第13話 逃避
憂鬱な時間が始まった。
今日は月曜日。
高校生である私は、学校に行かなければならない。
出来るだけ人目を避けて教室に入り、視線に気付いていないフリをして自分の席に座る。
気付いていないフリをするのは、私を見ている人に、視線に気付いていないと思わせるためではなく、自分に暗示をかけるため。
自己暗示というのは優秀で、強く思い込めば思い込むほど、実際にそうだと感じるようになる。
そうして、嫌なものから目を逸らしているんだ。
「……神林さん」
スマホを起動して見ると、沢山のメッセージが送られてきていた。
昨日、私の学校生活について話したせいで、朝からずっとこんな調子だ。
この人、休日は私との約束を忘れて遅くまで寝てるくせに、今日は私がまだ寝ているような早朝から、ずっとメッセージを送ってきている。
流石はニート。
暇を持て余しているお陰で、私には到底出来ない事を、朝からしてる。
『大丈夫?学校に着いた?』
そんな事を考えている内に、また新しいメッセージが送られてきた。
あまりの過保護っぷりに、呆れてしまった私は、こんな返信をする。
『学校に着きました。時間的にもうすぐ朝のホームルームが始まるので、話し掛けないで下さい』
話し掛けないでと言っておけば、もうメッセージが送られてくることはないだろう。
この返信に対してのメッセージは送られてくるかもしれないけど、その次はない。
多分、そのはず。
『了解!頑張って1日耐えてね!!』
すぐにメッセージが送られてきて、私はギョッとした。
しかし、それ以降メッセージが送られてくることはなく、私の言うことを聞いてくれたみたいだ。
スマホをスリープし、鞄に放り込むと、数人の生徒が私の席の前にやって来た。
「おい御島。お前、植物モンスターも殺せないような腰抜けなんだってな?」
「それでギフターとか、お前ヤバすぎだろ!」
「ねえ〜?てか、なんで冒険者なんか始めたの〜?植物モンスターすら殺せないのに?」
下品な笑い声で、私を嘲笑うバカな生徒達。
こいつ等のせいで、私は学校が嫌いだ。
そして、こいつ等のイジメを見て見ぬふりをする教師共も嫌いだ。
その気になれば、私はギフターだから力でこいつ等をねじ伏せられるし、成績の面でも圧倒的に上だ。
そんな逃げ道があるから、私は学校に行き続けられる。
…ただ、最近はそうもいかなくなってきた。
「よう御島。昨日ぶりだな?」
コイツは隣のクラスの覚醒者、『小原春斗』
昨日私のことをバカにした冒険者で、こいつのせいで私は実力行使が出来ない。
私よりも前に冒険者になっていて、知り合いの協力の元、今ではレベルが20あるらしい。
いくらギフターといえど、レベル20の相手には勝てない。
私じゃ、レベルが低過ぎて話にならない。
竹刀があれば、話は別だけど……あんなモノを普段から持ち歩くわけにもいかないし、かさばるから持ちたくもない。
「あのおねーさん誰だよ?お前の親戚か?」
「………」
「なんか言えよ雑魚」
小原が私の机を蹴って威圧してくる。
怖くはない。
竹刀か木刀があれば、私は負けない。
ヤバくなったら全力で逃げて、なんとかして武道場にある竹刀を使う。
でも、そんなにうまくいくとは思えない。
だから、逆らわない。
……まあ、従いもしないけど。
「お前みたいな雑魚に、付き合わされてるおねーさんが可哀想だ。紹介しろよ。お前には贅沢な人だ」
「………」
「聞いてんのか?」
小原が私の肩を掴む。
とても、高校生のそれではない握力で、私の肩を圧迫してくる。
「……あの人は、絶対にあなたにはついて行かない」
「……なに?」
何も言わないと、面倒なことになりそうだったから、私はそう言っておく。
すると、今度は顔を掴んできた。
「どういう事だ…?」
「…そのままの意味。あの人は、唯一の私の理解者だから」
神林さんが裏切り事はないと思う。
というか、裏切られたら私が耐えられない。
「理解者ねぇ…はっ!それなら、あの女は俺の所にはこねーな」
イジメられている子に向き合う、優しく正しい心の持ち主。
そんな人が、イジメの主犯格の1人について行くはずがない。
思っていた以上に諦めが良い。
「まあいい。それより、昨日はどうだったんだ?モンスターは一匹でも倒せたか?」
「………」
はぁ…こいつ等は、それしか言うことがないの?
どいつもこいつも同じことばっかり。
……神林さんに迷惑を掛けている自覚はあるし、地味に効くのが本当に嫌だ。
「そのうち追い付かれるかなぁとか思ってたが、あれじゃあそれは無いなぁ〜?」
ここぞとばかりに煽り散らしてくる小原。
…今すぐ神林さんの所に行きたい。
「何も言い返せないよなぁ〜?だって、お前は植物モンスターすら殺せないような、なんで冒険者をやってるのか不思議なくらいの、腰抜けだもんなぁ〜!?」
「………」
…駄目だ、音を頭に入れるな。
無心で、穴の開いた壁のように、悪意をそのまま抜けさせろ。
感じるな、何も感じるな!
「なんとか言えよ腰抜け。『私はゴミです』とか、『調子に乗ってすいませんでした』とか、『冒険者なんてすぐ辞めます』とかなぁ!!」
「………」
……痛い。
「お前よぉ、なんで冒険者やってんだ?冒険者は遊びじゃねぇんだぞ?お前みたいなやつが居るせいで、死亡率が上がって世間から嫌われるんだよ」
……心に刺さる。
「迷惑なんだよ、お前みたいなやつがいると。さっさと辞めろ」
「おい!聞いてんのか!?冒険者の先輩の、ありがたーいお言葉だぞ?」
「先輩の言う事に従って、さっさと辞めろよ」
………嫌だ。
「やっめろー!やっめろー!」
「やっめろー!やっめろー!」
『やっめろー!やっめろー!』
手拍子と共に、私を取り囲む奴らがそう囃し立てる。
その言葉は、もう心を殺す事が出来ない私に、グサグサと突き刺さってくる。
私には、神林さんのような精神力が無い。
だから…だから………だからっ!!!
「っ!!!」
私は、鞄を持って教室から飛び出した。
「お?腰抜けが逃げたぞ〜!」
「やっぱ雑魚だったなぁ?」
「逃げ方面白すぎ〜」
私を馬鹿にする声が、何故かハッキリと聞こえる。
それが嫌で、私は全力で廊下を駆け抜け、あっという間に階段を降りると、下駄箱から靴を引っ張り出して、履かずに外へ飛び出す。
そして、学校の裏手にある教員用駐車場に転がり込んだ。
ここなら、間に別館が挟まって本校舎から見えない。
「はぁ…はぁ…」
私は鞄からスマホを取り出すと、電話を掛ける。
電話はすぐに繋がって、優しい声が聞こえる。
『もしもし?大丈夫?』
「神林、さん…!」
ぐちゃぐちゃになった心で、めちゃくちゃな声で、神林さんの名前を叫ぶ。
「私の…!学校の裏手に…!来て下さい…!」
『っ!?わ、わかったわ!ちょっと待っててね』
電話越しに、ドタバタという走る音が聞こえる。
ガチャッ!という、ドアが開く音が聞こえ、タッタッタッ!と靴を履いた人が、走る音が聞こえた。
その音を聞いて、少し安心した。
『すぐに行くからね?もうちょっとだけ耐えてね?』
「はい…」
神林さんは、私が1人寂しさを感じないように、何度も話し掛けてくれた。
運転中も…褒められた事ではないけど、ずっと話し掛けてくれた。
そして、ホームルームが始まって、少ししたくらいに、駐車場に一台の車が入ってきた。
◇◇◇
「……車の中までタバコ吸うのやめません?」
「そう?まあ、これ以上は吸わないし、この一本だけお願い」
迎えに来てくれた神林さんの車は、今神林さんがタバコを吸っているせいで、臭かった。
窓を開けて、タバコを外に出しながら運転する姿は…あまり良い人には見えない。
その内、窓からタバコを投げ捨てそうで怖い。
「……どうする?このままドライブでもする?」
「……ちょっとだけドライブして、ダンジョンに行きましょう。服装は…まあ、大丈夫だと思います」
「ん。りょーかい」
そう言って、神林さんは火の付いたタバコを握り潰す。
「ちょっ!?何してるんですか!?」
「《鋼の体》の応用。毎日暇だから、色々試してたら見つけたんだよね。火傷してないから大丈夫」
「びっくりするので止めてくださいよ…心臓に悪い」
「えへへ。びっくりした?」
イタズラが成功した子供のような反応を見せる神林さん。
本当に心臓に悪いから、こういうイタズラはやめてほしい。
「…かずちゃん」
「なんですか?」
「お腹はどれくらい空いてる?」
「そうですね……まあ、軽食が入るくらいですかね?」
何処かに連れて行ってくれるのかな?
「前に、『海の見える喫茶店』って、キャッチフレーズで売ってる喫茶店を、テレビで見てね。そこに行かない?」
「海……いいですね。行きましょう」
神林さんの優しさが、私の心に染み渡る。
ヒビの入った心に、そのヒビ割れを埋めるかのように、優しさで包まれる。
……ただ、この優しさのせいで私の心は割れやすくなった。
沢山優しくされて、甘やかされて、苦しみを打ち明けることが出来て。
そして、『守ってあげる』と言ってくれた。
その優しさに、私の心は人間らしさを取り戻した。
その結果、あんな事で傷付いて、逃げてきてしまった。
あの担任のことだから、私が勝手に帰っても親には連絡しないだろう。
その点だけは、あの担任で良かったと思える。
「かずちゃんは何食べる?テレビだと、フワフワのパンケーキと、ソースがタップリ付いたナポリタンが紹介されてたけど」
「じゃあ、パンケーキにします」
「なら、私はナポリタンかな?一緒に食べよ」
ほとんどの人が、学校に行っているか、仕事をしている時間帯。
ヤニカスニートに連れられて、私は制服を着たまま喫茶店を訪れた。
タイミングが良かったからか、そこまで混んでいない。
窓側の席に座り、神林さんから聞いたパンケーキとナポリタン、二人分のコーヒーを注文して、外を眺める。
「海が見える……確かに、その通りですね」
「地上15階だからね。海は見えるけど…東京の街も、よく見える」
確かに海は見える。
ただ、ちょっと思ってたのと違う。
私の想像では、海辺の喫茶店かと思ってたけど…実際は、高層ビルの上階にある喫茶店。
間違ってはいないけど、『海の見える』とは違う。
「ま、まあ?味は良いはずだからさ?」
「それに、景色も良いですし、私は中々気に入ってますよ」
「ほ、本当に?良かった〜」
神林はとても嬉しそうな表情を浮かべる。
私を喜ばせようと、色々と調べてくれたのかもね。
少し待った後、運ばれてきたパンケーキとナポリタンを、二人で分け合って食べる。
パンケーキは神林さんの言う通りフワフワで、とても上品な甘さをしている。
ナポリタンは、何処か懐かしい感覚を感じる、不思議な味。
昭和世代の人達の定番は、ナポリタンだったらしいけど…それの名残?
…私は、全然昭和生まれじゃないけど。
「美味しいですね、神林さん」
「そうね。かずちゃんが元気になって良かった」
私を元気づけたくて、ここに来たのか…
やっぱり、私のために良さそうな店を、探してくれたのかも?
神林さんは私の味方。
伝票を見て、目を丸くしている神林さんを眺めながら、シロップをたっぷり掛けたパンケーキを頬張る。
この時間が、とても心地良かった。
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