第19話 冒険者専用の病院

《咆哮》で、三半規管がやられたのか、安定しない平衡感覚の中で、なんとかワーウルフの首を切り落とす事に成功した。


しかし、ワーウルフが煙になって消えると同時に、神林さんが倒れ込んだ。


「神林、さん…!」


鼓膜もやられたのか、音が聞き取りづらい。


その上、視界もぼやけて、よくない状況だってのが素人目でも分かる。


だからといって、ここで私まで倒れるわけにはいかない。


倒れてしまった神林さんを担ぎ、フラフラと何度も倒れそうになりながら、何とか出口までたどり着く。


ダンジョンの外を指定して、出口を使用すると、私の視界は真っ白になり、浮遊感で包まれる。


やがて、視界が戻ってくると、安心から力が抜けて倒れてしまった。


「お――!―――じょ――――か!?」


近くにいた冒険者が駆け寄ってきて、私の心配をしてくれる。


ただ、聴覚がおかしくなっている上に、意識もおかしい。


何を言っているのか、ハッキリとは聞き取れなかった。


そんな状態なものだから、すぐに周りの人達が救護に入ってくれた。


ゲートウェイの医務室に連れてこられ、私の隣で神林さんが応急手当を受けている。


そこに、1人の見覚えのある女性が入ってきた。


「お母、さん…」

「か―――!」


お母さんは、入ってくるなり私の手を握る。


そして、なにか言っているけれど、私にはまるで分からない。


その後も、何度もお母さんはなにか話し掛けてくれたり、怒鳴っていたりしたけれど、結局何を言っていたのか分からなかった。


救急車が到着し、冒険者専用の病院に搬送された私は、ポーションによる治療を受けた。


「聞こえますか?私の声が聞こえますか?」

「はい。聞こえます」

「ふぅ…どうやら、鼓膜の修復は出来だようだね」


ポーションの効果のおかけで、私は聴覚を取り戻した。


他にも、三半規管が正常になったのか、まだ少し足取りが覚束ないけど、普通に歩けるようになった。


「一葉!」

「大丈夫なのか!?一葉!!」


そこに、お父さんとお母さんがやって来た。


「うん。大丈夫。ポーションのお陰で、怪我は治ったよ?」


私がそう言うと、お母さんとお父さんは私に抱き着いてきて、泣き出してしまう。


「良かった…!お前が無事で、本当に良かった…!」

「ごめんなさい……私、一葉に何もしてあげられなかった」


人前で泣き続ける、お母さんとお父さんを何とか落ち着かせ、椅子に座らせると、私は大切な事を思い出した。


「そうだ!神林さん!!」


左右に揺れながら、神林さんを探しに行こうとすると、お母さんに引き止められた。


「さっき、横で応急手当を受けていた人なら、まだ戻ってきてないわ。今、回復魔法による治療を受けているそうよ」

「回復魔法…良かったぁ」


冒険者専用の病院だけあって、ダンジョンで負った怪我を治す事に、特化している。


いくつものポーションが保管され、優秀な回復魔法使いが、交代で24時間365日駐留している。


「お母さん、今回の治療費っていくら?私が出すから」

「何言ってるの!わざわざ一葉が出さなくても大丈夫よ!」

「そうだぞ?お前の稼いだ金だ。お前が好きに使え」

「お母さん、お父さん…」


うぅ…ごめんなさい。


実は、内緒で200万くらい稼いでるんです。


まだ始めたばっかりで、大したお金を持ってないはずなのに、家計のことを考えて、自分で払おうとする、家族想いな娘に見えるかもしれないけど…


実は、言い付けを破って荒稼ぎしてる、悪い子なんです。


「だ、大丈夫だよ!私、ちゃんと今回の治療費を払えるくらいには、稼いでるから!」

「本当なのか?始めたばっかりの冒険者の給料は、毎日潜ってようやく、10万行くか行かないかくらいだ、って聞いたぞ?」

「魔石だけならね?ダンジョンには、お宝が眠ってるんだよ。それを売ったお金があるから。ね?」


何とかお父さんを納得させると、私の味方になってくれた。


「……ここは、1回自分で払わせてみるか?」

「どうして?一葉はまだ学生なのよ?」

「なら、学生がどうしてこんな格好で、こんな時間にダンジョンに居たんだ?」

「「うっ!」」


……もしかして、バレてる?


「お父さん……もしかして…」

「……あのなぁ、一葉?」

「は、はい!」

「親ってのは、子供が思ってる以上に、我が子の事を大切にしてる。隠し事だって、理解した上であえて見逃してる。お父さんとお母さんが、気付いてないとでも思ってたか?学校の事」


……え?


「ごめんな、守ってやれなくて…」

「いじめの事…知ってたの…?」

「そうよ」


え………えっ?


お父さんとお母さんは、私がいじめられてる事を、知ってたの?


知ってて、黙ってたの?


…何のために?


……もちろん、私のため。


何とかしてあげたいけど、自分達が関わってくると、私の負担になることを分かって、あえて何も知らないフリをしてくれてたの…?


「一葉…私達は、あなたが学校を辞めても何も言わないわ。行きたくないのなら、もう辞めるという選択もできるのよ?」

「……でも」

「あくまで、そういう選択もあるってだけだ。どんな道を歩むかは、一葉が時間を掛けて決めるといい。今は、俺達以上に、一葉の事を守ってくれる人が、居るんだろう?」

「お父さん…」


……本当に、私がこんないい親を持って、良かったんだろうか?


こんなに優しくされるなら、むしろ『冒険者』を辞めろと言われたほうが良かった。


だって、私は今まで、お父さんやお母さんの気持ちも知らないで、あんな事してきた。


私のことを全部知って、苦しんでる事も知った上で、私が楽な方を選んでくれた。


私のために頑張ってくれた。


「……学校は、辞めない。何度も留年するかも知れないけど…せめて、高校だけは卒業するよ」

「そうか…なら、今は冒険者として生きろ。そして、お父さんとお母さんの所じゃなくて、あの人―――――神林紫さんだったか?あの人の所に居なさい」

「っ!!うんッ!行ってくる――――!!」


私は…幸せ者だった。


周りがどう言おうと関係ない。


いじめを放置するのは、親としてよくない事だというのは間違いない。


でも、下手に干渉して、さらに苦しめることになるよりは、私が望む形で、知らないフリをしてくれたほうが遥かにいい。


そのお陰で、私は今を生きてる。


一歩間違えたら、引きこもりになって、部屋から出てこなかったかも知れない人生を、お母さんとお父さんは歩ませなかった。


だから、あの選択は間違ってるとは言わせない。


世間的に正しくなかろうと、私は今幸せだ。


子供の幸せを守り、大切にする事そこ親の仕事。


私の両親は、その仕事を確かに全うし、私の未来を守ってくれた。


「神林さん!」

「あっ、かずちゃん。無事だったんだね?」


そして、私を大切にしてくれる人に、私の未来を託した。


100点満点…とは言えないかもだけど、今の私からすれば100点満点だ!


終わり良ければ全て良し。


「かずちゃん、怪我の具合はどう?」

「私はバッチリです!神林さんこそ…大丈夫ですか?」 


ベッドに横になり、起き上がろうとしない神林さんにそう尋ねる。


すると、神林さんは服を脱いで上半身を見せてくれた。


……痛々しい、傷跡の残る上半身を。


「見てこれ?カッコ良くない?こういう傷って、男の子が好きそうだよね〜」

「……なんか、大丈夫そうですね」

「いや?全然大丈夫じゃないよ?まだらこの傷と肋骨しか、治してもらってないし」 


…なんだって?


じゃあ、他の傷はそのままって事?


「これから追加で治してもらうんだよ。重度負傷治療保障…だっけ?それのお陰で、格安でこの傷は治してもらえたけど…腕や足の骨折は別なんだって?」

「あぁ〜。確か、骨折は結構お金取られた気がするんですよね」

「ホントだよ。6割負担だよ?普通に病院に行くのの、倍くらい取られる」

「そうでもしないと、福利厚生の予算が、冒険者の治療にえげつない勢いで吸い取られますから…」


全く、せめて5割にしてほしい。


ダンジョンと冒険者が生み出す利益で、甘い汁を吸い続けるんだから、それくらい大丈夫だろって話。


「…もう少し老人が減ったら、私達のこの負担率も変わるのかな?」

「やめてくださいね?なんの罪もない一般人を襲うのは」


神林さんが怖いことを言う。


確かに、少子高齢化のせいで、年輩の方の福利厚生に、沢山のお金が使われている。


それを何とかしないと、若者の負担は増え続けるばかりだ。


日本はダンジョンのお陰で、まだマシだけど……本当、この問題は何とかした方がいい。


「……まあ、強くなってこの治療費が屁でもなくなる程、稼げるようになれば良い話だけどね?」

「そうですね。……神林さんは、まだダンジョンに潜りますか?」


あんな事になったんだ…


もし、あそこで神林さんが動いていなければ、二人共死んでた。


“はぐれ”との遭遇によるトラウマ。


冒険者を辞める理由で、最も多いのがそれだ。


神林さんはどうだろう?


「私は全然行くよ。社畜人生を歩むくらいなら、命懸けで冒険者をした方が、まだマシだよ」

「まあ、そうですよね。私も、冒険者を続けます」

「……金に味占めた?」


それもあるけど、もっと別に理由がある。


「その…神林さんが居るから、私は冒険者を続けます。実は、さっきこんな事がありまして―――――」


私は、神林さんにお父さんとお母さんの話をした。


すると、神林さんはうんうんと頷いて、笑ってくれた。


「そっかぁ…私は、かずちゃんを託されたんだね?」

「はい。そうです」

「……なら、私が面倒を見ないとね?」


そう言って、神林さんは痛そうに顔を歪めながら、無理に起き上がった。


「行ける所まで行こうよ。かずちゃん」

「神林さんと一緒なら、私は地獄へだって行きますよ。一緒に、迷宮の深淵を見に行きましょう」


私は、差し出された手を握り、固い握手をする。


すると、必要以上に力んでしまったのか、神林さんが顔を歪ませる。


「ま、まあ…?ダンジョンの最奥を目指す前に、まずは治療室を目指そうか?」

「ふふっ。私が連れて行ってあげますよ。なんなら、私が払いましょうか?」

「え?治療費7万円払ってくれるの?」

「…高くないですか?」


たかが骨折に7万?


ちょっと、ぼったくり過ぎでは?


「回復魔法だからね。人件費が…ね?」

「なんで、ポーションにしなかったんですか!?」

「いや、ポーションは気休めって前に聞いたから…」

「そんなデマ信じてたんですか!?い、今から変えてもらうことは―――」


今からでもポーション回復に変更してもらおうと、部屋を出ようとした時、看護師さんが入ってきて、神林さんが呼ばれた。


「……まあ、良いじゃん?私が治療を受けた分、回復士の人が儲かるでしょ?」

「回復士は歩合制ではないので、あんまり…」

「でも、高給取りって聞いたよ?」

「どうせなら、大して働かずに稼いだほうが良いじゃないですか。回復魔法の治療を受けて得するのは、病院だけですよ?」


回復士は、普通の医者よりも高給取りだ。


なにせ、質の高い回復魔法を使える人は、引く手数多で、とても忙しい。


ダンジョンの探索において、優秀な回復魔法使いが居るだけで、生存率がぐんと上がり、怪我をしても治療費が浮く。


ポーションの節約にもなり、ポーションを売ることでお金も手に入る。


冒険者意外にも、ここみたいな病院や、通常の大病院等も回復士を欲している。


引く手数多過ぎるから、必然的に給料が高くなって、信じられないくらい稼げる。


回復魔法が使える人は勝ち組、って言われるほどにはね?


……まあ、私も回復魔法使えるけど。


「とりあえず、流石に自分で払うから大丈夫だよ。…それよりも、歩くの手伝ってくれない?」

「良いですよ?なんなら、抱きかかえて、連れて行ってあげましょうか?」

「十歳も年の離れてる子に、抱きかかえてもらうのは、恥ずかしすぎるからいい」


結局、神林さんは痛みを我慢して、私に支えてもらいながら、治療室へ行った。


回復魔法で骨折を治してもらうと、ぼったくり治療費を冒険者カードで支払ってた。


その後、私の両親に挨拶がしたいらしく、車の回収も兼ねて、ダンジョンゲートウェイ近くのファミレスへ行くことに。


私達が歩いてファミレスにやって来ると、先に来ていたお父さんとお母さんが、店に入ってきた私達に手を振った。

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