第14話 成長とゴールド

私は、すっかりお札が無くなった財布を見て、心がきゅーっと縮こまった。


「懐が寒くなったなぁ…」

「…なにか言いました?」

「いや、なんでもないよ!」


貯金は減る一方。


冒険者としては、大した稼ぎを出せていないせいで、高校生の小遣いくらいの額しか稼げない。


この歳でその稼ぎはヤバすぎる。


かずちゃんを守る云々以前に、私の生活を守るためにも、もっと早く強くならないと!


「ところで、さっき伝票を見て驚いてましたけど、いくらしたんですか?」

「……そこそこくらいでバイトしてる、高校生の月収の半分が消し飛ぶくらい?」

「高っ!?」


想像以上の値段に、驚くかずちゃんを連れて車に戻ってくると、かずちゃんが車の中にあった鞄に入っている財布取り出した。


「さ、流石にいくらか出させて下さい」

「いやいや。かずちゃんは高校生でしょ?大人に奢られてなよ」

「……知ってますよ。神林さん、あんまりお金に余裕ないですよね?」

「それは……」


…まあ、確かに余裕はない。


というか、無職って時点でお金に余裕があるはずがない。


収入が無いんだから、減っていく一方。


「ヤニカスニートが、さらに歳下の女の子に貢いでるんですから、絶対にお金ないですよね?」

「いや言い方。その通りだけど、言い方」

「だからこれ受け取って下さいよ」


そう言って、かずちゃんが取り出したのは一万円札。


高校生であるかずちゃんには、そんなにポンと出せるような金額じゃない。


冒険者をしてる時点で、バイトはしてないはずだから……貴重な一万円だと思うんだけど。


「……貰ったとしても、どうせかずちゃんの為に使うから意味ないよ。それは、かずちゃんが持ってて」

「…分かりました」

「聞き分けが良くてよろしい!」


車を発進させ、ダンジョンへ向かう。


せめて、この車を動かす為の電気代分は、稼ぎたい。


沢山、モンスターに出会えると良いんだけど…


そんな事を考えながら、ダンジョンまで車を走らせた。






            ◇◇◇








「本当に大丈夫なの?制服に血が付きそうだけど…」

「大丈夫です!私を信じて下さい!」


ダンジョンに入ると、やって来たのは第3階層。


多分、今の私なら第4階層に行っても問題ない。


かずちゃんも、少しずつだけど、モンスターを攻撃することに慣れてきたみたいだし、今日はモンスターを狩りながら第4階層へのワープポイントを探す。


「ふんっ!!…さて、かずちゃんがとどめを刺す?」

「はい。やってみます…」


襲ってきたクラヤミイヌを殴り飛ばして、動けなくすると、かずちゃんを呼ぶ。


かずちゃんは、脚を震わせながら刀を振り上げ、起き上がろうとするクラヤミイヌに振り下ろした。


綺麗な太刀筋。


かずちゃんは、返り血を浴びることなくクラヤミイヌを切り、その血をポケットに入れていたティッシュで拭き取る。


「よく頑張ったわね。さて、じゃあ次のモンスターを探しましょうか?」

「はい!……あの、次は最初から私にやらせてもらえませんか?」

「え?良いけど…大丈夫?」


最初からモンスターと戦う。


怪我の危険もあるし、何よりかずちゃんがそれをできるかどうか…


「私を信じて下さい。その…今日のアレで、私自身が成長しなきゃって思ったので……」

「かずちゃん……」

「神林さんに甘えて、この気持ちが無くなる前に、乗り越えたいんです」

「……分かった。頑張ってね」


正直、不安は残る。


かずちゃんは間違いなく強い。


刀を持てば、第3階層如きで死んでしまう程弱くはない。


…ただ、生き物を殺すというのが嫌で、本来の力を発揮できない。


それが原因で、怪我をしたり、死ぬかもしれないというのが怖いんだ。


(クラヤミイヌは最弱クラスのモンスター。でも、その牙は確かに鋭く、咬合力もある。雑魚とはいえ、それでも噛み付く場所さえ良ければ格上を倒せる。…躊躇ったら死ぬ。その事を念頭にやってね?かずちゃん)


前を歩くかずちゃんの背中を見て、私はそんな事を考える。


やがて、前方の茂みから真っ黒の犬が現れた。


「ふぅ……行きます!」


かずちゃんは息を吐くと、そう言って駆け出した。


私みたいに、スキルで防御できるわけじゃない。


装備も、安物の借り物だから、気休めみたいな物だ。


だから、先手を打って倒す必要がある。


「せいっ!!」

「キャウンッ!?」


制空圏に入ったクラヤミイヌに、かずちゃんは下から刀を振り上げる。


刀は見事クラヤミイヌに当たり、その首をかなり深く切り裂いた。


しかし、即死させるには至らない。


「くっ!…ごめんッ!!」


クラヤミイヌを即死させられなかったかずちゃんは、刀を振り下ろしてとどめを刺す。


……強いモンスターが相手なら、ジワジワと削って倒すのは悪い事じゃない。


ただ、クラヤミイヌのような弱いモンスターは、即死させるのが冒険者の情け。


それが出来ないようなら、冒険者には向かないらしい。


「……ごめんなさい。一撃で、倒せませんでした」

「何言ってるのよ。クラヤミイヌは小さいんだし、狙うのは大変でしょ?最初はそんなものだよ」


冒険者は命を扱う仕事だ。


出来るだけ苦しめずに殺す技術は、習得しなければならない。


モンスターも生物だ。

生き物をいたぶって殺すのは、道徳的によろしくない。


現代人で、高度なが学を修める事ができる日本人なら、道徳に反する行為はしないなが普通だ。


「私も、簡単には即死させられないし、一緒にできるようになりましょう?」

「はい…そうですね!」


落ち込むかずちゃんを慰め、私は先へ進む。


途中何度かモンスターが現れたが、全てかずちゃんが相手した。


…流石はギフターというべきか、まだ数回しか戦っていないのに、もう慣れてきている。


おまけに、どうすれば簡単に倒せて、即死させられるかを確実に学習している。


ギフターは天才の集まりって聞いたけど…まさにその通りだった。


「ん?…分かれ道だ。どっちに行く?」

「どっちでも良いと思いますよ。行き止まりだったら、引き返せば良いだけなので」

「それもそうだね。じゃあ、なんとなく左!」


しばらく進むと、道が二手に分かれていた。


かずちゃんの言う通り、行き止まりなら引き返すだけだから、正直どっちでも良い。


だから、なんとなく左を選んだ。


「分かれ道に変な噂とかないの?」

「特に無いですね。まあ、強いて言うなら、外した場合はモンスターが待ち構えている事くらいです」

「それって外れなの?」

「どうでしょう?先に進みたいなら外れですけど、金策や経験値稼ぎの為ならむしろ当たりじゃないですか?」


こっちの道は当たりだと良いなぁ。


第3階層でモンスターを倒すより、第4階層で倒したほうが経験値は多いはず。


まあ、モンスターが居るならそれでいいんだけど、やっぱり早く第4階層に行きたい。


そんな事を考えながら、道を歩き続けていると、先は行き止まりだった。


「なんだ、行き止まりかぁ………ん?」

「あっ!宝箱じゃないですか!!」


行き止まりの先には宝箱があり、それを見つけたかずちゃんは一目散に走っていった。


私もかずちゃんの後を追うと、純粋な子供のような、キラキラした目をしているかずちゃんが、早口で話し始めた。


「宝箱には、主に3種類の宝箱があります。宝箱、雑貨宝箱、武器宝箱の3種類です。宝箱は、純粋にお宝や価値の高いモノ―――魔導具やアーティファクトと呼ばれるモノが入っています。雑貨宝箱は、ポーションや解毒薬、水や包帯など、雑貨が入っています。まあ、比較的外れ率が高い宝箱ですが、ポーションは高く売れたり、冒険の必須アイテムなので、開けて損は全くありません。最後に武器宝箱ですが、とても箱自体の大きさが大きいのが特徴です。ちなみに、宝箱が一番小さくて、その次に雑貨宝箱、一番大きいのが武器宝箱という具合で、大きさで種類を判別できます。話を戻しまして、武器宝箱はとても大きな箱で、中にはあらゆる武器がランダムで入っています。ナイフなどの小さい武器はそのまま入っていますが、ロングソードや槍などは宝箱の中が異空間になっていて、そこから取り出す形になります。今回の宝箱は小さいので、ノーマルの宝箱。お宝が入っているやつですね!!」

「そ、そう…」


早口で長々と説明をしてくれるかずちゃん。


正直、半分くらい聞いてなかったけど、大体概要は分かった。


この宝箱には、お宝が入ってるらしい。


……ホントだよね?ミミックだったりしないよね?


「かずちゃん、この宝箱は――――いや、やっぱりなんでもない」

「?」


危ない危ない。

また、早口で長々と話されるところだった。

自分から墓穴を掘ってどうする。


口に出す言葉はしっかりと考える。

それが出来て大人でしょうが!


「さあ、開けましょう。どんなお宝が入ってるのかしらね?」

「私としては、アーティファクトがほしいところですね。高く売れますし、戦力アップを図る上で重要なモノですから」

「アーティファクトか。もし入ってたら、鑑定よろしく」


そんな会話をしながら、私は宝箱を開ける。


その中には――――


「「おおーーー!!!」」


眩しくて、目を覆いたくなる程の量の、金貨が入っていた。


「金貨!しかもこんなに沢山!!」

「しゅごい……これ、どれくらいあるんだろう?」


聞いたことがある。


ダンジョンで見つかる金貨は、すべて純金らしい。


その為か、宝箱から金が見つかることは稀で、見つけたら一攫千金。


しばらくは、遊んで暮らせる程の金が手に入るんだとか?


「ねぇねぇかずちゃん。いくらぐらいになると思う?」

「そうですねぇ。今の純金の相場が約7500円なので……このくらいの量だと500グラムくらいでしょうか?だとすると……375万!!山分けしても、180万はあります!!」

「おおーー!!」


やばい…ニヤニヤが止まらない。


そりゃあ人気だわ、冒険者。


死亡率がくっそ高いのに、冒険者になる人が後を絶たないのも納得だわ。


だって、私は冒険者として…合計5日くらい?しか働いてない。


コレが、1日8時間労働だったとして、今180万稼いだ訳だから……時給4万5000円!?


うひゃ~!真面目に働くのが馬鹿らしい!!


「さらばだ!社畜人生!!私は冒険者として生きる!!!」

「これなら高校中退しても良いですねぇ!私達はギフターなので、将来は確約されたようなもの!わざわざ大学にまで行って、何十年も会社勤めする人よりも、遥かに生涯年収は高くなりますよ!!」

「ちょっとかずちゃん〜!悪い顔してるよ〜?」

「神林さんだって〜!いつまでニヤニヤしてるつもりですかぁ?」


そんな話をしながら、私達は鞄に金貨を詰めていく。


すべての金貨を詰め終わると、未だに収まらないニヤニヤ顔のまま出口へ向かい、ダンジョンを出た。


傍から見ても、絶対に何か良いことがあったことが丸わかりな様子で、かずちゃんに案内されながら換金所へ向かう。


「金は、専用の窓口があるんです。そこで、厳重な審査のもと、ようやく売ることが出来ます」

「へぇ〜?」

「別に、ここで売らなくても良いんですが……まあ、売るならギルドの金窓口一択ですね」

「そうなんだ?なんで、ギルド一択なの?」


何か理由があるのかな?


ギルドで売ると、得するような理由が。


「金は売ると、まあ税金云々が面倒なんですよ」

「あぁ〜。なるほどね?」

「だから、世の中の人間はどうにかして、税金を安く済ませようと色々する訳です」

「確かにね。税金は安いに越したことはないからね」


確かに、金の税金関連は面倒くさそうだ。


それに、税金を沢山取られたくないだろうし、ちょっとアウトゾーンな事をしてでも売ろうとする輩がいるかも知れない。


「ダンジョンが出現したばかりの頃は、少しでも税金を安くしようと、アウトな場所で金の売買が行われるのは珍しくなかったそうです。なので、国が対策に動いた訳ですよ」

「ほう?」

「その内容が、『ギルドの専用窓口で、ダンジョンで発見した金を売却すると、どれ程の量を持ち込んだとしても、発生する税率は、金の売却で得た所得の5%である』という、特別法律です」

「………?」


つまり…どういう事?


「あー……累進課税って知ってます?」

「流石にそれは知ってるよ。所得に応じて、税率が増えるってやつ」

「そうそう、それです。まあ、簡単に言うと金の売却で得た所得にもそれが適応されるんです。もし、数千万円分の金を売ろうものなら、所得の50%が税金で持っていかれますよ?」

「……マジ?」


そ、そんなにやばいのか。


……ん?待てよ?


「……え?ギルドの窓口で売ると、税率は確定で5%なんだよね?」

「そうですね。なので、例えば2000万円分の金を売ったとして、普通なら1000万円近く税金で持って行かれる所が、100万円で済む訳です。お得ですよね?」

「おお!!」


なるほどね〜?


確かに、ギルドの窓口一択だわ。


……でも、国としてはそれでいいのかな?


「それって、国としては大丈夫なの?」

「何言ってるんですか?ギルドはダンジョン庁管轄の組織ですよ?ギルドで売却された金は、国営組織のものになるんです」

「あー……」


なるほどね?


国としては、税金も稼げる上に、国が運営している組織のものになるわけだ。

……なんか、汚職とか癒着を生みそうな仕組みだなぁ。


「……神林さんの予想通りですよ。この金の取引は、汚職や癒着の問題が多いですからね」

「やっぱり?」

「かと言って、法を改正しようとすると、冒険者が黙ってはいません。なので、正直どうしょうもないんですよね。この問題」


確かに、これは問題だなぁ。


……でも、そのお陰で利益を得ている身としては、なんとも言えないなぁ。


いざ改正されるってなったら、反対する自信があるね。


「それに、今日本では金の価値が下がり続けています。そんな状況でこの法を改正しようとする運動が起ころうものなら………」

「……そう言えば、《暗殺術》ってスキルがあったわね」

「まあ、そういう事です」


ダンジョンで、金はいくらでも取れるようになった。


そのせいで、金の価値は下がり続けている。


昔は平気でグラム10000円とかしたのに、今は2500円も落ちてる。


なおさら、この法律を変えさせる訳にはいかないね。


……その結果、汚職やらなんやらで、金がおかしな流れ方をすると。


大丈夫か?日本。


「まあ、私達はこのおかしな法律がもたらす利益に、あやかっている側の人間です。文句は言えませんよ」

「そうね。……で?ここで売ればいいのね?」

「はい。ここで金を売却します」


私は、かずちゃんに案内されて、とある部屋に入る。


何やら閉塞感を感じる部屋だ。


防音室なのかな?


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご要件でしょうか?」

「金を見つけました。コレを、お願いします」


そう言って、かずちゃんは金貨が入った鞄を渡す。


窓口の職員さんが、鞄から取り出した金貨を、大きなデジタルスケールに乗せていく。


その重量は530グラム


約7500×530だから……ざっと400万!


う〜ん、少し前の日本の平均年収と、そんなに変わらない!


一攫千金ヤバすぎ。


「かずちゃん、かずちゃん。金の売買って、いつもこれくらいするの?」

「聞いた話によると、10キロ以上の金が持ち込まれた事があるらしいですよ?なので、場合によってはもっと凄いです」

「やばぁ…」


金銭感覚バグる〜。


これは、最新型の高級マナ車を買う日も遠くないかも?


その日の私の収入は、約190万円。


税金分を引いた額を山分けし、全額冒険者カードに入れておいた。


今時冒険者カードが会計で使えない場所はないし、190万なんて、現金でもらっても困る。


大金が入った冒険者カードを丁寧に財布に仕舞い、ホックホクの笑顔で車に乗り込んだ。


「かずちゃん、今日ナニ食べたい?」

「鰻食べましょうよ。鰻!せっかくですし、今から名古屋に行きません?ひつまぶし食べに行きましょうよ!」

「良いねぇ!行こう行こう!」


すっかり浮かれている私達は、既に昼過ぎながら、新幹線に乗って名古屋まで行った。


そして、ひつまぶしを食べて、適当にお土産を買うと、そのまま東京に帰ってきて、かずちゃんを家まで送ってあげた。


いや〜!今日は良い日になった!

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