第20話 謝罪

ファミレスに着くと、先に到着していたかずちゃんのご両親が、席に座って待っていた。


私は、かずちゃんと一緒にご両親の向かい側の席に座ると、深く頭を下げる。


「えーっと、初めまして。神林紫と申します」

「初めまして。一葉の母の、御島結羽です」

「同じく、父の御島朱里です。娘がお世話になっております」


かずちゃんのご両親は、私と同じように深く頭を下げ、礼儀正しく挨拶してくれた。


かずちゃんのお母さんは、かずちゃんと同じくとても小柄。


優しそうな人で、とても肌が綺麗だ。


お父さんも割りと小柄で、言い方はアレだけど、『この親にして、この子あり』と言った感じ。


事故か何かで右脚を骨折しているらしく、脚にはギプス、席の奥には松葉杖が置かれている。


(お父さんが怪我をして、働けないから少しでも家計を楽にしようと冒険者を始めた。…嘘じゃなくて、本当に怪我してたんだね)


かずちゃんは、くだらない嘘をつくような人ではない事は知ってるけど、本当にお父さんが怪我してるとは思わなかった。


「えー…あー…すぅ――――この度は、大切な娘さんをあのような危険な目に遭わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした!!」

「「「えっ!?」」」


額を机に擦り付け、他のお客さんの迷惑にならない程度の、大きな声で謝罪する私。


それを見て、御島一家は声を揃えて驚いた。


「ちょっ!神林さん!恥ずかしいですよ!」

「あ、頭を上げて下さい!こちらこそ、娘を庇ったばっかりにあのような、怪我を…謝るべきなのはこちらでして!」

「そ、そうです。何も、神林さんがそこまでして謝るような事では―――」

「元はと言えば!」

「「!?」」


かずちゃんのお父さんとお母さんが、私の頭を上げさせようとするのを無視して、謝罪を続ける。


「本来、引き返す時間であったにも関わらず!次の階層への入口を見て、進むことを決断した私が悪いのです。その結果このような事になり、私は危うく一葉ちゃんを死なせてしまう所でした!!」


私がそう言うと、かずちゃんは両親に見えないように、私の腹を抓る。


何か怒ってるみたいだけど、まだ私の謝罪は終わっていない。


後でじっくり話を聞こう。


「今回の件は私の責任です!未成年者を連れ、ダンジョンへ潜っているという自覚が足りていませんでした!」

「は、はぁ…?」

「慰謝料は、日を改めてお渡し致します。そして、今回の件で負った怪我の治療費も、慰謝料と共にお渡しします!」

「い、いえいえそんな!気持ちだけで結構ですので!」


かずちゃんのお父さんが、慰謝料の受け取りを遠慮する。


しかし、例え相手が要らないと言っていたとしても、こういう時は渡すべきだ。


だって、かずちゃんは未成年の女の子だよ?


普通の冒険者とは訳が違う。

責任重大だ。


「ちょっと!神林さん!こっちに来て下さい!!」

「待って!まだ終わってな―――」

「いいから来て下さい!」


私は、無理矢理かずちゃんに引っ張られて、店を出る。


そして、そのままあまり人が居ない道までやって来ると、私の服をしっかりと掴んで怒り出した。


「謝罪したいのは分かりますけど!場所を考えて下さいよ!」

「じゃあ、かずちゃんの家の前ですれば良かった?それとも、家の中?」

「うっ……だ、だとしても!あんな沢山の人の前であんな事!神林さんは大丈夫でも、私達は大丈夫じゃないんですよ!」


顔を真っ赤にして怒るかずちゃんは、私の服を引き千切りそうな勢いで引っ張り、荒い息をしている。


ここまで本気で睨まれると、私もなんだか悪い事をした気分になってきて、ちょっと頭が冷えた。


「じゃあ…いや、私の家は無理か」

「コンデション最悪じゃないですか?私の家でしましょう。いいですね?」

「…かずちゃんが良くても、私はあんまり」

「いいですね!?」

「は、はい!」


気迫に負けて、後日改めてかずちゃんの家に行くことになった。


その事を、かずちゃんは私を置いて伝えに行く。


しばらくすると、ファミレスから御島一家が出てきて、頭を下げてきた。


「神林さん。もう、謝罪は良いらしいです。分かりました?」

「え?あ、うん…」

「来なくていいですからね?お父さんとお母さんは、もう十分神林さんの謝罪を受け取りました、だから、大丈夫です。いいですね?」

「う、うん…分かった」


家族で話し合い、私のこれ以上の謝罪は無くていい事になったらしい。


……というか、多分だけど『わざわざ家まで来てもらって、謝ってもらうのは忍びない』的なことを、かずちゃんのお父さんかお母さんが言って、それをかずちゃんが拡大解釈したんだろうね。


そして、もう謝罪しなくていいから、って脅しみたいな感じで言ってきた。


「じゃあ、後日慰謝料だけ――――」

「それもいいです」

「……分かった」


かずちゃんに強く言われ、私は引き下がることにした。


何と言うか……かずちゃんって、こんなに怖かったけ?


「……立派になったわね。一葉」

「そうかな?神林さんは、これくらい言わないと響かないから、強めに言ってるだけだけど…」

「あんまり響かないだけで、何も感じてない訳じゃないんだよ〜?」

「うるさいですよ。そんな事より、早く車取りに行ってきて下さい。一緒に何処かご飯食べに行きましょう?」


……ついさっきまで、ファミレスに居たんだけど?


ここじゃ駄目なの?


すごく突っ込みたかったけど、かずちゃんが目で催促してきたので、何も言わなかった。


……あと、かずちゃんのご両親は私と同じ気持ちらしい。


車をダンジョンゲートウェイに取りに行って、戻ってくると、駐車場で御島一家が私を待っていた。


「神林さん!ここ行きませんか?」

「…ステーキ?今から行くの?この、予約がいりそうな店に」

「予約なら、ついさっき4人分取りました!」

「拒否権無いじゃん…」

「もちろん、神林さんの奢りですよ?慰謝料と治療費を受け取らない代わりに、奢って下さい!」


……単にステーキが食べたいだけじゃない?


適当な理由付けて、ステーキ食べに行こうとしてるだけじゃん。


「…普通に、ステーキが食べたいって言ってくれたらいいんだよ?いつでも、連れて行ってあげるから」

「わーい!神林さん大好き!」


かずちゃんが私に抱きついていて、いつものように胸に顔を埋める。


そんなかずちゃんを抱きしめて、優しく撫でてあげると、かずちゃんのお父さんが声をかけてきた。


「一葉は、いつもこんな感じなのか?」

「はい。こうやって抱き着いてきて、私に甘えてくるんです。可愛いですね、一葉ちゃん」


胸に埋めた顔をモゾモゾと動かして、上目遣いでにっこり笑うかずちゃん。


微笑ましくて、つい頭を撫でてしまうが、目の前にご両親が居ることを思い出して、スキンシップはそれくらいにしておく。


「えーっと…では、行きましょうか?」

「ほ、本当に良いんですか!?娘が勝手なことを…」

「良いんですよ。私だって、朱里さんや結羽さんの許可なく、一葉ちゃんを連れ回してますし。それに、今回の件のお詫びということで、奢られてください」

「は、はぁ…?」


あまり納得は出来てないみたいだけど、まあ私が奢る事になった。


ノリノリで私の車に乗り込むかずちゃんを見て、ご両親は気まずそうな表情をし、何度も頭を下げてくれた。





            ◇◇◇





『本当に、よろしかったのでしょうか?』

「いえいえ、お気になさらず。お金には余裕がありますから」

『ですが…』


かずちゃんが見つけた、ステーキのお店に向かう途中、かずちゃんのお母さんから電話が掛かってきた。


スピーカーにして、さっきから同じような会話を続けている。


「……神林さん、車でタバコ吸わないで下さいよ」

「窓開けてるから大丈夫だって。それに、いつもタバコ臭い服に顔を埋めてるのに、隣で吸うのは駄目ってどういう事?」

「むぅ…」


臭いが嫌なら、わざわざ私にくっついて来る意味が分からない。


そんなに捨てられるのが怖い?


『…一葉。これから高いお店を奢ってもらうんだから、それくらい我慢しなさい』

「お母さんまで……神林さん、私のお母さんを買収しないで下さい!」

「はあ?そんな事してないって」

「してますよ。いつものお母さんなら、私の味方をしてくれます」


……私別に何もしてないんだけど?


普通に、私に気を遣って、娘に我慢するよう言ってるだけじゃないの?


…まあ、結羽さんや朱里さんに迷惑は掛けられないし、吸うのはやめよう。


私は、タバコを握り潰すと、そうやって火を消してアイテムボックスの中に放り込んだ。


「……だから、その心臓に悪い火の消し方、止めてくださいよ。分かってても怖いです」

「はぁ…注文が多いね?今日のかずちゃんは」

「いつもこんな感じじゃないですか?」


……確かに。


そう考えると、ここで色々と暴露して、親御さんに叱ってもらうべきなのかな?


…ふふっ、ならあの話をしてみようかな?


「…ところでかずちゃん」

「なんですか?」

「昨日の話はしたの?もう学校に行かずにダンジョンに潜るのは、隠さないんでしょ?」

「ちょっ!神林さん!!」


昨日の話を始めた途端、慌て始めるかずちゃん。


やっぱり、金の話はしてなかったんだね?


『…一葉?なにかあったの?』

「な、なんでも無いよ!普通の探索だった!」

「何言ってるの?昨日は沢山の金を見つけたでしょ?それを売ったお金で、これからご飯を食べに行くんだから」

「神林さん!?」

『……詳しく、聞かせてもらえますか?』


かずちゃんのお母さんにそう聞かれたものだから、かずちゃんにスマホを取られないようにしながら、昨日のことを包み隠さずすべて話した。


「―――――と、言うのが昨日の出来事です。まだ200万円くらい持ってるはずですよ?」

『そうなんですか……一葉?』

「ひゃいっ!」

『後で、じっくりその事について、オハナシしましょう?』

「あ、え………神林さん!今日泊まっていいですか!?」


後に何が起こるのかを理解したかずちゃんは、私に助けを求めてきた。


もう少しイジワルしてもいいけど、これ以上は可哀想だから、やめておこう。


「私は良いよ。ベッドを使わせてあげる」

「……アレはベッドって呼べるんですか?」

「寝られるし、そうなんじゃない?」


背もたれがあるだけで、アレは立派なベッドだ。


誰がなんと言おうと、私がベッドって言ってるんだからベッド。


『…まあ、私からは詳しく聞きません。娘を、よろしくお願いします』

「任せてください。宝石を扱うように、大切にしますよ」


そう言って、かずちゃんの顎をくすぐる。


すると、かずちゃんは嬉しそうに脱力した。


もしかずちゃんが猫だったら、間違いなく『ゴロゴロ』言ってるね。


かずちゃんは、犬と猫の可愛いところを、足したような性格をしてる。


つまり、どうしょうもないくらい可愛いって事。


『……娘の事はお任せしますが、もし昨日のような事があれば、すぐに連絡して下さい。分けて欲しいとは言いません。ただ、一葉は未成年です。その事を、念頭に置いてくださいね?』

「もちろんです。……タバコも、控えたほうがいいですか?」

『そこは……まあ、一葉が嫌がったらでお願いします』


やめろとは言われなかった。


なら、かずちゃんの邪魔にならないような時に、一人で静かに吸いますか。


「…おっ?そうこうしてる内に、着きましたね。じゃあ、行きましょうか」

『ご厚意に甘えさせて頂きます。本当に、ありがとうございます』

「もし何かあれば、かずちゃん―――一葉ちゃんに請求して下さい。大切なお父さんとお母さんの為なら、いくらでもお金を出すらしいですよ?」

「えっ!?私そんな事言ってない!!」


軽く冗談を言うと、かずちゃんが凄くいい反応を見せてくれた。


それを大人3人で笑い、皆揃ってかずちゃんに怒られた。


『ウーウー』と、私のことを威嚇してる割には、べったりくっついて来るかずちゃんは…とっても可愛かった。


……後、ステーキが本当に美味しかった。


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