第17話 第5階層

「…猫?にしては大きいか」

「オオヤマネコですね。ただの、大きな猫です」


低木の影から飛び出して来たのは、大型犬くらいの大きさのある、小汚い猫。


名前はオオヤマネコというらしい。


「強い?」

「いえ、全く?さっきも言った通り、ただの大きな猫です。大して強くありませんよ」


かずちゃん曰く、ただの大きな猫だそうだ。


つまり、あんまり強くないと。


「シャーッ!」

「う〜ん、猫だね」


シャーッ!とか言いながら近付いてくる、オオヤマネコ。


ある程度の距離まであえて接近させると、私の方から前に出て、攻撃を仕掛ける。


オオヤマネコは意外にも反応してみせたが、それだけでは駄目。


「ごめんね、猫ちゃん」


踵落としを、オオヤマネコの脳天に突き刺し、頭部を一撃で破壊する。


その一撃でオオヤマネコは即死し、すぐに煙と魔石に変わった。


「これも、1つあたり100円くらいなんだよね。あのゴールドが恋しいなぁ…」

「ホントですよ。こんな苦しい思いをしても、稼げるのはたった100円。将来に向けた投資とはいえ…報われない感じがして、嫌ですね」


アイテムボックスに魔石を放り込むと、かずちゃんを連れて奥へ進む。


途中、またオオヤマネコが飛び出してきたが、今度はかずちゃんが対応した。


「せあっ!」

「キャンッ!?」


2撃でオオヤマネコを倒したかずちゃんは、刀に付いた血を拭いて、魔石を拾う。


その様子に、躊躇いは見られず、着実にかずちゃんはモンスターを倒すことに、慣れてきている。


これは良いことだ。


強くなるのが早まる。


かずちゃんの、精神面の心配をする必要が無くなった私達は、森を歩くスピードを上げてより多くのモンスターと出会う。


そして、ダンジョンの探索を続けること4時間。


―――――――――――――――――――――――――――


名前 神林紫

レベル13

スキル

  《鋼の体》

  《鋼の心》

  《不眠耐性Lv3》

  《格闘術Lv1》


―――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――――


名前 御島一葉

レベル14

スキル

  《魔導士Lv1》

  《鑑定》

  《抜刀術Lv3》


―――――――――――――――――――――――――――


いつの間にか、レベルは10を超え、それなりに強くなっていた。


「おお!かずちゃんを、こんなに簡単に持ち上げられる!」

「力持ちですね。まあ、今の私なら神林さんを、持ち上げられる気もしますけど」


私を持ち上げる?


まあ、今のかずちゃんなら行けるか。


私の体重が、だいたい75くらいだから……まあまあいけるくらいだね。


「私の体重、75くらいだけど、いける?」

「75!?…いや、身長が180以上あって、結構筋肉質だからそれくらいあるか」


冷静に分析するかずちゃん。


まあ、多分私の体重は普通くらいだと思う。


身長高いし、筋肉質だし。


「かずちゃんは何キロくらい?」

「私ですか?確か、前に測った時は49だったはずですよ?」

「え?軽くない?」


いや、かずちゃんは150センチ代の、小さな女の子。


それくらいが、普通の体重なのかも知れない。


「私は小柄なので、そんなものですよ。…まあ、私の体型の話は置いておくとして、どうしますか?これから」

「そうだね〜…進む?」


探索を始めてから4時間。


時刻は午後5時を指していて、もうとっくに夕方だ。


これから一気に暗くなっていくだろう。


「進むんですか?森林エリアは、暗くなればなるほど危険度が増します。夜の森林で怖いのは、モンスターではなく迷子になることですよ?」

「それは分かってるよ。でも、目の前に第5階層へのワープポイントがあるのに、わざわざ出口まで戻るの?」

「それは…」


今私達がいる場所は、たまたま見つけた第5階層へのワープポイントの目の前。


どうせならこのまま進んで、第5階層を登録しておきたい。


それに、多分ここで引き返すよりも、第5階層で出口を探したほうが早いと思う。


「第5階層に行ったほうが、早いと思わない?」

「それはそうですけど…この時間に、先に進むのは危険です!」


…そんな事は、100も承知だ。


夜の森なんて、何処がどこだかさっぱりわからない危険地帯。


そのまま迷い込んで、出られなくなってしまうのが目に見えている。


…ただ、それでも距離的には第5階層に行ったほうが、出口は近いはず。


「……私は、止めましたよ?」

「そんな事言われても…かずちゃんだって、進んだほうが早く帰れる事は分かるでしょ?」

「そうですけど…万が一、道選びを間違えて、中々帰れなかったらどうするんですか?」


……それもそうだ。


第4階層なら、私達は出口の場所を知ってる。


ちょっと前に見つけて、あえてスルーしていた。


だからこそ分かる。


ここから出口までは遠い。


きっと、距離的には第5階層の方が近いんだろうね。


「道を間違えたら…終わりね」

「だから行きたくないんですよ。もったいないですけど、諦めて帰りましょうよ?」


安全な選択をしたいかずちゃんは、どうしても引き返したいらしい。


でも…そんな事したら明日はまた1から、第5階層を目指さないといけない。


そんな面倒なこと、したくない。


「…分かったわ。じゃあ、私だけ行く。門限のこともあるだろうし、かずちゃんは先に帰って」

「なっ!?それは、一番やっちゃ駄目なことです!!」

「うぐっ!?」


仕方ないので、私だけで行こうとすると、かずちゃんに猛烈に怒られた。


そして、思いっきり胸を殴られて、普通に痛い。


「いいですか!?ダンジョンでは、仲間とはぐれることが、一番駄目なことです!ましてや、自分からはぐれに行くなんて……そんな事したら、冒険者失格です!!」

「わ、分かってるよ。でも、ここで行っておかないと明日面倒だし…」

「その考えが、身を滅ぼすんですよ!神林さんを一人で行かせて、危険な目に遭わせるくらいなら、私もついて行きます!」


私の、行こうとする意思が硬いことを察したかずちゃんは、私のためにもついて来てくれるらしい。


かずちゃんは、散々私に小言を言ってきて、少しうるさかった。


私は、かずちゃんの小言を右から左へ流しながら、ワープポイントを通って第5階層へ転移する。


「着きましたよ、第5階層。さあ、時間がありません。早くいきましょう!」

「ちょっ!かずちゃん!?」


プリプリ怒りながら、かずちゃんは私の前を歩いていく。


何かあったら危険だから、かずちゃんには私の前に出ないでほしい。


でも、今そんな事を言ったら、間違いなくグチグチグチグチと、小言を言われるに違いない。


あえて何も言わず、静かにかずちゃんの後ろをついて行った。





            ◇◇◇





第5階層に来て1時間。


時刻は既に6時を指していて、かなり辺りが暗くなってきた。


「……神林さん」

「は、はい!」


前を歩いていたかずちゃんが、不機嫌そうな声で名前を呼ぶ。


流石に私もそこまで馬鹿じゃない。


何を言われるかなんて、想像に固くない。


「だから言ったじゃないですか。この時間に、第5階層に行くのは危険だって」

「その…ごめんなさい」

「謝って済む問題じゃないんですよ。間違いなく迷ってますよ?今現在」


誰が聞いても、怒っていることが分かる声。


その声に、私はビクビク怯えながら、かずちゃんの後ろを歩く。


すると、急にかずちゃんが振り返って、私の所にやって来た。


そして、そのまま私に抱きついてくる。


「もうやだぁ…おうち帰りたい…」

「か、かずちゃん…?」

「もっと抱きしめてよぉ…神林さん…」


様子が変だ。


かずちゃんは、もっとこう…知識豊富なしっかり者の妹キャラだったはず。


こんな、幼児退行弱々キャラじゃない。


かずちゃんがキャラ崩壊を起こしてる…


「私…夜に外に出るのが大嫌いなんですよぉ…」

「そ、そうなの?」

「小さい頃に、こっそり家を抜け出して、公園に行った時……その、変なのが見えて…」


変なの…


幽霊とかそういう類のモノか、あんまりよろしくない人か、夜中にようやく帰れた社畜か…


何にせよ、小さなかずちゃんには、とても怖い体験だっただろうね。


「それ以来、夜中に外に出るのが怖くて…」

「大丈夫。私が守ってあげるよ」

「……幽霊が出てもですか?」

「…ダンジョンに出る幽霊って、それもうモンスターじゃない?」

「……確かに」


確か、アンデッドとかいう種類のモンスターに、ウツロウタマシイってのがいたはず。


つまり、ダンジョンで出てくる幽霊は、モンスターだ。


その事を理解したかずちゃんは、途端に元気になって、私から離れた。


「そうですよ。現世ならともかく、ここはダンジョンという異空間。もし幽霊が現れたとしても、ダンジョンに取り込まれて、モンスターとして再出現するはず。…なら、魔法で倒せる!」


倒せる、かぁ…


まあ、触れることができなくて、どうしょうもない存在よりは、触れることが出来て、倒せる存在のほうが遥かに楽だよね?


そして、『倒せるんだ』という安心感もある。


私にしがみつくのを止め、かずちゃんはまた歩き始める。


「行きましょう、神林さん。幽霊が現れても平気です!」

「まあ、そうだね。………ところで、見えない分からない存在は良いとして…門限は大丈夫?」

「……あっ」


う〜ん…


この反応はヤバイやつ。


「ど、どうしましょう?このままだと、最低でも学校帰りにダンジョンに行った、って説明をしないといけなくなります…」

「だめなの?」

「ダンジョンに行くときは、ちゃんと朝には報告して、何時までに帰ってくるかを伝えないといけないんですよ。破ったら、なんて言われるか…」

「あちゃー…」


そりゃあ、不味いねぇ…


これは、確実に怒られるパターンだ。


「神林さんのせいですよ!神林さんが、あそこで進もうなんて言うから!」

「ご、ごめんなさい。私も一緒に怒られてあげるから、許して…」

「あ?言いましたね?じゃあ、家までついて来て下さい。そして、神林さんが悪いことにして、謝ってくださいね?」


え、えぇ…?


まあ、確かに私があそこで涼もうなんて言わなかったら、かずちゃんは門限の事で怒られたりしなかったはず。


その点は私が悪いけど…ダンジョンに行こうって誘ってきたのは、かずちゃんでしょ?


「…なんですか?何か不満でも?」

「いや…?なにもないけど」

「ちゃんとお礼ならしますよ。ほら、ムギュ〜」

「ふふっ、可愛い」


私に抱き着いてきて、胸に顔を埋めるかずちゃん。


その可愛さに負けて、ほだされていると…


『ワオーーーーン!!』


突然、犬か狼の遠吠えが聞こえてきた。


「もうクラヤミイヌが動き出す時間帯なのね……ん?かずちゃん?」


遠吠えが聞こえてすぐに、私から離れたかずちゃんの顔色が、悪い事に気付いた。


なにかに怯え、焦っているように見える。


「あっちの方から聞こえた……あっちは風下…いや、どうだろう…?」

「どうしたの?」

「神林さん、早く行きましょう。一旦引き返してきて、別の道に出口が無いか探します」

「えっ?う、うん…」


私が声をかけると、かずちゃんは逃げるように歩き出した。


言いたいことは、山のようにあるけれど、今はかずちゃんの言うことに、従ったほうがいい気がする。


小走りに来た道を引き返すかずちゃんの姿は、息を殺してなにかから逃げる小動物のようだ。


後ろが気になりつつも、歩き続けて途中で見つけた、分かれ道のところまで帰ってきた。


「こっちに行きましょう。出口があるかも知れません」

「そうだね。……で、何をそんなに急いでるの?」


私がそう聞くと、かずちゃんは歩きながら質問に答えてくれた。


「この第5階層に、クラヤミイヌはいません。そして、あんな遠吠えを出すモンスターも」

「…え?ど、どういう事?」

「あの遠吠え、ネットで聞き覚えがあります。本来、もっと深い階層に居るはずのモンスター。『ワーウルフ』です」

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