第4話 御島一葉
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます…」
私は、ようやく吐き気が落ち着いた女の子に、自販機で買っていたお茶を飲ませて上げる。
さてと……で、この子は誰?
「あなたも初心者?」
「えっ?あっ、はい…昨日冒険者になったばかりです」
「そう」
血を見て吐き出すわけだ。
この子は間違いなく初心者で、まだグロに耐性が無いと…
「無理しないで。はじめは大抵そんなものよ」
「そう…ですね……」
泣き出してない辺り、マシな部類だと思う。
吐き出したのは……うん、いきなり目の前で頭を踏み潰されたからね。
アレは仕方ないよ…
「かんば……あなたは大丈夫なんですか?」
「今なにを…いや、いいか。私は大丈夫よ」
聞き捨てならない言葉が聞こえたけれど、聞かなかった事にした。
誰にでも間違いはある。
それを許す事が大切だ。
「昔から、肝が座ってるって良く言われてきたからね。今更こんなのを見た所で何とも…あれ?消えてる…」
さっきまで、私の足元にあったウサギの死骸が無くなっている。
その代わりに、ビー玉サイズの濃い紫の石が転がっていた。
「これが魔石ってやつか…死骸は?」
「さっき消滅しました」
「え?……ああそっか。モンスターの死骸は、煙になって消えるんだったね」
モンスターの死骸は、時間経過で煙になって消える。
そうなる前に剥ぎ取りを行うと、剥ぎ取った部分は消えない。
そうして、煙になる前の死骸から採取されたモンスターの体の一部が、冒険者の武装として使われることもあるんだとか。
「チャイロウサギで、剥ぎ取りをするような部分ってあるの?」
「え?……肉、くらいじゃないですか?」
一応確認を取ると、予想通りの事が返ってきた。
まあ、このウサギで活用できそうなものなんて、肉くらいだと思う。
毛皮は、毛皮を採る用の品種がいるはず。
何なら肉用の品種もいそう。
…結論、チャイロウサギに剥ぎ取るモノはない!
「魔石だけ集めれば良いか。でも、これって1つじゃ売れないんだよね?」
「あっ、はい。チャイロウサギの魔石は、1ダースで400円ですね」
「400円…」
……安くね?
もっと、高価買取してくれるのかと思ってた。
1ダースで400円…それはつまり――
「一個あたり33円か…もやしくらい安いね」
「その魔石一個と、もやし一袋が同価値なんですよね…」
本当に食べるものが無くなったら、チャイロウサギを狩って、もやし生活を始めよう。
……いや、それするくらいなら、他のモンスターを狩った方がいいか。
「じゃあ、もやしを買うためにも、あと11個魔石を集めないとね」
「そ、そうですか…私はこれで――「ちょっと待って」――は、はい!」
何処かへ行こうとする女の子を引き留め、確認を取る。
「あなた、《鑑定》のスキルを持ってるよね?」
「っ!!」
《鑑定》
様々なモノを調べ、大雑把な情報を得ることが出来るスキル。
人やモンスターに使えば、相手のステータスを覗き見る事ができるスキルだ。
さっき、この子が『神林』って言いかけたのは、このスキルによるものだろうね。
「勝手に人のステータスを覗いておいて、なんのお咎めなしに『行っていいよ』なんて言われると思う?」
「それは……」
「さっきまで吐いてた女の子の手前、何も感じてないって演技をしてたけど…ちゃんと、見られてる不快感もあったからね?」
実際はほとんど気にしてないけど、確かに不快感があった。
《鑑定》の欠点として、『使用した相手に不快感を感じさせる』というモノがある。
まあ、当然といえば当然だ。
だって、勝手に自分の情報を覗き見られているんだから。
不快に感じない方がおかしいのだ。
この不快感のお陰で、こっそりステータスを覗くという事が出来ない。
覗いたら即バレだからね。
そして、速攻でトラブルに発展する。
「ねぇ…不公平だと思わない?」
「何が、ですか?」
「《鑑定》が使える人とと、使えない人。情報戦においてだいぶ不利だよね〜?」
怒りは感じさせないが、明らかに責めている雰囲気を出しながらそう言うと、女の子は自分のステータスを開示した。
どうやら、私の言いたい事が理解できたみたいだ。
――――――――――――――――――――
名前 御島一葉
レベル1
スキル
《鑑定》
《魔導士Lv1》
《抜刀術Lv3》
――――――――――――――――――――
「変わった名字だね?」
「そ、そうですね…」
「一葉ちゃん…かずちゃんでいいかな?」
「は、はい…!」
下の名前を略して呼ぶと、かずちゃんはビクッ!と震えて、小動物のように小さくなった。
その様子が何とも可愛らしくて、少しいじめたくなった。
「分かるよね?私が何をしてほしいか」
「そ、それは…」
「《鑑定》持ちって貴重じゃん?ほら、便利だからすぐに大手に引っこ抜かれる」
人差し指を立てて、話しながらかずちゃんの後に回る。
そして、小柄でキュートなかずちゃんの肩に、ポンと手を置いた。
「《鑑定》持ちって事は黙っててあげるからさ。私と一緒に来てくれない?」
「……」
「もちろん報酬はアレだよ?働きに応じて、二人で分けましょう?」
鎖骨の一番下辺りまで伸びた、茶色っぽい髪の毛を撫で、毛先をいじる。
体の震え具合から、嫌そうにしているのが分かる。
怖いよね?
見ず知らずのお姉さんに脅されながら、こんな事されたら。
普通にセクハラ案件だし。
「連絡先も交換しましょ?あっ、あと学生証も見せて?」
「……はい」
「うん、偉い偉い」
素直に学生証を見せてくれたかずちゃんの頭を、よしよしと撫でてあげる。
表情は見えないが、絶対に良い表情はしてないって事は分かる。
まあ、幸運な事に凄く便利な『目』を手に入れたんだ。
多少嫌われても、離す気はないよ。
◇◇◇
最悪だ…
不用意に《鑑定》を使ったせいで、面倒なことになってしまった。
「そっかぁ…お父さんが怪我してるんだ?」
「ギプスが外れるのに、3ヶ月かかるって」
「それで冒険者にね〜」
目の前の背の高いショートヘアーの女性、『神林紫』さんは変わった人だ。
見たこと無いスキルを持っていて、レベルが低い。
間違いなく、私と同じギフター。
《鋼の体》と《鋼の心》は、生まれ持ってのスキルだと思う。
《不眠耐性Lv3》は……見なかった事にしよう。うん。
…昔、ネットで『不眠耐性を持ってる人は、大抵ドブラックの会社で働いてる社畜』って聞いた事がある。
『レベルが高いほど、社畜としてのレベルが高い』って聞いた事がある。
つまり…そういう事だ。
(脱サラ組のギフターね…絶対に、ろくな人じゃないわ)
元社畜なんて、それまでの労働環境のせいで、心が変に壊れててもおかしくない。
さらに、ギフターは人より出来ることが多い。
一言で言うなら『天才』ってこと。
才能がある人間は、周りから疎まれやすい。
そういう人は、人付き合いが苦手だったり、人格に問題があったり、周囲の助けが必要だったりする。
「親からは反対されなかったの?」
「されませんでしてね。その為に、おじいちゃんの道場で剣術を学んでたので」
「そうなんだ」
「………」
「………」
……また、会話が途切れた。
さっきから、ずっとこれの繰り返し。
神林さんが話を振ってくれるけど、その事を少しだけ話しておしまい。
次の話題がない。
無言に耐えかねた神林さんが、また話を振ってくれるけど、次に繋がらない。
そうやって、会話の間に空白が出来て、気まずい空気になる。
「……神林さんは、どうして冒険者に?」
「私?私はね……」
勇気を振り絞って、私から話を振ってみる。
さっきから私の事ばかりで、神林さんの事は何もわからない。
私も神林さんの事を知っておきたい。
…もしかしたら、根は良い人かも知れないし。
「私は……リストラされて、プーになったから冒険者になった」
「そ、そうですか…リストラですか…」
「そうだよ。リストラだよ?」
…『ザ・出来る女』って見た目なのに?
(日本人とは思えない巨乳……スラッとしたボディー……きれいなお尻……細くて長い脚……なんでこの人モデルじゃなくて社畜なの?)
『クールなお姉さん』って感じの美人。
本当に、どうしてこうも恵まれた容姿を持つ人が社畜をしてるんだろう?
「…どうしたの?そんなにまじまじと私を見て?」
「いえ…その、すごくキレイだなって」
「良く言われるよ。ここに来る前もナンパされたし」
やっぱりナンパとかされるんだ…?
これだけキレイだったら、ナンパもされるよね…
それに比べて私は…
「…あー、私は可愛いと思うわよ?」
「私、『可愛い』じゃなくて『カッコイイ』に憧れてるんです。神林さんみたいな……」
「そ、そっかぁ……」
羨ましい…
すごく羨ましい…
今ここで神林さんのボインを切り落として、私のつるペタに移植しようかな?
「か、かずちゃん…?」
「なんですか?」
「どうして、刀に手を掛けてるのかな?」
「さあ?」
危険を察知した神林さんが、私から距離を取る。
私が一歩前に出ると、神林さんは一歩後ろに下がる。
自然と殺気が漏れ出して、神林さんの顔色がどんどん悪くなっていく。
「ねぇ…どうしてそんなに殺気立ってるの?」
「その贅肉を切り落とすため、ですかね?」
「お、落ち着こうよ。私、暴力は良くないと思うの…」
「私は冷静ですよ。じゃないと手元が狂うので」
余計な肉まで削ぎ落とすつもりはない。
その何カップか知らないけど、揉んだら気持ち良さそうな贅肉を…贅肉だけを切る。
「分かった。分かったわ!《鑑定》の事は誰にも言わないし、それを理由に何か要求したりしないから!だから止めて!そうやって、刀に手を掛けながら近付いてくるの」
「不平等、ですよね?」
「え?なに?」
神林さんの交渉の誘いを無視して、さっき神林さんが使った脅しを使う。
「胸がある人と無い人。人間見た目がほとんどです。『胸だけが女じゃない』とか色々と言われてますけど、結局のところ、胸は大きい方がいいんですよ」
「………かずちゃん?」
「その方が、男性の気を引く上で有利なんですから」
私がそう言い切ると、神林さんは自分の胸と私の胸を見比べて困惑する。
この人にとって、巨乳なのは当たり前のことなんだ。
持たざる者の気持ちなんて、考えたこともないんだ。
なんて腹立たしい事だろう。
「神林紫。私達、持たざる者の苦しみを知れ」
「ちょっ!待って!!」
刀を抜いた私を見て、神林さんの顔色が真っ青になる。
そして、手を伸ばして私に待つよう頼んで来るが、関係ない。
「切り捨て御免!!!」
地を蹴ってスタートを切ると、その揺れ動く贅肉目掛けて刀を振り下ろした。
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