第16話 アイテムボックス
薄暗い森の中。
一匹の野犬が人間に襲い掛かろうと、駆け出した。
しかし、人間は野犬に気付いていて、武器も持っている。
「せいっ!!」
「キャンッ!?」
愚直にも、正面から突っ込んだ野犬は、痛烈な一撃をくらい、怯んでしまう。
そこへ追撃が襲い、その一撃で野犬は息絶えた。
「だいぶ、モンスターを狩るのにもら慣れてきましたね」
「そうね。偉い偉い」
「えへへ〜」
私は、魔石を拾って戻ってきたかずちゃんの頭を撫で、優しく可愛がってあげる。
誰かに甘えないと、生きていけないかずちゃんは、私に沢山甘やかしてもらう事で、心の平穏を保っている。
そこが、かずちゃんの可愛いところなんだよね。
「さて、もうすぐ昨日宝箱を見つけた場所だけど……マジか!?」
「そんな!?」
昨日宝箱を見つけた場所にやって来ると、なんとそこには宝箱があった。
「宝箱って、固定だったっけ?」
「いえ…常に別の場所に現れて、中身が無くなると、人間の視界から消えると同時に消滅します」
「じゃあ、本当にたまたま運が良かったってこと?」
「そういう事になりますね……」
行き止まりにあったのは、見た目は昨日と全く同じ宝箱。
昨日は、宝箱の中身はすべて抜いているので、残っているはずがない。
だから、これは新しい宝箱だ。
……2日連続で、同じ場所に宝箱が現れる。
これが、ビギナーズラックってやつかな?
「と、とりあえず開けましょう」
「そうね。…何が入ってるかな?」
私達は、しゃがんで宝箱に手を伸ばすと、ゆっくりと蓋を開ける。
しかし、その途中で昨日のような黄金の輝きは見えない。
流石に、2日連続で金は入っていないらしい。
それどころか、何やらクッションのようなモノが敷き詰められていて、かさ増しされている。
「どう?」
「一気に開けてみてください」
「分かったわ」
かずちゃんの言う通り、一気に宝箱を開けてみる。
すると、中には宝箱のほとんど埋めてしまう程のクッションと、その上に3つの赤い宝石の玉があった。
「なにこれ?ルビー?スピネル?」
「これって………アイテムボックスだよね?」
「……は?」
あ、アイテムボックス…?
この、錠剤サイズの赤い石が?
「アイテムボックスって、鞄みたいなやつじゃないの?」
「それは、アイテムバックですね。アイテムボックスは、このような小さな宝石で、飲み込むことで好きな時に、好きな場所で、異空間からモノを取り出したり、収納したり出来ます」
「へぇ〜?」
これを飲んだら、いつでも四次元ポケットが使えるんだ?
……いや、大丈夫なんだろうけどさ?
明らかにこんな…無機物を飲み込めって、かなりの無茶だよ?
「どうする?2つは私達で使うとして…もう一つは売る?」
「どっちかが、2つ飲み込めばいいじゃないですか。まあ、それより先に、このアイテムボックスの容量を調べますね?」
そう言って、かずちゃんはアイテムボックスに鑑定を使った。
その瞬間、急にかずちゃんの動きが止まり、フリーズしてしまう。
「おーい?」
声をかけてみるが、反応がない。
アイテムボックスを見つめて、呆然としている。
「かずちゃん?かずちゃん?」
「っ!?は、はい!」
肩を叩いて呼ぶと、ようやく我に返った。
でも、相変わらず息は荒いし、かなり興奮している様子。
このアイテムボックスは、そんなに凄いものなんだろうか?
「そんなに当たりだった?」
「えっ、あっはい」
「良かったじゃん!で?容量は?」
そう聞くと、かずちゃんは何か言おうと口を開き、そして何も言わず口を閉じる。
代わりに、鑑定結果を見せてくれた。
―――――――――――――――――――――――――――
種類 アイテムボックス
容量 10000キログラム
品質 《上質》
―――――――――――――――――――――――――――
………は?
「容量10000キロって……10トンだよ?」
「しかも、品質が《上質》です。これ、中にはモノを入れると、入れた時と同じ状態で出せるんです」
10トン入って、入れた時と同じ状態が保たれる……ヤバくない?
え?……これ、私達一生分の運をここで使っちゃった?
そのくらいのレベルじゃない?
「…ちなみにだけどさ?アイテムボックスの相場って、どれくらいなの?」
「10キロで50万円。50キロで300万円。100キロは800万円と言われています。それ以上は、オークションに出されるので、平気で数千万、数億、数十億の値段が付きますよ?」
「……もし、これをオークションに出したらどうなる?」
「過去最高取引額は、11億円で落札された、5000キロ、《上質》のアイテムボックスです。これは、その倍の容量があるので―――――」
安直に2倍しても、22億と……
「……かずちゃんは、どれくらいで売れると思う?」
「…30億は固いですよ?もしかしたら50億…国や、世界的な富豪が動き出せば、100億も夢じゃないかと…」
……流石に100億は夢だと思う。
いくら10トン入って、品質を維持できるとはいえ、そこまでの値段は付かないはず。
「流石に100億は夢じゃない?」
「……どうでしょうね?10トンですよ?考えつくだけでも、相当な利用価値があると思いますが」
「例えば?」
「小麦を10トン運ぼうと思うと、巨大なタンカー船で何十日も掛けて運びます。しかし。これ使えば、格安航空券1枚で地球の裏側に輸送できますよ?」
「……ヤバすぎ」
―――コスパ化け物でしょ?
高々数万で、10トンの小麦を輸送できる…?
貿易会社にとっては、喉から手が出る程欲しいモノだね。
というか、理論上は10トン分の物を、燃料費ゼロで大陸横断して輸送出来るわけだ。
大陸をチャリで横断して、東の果てから西の果てまで、10トン分の物を運べる。
おまけに、品質が一切劣化しない。
「……付くかもね?100億」
「そうしたら、私達一生遊んで暮らせますよ?山分けしても50億ですから…」
税金で半分近く持っていかれても、25億ある。
生涯年収が、大卒で2億数千万円くらいだったはずだから……全然、余裕で生きてけるわ。
庶民的な生活をしてたら、一生の内に消費するお金は、2億程度。
対して、私は25億持ってる。
全然、遊んで暮らせるね。
「…とりあえず、この2つは私達で飲むのは確定として……どうする?売る?」
「……売ります。将来的に」
「将来的に?今は売らないの?」
私がそう聞くと、かずちゃんは眉を顰めた。
「ちょっとは頭を使ってくださいよ。私達は、冒険者になりたてのルーキーで、本人の力も弱ければ、なんの後ろ盾もない。そんな私達が、こんな物を売ったらどうなります?」
「……ちょっと、夜の闇に消えちゃいそうだね」
「そうですね。なので、せめて強力な後ろ盾を手に入れる。或いは、売っても問題ないくらいの実力を身に着けてから、売ります」
そう言って、かずちゃんはなんの躊躇いもなく、アイテムボックスを飲み込んだ。
私も、手に持っていたアイテムボックスを飲み込み、少し様子を見る。
すると、頭の中に直接情報が流れ込んできて、まるで手足を動かすかの如く、当然のようにアイテムボックスが使えるようになった。
「これは私が預かります。神林さんが持ってると、なにかの拍子に失くしそうなので」
「流石にそれは、バカにし過ぎだよ。……まあ、100億の価値があるかも知れないものを持ってるのは怖いから、かずちゃんにあげる」
「……やっぱり、神林さんが持って下さい」
「いやいやいや〜」
「いやいやいや〜」
二人でアイテムボックスを押し付け合って、半分遊ぶ。
お互い、そんなもの怖くて持ちたくない。
だから、相手に押し付けようとするけど、当然相手も持ちたくない。
だから、お互い手を押し合って、アイテムボックスを行ったり来たりさせる。
けっこう楽しかったけど、これが理由で失くしたりしたら、洒落にならないので、私が受け取っておく。
「ありがとう、神林さん」
「ふふっ、私に任せなさい。ただ、ちょっとかずちゃんと喧嘩しそうだけどね?」
「いいじゃないですか。大人なんですから、それくらい、我慢してくださいよ」
むぅ…大人でも嫌なものは嫌だ。
特に、こんな重要そうで、失くしたりしたらヤバそうなもの、誰だって持ちたくない。
でも、かずちゃんにそんな事言われたら、押し付けることは出来ない。
私は、かずちゃんに甘い、大人の女性でないと駄目なんだから。
「しかしまあ、良いものが手に入ったね?」
「当たり中の大当たり!
「嬉しそうだね…」
「逆にどうして神林さんは、ヘラヘラしてるんですか?10トンのアイテムボックスですよ!?」
「いや…実感が無いって言うか…」
かずちゃんは興奮しまくってるけど、私はイマイチ実感が感じられなくて、なんとも無い。
というか、価値がありすぎて売れないって、それもうゴミと一緒なんだよね。
そのくせ、保管には気を遣わないといけないから、ゴミより面倒くさい。
………まあ、ゴミ屋敷に住んでる私が言っても、説得力無いけど。
「まあ、良いものが手に入って良かった。じゃあ、先に進もうか?」
「そうですね!このまま、第一のボスでも倒しに行きます?私、今なんか調子がいいので!!」
モンスターを倒すことに慣れてきたかずちゃんは、かなり勢い付いている。
もう、かずちゃんの心配をして、ゆっくりする必要もないかもね?
「じゃあ、今日の目標はボスを倒すにしましょう。まずは、第4階層へのワープポイントを見つけないとね?」
一度来た道を引き返し、分かれ道まで戻ってくる。
そして、おそらくワープポイントがあるであろう、もう一つの道へ向かった。
◇◇◇
第4階層
「まだ森林?そろそろ、別のエリアが見たいんだけど?」
「仕方ないじゃないですか。渋谷ダンジョンは、第1階層から第10階層まで、ずっと森なんですから」
ワープポイントを見つけて、第4階層に来たは良いものの、まだ森林エリア。
いい加減、ダンジョンらしいエリア…遺跡とか迷宮型のエリアが見たい。
「遺跡とかはないの?」
「遺跡・迷宮エリアは、渋谷ダンジョンだと第60階層からです。第1階層が遺跡・迷宮エリアなのは、札幌ダンジョンですよ」
札幌かぁ…流石に遠いね。
かずちゃんを連れて行こうとすると、まず親御さんを、説得しないといけなくなる。
それは面倒だから…諦めて、他のダンジョンにしよう。
「横浜ダンジョンは何階層にあるの?」
「えーっと?確か、第30階層だったはずですよ?」
「30かぁ……行けそう?」
「無理ですね。第30階層に出てくるモンスターは、最低でもEランク以上。大抵はDランクなので、私達では勝てません」
ん〜…駄目かぁ。
まあ、そりゃそうだよね。
まだGランクかFランクの雑魚としか、戦ったこと無いし、レベルも低い。
頑張って狩りまくって、レベルをどんどん上げていかないとね?
「…ん?なにかいますね」
低木が揺れ、葉の隙間からなにかの影が見える。
「みたいだね。どっちが倒す?」
「じゃあ、神林さんで。さっきから譲ってもらってばっかりなので、今回は神林さんが倒してください」
慣れるために、かずちゃんに譲ってばっかりだったから、今回は私が倒すことになった。
念の為、《鋼の体》を発動させて近付くと、低木の裏からなにかが飛び出して来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます