
神林さんの2万4000円は、消し飛んだと言える。
「全く。神林さんは、私に甘いんですから」
布団にくるまり、スースーと寝息を立てる神林さんにそう囁く。
私は、そんな神林さんの腕の中に戻ってくると、その身を預けて目を閉じる。
こうしていないと、私は怖くて眠れないのだ。
「今日は、何も聞こえないといいな…」
このマンションは、社畜時代の神林さんが買えるとは思えないほど、家賃が高い。
それなのに、どうして神林はこの部屋を借りられたのか?
その答えは、なんとなく分かってた。
『入ってはいけない部屋』
明らかになにかある事がわかる部屋の扉を見て、私は色々と調べた。
そうして分かったことといえば、この部屋の上下左右は何故か他のよりも家賃が安く、入居者が居ない。
いたとしても、すぐに引っ越すんだとか?
何故かは分からない。
でも、これだけ情報があれば、なんとなく分かる。
どうして、神林さんがここに住めるのかの理由が。
ギィィィイイイ………
「ッ!!」
新しいマンションのはずなのに、床の軋む音が聞こえ、私は布団の中に潜り込み、神林さんに抱きついた。
実害はないらしい。
それでも、怖いものは怖いのだ。
まさに、《鋼の心》を持つ神林さんは全く気にしていないが、私からすれば怖くて怖くて仕方がない。
1つしか無い布団に、2人で抱き合って寝てるのは、私が怖いから。
もちろん、神林さんと一緒にいたいって気持ちもあるけど……それ以上に、怖いから以上に寝てる。
………でも、最近ちょっと気になってきた。
「あの部屋の奥…どうなってるんだろう?」
神林さんが、私にさえ見せてくれない部屋。
何が何でも絶対に開けちゃ駄目で、開けようとしてるのを見つかったら、正座させられて怒られる。
そんな部屋には何があるのか?
多分、あそこがこの心霊現象の原因だと思うんだけど……
「…行ってみようかな?」
勇気を出して布団から抜け出し、私は及び腰ながら扉を目指す。
ギィィィイイイ……
私とは別の、誰かの足音のような、床が軋む音がする。
私が歩いても、絶対に床は軋まないから、間違いなくこれは心霊現象。
怖いけど…見てみたい。
あの部屋には何があるのか?
「………っ」
唾を飲み込み、ゆっくりとドアノブに手を伸ばす。
震える手で、ドアノブを掴もうとしたその時――――
「何してるの?」
神林さんに声を掛けられた。
そして、部屋の電気がつき、眩しくて目を瞑る。
「そこは開けちゃダメって、前から言ってるでしょ?何回言ったら分かるの?」
「ごめんなさい。……でも、どうしても気になって」
「…そこに、何があるのか?って、気になるの?」
「はい」
神林さんから顔をそらし、もじもじしながら謝ると、溜息が聞こえた。
「分かったわ。何があるのか教えてあげる。でも、開けちゃダメだからね?」
「は〜い」
「そうだね…お茶とジュース、どっちがいい?」
「じゃあ、ジュース」
神林さんは、オレンジジュースと缶チューハイを持ってきて、私を座らせる。
私のコップにジュースを注ぐと、缶チューハイを開けて一口飲み、スマホで写真を見せてくれた。
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