第15話 お買い物
ピンポーン!
気持ちよく、スヤスヤ眠っていると、突然インターホンが鳴った。
起き上がり、スマホで時間を確認すると、午前8時。
早くは無いけど…遅くもない。
大抵の人が職場か学校に向かっている、或いは着いている時間帯だ。
「誰〜?こんな時間に〜」
目をこすりながら玄関を開けると、そこには制服姿のかずちゃんが立っていた。
「おはようございます。神林さん」
元気よく挨拶してくれたかずちゃんは、そのままズカズカと私の部屋に入ってきて、洗面台へ向かう。
「さあ、歯を磨いて顔を洗って下さい。早く着替えて行きますよ」
私の歯ブラシと歯磨き粉を渡してくるかずちゃん。
言われるがままに、私は歯磨きをして顔を洗って、服を着替える。
「今日は、私の服と神林さんの化粧品類を買いに行きますよ?大人の女性としての自覚を、持ってくださいね?」
「どうしても買わなきゃダメ?」
「駄目ですよ。さあ、行きましょう」
服を着替えた私の手を引くかずちゃん。
私もかずちゃんの手を握り返し、一方的に引っ張られる状態から、手を繋ぐ状態になる。
「もう…恥ずかしいじゃないですか?」
「なに?嫌だった?」
「全然、嫌じゃないですよ。ずっと、このままで行きましょう」
満更でもなさそうなかずちゃん。
その顔が可愛くて、私はかずちゃんの手を握りしめる。
すると、かずちゃんも強く手を握ってきた。
かずちゃんは私の方へ振り返り、優しい笑顔を見せてくれる。
「せっかくだし、百貨店にでも行ってみる?」
「いいですね。お金には、余裕がありますからね〜」
すっかりお金持ち気分の私達は、車に乗り込むと百貨店へ向かう。
朝の東京は渋滞が酷く、少し移動するだけなのにかなりの時間を使った。
「……そう言えば、まだ開店してませんよね?」
「確かに……言われてみればそうかも」
直前でその事に気が付いた私達は、どうしようかと悩む。
かずちゃんの意見を聞こうと、隣を見た私は、ある店が目に入った。
「あっ!あそこに行かない?」
「某ハンバーガー店ですか…私、朝ごはん食べましたよ?」
「何処かの誰かさんが、来て早々に家から連れ出したものだから、私はまだなんだよね〜」
「すみません……」
しゅんとなったかずちゃんの頬を、人差し指の背で撫で、ぷにぷにと遊ぶ。
すると、かずちゃんは私の首に手を伸ばしてきて、短く切られた髪を触ってくる。
「サラサラの髪ですね……伸ばせばいいのに」
「長いと手入れが大変なのよね。あんまり長くする気はないよ」
「むぅ…もったいない」
そんな話をしながら駐車場へ入り、車を停めておく。
「お金はあるんですから、わざわざここじゃなくても良かったんじゃないんですか?」
「別にいいじゃない。慣れ親しんだ味が一番よ」
店の中に入ると、私はカウンターでビックバーガーのセットを注文した。
その後、かずちゃんがパイとコーヒーを注文する。
財布を出そうとしない辺り、私に奢ってもらう気だね?
まあ、良いけど。
かずちゃんの為なら、いくらでも奢ってあげる。
会計を済ませて、二階の端の席で待つ。
「……で?まあ、言わなくても分かるけど…学校に行かなくていいの?」
この話をするために、人が少ない二階の端の席を選んだ。
かずちゃんは、途端に表情を暗くして俯く。
「本当は…行ったほうが良いと思いますよ?でも、行きたくないんです」
「そうでしょうね」
「それに…昨日のアレで、ついに学校に行く意味が、分からなくなったっていうか……その、私ってもう、充分なお金を稼げるんだなって」
……将来、就職するならせめて、高卒は取っておいた方がいい。
でも、冒険者として生きるなら、体が思うように動く間に、一生分のお金を稼げる。
特に、ギフターである私達からすれば。
冒険者としてやっていけるから、わざわざ学校に行って時間を消費して、そして使いもしない高卒を取る意味が分からないんだろうね。
「……私は止めないよ。むしろ、私も生活が掛かってるから、一緒にダンジョンに行ける時間は多い方がいいし」
「1人で行けばいいじゃないですか?」
「いいの?私が1人で行っちゃって?」
「……駄目です。ずっと私と一緒に居てください」
わざわざ椅子を近付けて、寄りかかってくるかずちゃん。
私が先走っちゃうのは、寂しいもんね?
「まあ、私は止めないとして……親御さんには、どう説明するの?」
「そこなんですよ。その…わざわざ高いお金を払って高校に入れてもらったのに、辞めるわけにはいかなくて…」
「かと言って、こうやってズル休みを続けると、『出席日数が足りなくて〜』って、なるよ?」
「むぅ……でも、行きたくないです」
私に甘えるように抱き着いてきて、上目遣いで甘い声を出す。
そんなかずちゃんの頭を、優しく後ろから撫で、優しく微笑みかけてあげる。
「かずちゃんは、私になんて言ってほしい?」
「……『私と一緒に来て』って、言ってほしいです」
「そっかぁ…」
頭を撫でるのを止め、ポケットからスマホを取り出して、スマホに視線を落とす。
すると、かずちゃんは、大好きなおもちゃを取り上げられた子犬のような顔をして、みるみるしおらしくなっていく。
そこへ、私は耳元に口を近付ける。
「学校なんかに行かないで、私と一緒に来て。かずちゃん」
「――――ッ!!!」
私に囁かれて、よく熟れたトマトのように、赤くなるかずちゃん。
私にしがみついていた手を離し、真っ赤になった顔を隠す。
しかし、顔は隠せても、可愛らしい耳が隠せていない。
その耳をいじって、さらにかずちゃんを赤くさせていると、私の番号が呼ばれた。
「じゃあ、取ってくるね」
そう言ってかずちゃんを残し、私はハンバーガーを取りに行った。
◇◇◇
某ハンバーガー店で朝食を済ませた私は、近くの百貨店へやって来ていた。
「化粧品か…」
化粧品や香水が、沢山売られている店にやって来るが、どれを買っていいのか分からない。
(かずちゃんに、ついて来てもらえば良かったかなぁ…)
あんまり、派手な化粧はしたくない。
なんなら、しばらくやってなかったせいで、面倒くさくなってきた。
やっぱり、買わなくてもいいかな?
こっそり店を出ようと、外へ向いた私は、あるものを見て動きを止める。
「……惚れ香水?」
たまたま目に入った香水の名前が、そんな名前だった。
「なんか…一つだけ安っぽい」
手にとって、これがどんな香水なのか見ていると、店員さんがやって来た。
「こちらは、福岡ダンジョンで採取された、催淫効果を持つ花の蜜が使用されております」
「……なにそれ?」
「奥手な男性を、積極的にさせる目的で使用される香水です。使用前にこちらの鎮静剤を飲んでいただければ、香水の催淫効果は発動しません」
よ、世の中には、そんなモノがあるのかぁ〜…
にしても、催淫効果がある香水の名前が、惚れ香水って……大丈夫?
惚れ(強制既成事実)
「……鎮静剤があるって事は、女性にも効果があるの?」
「はい。ですが、男性ほどの効果はありません。もし、女性にご使用なさるのでしたら、こちらを」
そう言って、店員さんは棚の下からまた別の香水を取り出した。
「これは…?」
「こちらの商品の濃度を高めたモノです。必ず、女性に対して使用し、使用後はしっかりと香りを洗い落としてください。濃度が高い為に、男性にとっては毒です」
「そ、そうですか……ちなみに、どれくらい毒なんですか?」
「腹上死の可能性が、凡そ10倍になるとか」
じゅ、10倍!?
腹上死ってあれだよね?
果てた時に、稀に起こる現象。
確か、そこまで確率は高くなかったはずだけど……それでも、10倍はヤバすぎる。
「え、えぇ……う〜ん?」
女性向けに濃度が高くなってる……
男には、腹上死の可能性が10倍になるような猛毒。
そう聞くと、なんか使うのが怖い。
「…実際に使用されなくとも、遠回しなアプローチとして、プレゼントにご利用なされるお客様もおられます」
「それは……どうなの?」
「効果的なアプローチかと…」
いや、めちゃくちゃ効果的だろうね!
こんなの渡されたら、『あっ、この人ずっと待ってたんだ』って、思われるからね!
でも、リスク高すぎない?
みだらな人って思われるかもしれないし、それが理由で破局……
「………ごめんなさい。ちょっと買えないわね」
「そうですか……」
「まあ…もし機会があれば、こっちのを買うかわ。さようなら」
「ありがとうございます」
かずちゃんなら喜んで買いそうだけど、ちょっと違う気がする。
だって、アレは恋人に使うためのものだ。
私とかずちゃんはそんな関係じゃないし、なろうとも思わない。
脈のある関係というよりは…年の離れた姉妹?
甘えん坊な妹と、そんな妹とを甘やかす姉。
そっちに近い気がする。
「危ないですよ。前」
「え?あっ、すいません」
かずちゃんに声を掛けられて前を向くと、このまま歩いていたら人にぶつかりそうだった。
私は頭を下げて謝る。
……ん?
「かずちゃん…居たの?」
「いましたよ、神林さんが『ミダラバナ』の香水を手にとって、店員さんと話てた時から」
「―――ッ!!」
やばい…聞かれてた。
最終的に買わなかったから良かったとはいえ…幻滅されてないかな?
「私としては、買ってくれても良かったんですよ?既成事実を作って、責任を取ってもらうのもアリなので」
「怖っ。かずちゃん、そんな事考えてたの?」
「神林さんに捨てられたら、いよいよ私は心が限界ですからね。捨てられないように、必死なんですよ?」
そう言って、かずちゃんは私の腕に抱き着いてくる。
気持ち程度の膨らみを感じる胸を押し当てて、必死アピールするその姿は、甘えていると言うよりは、必死になっているように見える。
「そんな怖がらなくたって、捨てたりしないよ。なんなら、今からやっぱりアレを買ってきて、既成事実を作ってあげようか?」
「……セクハラは止めて下さい」
「え!?なんで!?」
既成事実の話を始めたのは、かずちゃんじゃないの?
え?これ、私が悪い?
「16歳の女の子に、催淫効果のある香水を付けて擦り寄って、既成事実を作ろうとするとか……犯罪ですよ?」
「うっ…!確かに……」
「まあ、嬉しいと思うところはありますけど……別に、私女性とは興味ないので…嬉しさ半分幻滅半分って言ったところですかね?」
……じゃあそんな話しないでよ。
そうしてあげた方がいいのかなぁ、って。
かずちゃんのためを思って、勇気を出して買おうかと思ったのに。
「ふん!お姉ちゃん怒ったもんね!」
「え?なんですか急に………………姉妹プレイ?」
「じゃあ、かずちゃんにとって、私ってどんな存在?」
私がそう聞くと、かずちゃんは顎に手を当てて、考える仕草を見せる。
そして、なんだか凄く釈然としなそうな顔で、口を開いた。
「私のことを甘やかしてくれる、歳の離れた優しいお姉ちゃんみたいな存在…?」
「ほら、私の言う通り」
「……ウザいよ?お姉ちゃん」
「酷っ!?」
かずちゃんに、うざいって言われた。
地味に傷付くなぁ…《鋼の心》があるとはいえ、暴言は言われたくない。
「……まあ、この話はここまでにして。どうですか?神林さん」
「お?新しい服を買ったんだ?」
「平日に、学校に行くフリをして、神林さんの家に来て着替えるんです。その時に着る服ですよ」
ああ…かずちゃんの中では、もう学校に行かない事にしてるんだ…
また1人、日本に登校拒否児が増えた。
「いい服だと思うよ。かずちゃんによく似合う」
「ホントですか?えへへ〜」
私に褒められて、かずちゃんは嬉しそうにする。
その笑顔を見て、私も自然と笑みが浮かんだ。
百貨店を出て、買ったものを後部座席に置くと、私達はダンジョンへ向かう。
今日も、昨日みたいに金が見つかれば良いんだけどなぁ…
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