第23話 自警団

「暑〜い」

「はいはい、エアコンが効くまで待ってね?」


かずちゃんが我が家にやって来て、2ヶ月。


季節は夏になり、ジメジメ熱くして仕方がない。


7月だから仕方ないとはいえ…エアコンが無いと暑すぎて溶ける。


「な〜んでサンシェード、買ってくれなかったんですか〜?」

「要らないと思ってたの。後で買ってあげるから我慢して」

「むぅ〜」


エアコンに顔を近付け、冷風を直に浴びて涼むかずちゃんを横目に、私は今日もダンジョンへ向かう。


夏場の車はあっという間に熱くなり、車内温度がバグり散らかす。


それの対策として、サンシェードを買おうとかずちゃんから提案されてたけど…なんだかんだ、買わなかった。


その結果、湿気の少ないサウナみたいな車に乗り、早くエアコンが効いてくれと切実に願うことに。


「天気予報見ました?最高気温35度ですよ?まだ、7月上旬なのに」

「最近の夏なんて、そんなものもでしょ。それに比べて、ダンジョンは快適ね」

「一年を通して気温が変わりませんからね。湿度も上がりませんし、もういっそのこと、ダンジョンに住みますか?」

「モンスターが襲ってきそうだから嫌」


ダンジョンは、内部の温度が変わらない。


もちろん、砂漠とか熱帯エリアとかは暑いし、高山や寒冷エリアは寒い。


ただ、普通の森林はだいたい25度前後と、外と比べればくっっっそ涼しい。


避暑目的にダンジョンに潜るのは、全然ありだ。

…危険が伴うけど。


「かずちゃんかずちゃん。今日はどれくらい稼ぎたい?」

「ダラダラと、歩き回るだけでいいんじゃないですか?第26階層に到達しましたし、そこでモンスター狩りを続けるのもありですよ」

「それ稼げる?」

「まあ、多少は?」


2ヶ月で、第26階層に到達した私達は、そこで停滞気味になっていた。


第20階層に入った辺りから、モンスターの強さが飛躍的に上がり、攻撃をくらい過ぎると《鋼の体》を突破されるレベルのモンスターが、ゴロゴロ現れだした。


攻撃も効きづらく、一発や二発当てた程度では倒せない。


このままでは、いつか勝てないモンスターが現れる階層に行ってしまい、死ぬかもしれない。


だから、レベリングの為に、一度攻略を止めることにした。


「私達、もう冒険者としては軌道に乗ってますね」

「そうなの?」

「ここまでくれば、一般冒険者でも勧誘を受ける頃ですよ?」


勧誘?


あれかな?将来有望そうな冒険者を、仲間に加えておこう的な?


「ふ〜ん?…かずちゃんは、勧誘されたらどうするの?」

「フリーで活動します。わざわざ冒険者になったのに、会社員みたいな活動の仕方するんですか?」

「……やだね。それは」


冒険者になってまで、社畜でいるのは嫌だ。


それなら、私もフリーでいいかな?


…にしても、どんな人から勧誘されるんだろう?


冒険者同士で仲間を組むのは普通だけど、多すぎると報酬が減るからなぁ…


ホワイトな職場でも、私はかずちゃんと二人だけで、フリーの活動したい。


私は、勧誘がどんなものか想像して、ダンジョンに着くまでの時間を潰した。





            ◇◇◇




渋谷ダンジョン第26階層


「ふんっ!」


私が前に出てモンスターを殴り、怯ませたり注意を引く。


「せいっ!」


その隙を突いて、かずちゃんが一気に飛び出して、刀を振り下ろす。


その一撃で倒すか、小さくない怪我を負わせ、次やその次の攻撃で仕留める。


2ヶ月で連携も上手くなり、私達はかなり効率よくモンスターを倒せるようになった。


「ふふっ。私達に勝とうなんて、100年早いのです!」

「はいはい。早く次のモンスターを狩りに行くよ?今週中に、レベル30になるんでしょ?」

「むぅ……どうせ、私達はいつもホリデーなんですから、もう少しゆっくり行きましょうよ」


いや、今週中にレベル30になろう、って言ったのはかずちゃんでしょ?


だから、急ぎでダンジョンのモンスターを、狩って回るって言ったのもかずちゃんだし。


「見てくださいよ、私のレベル」

「どれどれ?…もう29?早いね…」


―――――――――――――――――――――――――――


名前 御島一葉

レベル29

スキル

  《魔導士Lv2》

  《鑑定》

  《抜刀術Lv3》

  《一撃離脱》


―――――――――――――――――――――――――――


かずちゃんのステータスは、2ヶ月でここまで伸びた。


レベルはもう29になり、スキルは新スキルの取得と《魔導士》のスキルレベルが上がった。


新スキルの《一撃離脱》は、よくあるスキルらしく、主に遊撃手が持っているスキル何だとか?


効果としては、最初の一発の威力が上がりるというもの。


一度敵から離れ、少し時間を置いてから再度攻撃を繰り返すと、何度でもその効果が出るらしい。


「私も、レベル上がってたりしないかなぁ……お?」


――――――――――――――――――――――――――


名前 神林紫

レベル29

スキル

  《鋼の体》

  《鋼の心》

  《不眠耐性Lv3》

  《格闘術Lv2》


――――――――――――――――――――――――――


いつの間にか、私もレベルが29になっている。


おまけに、格闘術のスキルレベルが上がって2になっていた。


これは、かなり強くなったんじゃない?


「……格闘術のレベルが上がってる。私は5年くらい掛けてレベル上げたのに」

「向き不向きがあるんだよ。……その、かずちゃんに剣の才能はあんまり無いんじゃない?」

「…嫌な現実を突きつけないでください。そんな現実、見たくない」


…自覚はしてるんだね?


まあ、ギフターが十数年も努力してレベル3って……それはつまり、そんなに才能がないって事じゃない?


その事は、かずちゃんも薄々感じてたけど、知らないフリをしてきた。


「…例え才能が無くても、かずちゃんの剣術は本物だよ」

「………」

「あんなに、キレイな剣術が使えるんだか、ら……」


近くに団体の気配を感じ、私はかずちゃんを抱き寄せて警戒心を強める。


かずちゃんも落ち込んでいた様子から一転、いつでも刀を抜けるように構え、臨戦態勢だ。


注意深く様子を伺っていると、5人の男が現れた。


「ん?同業者か――――あっ!お前はッ!!!」

「え?」


私を見た男の1人が、私のことを指さして驚いている。


そして、怒りに満ちた表情でこちらを睨みつけてくる。


「珍しい事もあるもんだなぁ…?忘れてねぇぞ?あの時のこと」

「しつこい人。そんなだから、いつまでも子供じみた事しか、出来ないんじゃないですか?」

「ッ!!このガキッ!」


かずちゃんが男のことを煽り、激昂した男が武器に手を掛けた。


それに続いて、他の男も武器に手を伸ばし、一触即発の空気が流れる。


…状況が読み込めない私は、真っ赤な顔でぷるぷる震えている男に問いかける。


「えーっと?誰、だっけ?」

「「は?」」


私の言葉に、男とかずちゃんが困惑した。


そして、そんな男とかずちゃんを見て困惑している私を見て、二人は理解したらしい。


私が、本当にこの男達が誰なのか分からない事に。


「ほら、神林さんと初めて会った時の。覚えてますよね?あの時襲ってきた人達です」

「……こんな顔だっけ?」

「覚えてないんですか?…もう少し、人の顔は覚えるべきだと思いますよ」


う〜ん…そうだっけ?


全然覚えてないや…


「馬鹿にしやがって…今度こそぶっ潰してやる!」

「えぇ…?」


男は剣を抜き、いきなり斬り掛かってきた。


冷静に《鋼の体》を発動し、防御姿勢を取ると、どうやって無力化するかを考える。


(多分だけど、レベルは私よりも高いよね?となると、それなりに硬いはずだから…割りと本気で殴っても大丈夫かな?)


男の剣を硬化した腕で受け止め、かずちゃんに合図を送る。


私の合図を受けたかずちゃんは、魔法を使って男を拘束しようとし――――


「何をしている!!」

『!?』


突然、声の低い男性の怒鳴り声が後ろから聞こえ、そちらに注意が行く。


私に斬り掛かっていた男は、声のする方を見て目を見開き、慌てだした。


「チッ!《自警団》だ!行くぞ!!」


そして、仲間に呼びかけて、私達に背を見せて逃げ去っていった。


その後すぐに、声の主と思われる男性と、3人の男女がやって来た。


「アイツら…最近通報されてる奴か。君達、大丈夫だったか?」

「え?あっ、はい。これがありますので」


私は、カモフラージュの為に買っていた、手甲を見せ、無事をアピールする。


すると、男性は安心したようで、お供の3人に連中を追い掛けるよう、指示を出した。


それを見て、私はかずちゃんを連れて立ち去ろうとしたが、かずちゃんに引き止められ、耳打ちをされる。


「財布から、最低でも1000円は出して下さい」

「え?なんで?」

「良いから出して下さい」


かずちゃんは私にそう言いつつ、2000円を取り出して、男性の持っている特殊なカバンに入れた。


私も、かずちゃんと同じように2000円を入れてあげた。


「では、私はこれで」


そう言って、男性は先に追跡を開始していたお供の所へ走っていった。


私がかずちゃんの方を向くと、話す前に唇に指を当てられる。


「言わなくてもわかります。どうして、お金を出したのか?ですよね?」

「うん。あれ、なんなの?」


私がそう聞くと、かずちゃんは歩きながら彼らについて教えてくれた。


「あの人達は、クラン《自警団》の団員です。ダンジョン内の警察とも呼べる存在で、冒険者同士での問題解決の為に活動しています」

「クラン…《自警団》…?」

「さっきみたいに、ガラの悪い冒険者に絡まれた時に、助けてくれたりするのが《自警団》の主な役割ですね。その時に、謝礼を払わなくてはなりませんが……ところで、クランは知ってますか?」


なんとなく、その名前に覚えがあった私は、首を縦に振る


「確か……《自警団》って、『日本三大クラン』ってやつの1つだったよね?名前だけは知ってるよ?」

「お?凄いですね!じゃあ、他の2つは分かりますか?」

「……《新日連合》と、《朱雀財団》だっけ?確か、そんな名前だった気がする」


どっちもどんな組織か知らないし、そもそもクランが何なのかも知らない。


でも、名前だけは知ってるよ?


「よく覚えてましたね!正解です」

「良かった……で?クランって何?」

「そうですね……簡単に言えば、芸能事務所の冒険者版、でしょうか?」


…つまり、クラン=冒険者事務所ってことかな?


もしかして、今朝言ってた勧誘って、クランの事?


「多数の冒険者が所属する、冒険者の為の組織のことをクランと呼びます。さっき神林さんが上げた三大クランは、所属人数が最も多い、3つのクランの事ですね」

「ふ〜ん?…かずちゃんが今朝言ってた勧誘って、クランからの勧誘?」

「そうですね。芸能事務所が、面白いフリーの芸人を放っておかないように、クランも将来有望なフリーの冒険者を、無視したりはしません。その内、私達も勧誘を受けますよ」


クランかぁ…冒険者なのに、普通の会社員みたいな活動きなるって言うのは、この事か。


…よし、絶対にクランには入らない!


残業や休日出勤が嫌な私は、絶対にクランには入らないと心に決めた。


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