第21話 お掃除

トントントントン


包丁の音が聞こえてる…


「…ん〜?」


ついにそんな音まで出てくるようになったかと、不快な気分で起き上がると、台所に人影が見えた。


「あっ、神林さん!おはようございます」

「ん〜……あぁ、かずちゃん。おはよう」


そうだった…昨日は、かずちゃんが泊まりに来たんだったね。


結構いい時間帯だったから、私は起き上がって顔を洗いに行く。


その途中、私は部屋の異変に気が付いた。


「……こんなに片付いてたっけ?」


床に散らかっているゴミの数が少なく、歩けるスペースが増えている。


昨日は、もっと汚かったような気がするんだけど…


「ああ、片付けましたよ。汚かったので」

「そうなんだ?……でも、まだまだゴミは残ってるんだね…」

「ゴミが多すぎて、袋が足りなかったんですよ…」


確かに、いまごみ袋の在庫が少なかった気がする。


後で買いに行かないとね。


今日の脳内スケジュールに、『ごみ袋を買いに行く』という、予定を追加する。


そんな事をしながら、私は洗面所で顔を洗い、朝ごはんを作ってくれているかずちゃんの所に戻ってきた。


「…味噌汁?」

「はい。まあ、あるモノで作った味噌汁ですけど…出来は悪くないはずですよ?」

「その味噌腐ってない?大丈夫?」

「………これ、いつの味噌ですか?」

「わかんない」


いつの味噌か分からない味噌と聞いて、かずちゃんは火力をアップした。


「風味は飛びますけど、これで煮沸消毒します」

「そうした方がいいと思う。で、そっちの卵は大丈夫。最近買ったやつだから」

「…念の為、しっかりと加熱しますけどね?」


つい、一週間前に買ったばっかりの、卵何だけどなぁ。


…いや、安売りしてたから、訳アリなのかも。


もしかしたら、消費期限が近かったり?


「その卵で何を作るの?」

「トロトロの、スクランブルエッグを作る予定でしたけど……予定を変更して、中までしっかりと火を通します」


私は別にトロトロでも大丈夫だけど、かずちゃんはそうもいかない。


《鋼の体》は、胃腸まで鋼になるみたいだけど、かずちゃんの胃腸は一般人。


消費期限が切れてるかもしれない卵を、生で食べたりしたら、まあ食中毒になる。


「お味噌汁とスクランブル…他は?」

「無いですね。強いて言うなら、白米ですかね?」

「何と言うか…随分と簡単な朝ごはんだね」

「しょうがないじゃないですか、材料が無いんですから。朝ごはんを食べ終わったら、ごみ袋を買うのと一緒に、色々と食品も買いに行きますよ?」

「は〜い」


材料を買った所で、どうせ私は使わないけどね?


手の込んだ料理なんて、作るつもりはないから、パパッと作れる、誰でもできるようなおかずと、ご飯があれば十分。


……まあ、かずちゃんが買いたいって言うなら、買いに行くけどね?


とりあえず、机の上を片付けて、朝ごはんを置けるようにすると、かずちゃんが出来上がった料理を持ってきてくれた。


料理と言っても、味噌汁、スクランブル、白ご飯だけ何だけどね?


「……なんか、物足りませんね」

「材料が無いからね…」


かずちゃんも、物足りなさを感じているみたいだけど、他に作れるようなものはない。


だから、今日の朝ごはんはこれだけだ。


「「いただきます」」


二人で手を合わせて、『いただきます』を言うと、久しぶりに誰かと食卓を囲んで朝ごはんを食べた。




           ◇◇◇





「いや〜、アイテムボックスって便利だね?」

「レジ袋も、エコバッグも要らなくなるのは、手が空いて本当に楽です」


私達は、スーパーで必要なものを買い揃えると、アイテムボックスに詰め込んで、駐車場にやって来た。


本当なら、大容量のエコバッグを、いくつもの使うような買い物をしたけれど、アイテムボックスを使えば手ぶら。


本当、アイテムボックスを見つけられて良かった。


「にしても、あんなにごみ袋を買ってどうするの?絶対あんなにいらないよ?」

「買い溜めで置けばいいじゃないですか。別に、腐る物でもありませんし」

「まあ、そうだけど……あと、どうして幾つも置き型消臭剤を買ったの?そんなにタバコ臭い?」

「臭いですよ。それに、タバコの臭い以外も臭いです。…主に、ゴミのせいで」


辛口なかずちゃんを助手席に乗せ、車のエンジンを付ける。


その後も、今日買ったモノについて色々と聞いた。


どれも必要なものらしく、一つも欠かせないらしい。


「……こっちからも言わせてくださいよ。あの大量の塩はなんですか?お祓いでもする気なんですか?」

「あれは、必要なものだよ。とっても大事なもの」

「……ふ〜ん?」


かずちゃんは、私が買った大量の塩が、気になるらしい。


用途はちょっと言えないけど…まあ、大事なものだ。


生活必需品だね。


なんとなく、私の言いたいことを理解してくれたかずちゃんは、それ以上塩については聞いてこなかった。


そして、部屋に帰ってくると、二人ともマスクを付けて、掃除を始める。


「じゃあ、まずはゴミ捨てから始めましょう。神林さんは、奥の方からお願いします」

「は〜い」


大きなごみ袋を持って、私は部屋の奥へ行く。


そして、そこら中に散らかっているゴミを、一つずつ拾って、ごみ袋の中に放り込む。


ソファーの周りと、テレビの周りがキレイになった頃、かずちゃんはパンパンになったごみ袋を括って、次のごみ袋を取り出していた。


「早いねかずちゃん。私も負けてられないや!」


テンポよく、ポンポン、ポンポン放り込んでいくと、楽しくなってきてペースが上がる。


いつの間にか、ごみ袋がいっぱいになっていたので、口を縛って次のごみ袋を持ってくる。


そこから、10分くらいで全部のゴミを拾い終わり、だいぶ部屋がキレイになった。


「次は雑巾掛けです。しっかりと拭いてくださいね?」

「は〜い」


雑巾を水に濡らし、しっかりと絞って余分な水を落とすと、さっきと同じように部屋の奥から拭いていく。


汚れが見つかれば、入念に拭いて、かずちゃんに怒られないように気を付けた。


あっという間に雑巾が汚れるので、バケツに水を貯めて、何度も洗いながら拭いていく。


これはちょっと時間が掛かって、二人で30分掛けて終わらせた。


「あの汚部屋がこんなにも……達成感ありますね」

「またすぐに汚れると思うけど……まあ、いいや。次は何をするの?」

「ソファーやカーペットをどうにかしたいですが……まあ、今はどうにもなりませんね。これはまた今度にします」


そうか…このソファーやカーペットもキレイにしないと。


…でも、今日はそこまで天気が良くないし、干してもあんまり意味ないかもね。


「一通り掃除は終わりました。後は、そっちの部屋なんですけど…開けていいですか?」

「ダメ。そこは開けちゃダメ」

「…でも、掃除してませんよ?」

「ここは、元からキレイだから大丈夫。絶対に、開けちゃダメだから」


かずちゃんが、わざと締め切っている部屋に入ろうとするので、全力で止める。


不審な顔をされたけど、私がどうしても行かせようとしないので、諦めてくれた。


そして、代わりに今日買ってきたばかりの、最新型の掃除機を取り出した。


「魔導掃除機を買っても良かったんですけど…神林さん、マナは引いてないんですよね?」

「使わないからね。だから、止めてもらってる」


ライフラインの一つである、マナ。


魔石から魔力を抽出し、それを流して各家庭や工場、店などに送っている。


今時、マナが通ってない家やマンションは珍しく、このマンションも通っている。


しかし、私は電気で十分だと思ってたから、マナは止めてもらってる。


その為、買ってきた掃除機も電動だ。


「まあ、性能はそこまで変わらないので、どっちでもいいですけど。じゃあ、ホコリやゴミを吸い込んで行きますよ〜」


かずちゃんは、掃除機のコードをコンセントに繋げると、スイッチを入れて掃除を始めた。


端から少しずつの丁寧に掃除機を掛けていく姿は、まるで背の低いお母さんを見ているよう。


ずっと後ろについて行って、部屋がキレイになっていく様子を見守った。


「ふぅ……これで終わりですね」


やがて、部屋全体の掃除が終わったらしく、コードを仕舞って、掃除は奥の方に置かれた。


「何から何までありがとうね。おかけでキレイになったよ」

「当然ですよ。これからここに住むんですから。自分の住む家を、掃除するのは当たり前でしょう?」

「……ん?」


今…かずちゃんはなんて言った?


これからここに住む?


さ、流石に聞き間違いだよね?


「えーっと…?もう1回言ってくれる?」

「え?……これからここに住みます」

「……マジ?」

「マジですよ。今日からよろしくお願いします。神林さん」


……え?


いや………は?


「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!?」


……そんな事があって、今日から私の家に一人住人が増えました。

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