第18話 ワーウルフ

ワーウルフ…狼人間ってやつか。


狼人間なんて、西洋の化け物では有名な部類の、強いヤツ。


そんなワーウルフが、弱い訳がない。


「ワーウルフのランクはD。私達では、間違いなく勝てません」

「…なんで、そんな化け物がここに居るのよ?ここ、第5階層だよ?」


私がそう聞くと、かずちゃんは苦々しい表情を見せた。


心当たりがあるみたいだね。


「恐らく、“はぐれモンスター”です。通常、出現するはずがない階層に出現するモンスターの事を、冒険者達は“はぐれ”と呼びます」

「“はぐれ”ねぇ?要は、イレギュラーって事でいい?」

「そうですね。未だに“はぐれ”の出現条件は分かってませんが……とある、有力な説があります」


有力な説?


“はぐれ”の出現には、なにか法則があるの?


「それは、ダンジョンが送り込んできた、刺客という説です」

「刺客?」

「はい。すべての“はぐれ”に共通して言える事として、『その階層よりも、深い階層で出現するモンスターしか現れない』というモノがあります。確実に、こっちのことを殺しに来てるんですよ」


基本的に、冒険者は自分の身の丈に合った、安全に活動できて稼げる階層にしか行かない。


私達は、まだレベルが低いから浅い階層にしか行かないし、レベルが高くなっても、最前線に行ったりしない。


そうなると、その場所よりも深い階層に出現するモンスターが現れたら、まあ基本勝てない。


停滞して、上を目指そうとしない冒険者を、殺しに来てるのかな?


「そして、条件と確定した訳ではありませんが、高品質な武具や魔導具、価値の高いお宝等を手に入れた後に出現しやすいそうです」

「…そうなの?」

「刺客を送られるって事は、それだけの理由があります。ダンジョンが、アイテムを取り返しに、刺客を送り込んだと考えれば…どうでしょう?」

「なるほどね〜……今の私達、心当たりがありまくりなんだけど?」

「奇遇ですね。私もそうです」


高品質な魔導具…


それってつまり、アレのことだよね?


10トン入る、アイテムボックス。


絶対にそれのせいで、刺客送られてるわ〜。


「…逃げられるよね?」

「……逃げられる方が珍しいそうですよ?出口に到着する前に、いきなり飛び出してき―――――」

「ガアァァァァァァアアアアアア!!!」

「「ッ!?」」


話している最中に、私達の前方に二足歩行する狼が現れた。


鼓膜が破れそうな程の雄叫びを上げ、真っ赤に染まった目で、私達を睨みつける、直立二足歩行する狼。


間違いない。

コイツがワーウルフだ。


「やっぱり、こうなるんですか…」


そう言って、かずちゃんは私の隣まで下がってきた。


私も《鋼の体》を発動し、かずちゃんを守るように前に出る。


「いいですか?相手はDランクのモンスターです。生き残る事だけを優先しましょう」

「そうは言ってもねぇ…多分、アレだよね?ダンジョンの出口」

「まあ、そうですね……」


私の視線の先には、夕方になり暗くなった事で、よく見える青白い光がある。


あの光は、ワープポイントや出口の光。


直接は見えないけれど、ワーウルフが立ちはだかっている奥に、ダンジョンの出口がある。


「無理矢理突っ切る?逃げられる気しないけど」

「突っ切るのは無理ですよ。交代で、足止めをしない限り、そんなの無理です」


交代で足止め…


私は出来なくないけど、かずちゃんが心配だ。


簡単には負けないだろうけど…逃げられるかどうか。


「グルルルルル…」


ワーウルフが、作戦会議をする私達を威嚇してきた。


「……戦って、勝てると思う?」

「…勝てなくはないですよ。危な過ぎる橋を、渡ることになりますが」

「戦わなくても、危ない橋をわたるでしょ?そんなの誤差よ」


私がそう言うと、かずちゃんは何かを見せてくる。


…ワーウルフの、鑑定結果みたいだ。


――――――――――――――――――――――――――


種族 ワーウルフ

レベル36

スキル

  《超嗅覚Lv2》

  《鋭爪Lv1》

  《暗視》

  《咆哮Lv6》


―――――――――――――――――――――――――――


あー…


やばい、レベル差がヤバ過ぎる。


ほぼトリプルスコア。

これはヤバイパターンだ。


「…勝てますか?」

「…やってみなくちゃ分からないよ?」

「ふふっ………そうですね」


私がそう言うと、かずちゃんは諦めたような笑いを漏らし、刀を抜いた。


そして、深く息を吸って精神統一をする。


「……行きましょう、神林さん。必ず…勝ちますよ!」

「ええ。絶対に勝つよ。かずちゃん!」


私は、全力で《鋼の体》を使うと、正面からワーウルフに突っ込んだ。





            ◇◇◇







「ガアァッ!!」

「チィッ!!」


ワーウルフの攻撃を、なんとか紙一重で躱し、その顔を殴りつける。


レベル差がありすぎるとはいえ、全く効いてない訳じゃない。


ほんの僅かだけど、効果はあるはずだ。


「せいっ!!」

「ガアァッ!?」


私に気を取られたワーウルフが、背後からかずちゃんに斬られる。


はっきり言って、かずちゃんは『ホンモノ』だ。


剣術は間違いなく本物で、動きがキレイな上に無駄がない。


長い年月を掛けて積み上げられてきた技術が、十二分に発揮されている。


とても、スキルレベル3とは思えない練度だ。


「これでも喰らえ!」

「グルアァッ!?」


振り返ったワーウルフに対し、少し距離を取ったかずちゃんが魔法を使う。


手から炎が放たれ、ワーウルフの毛並みを高火力で燃やしたのだ。


私も熱いけど、ほとんど《鋼の体》で防がれて、サウナの扉を開けた時くらいの感覚だ。


フレンドリーファイアを気にしなくていいのは、《鋼の体》の良いところの一つだと思う。


「グルルル――――ッ!?」

「そっちには行かせない」


明らかな有効打を持つかずちゃんを狙って、ワーウルフは私に背を向ける。


そんなワーウルフを後ろからホールドし、テレビでやっていたプロレスのあの技。


名前は知らないけど、腹を後ろから掴んで、反り返って頭から相手を落とすアレ。


アレを決めてやった。

……後で名前調べよう。


「グ…グルルルアアアアアアアア!!」

「うわっ!?怒った!」


地味に痛かったのか、ワーウルフはブチギレた。


すぐに起き上がると、凄まじいスピードで、逃げていた私との距離を詰め、思いっきり殴ってくる。


「っ!?」


《鋼の体》の効果によって、パンチのダメージは無かったが、威力を殺しきれず後ろに吹っ飛ばされる。


しかも、《鋼の体》で纏っていた硬化の魔力が、ごっそり削られた。


次食らったら、《鋼の体》の守りを突破されて、普通に殴られる。


「ヤバイ…早く直さないと」


急いで起き上がりながら、《鋼の体》に魔力を流し込んで、硬化の魔力を補充する。


その最中、ワーウルフが距離を詰めてきて、腹を思いっきり殴ってきた。


「うわっ!?」


まともや、パンチのダメージは無かったけど、その衝撃で吹っ飛ばされた。


腹を守る《鋼の体》の魔力も薄くなる。


このままだと、補充が間に合う前にまた殴られて、守りを突破される。


「風よ!!」

「グァッ!?」


かずちゃんの声が聞こえ、風の塊がワーウルフを吹き飛ばす。


その隙に、私はワーウルフから距離を取り、かずちゃんの前に立つ。


「首を狙えそう?」

「無理です。硬すぎる上に、体格差があって、届いたとしても大したダメージになりません」

「そっか…じゃあ、腹を刺せる?」

「出来ますけど、やったらもれなく抜けなくなって、多分刀が折れます」


致命傷になり得る攻撃は、リスクが高過ぎるか…


まだ余裕はある。


確実に削っていこう。


「…かずちゃん、じゃあ脚を狙って」

「分かりました。出来るだけ、ヤツの脚を壊します」

「よろしく、ねッ!!」


作戦会議をしている所に、ワーウルフが突っ込んできて、殴りかかってきた。


私はそれを腕で防ぎ、踏ん張って吹き飛ばされないようする。


そして、威力を殺すとこっちから攻撃を仕掛けた。


「ふんっ!はあっ!!」

「グルルル…」


全力で2連パンチをお見舞いするが、ワーウルフは気にも留めていない。


やっぱり、パンチは効果が薄いらしい。


「せあっ!!」

「キャイ!?」


3連撃目は、鼻を狙った。

すると、ワーウルフは犬のような声を出して、ビクッ!と震えた。


……鼻は、効果があるのね?


なら、鼻を狙って……ん?


鼻を殴られて、それなりにダメージを受けたワーウルフを見て、私の頭に天啓が舞い降りた。


「……やあ!」

「ワゥッ!?」


ワーウルフの、指がギリギリ入りそうなくらい大きな鼻の穴に、両親指を突っ込む。


「おりゃっ!」

「ガアッ!?」


いい感じに、目の位置にあった人差し指を、そのまま前に突き出して、目潰しをする。


そうして怯んだワーウルフの顔をがっしりと掴み、思いっきり下に持ってくると―――


「喰らえっ!!」

「――――ッ!?」


膝蹴りをその顎に打ち付け、蹴り上げた。


その衝撃で、ワーウルフの鼻の穴を、親指が削り、顎へのダメージと鼻腔のダメージの、二重ダメージを受けたワーウルフ。


あまりの出来事に困惑しているところへ、すかさずフルスイング右フックで、ぶん殴ってやった。


「これは決まったでしょ?」


手には、骨が砕けるような確かな感触があり、間違いなく効いた。


ただし、それでは終わらない。


「セイヤッ!!」

「ガアッ!!」


ワーウルフの見せた隙を見逃さなかったかずちゃんが、落雷のような袈裟斬りを見せる。


硬すぎて効かないとか言ってた割には、刀はかなり深く入り、ワーウルフの体を切り裂いた。


勝負はついた。


そう確信し、緊張が解けたその時―――――




『グルルルァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!』

「うっ!?」

「くっ!?」


突然、視界が歪む程の雄叫びを上げる、ワーウルフ。


その雄叫びを聞いた私達は、身体が痙攣して、動けなくなった。


(この攻撃は……《咆哮》だ…!……クソッ!身体が…言うことを聞かない…!!)


相手が悪すぎる。


ほぼトリプルスコアをつけられる程のレベル差があり、相手の《咆哮》のレベルは6。


いくら《鋼の体》でも、防ぎようがない。


「グルルル……」 


痙攣して、動けなくなった私達を見て、ワーウルフは怒りを募らせる。


よく見ると、かずちゃんの袈裟斬りを喰らった傷口が、酷く開いていて、血が湧き水のように溢れ出している。


アレだけ大きな咆哮を、そんな身体の状態ですれば、傷が悪化するはずだ。


(捨て身の一撃…最後の切り札か…!)


ワーウルフは息を荒く、脚を震わせ、今にも倒れそうなフラフラとした動きで、かずちゃんを狙う。


間近で、なんの防御スキルも無しに、《咆哮》を喰らったかずちゃんは、私とは比にならない程痙攣している。


あれじゃ動けない。


このままだと…かずちゃんが危ない!


(絶対に…死なせてたまるか!!!)


「く、ぅぅぅううう!!!」


気合で体を動かし、腕を振り上げ、その鋭利な爪で、今にもかずちゃんの体を引き裂こうとする、ワーウルフの前に立ち塞がる。


そのまま私は、かずちゃんを庇ってワーウルフの攻撃を受けた。


「ぐうっ!?」


爪による攻撃は、《鋭爪》のスキルの補正もあったのか、私の《鋼の体》の守りを突破してきた。


左肩から、ザックリといかれてしまい、皮膚と肉を削り取られ、服は血で染まる。


アーマーを着ていれば、もう少しマシになったかも知れない。


でも、今の私はかずちゃんの要望で、アーマーを着ていなかった。


「神林、さん……!」


なんとか痙攣が治まったかずちゃんが、起き上がって私の名前を呼ぶ。


しかし、それを無視して私は前に出る。


そして、ワーウルフの腹にしがみつき、その場に拘束する。


「かずちゃん!首を!!」

「っ!?は、はい!!」


がっしりと捕まえている。

逃げられはしない!


ワーウルフは、私の拘束を解こうと、何度も蹴りを入れ、頭や背中を殴ってくる。


やがて、《鋼の体》の防御も突破され、蹴りや拳が直にダメージとして伝わってくる。


その一撃は信じられないほど重く、喰らうたびに骨が砕けているような気がする。


しかし、それもすぐに終わる。


「はああああああああッッ!!!」


かずちゃんが、渾身の一撃をワーウルフの首に撃ち込み、その首を見事刎ねてみせた。


私は、ワーウルフの身体が煙へと代わり、魔石を手に入れた事で、その事を理解すると、安心して気を抜いた。


それと同時に、まるで電池が切れたかのように、意識を失った。

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