第5話 《鋼の体》と《鋼の心》
私は、刀が振り下ろされるのを見て、咄嗟に腕を顔の前に持ってくる。
腕が犠牲になるかも知れないけれど、胸をバッサリいかれるよりはマシだ。
腕を間に挟み、痛みに備えていると、確かな衝撃が腕に伝わり、甲高い金属音が鳴り響いた。
「……え?」
「……は?」
目を開け、刀が振り下ろされた腕を見てみると、服を切り裂いた刀が腕に当たって止まっているのが見えた。
「……手甲?」
「いや、そんなの付けてないけど…」
袖を捲って見ると、そこには傷一つ無い私の素肌がある。
…いや、正確には何か光のようなモノで覆われた、私の素肌があったといったほうが良いかもしれない。
「なにこれ…?」
「光の膜?これに阻まれたの?」
二人で、光の膜に包まれた私の腕を突いていると、おもむろにかずちゃんが刀を振り上げた。
それを見て、何がしたいのかを理解した私は、かずちゃんの方へ腕を伸ばす。
「…肝が据わってますね」
「さっき切れなかったし、今回も大丈夫でしょ?」
かずちゃんが、感心したように『肝が据わっている』と言うが、別にそんな事は無い。
ただ単に、この光の膜を信じているだけ。
さっき、私の腕を守ったのは、間違いなくこの光の膜だ。
なら、今度もこの光の膜を信じてみる価値はあるはず。
私は別に嫌がっていない事を理解したかずちゃんは、容赦なく刀を私の腕に振り下ろす。
そして、また甲高い金属音が鳴り響いた。
「おお!防いだ!」
「こうも簡単に防がれると…むぅ」
確かに、かずちゃんは相当な努力をしてきたんだろう。
両親を説得させる為に、小さい頃から剣の道を歩んできたに違いない。
だから、私の腕を切り落とせる自信があったんだろうね。
……でも、それって不味いのでは?
(防げたから、結果的にオッケーって事で…)
平気で人に刀を振り下ろし、切れなかったら普通に落ち込むかずちゃん。
この子もかなりイカれてるわね…
「《鋼の体》かな?この光の膜は」
「かずちゃんもそう思う?でも、26年生きてきて、一度もこんな事になったこと無いんだよね…」
「単に、これが発動するほどの危険に、遭わなかっただけじゃない?」
「それは…まあ、そうかも」
交通事故でも起きてたら、発動してたかも知れないけど、今までそんな事なかった。
それに、今まで大怪我をしたこともない。
発動する機会がなかったのかもね…
「《鋼の体》か…こう、体を固くするみたいなイメージかな?」
「……どっちかと言うと、透明な鎧を着るみたいなイメージじゃないですか?鑑定結果もそんな感じですし」
「鑑定結果…?ちょっと、それ見せて」
「え?…はい」
ステータスを開示するように、《鋼の体》の鑑定結果を見せてくれるかずちゃん。
《鋼の体》の内容は、以下のようなモノだった
――――――――――――――――――――
《鋼の体》
あらゆる攻撃を防ぐ、『硬化』の魔力を纏うスキル。
また、副効果として、毒、病気、栄養不足、睡眠不足などの、体に悪影響なモノに対する高い耐性を得る。
――――――――――――――――――――
「……それで、病気になったことが無かったのか」
「え?どういう事ですか?」
「いや、私って生まれてこの方、一度も病気になったことがないんだよね。軽い風邪はもちろん、インフルエンザで一家全滅した時も、私だけ無事だった」
「えぇ…?」
やたら病気に強くて、体に悪そうなモノを食べても全く平気だったのは、このスキルのおかげか…
まさに、《鋼の体》だね。
「この光が『硬化』の魔力なんだよね……私の体を守る、見えない鎧」
「良いですね。私もそのスキル欲しい」
「駄目よ。あげない」
「むぅ……じゃあ、《鋼の心》をくださいよ」
そう言って、かずちゃんは当たり前のように、《鋼の心》の鑑定結果を見せてくる。
――――――――――――――――――――
《鋼の心》
精神負荷をリセットし、一定期間ストレスをシャットアウトすることが出来るスキル。
使用すると、感情を失いロボットのようになるが、永続ではない。
また、副効果として、一定以上の感情の抑制し、ストレスに対して鈍感になる。
――――――――――――――――――――
「なるほど…それで、よく肝が据わってるって言われるのか」
「間違いなくそれでしょうね。これくださいよ。私もストレスをリセットしたいです」
「いや、使ったこと無いって」
「自慢ですか?《鋼の心》のお陰でストレスに強いから、そもそも病んだことがないって自慢ですか??」
……なんでそんなに食い気味なのよ。
私、そこまで言われるような事したっけ?
「これ、ユニークスキルですよね?」
「さあ?」
「多分、ユニークスキルですよ。いいなぁ、私なんて《鑑定》と《魔導士》のスキルだけですよ?」
「充分強いじゃない」
「絶対、神林さんの方が強いですよ!」
まあ、確かに《魔導士》よりも《鋼の体》の方が強そうだ。
しかも、《鋼の心》で初心者が最初にぶつかる壁、『生物を殺すことに対する抵抗感』がほぼ無くなる。
スタートパックとしては、私のほうが優秀かも。
「でも、かずちゃんには《抜刀術Lv3》があるじゃない」
「……私の、14年間の血の滲むような努力を、馬鹿にしてるんですか?」
「そんな事無いわよ!というか、スキルレベルなんて、早々上がるものでもないわよね?レベル3は相当だと思うわよ」
スキルレベルは中々上がったりしない。
高くても5が限界で、それ以上は本当に凄い人達だ。
そんな中、その歳でレベル3になってるのは、凄いことだと思う。
今年17歳になるJKにしては、ね?
「……高校生で、スキルレベルが3もあるのは凄いこと。よく言われますよ。でも、私は14年という時間を掛けて、ここまでのレベルを獲得してるんですよ?みんな数字ばっかり見て、誰も努力を見てくれない……」
「世の中そんなものよ」
「そうです!そうですけど…!!」
「怒った所で無駄よ。努力は、誰にも伝わらないんだから。みんな、数字と結果しか見てないの」
それは、あのブラック企業勤めの日々で、嫌というほど分からされた。
成果を上げないとまるで評価されず、どれだけ努力しても見向きもされない。
それどころか、『まだやってるのか?』と、努力を馬鹿にされる始末。
あんまりだ。
正直者が馬鹿を見るとは、この事だね。
「……そうですね」
嫌なことを思い出して、それを忘れようとため息をついた私を見たかずちゃんは、文句を言うのを止めた。
…そんなに哀愁を漂わせてたかな?
いけないけない。
こんな子供の前で、そんな駄目な姿見せちゃ駄目じゃない。
「…まあ、諦めちゃ駄目よ?いつか、努力は報われるんだから」
「いつになるんですかね?」
「……数十年後とか?」
「本当に励ましてます?」
「傷を精一杯舐めてあげてるだけよ。慰めてはいないし、励ましてもない」
「私に期待しないでくださいよ。神林さんは大人で、私は高校生ですよ?」
全く笑えないけれど、話していると心地が良い。
人と楽しく話すのはいつ振りだろう?
少なくとも、少し前までは楽しく話す機会は無かった。
「女子高生と傷を舐め合う社会人って…恥ずかしくないんですか?」
「私は別に構わないよ。かずちゃんはどう?」
「私は困ります。弱みを握られて、脅された挙げ句――――こんな面倒事に、付き合わされてるんですから」
「それは申し訳ないと思っているわ。いざとなったら、私を置いて逃げて」
気が付いたら、悪意に塗れた下衆共に囲まれていた。
「おうおう。あの女、随分と可愛らしいヤツを連れてるじゃねぇか」
「とんだ鴨ねぎだな。今日はツイてるぜ!」
「痛い目を見たくなかったら、大人しくその刀を捨てな、お嬢ちゃん?」
「おまっ、お嬢ちゃんって……www」
「キモイにも程があるだろうがwww」
現れた下衆共の数は六人。
全員何かしらの武器で武装していて、防具も私やかずちゃんよりも充実している。
冒険者としての経験は、それなりに積んでいるんだろう。
「……逃げないの?」
「多分、逃げられませんよ。だったら、神林さんを肉の盾にして、反撃を狙います」
「怖いわね。まあ、盾役は任せなさい」
1回発動してるから、スキルの使い方はなんとなく分かる。
《鋼の体》の『硬化』は、相当な硬さがある。
きっと、かずちゃんの盾になれるだろう。
「ん?おいおい、アイツ俺等と戦う気だぜ?」
「せっかく、お姉さんが逃がしてくれるって言ってたのにな?」
かずちゃんが刀を抜いたのを見て、下衆共は嘲笑する。
それを見て、かずちゃんは顔を歪めると煽り返す。
「うるさいですね。言葉どころから、声すら汚い。なんて穢らわしい人達」
心底見下しているような声で、『穢らわしい』と吐き捨てるかずちゃん。
下衆共は、一瞬ポカーンと口を開いていたが、すぐに大笑いし始めた。
「聞いたか?俺達は『穢らわしい』んだとよwww」
「自分は潔白だってか?じゃあ、めちゃくちゃに汚してやるよwww」
「お前も『穢らわしい』人間になっちまうなぁ?www」
……確かに、こいつ等は穢らわしいわ。
何と言うか…典型的なカスどもね。
いや、カスというよりは小物か?
「かずちゃん、アイツに魔法を撃てる?」
「いけますよ。ただ、あんまり射程は無いので、もう少し近付かないと駄目です」
先制攻撃は無理と…まあいいか。
「いつまで笑ってるのよ。もしかして、いざ始めようとなると、怖くて足が竦むタイプの小物?」
「あぁ?」
「吠えるだけ?なんか脚も震えているし…やっぱり小物ね」
「……殺す」
私が煽ってやると、先頭にいたダンジョンに入る前にナンパしてきた男が、顔を真っ赤にして襲い掛かってきた。
なんて器が小さくて、バカなヤツだろう。
「オラァ!!」
男はナイフを振り上げる。
その瞬間、突然後ろから炎が男の顔に放たれた。
「ぐあっ!?」
顔を燃やされた男は、後ずさって顔を抑えている。
すると、後ろから怒ったような溜息が聞こえてきた。
「そんな事が出来たのね?」
「一応、使える魔法は事前に把握してます。何処かの女性と違って」
「私の事を馬鹿にしてる余裕ある?」
私はそう言って、顔を抑えてよろよろと歩いている男の腹に、本気のパンチを撃ち込む。
「がはっ!?」
レベルでは遥かに劣っているけれど、ギフターの身体能力は他の覚醒者よりも高い。
そして、今の私は《鋼の体》を使って、『硬化』の魔力を身に纏っているから、拳もカッチカチ。
多分、ガントレットを付けた人に殴られたのと、ダメージはそんなに変わらないはず。
……あれ?これ、メリケングローブ要らなかったのでは?
「アイツ!炎魔法が使えるのか!!」
「なんで刀なんか持ってるんだよ!?」
「知るか!飾りみたいなもんだろ!」
ようやく状況を理解した奴らが、口々に言い合ってかずちゃんを警戒し始めた。
確かに、レベル1の武器無し女よりも、武器を持っていて、魔法も使えるかずちゃんのほうが強そうだ。
逆に、私は大した脅威では無いと…
「お前らはあのガキを狙え!俺はこの女を殺る!」
「おお、怖い怖い。かずちゃん、一人で大丈夫?」
「何とかします。それよりも、自分の身の心配をして下さい」
かずちゃんは、手のひらの上に炎を出現させると、自分を狙う男を威嚇する。
3対1なら無視して突っ込んでも良さそうだけど、さっき仲間が顔を盛大に燃やされていたのを見ているためか、威嚇は効いている。
それに対し、私の方は全く警戒されていない。
二人の男が私の事を睨み、今にも襲ってきそうだ。
一旦、かずちゃんの心配をするのを止めて、目の前の相手に集中すると、私は手招きをして挑発する。
すると、二人の男は同時に襲い掛かってきた。
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