第6話 一般的な怖い

「オラァ!!」


襲い掛かってきた男の1人が、ナタのような武器を振り下ろしてくる。


確か、マチェーテだっけ?

そんな感じの名前の武器だった気がする。


「―――まあ、効かないわね」

「なにっ!?」


振り下ろされたマチェーテは、『硬化』の魔力によって防がれた。


まるで、岩にでも打ち付けたかのような甲高い金属音が鳴り響き、全員の視線が私に集まる。


「何が…どうなって、がはっ!?」

「ふん」


渾身の一撃を防がれた男は、目を丸くして困惑している。


その姿が隙だらけだったから、本気のパンチを喉に撃ち込んで距離を無理矢理取る。

そして、回し蹴りでこめかみを突き、意識を刈り取った。


「あんたもいつまで呆けてるつもり?」

「えっ!?ぐあっ!?」


たった二発でダウンしてしまった仲間を見て、口を開いてポカーンとしていた男の肩を掴み、膝蹴りをお見舞い。


そして、顔が下を向いた所で全力アッパーを放ち、鼻骨を粉砕してやった。


「ダメ押しにもう一発」

「あおぉぉぉおおお――――――!?」


いい感じに、靴に仕込まれた鉄板が当たるように調整した蹴りが、男の股間を直撃する。


すると、男はとても人間とは思えないような奇声を上げ、顔を真っ青にして倒れてしまった。


「「「「うわぁ…」」」」


変な声が聞こえ、振り返るとかずちゃんを囲んでいた男共が、揃いも揃って内股になり、顔色を悪くしている。


…流石に鉄板シューズの金的は、鬼畜が過ぎたかな?


「……ん?」


やり過ぎたかと反省していると、何やら手足が震えているかずちゃんの姿が目に入り、一瞬首を傾げそうになった。


しかし、すぐにかずちゃんが震えている理由を理解し、すぐに走り出して、かずちゃんを回収。

そのまま走って逃げた。


「あっ!逃げやがった!!」

「クソッ!追いかけろ!!」

「何だアイツ!?速すぎるだろ!?」

「本当に今日始めたばっかりの初心者か!?」


後ろから何か聞こえてきたけど、その全てを無視して走り続ける。


そして、良さげな木を見つけると、かずちゃんを抱えた状態でスイスイと登り、木の上で身を隠す事にした。


「ふぅ……とりあえず、ここで追ってくるアイツ等を撒きましょう?」

「そうですね……」


何処となく、かずちゃんの言葉に元気がない。


…自分に対して、情けないって思ってるのかも。


「……共感はできないけど、気持ちは分かるわよ?」

「それ、矛盾してません?」

「良いじゃない。そういう細かい事は」


落ちないように、私にしっかりと抱き着いたかずちゃんが、冷静にツッコミを入れる。


私は適当な返事をしながら抱き返してあげると、少し安心したのか、かずちゃんの震えが収まった。


「無理は、しなくていいからね?」

「………脅すのか、優しくするのか、どっちなんですか?」

「どっちもかな?脅して言うことを聞かせるにしても、適度に飴を与えないと、本気で嫌われちゃうでしょ?」

「その説明をしたら、意味ないと思いますけど?」

「それもそうだね。聞かなかった事にして」


私がそう言うと、かずちゃんは呆れたように溜息をついた。

そして、何か文句を言おうとしたが、すぐに口を閉じた。


私も、もし話そうとしていたら無理にでも口を閉じさせていた。


「クソッ……アイツ等、どこ行きやがった?」

「逃げ足速すぎだろ……なんか、そういうスキルでもあるのか?」

「まあ、何か特別なスキルを持ってるのは間違いないだろ?マチェーテを生身で受けて、傷一つ無い女だぞ?」

「おまけに、カキーン!って金属音もしたからな。アイツ、人の形をしたロボットとかじゃないよな?」

「まさか。冗談言ってないで、さっさと探しに行くぞ」


さっきの男共が追い付いてきた。


だが、私達は既に木の上に身を潜めている。

その事に男共は気付かず、そのまま走っていってしまった。


少しして、奴らがここを離れた事を確認すると、木の上から飛び降りて反対方向に逃げた。


そして、しばらく走り続けた後に出口を発見し、男共が来る前にダンジョンを出た。






            ◇◇◇






更衣室で装備を脱いでカバンに詰めると、かずちゃんも私と同じように、装備を脱いでいた。

そして、カバンに入れることなく、別の袋に入れると、装備の貸出窓口に返しに行った。


まあ、かずちゃんは高校生で、あんまりお金が無いから、装備を買うのではなく借りているらしい。


先に改札を抜けて外で待っていると、かずちゃんも出てきて、すぐに私の隣にやってきた。


「ちょっと…二人になれる場所に行きたいです」

「ん。分かった」


私は、かずちゃんを連れて人気のない路地裏に入ると、比較的汚れてない壁にもたれ掛かった。


「その……聞き流すくらいの感じで聞いて下さい」

「いいよ。どんどん話して」

「はい………え?」

「ん?」


かずちゃんが、聞き流すくらいで聞けって言うから、タバコでも吸いながら聞こうかなと、ポケットからタバコとライターを取り出したら、妙に驚かれた。


「…吸うんですか?」

「まあね。そう言えば、言ってなかったね」

「…いや、タバコの臭いがしたので、なんとなくそんな気はしてましたけど…」


私は、タバコを吸うタイプだ。

ヘビースモーカーって程じゃないけど、まぁまぁ吸う。


…流石に1日1箱って程じゃないよ?


「まあ気にしないで。肩の力を抜いたら?」

「……はい」


私がそう言うと、かずちゃんは私の左半身に寄りかかってきた。

そして、いい感じに体重を掛けられる位置を見つけ出すと、その状態で話し始める。


「……不甲斐ないって言うか、情けないって言うか…」

「………」

「せっかく14年も掛けて強くなったのに…手に豆をができて、豆が潰れて、さらに傷口が酷くなっても、素振りを辞めなかったのに…」

「………」

「ウサギも殺せない。人に刃を向けたら動けない。魔法も…いざ思い出したら怖いんです」


……そんな事だろうと思った。


かずちゃんは、私のお陰でバレなかったみたいだけど、いざ男共と対面して、刀を振り下ろす勇気が出なくて震えてた。


怖いらしい。

生物を傷付けるのが…殺すのが。


「……私には、容赦なくやれてたじゃん」

「アレは、つい感情的になって考え無しに……でも、ソレも今考え直したら恐ろしいです」

「ふ〜ん?」

「いきなり斬り掛かった事は謝ります。何なら、慰謝料も…払いますけど」

「気にしないで。結果的に、怪我してないから」

「でも………いえ、なんでも無いです」


かずちゃんは私に寄りかかるのを辞めると、私の左手を握ってきた。


…これに、どんな意味があるのか知らないけど、まあ今聞くような話じゃない。


「…失望しましたか?こんな、糞の役にもたたない女」

「全然?」

「呆れましたか?こんな、すぐに自己嫌悪する女」

「全然?」

「じゃあなんですか?何も感じてないんですか?」

「……そうかもね」


そう言うと、かずちゃんは分かりやすく悲しそうな表情をした。


流石にそんな顔されれば、私も少し心が痛む。

握られていた左手で背中を撫で、タバコを吸いながらだけど、優しく微笑みかけてあげる。


「かずちゃんは充分凄いよ。これから、慣れていけばいいだけだよ」

「でも……」

「私がおかしいだけだよ。基本的に、みんなかずちゃんみたいだと思うよ?強がってるだけで」


私がおかしいだけ。


普通に考えてそうだ。

みんな、生き物を殺すことに抵抗がある。


だって、小さい頃から道徳の授業で、殺すことは良くない事って刷り込まれてるんだから。

そして、生き物を殺す機会なんて、蚊を叩き潰すくらいしかないはず。


そんな、『殺す』という状況から遠いところに居る人達が、いきなりダンジョンに行ってモンスターを狩るなんて、無理な話だ。

かずちゃんみたいに吐いたって、何ら不思議じゃない。


「無様な姿を見せたから、失望さたかもって心配した?」

「……しました」

「そんなの気にしなくていいよ。せっかく手に入れた、使えそうな女の子だよ?ちょっとくらいの問題、目を瞑るよ」

「……励ましてくれてるんですよね?バカにしてませんよね?」

「………」

「何か答えてくださいよ!?」


急に無言になった私を見て、かずちゃんが焦る焦る。

その顔が可愛くて、つい頭を撫でてしまった。


「ちゃんと励ましてるつもりだよ。よしよし、いい子だね」

「やっぱりバカにされてる気がする……まあ、いいです。話を戻して、神林さんは私のことを捨てたりしないですよね?」

「捨てないよ。捨てるなら、沢山使って使って使い潰して…使えなくなった時かな?」

「怖い事言わないで下さいよ…」

「………」

「ちょっと〜!?」


また急に無言になると、かずちゃんは私の手を強く握りながら焦る。

やっぱりその顔が可愛くて、頭を撫でてしまった。


「冗談だよ。まあ、個人情報をバラされたくなかったら、私に従うことだね」

「……なんか、神林さんが言うと全く怖くないんですけど」

「そう?そんなに優しく見える?」

「見えます」


ふ〜ん?

背が高くて、タバコ吸ってて、服装も一般的な女性はあんまり着ないような服を着てる私が、優しそうに見えるのか。


かずちゃんの目もだいぶ節穴だね。


「怖い人なら、こんな風に優しく頭撫でてきたりしませんよ。あと、悪意がないのは分かりますけど、あんまり頭を撫でないで下さい。子供扱いされてるみたいで嫌です」

「はいはい。……かずちゃんって、身長どれくらいなの?」

「……157センチです。神林さんは?」


157センチ…思ってたよりも小さいね。

まさか、160切ってたとは…


「私は182センチよ。凄いでしょ?」

「……性自認が女性って訳じゃないですよね?」

「私はちゃんと、生物学的に女よ。ほら、この大きな果実が目に入らない?あっ、かずちゃんには大き過ぎて見えないか〜」

「……やっぱり刀買おうかな。いつでも神林さんを切れるように」

「怖っ!?」


胸部装甲の差を自慢したら、かずちゃんの顔から表情が消えた。

そして、人斬りの目に変わって怖いことを言い始めた。


「私に切られたくなかったら、二度とこの話はしないで下さい」

「肝に銘じておくわ。かずちゃんは貧乳って」

「よし、そこから一歩も動かないで下さい。その脂肪の塊を握り潰してあげるので!」

「じょ、冗談だよ!」


私の胸を鷲掴みにしようとするかずちゃんを落ち着かせ、何度も『冗談だよ』と言い聞かせる。


一応、許してはくれたけど、さっきからめっちゃ睨まれてて怖い。


「と、とりあえず!胸の奥に溜まってた気持ちは吐き出せた?」

「…まあ、少しは?」

「少しじゃ駄目だよ。うちに来る?ここじゃ人に聞かれないとは限らないからさ」

「…神林さんの家なら…いや、考え直せ。この人は、会っていきなり脅してくるような人だよ?私のことを女子高生って理解した上で」


なんかブツブツ言っているけれど、全て聞こえてる。

隠す気がないなか知らないけど、まあ、言われて当然のことをした。


信用されないのは当たり前。


「……まあ、さっきのあの人達よりは信用出来るかな?」

「じゃあ、うちに来る?」

「行きます。……実は、あの人達とグルで、私のことを騙してるとかじゃないですよね?」

「グルだったら、鉄板の入った靴で股間を蹴ったりしないわよ」

「それもそうですね」


哀れ、股間を蹴られた男よ。

手加減してないから、最悪潰れてるかも知れないけど……まあ、私の知るところじゃない。


ダンジョンで、武器を持って女を襲う方が悪い。


私はタバコの火を始末して、近くにあったコンビニのゴミ箱に捨てると、ジュースとおにぎりを買ってかずちゃんと一緒に家に帰った。

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