第12話 スキルと心の削り合い
某喫茶店
「ねぇ…機嫌直してよ」
「……ふん」
「私だっておかしいと思ってるよ。それに、何と言うか、不本意だし」
ステータスを確認してから、かずちゃんの機嫌が急降下した。
何を言っても、まともに反応してもらえず、どれだけ優しくしても、拒絶される。
なんとかして機嫌を直してもらおうと、喫茶店に連れてきたら、高いものばっかり注文して、私の懐を攻撃しようとしてくる。
もちろん、その理由は分かってる。
「まさか、あんな事で技術系スキルが生えてくるとは思わなかったの。お願い、意図してしたことじゃないの」
「……ふん」
新しく手に入れた、《格闘術》のスキル。
これは技術系スキルと呼ばれるモノで、かずちゃんの《抜刀術》や《剣術》、《棒術》、《弓術》などの、厳しい修行の末に習得する技術が、スキル化したものだ。
技術系スキルを手に入れるには、ステータスを与えられた時に、素で持っている事を祈るか、何年も努力して手に入れるしかない。
かずちゃんも、13年という時間を剣術に費やし、ようやく《抜刀術Lv3》になったところだ。
それなのに、武術の経験が殆どない私が、たった2週間で《格闘術Lv1》を手に入れてしまった。
…何なら、土日しかダンジョンには来てないから、4日くらいで手に入れた事になる。
「やっぱり、私の才能ってこっち方面に傾いてるのかな…?」
「……嫌味ですか?13年も掛けて、レベル3にしかならなかった私に対する嫌味ですか?」
「そう聞こえる?」
「……ありがとうございました。もう会うことは無いでしょう」
「ちょちょちょちょ!冗談だよ!冗談!!」
財布から五千円札を取り出し、机に叩き付けたかずちゃんを何とか落ち着かせ、席に座らせる。
そして、逃げられないように、かずちゃんが座っている方の、通路側に座って抱き寄せる。
「かずちゃんの努力は本物だよ。例えレベルが低くても、数字に現れない努力が詰まってるんだから。大事なのは数字じゃなくて、中身だよ」
「……つい一週間前に、『世の中数字が全て』って言ってた人は誰でしたっけ?」
「……私そんな事言ってた?」
確かに、似たような事を言った覚えはあるけど、そこまで酷かったっけ?
「だいたい、スキルを手に入れるのが、どれだけ大変な事かわかってますか!?」
「わ、わかってるよ!週一で徹夜して、毎日寝る時間が次の日になってからで、起きるのが4時だったのに、《不眠耐性》がレベル3にしかならなかったし、良くわかってるよ!」
「……今日は、早めに寝ましょうか?」
「いや、この一ヶ月で過剰なくらい寝てるから」
私の睡眠状態の事を話したら、同情したような目で見られた。
…まあ、それくらいしないと、スキルは生えてこない。
そして、それくらいしても、スキルはレベル3にしかならない。
そんな事もあって、スキルのレベル限界は5だと言われていて、それを超えると超一流の世界何だとか?
「それは良いとして、神林さんも知ってるんですよね?スキルの習得の大変さを!私の13年を返して下さい!!」
「えぇ……それは無理かな?」
「返して!!」
「………じゃあ、代わりに幸せな70年をあげるよ。人生100年。残りの私の人生、70年をかずちゃんにあげる」
「私、レズビアンじゃないので…」
「私も違うよ?」
冗談で、人生をあげるって言ったら、冷静に拒否された。
しかも、なんか若干引いてるね?
普段、あんなに頭を撫でられて嬉しそうにしてるくせに、いざそうなったら引くって……面倒くさい娘だね?
「まあ、私といる限り、私がかずちゃんの為に沢山稼ぐから、私が現役の間は楽して稼げると思うよ?」
「いや、自分の分は自分で稼ぐので大丈夫です。神林さんの稼ぎは、神林さんの為に使って下さい」
「じゃあ、かずちゃんにお小遣いをあげる」
「わーい、10万円下さい!」
「それはちょっと…」
今の私の財力じゃ厳しいかなぁ?
だって、今回の稼ぎは、土日合わせて約6000円。
そこから山分けだから3000円。
ダンジョンに潜ってた時間は、5時間くらいだから……時給600円。
最低賃金に、トリプルスコアつけられそうなんだけど?
「沢山稼げるようになったら、高級車でも買ってあげるよ」
「ベ◯ツの車買ってくれますか?」
「沢山稼げるようになったらね?」
かずちゃんはベ◯ツが好きなのか…
お金に余裕ができたら、買ってあげよう。
「じゃあ、それで手打ちにしてあげます」
「私にいくら使わせる気なのよ……まあ、いいわ。やっぱり、あそこでオオカワズを蹴り殺せたのは、このスキルのお陰かしら?」
「多分、そうだと思いますよ。《格闘術》のスキルを持っていると、パンチやキックの威力が上がるって聞きますし」
なるほどね〜。
スキルにはそんな効果があるのか……じゃあ、《抜刀術》もそうなのかな?
「《抜刀術》はどんな効果があるの?」
「刀を使った攻撃の威力が上がるんです。刀以外の刀剣類を使うと、その恩恵は得られないというデメリットはありますが…《剣術》よりも威力の上昇が大きいので、刀しか使わないのなら《抜刀術》の方がいいんですよね」
「へ〜?かずちゃんは、《剣術》のスキルはいらないんだ?」
「いらないというか…取れません。《抜刀術》のスキルを持っていると、《剣術》のスキルは持てないんです。《抜刀術》は『上位スキル』ですから」
『上位スキル』
基本的にスキルは入手が難しく、レベルを上げるのも難しいけど、そうでもないスキルもある。
そんな、簡単に手に入れられて、簡単にレベルを上げられるスキルを、『下位スキル』の呼ぶ。
代表的なのは《苦痛耐性》。
このスキルは、別に痛みを抑えたり和らげたりする効果はなく、代わりに痛みに耐える精神力が手に入る。
……まあ、それでも痛い事に変わりはないし、精神力が手に入ると言っても、気合でどうにかなるレベル。
ゴミスキルの代名詞みたいなスキルだけど、レベルが上がりやすく、10まで上がると、上位スキルである《痛覚耐性》が手に入る。
この《痛覚耐性》は、痛みを抑えたり和らげる効果があるので、かなり有用なスキルらしい。
……手に入れるには、《苦痛耐性》がレベル10になるくらい、苦しまないといけないけど。
「《抜刀術》って、上位スキルなんだ?」
「推定、ですけどね?
「ふ〜ん?」
ひたすら、竹刀とか木刀を振り回してたら、《抜刀術》のスキルが手に入るのかな?
じゃないと、かずちゃんが持っているはずのスキルは、《剣術》になるからね。
あとは、どんな剣術を学んでるかにもよるのかな?
刀を使うことを前提にした剣術と、西洋風の剣術では手に入るスキルが違うとか?
……だとしたら、どうして私が《格闘術》のスキルを手に入れられたのか謎だ。
空手も柔道もテコンドーもカンフーも、格闘に関することは、全くと言っていいほどしたことがないのに、こんなに簡単に手に入れられてしまったのはどうして?
「―――神林さん?聞いてますか?」
「ん?あぁ、ごめん。聞いてなかった」
「はぁ…」
いけないいけない。
深く考え込みすぎて、かずちゃんの話を聞けてなかった。
ただでさえ、今のかずちゃんは不機嫌なのに、こんな事したら更に怒られちゃう。
「神林さんって、昔何か格闘系の習い事とかしてました?」
「いや?してないよ。というか、今までの人生の中で、格闘技を習うって言うのが、中学と高校くらいだったからね。そこで柔道をちょっとだけやったくらい?」
「……とてもそうには見えないような足捌きとか、パンチの仕方でしたけどね?」
「あれは、テレビでみた戦闘シーンを真似したというか……それっぽい動きをしただけだよ」
あんな、見様見真似な戦い方、本当に正しいのかもよくわからない。
めちゃくちゃな動きだって自覚はあるし、今からでも格闘技を習おうかな?
「……なるほど、そっち系の人でしたか」
「ん?どういう事?」
「神林さん、学校の成績はどうでした?」
かずちゃんが諦めたような顔をして、天井を見上げたあと、そんな事を聞いてきた。
「学校の成績?…まあ、基本的に普通だよ?体育以外は」
「部活は?」
「してないよ。面倒くさかったし」
「体育は、やっぱり学年1位ですか?」
「実技成績はね?あと、学校の誰よりも、運動神経はよかった」
学力に関しては、良くもなく悪くもなく。
平均値くらいの学力があった。
ただ、体育の実技成績に関してはぶっちぎりで、私以外にも覚醒者が居たんだけど、その人達を含めても圧倒的だった。
元々背が高い上に、体力テストでヤバい成績を出したせいで、よく『メスゴリラ』って呼ばれてたなぁ…
「あだ名が『メスゴリラ』だったからね。あと、ドッジボールの時は、私の居るチームが勝つから、基本的に負けたことがないね」
「まあ、そうでしょうね。神林さんは、『フィジカル系ギフター』何だと思います」
『フィジカル系ギフター』?
呼び方からどんなモノか分かるけど…まあ、一応聞いてみよう。
「…なにそれ?」
「ネット上では、『生まれつきの脳筋』と呼ばれているような、身体能力が異常に高いギフターです。感覚的に技術を吸収するので、わざわざ武術を習わなくても、そのうち勝手に強くなります」
「……つまり?」
「戦闘センスが抜群に良い、まるで獣のようなギフターということですよ。戦えば戦うだけ強くなって、体が最適な動きを覚えるんです。頭が弱いギフターは、この傾向が強いですよ」
特に武術を習わなくても、勝手に強くなれるのは嬉しいね。
…でもね?ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたような?
頭が弱いギフターは、この傾向が強い。
私は、たった数回ダンジョンに潜っただけで《格闘術》のスキルを手に入れた。
昔から身体能力が異常に高かった。
それってつまり……
「……もしかしなくても、私のことを『バカ』って言ってる?」
「はい」
「少しは否定してよ……」
キッパリとそう言い切られた。
そっか〜…私ってバカだったのかぁ〜
って!納得できるか!!
「これでも平均くらいの学力はあって、まあ、バカにはされないレベルの大学を卒業したんだよ!?」
「そんなの当たり前じゃないですか?知らないみたいなので言っておきますけど、ギフターならそれくらい当たり前。というか、それって『バカ』の部類に入りますよ?」
「はあ!?」
え?ギフターって、そんなに期待値高いの?
じゃあ、私って影で『あの人ってそんなに頭良くないよね?』って、バカにされてたの?
「いいですか?何も、身体能力が高くて、生まれつきステータスを持ってるだけがギフターじゃないんです。ギフターは、あらゆる面で非覚醒者や覚醒者を上回る力を、生まれつき持っているので『ギフター』なんです。本来、ギフターは一般人よりも遥かに学力が高いはずなんですよ?」
「………」
「ギフターにとっての『平均的な学力』は、一般人にとっての上位、或いは最上位の学力を持っている事を意味します。日本最難関校なんて、ちょっと普通より多いくらい勉強すれば入れるのが、ギフターですよ?」
「……やめて、それ以上私の心を抉らないで」
なんだか悲しくなってきて、胸が痛い。
よくよく考えてみたらそうじゃないか。
ギフターは期待値が高い存在。
普通ならエリートとして、若くして高給取りになってるはず。
それなのに、私は…私は……
「……すいません。ちょっと言い過ぎました。だから泣かないでください」
「泣いてない…!」
「もう……神林さんは立派ですよ?人には向き不向きがあります。自分の得意な事を、すれば良いじゃないですか」
「……10歳近く歳下の女の子に、そうやって慰められるのは、惨めに感じるからやめて」
やっぱり、かずちゃんって頭良いんだかぁって。
家の問題でいい高校に通えてないだけで、本当はめっちゃ頭のいい高校に通えるような子なんだなぁって。
それに比べ、私はどうよ?
自分と同じ立場の人じゃなくて、自分よりも遥かに劣る人達の物差しで自分を測って、『私は大丈夫』って思ってた。
ハハッ…惨めすぎて笑えるね。
「……立場逆転してません?」
「……かずちゃんって、気遣いできないよね?『冷たい人』とか『性格悪い』って言われない?」
「……自分が傷付いたからって、相手の心を抉りに来るのはやめて下さい」
軽い嫌味のつもりが、クリーンヒットした。
あからさまに嫌そうな顔をして、私の胸を揉んでくるかずちゃん。
暴力以外で、私のことを攻撃してるつもりなんだろうけど…それなら言葉で良いんじゃないの?
なぜセクハラ?
「……この話やめましょう。お互い傷付け合うのは良くないと思うの」
「そうですね。じゃあ、楽しい話でもしましょう。…神林さんの学生時代ってどんな感じでした?」
「…話聞いてた?」
ここで、私の学生時代を聞いてくるのは、悪意を感じるよ?
もしかして、クリーンヒットし過ぎて怒ってる?
ここは、大人としてかずちゃんの怒りを受け入れて、傷付いてあげようじゃないか。
「まあ、普通だよ?仲のいい友達がそこそこ居て、お金に余裕がある時は、みんなでご飯を食べに行ったり、ちょっと離れた所に遊びに行ったり」
「…学業の方は?」
「……『一般人にとっての普通』の学力で頑張ってたよ?」
「ごめんなさい」
『一般人にとっての普通』を強調したら、かずちゃんが謝ってくれた。
…まあ、少しは胸の痛みが収まったかな?
「まあ、勉強も楽しかったよ?友達と『全然分かんない〜』とか、『こんなの社会に出て何に使うの〜?』とか言って、半分遊びながらやってたし」
「楽しそうですね…」
かずちゃんが羨ましそうな目で、私の顔を見上げる。
「実際楽しかったからね。…まあ、今となっては、その友達と連絡を取り合ってないし、ここ四年間で一気に友人が減ったね」
「……私、この時期から冒険者になったのは、英断でしたか?」
社畜になってからのことを話した瞬間、羨望の目は消えた。
代わりに、今冒険者になる決断をして良かった、という安堵の目が見える。
「どうだろう?かずちゃんはそんなに沢山友達がいるの?」
「……やっぱり、話題を変えなかった事怒ってます?」
「『怒ってない』、と言えば嘘になるね」
確実にクリーンヒットする言葉を投げかけたら、悲しそうな目ですり寄ってきた。
……可愛い。
「まあ、別に言うほど気にしてないし、大丈夫だよ。ほら、私には《鋼の心》があるから」
「そうですね。……本当に、そのスキルは羨ましいです」
「現代人には必須のスキルかもね…」
肉体的な疲労よりも、精神的な疲労のほうが多い現代人には、喉から手が出るほど欲しいスキルに違いない。
これがあったからこそ、私はやってこれたのかもね。
「話を戻して。もし、かずちゃんが大丈夫なら、かずちゃんの学校について聞かせてくれない?」
「……親や、学校には言いませんよね?」
「言わないよ。言っても、かずちゃんにとって良いことはないでしょ?」
私が、親に言うつもりはない事を理解したかずちゃんは、私の手を握った状態で少しずつ話してくれた。
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