第24話 クランとは?《自警団》《新日連合》

第26階層は、中世街エリアと呼ばれるエリアに分類されるらしい。


このエリアは、渋谷ダンジョンの第21階層から第30階層にしか無い特別なエリアで、本当に中世の町並みのような風景だ。


実際に家の中に入ることができ、家具なども置かれている為、好きなときに休憩ができる。


第26階層で出てくるモンスターは、腐った馬の死体と鎧を着たスケルトン。


名前は、『クサリウマ』と『ホネノキシ』だそうだ。


そんな、第26階層にある家の1つ。


そこに、私とかずちゃんは不法侵入し、勝手にお昼ごはんを食べることにした。


「じゃあ、ご飯を食べながらで良いから、クランについて教えてくれない?」

「いいですよ。じゃあ、《自警団》を例に説明しますね」


かずちゃんは、朝早くから起きて用意してくれた、煮込みハンバーグをアイテムボックスから取り出し、机の上にサラダと一緒に並べる。


アイテムボックスは、どれだけ激しく動いても影響がないから、お皿に盛り付けてアイテムボックスに入れれば、いつでも食べられる。


洗い物は増えるけど、お弁当よりも美味しく食べられるのは、本当に素晴らしい。


「《自警団》は、覚醒者構成員6300人からなるクランで、主な収入は冒険者が持ち帰る魔石やアーティファクト等の販売、輸出です」

「ん?魔石?クランって、魔石を輸出してるの?」


魔石って、ダンジョンゲートウェイの窓口か、ギルドの窓口で売るものじゃないの?


ギルドから魔石を仕入れて、それを輸出するとか……いや、だとしたら国が売ったほうが安く済むだろうし、買い手がつかない。


…もしかして、構成員の冒険者から魔石を巻き上げてるの?


「今神林さんが考えているであろう事も含めて、魔石の売買についても説明しましょう。そもそも、魔石ってどこで売られてると思います?」

「…ギルドとか、国が売ってるんじゃないの?」

「そうですね。国内の場合はそれがほとんどです。わざわざクランから魔石を買う人は、日本にはいません」


国内の場合?


つまり、国は魔石を輸出してないの?


絶対に儲かるのに…


「国は魔石を輸出しないの?」

「してますけど、国が管理してる魔石は、ほとんどが国内で消費されます。なにせ、ゲートウェイやギルドで魔石を売る冒険者は、全体の3割強ですから」

「えっ!?じゃあ、みんなどこで売ってるの?」


そ、そんなに売ってる人居ないんだ…


…でも、確かに言われてみれば、ゲートウェイやギルドで売ってる人って、あんまり見ないね。


残りの6割はどこで売ってるんだろう?


「ほとんどの冒険者は、魔石を自分の所属するクランに売ります。その方が、高く売れますから」

「え?そうなの?」

「はい。冒険者の給料は、完全歩合制の成果主義。しかし、国で魔石を売る限り、成果を上げたからと言って、魔石の買い取り価格が上がることはありません。公共機関ですから」


そうなんだ…


「クランは違うと?」

「はい。クランは、冒険者事務所。そこらの企業と何ら変わりのない法人です。そんなクランが、優秀な冒険者を誘うには、何が必要ですか?」

「…高い給料?」

「その通りです!最も手っ取り早いのは、魔石の買い取り価格ですね」

「あ〜!なるほどね?」


つまり、国よりも高く魔石を買う事で、国に魔石を売るよりも、クランに売る方が儲かると考えた冒険者を囲むんだね?


「クランは、優秀な冒険者程魔石の買い取り価格を上げます。優秀な冒険者とは、ダンジョンの奥深くまで潜れる冒険者。そういう冒険者は、命の危険を犯すに釣り合う報酬が欲しいのです」

「自分が命を賭けるに値する報酬を支払ってくれるクランに、冒険者は流れていくわけね?」

「はい。すると、より深い階層の、より質の良い魔石が大量に手に入ります。国内の魔石需要は、国の魔石で事足りているので……海外に高値で売り付ける訳です。そうやって、クランは利益を得ているんですよ」


そう考えると、クランって普通に企業だね。


ダンジョン資源の輸出を取り扱う、輸出企業。


そうやって、クランは利潤を得てるわけだ。


「クランに魔石を売る、6割弱の冒険者は、その殆どがクランに就職しています。クランに所属すると、普通の会社員みたいになるというのは、こんな理由があったりします」

「なるほどね〜?…でもさ?別に就職しなくても良くない?クランの事務所に魔石を売りに行けば良いだけだし、わざわざ企業に縛られてまで売りたい?」


企業に縛られるくらいなら、私は国に魔石を売るね?


そういう考えを持つ人は、結構いるんじゃない?


特に、脱サラ組とか。


「そこは、クランも対策してます。基本的に、クランに魔石を売れるのはそのクランに所属―――就職している冒険者のみです。それ以外は、基本売れません」

「そうなの?……でも、まだそれだとクランに所属したいとは思わないね?」

「でしょうね?そんな神林さんに良い話が。なんと、クランに所属すると、ダンジョンで怪我を負った際の治療費を、2から3割クランが負担してくれます」

「え!?」


治療費をクランが負担!?


国が5割負担して、クランが2から3割負担してくれるなら…かなり楽になる。


確かに、魅力的な条件だ。


「ちなみに、クランは企業なので、場合によっては労災保険がおりますよ?」

「え?フリーは違うの?」

「そうですね。例えば、漁師では無いけれど、釣りをして、釣れた魚を売っている人がいます。その人が怪我をした時、果たして労災保険はおりますか?」

「それは……」

「フリーの冒険者は、職業ではありませんよ?収入があるので職業だと思われがちですが、実は無職です」

「マジか……」


じゃあ、『職業・フリー冒険者』って書いたら、赤っ恥かくの?


言ってること、『職業・自宅警備員』と同じってこと?


嫌だなぁ…それは。


「無職が怪我したところで自己責任。そもそも、労働してないんですから、労働災害保険が下りるわけ無いじゃないですか」

「うっ!…確かに」

「危険、キツイ、給料安い、福祉無し。良いことは、自分の好きな時に、好きなだけ働けること。そう考えると、フリーの冒険者ってなる意味が無くないですか?」

「そうだね……じゃあ、3割強の人は何してるの?」

「3割強の人は、神林さんみたいな人ですよ。企業戦士として生きるのは嫌だ、って人」


なるほどね…


社畜が嫌な人が、わざわざフリーの冒険者として活動してるわけね?


同じ脱サラ組として、その気持ちはよく分かる!


「…まあ、稀に『国のために尽くします!』って、奇特な人はいますけどね?」

「余程の愛国者なんだろうね。その人は」


私は別に、国に尽くすつもりはないから、そんな変なことはしない。


普通に、社畜になるのが嫌だから、フリーでやってるんだよ。


「…まあ、ここまでクランの良い所しか言ってませんが、別に生活するのに必要なお金だけ稼ぐなら、フリーで十分です。より高みを目指したり、一攫千金を夢見る人がクランに所属するので、普通に生活するだけなら、クランに入る必要はありません」

「そうだよね。それに、クランに入って無くても、2ヶ月前みたいな事はあるわけだし?」

「そうですよ。神林さんが、高みを目指したいと言うなら、私はついて行きますが…そんなつもり、無いですよね?」

「無いね。今のままで十分」


別に、冒険者として高みを目指し、億万長者になりたい訳じゃない。


結婚願望も無いから、私が生きていくだけのお金が稼げればそれでいい。


かずちゃんは、自分で稼げるし、私は私のことを考える。


「ところで、なんとなくクランの事についてはわかったけど…《自警団》の話は?」

「ああ、そうでしたね。《自警団》は、その名の通り自警団です。警察とは別に冒険者の問題を取り締まり、問題を起こした冒険者を捕まえ、警察に引き渡します。《自警団》に法的な権限はありませんが…国も、ダンジョンの中まで完全に法を行き届かせる事は出来ないので、実質ダンジョン内の法治は、《自警団》に委任されているようなものです」


かずちゃんは、モグモグとハンバーグを頬張りながら、《自警団》の活動について教えてくれる。


簡単に言ってしまえば、《自警団》はダンジョン内の警察というわけだ。


どうりで、アイツ等が逃げる訳だ。


「まあ、《自警団》は慈善団体や公共機関ではないので、さっきみたいに絡まれている所を助けられると、謝礼を払わなくてはなりません。実際にブラックリストがあるらしく、謝礼を払わなかった人は、助けてもらえなかったり、助けられても証言をしてもらえなかったりと、めんどくさい事になります」

「なにそれ?仮にも《自警団》を名乗る組織がすること?」

「利益を求める企業に、そういう事を委託するのは良くないという事ですね。なんなら、わざと人に絡む冒険者を見逃し、謝礼を騙し取る悪徳な人も居るようです」


法治を担う組織は、そういう事をする運命にあるのか…


ちょっと、《自警団》にはがっかりだね。


「慈善団体のクランは無いの?」

「慈善事業をするクランなら、沢山ありますよ。《新日連合》がその代表例ですね」


なんか、名前だけ聞くと、思想強そうな組織っぽいけど…どうなんだろう?


「《新日連合》は、名前で損をしてるクランですね。主な収入は《自警団》と同じですが、それ以外に食品や子育てグッズ、私立学校などからの収入もあります」

「そうなの?」

「なんだか、名前だけ聞くと左側の過激派とか、政党みたいですけど…れっきとした普通のクランです。しかも、社会に優しい、慈善団体のようなクラン」

「へえ〜?」


慈善団体かぁ…


《自警団》とは大違いだね。


「《新日連合》は、魔石やアーティファクトの輸出で稼いだお金を、幼児向け食品の開発や、子育てグッズの開発、幼稚園保育園の建設・運営、私立学校の運営など、子供と親を支援することに使用しています」

「え?めっちゃ良いクランじゃん」

「もちろん、児童相談所や孤児院、更生施設等にも関わっていて、《新日連合》に救われた子供たちは、数多く居るそうです」


もはや、慈善団体と呼んで何の問題もないのでは?


このクランが、どれだけ社会貢献をしていることか…


《自警団》くん?君も見習ったらどうだい?


「《新日連合》が三大クランで居られるのは、その活動が評価されての人望や、《新日連合》に救われた覚醒者の子供が、大人になって《新日連合》に所属したり、子供を救われた覚醒者の親が所属したりと、人の優しさで成り立っている、とても暖かいクランです」

「……マジで、《自警団》は《新日連合》を見習った方がいいわ」

「ホントですよ。しかも、《新日連合》は覚醒者専用の冒険者専門学校を持っています。その学校を卒業した子の就職先には、他のクランも含まれているんですよ?」

「……《自警団》くんさぁ?同じ三大クランとして恥ずかしくないの?」


なに?この、社会貢献の塊みたいなクラン。


非の打ち所がないし、人の良心も捨てたものじゃないと思わされるね。


それに引き換え《自警団》は…


「…まあ、《自警団》以上にヤバイクランはいくつもありますし、《朱雀財団》が三大クランに居座っている限り、《自警団》の汚職も無くなりませんよ」

「…え?《朱雀財団》って、そんなにヤバイの?」

「何言ってるんですか?日本三大クランなんてありませんよ?《朱雀財団》一強です」


……は?


えっ、いや……《朱雀財団》ってなんなの?


そんなにヤバイ組織なの?


めっちゃ気になるんだけど?


「食べ終わったなら、行きますよ。歩きながら話しましょう」

「え?あ、うん…」


私は、かずちゃんに食器を返し、家を出る。


かずちゃんも私の後に続いてきて、歩きながら《朱雀財団》について教えてくれた。





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